◆〈第3話〉■ 中学受験・塾物語 《 第3話 》 今日は、SN中学の合格発表だ。 今日もいくつか入試があったので、その応援に行き、そのまま教室で待機。 昨日いつまでも話をしていた講師が集まってくる。 時間が長く感じる。体が重い。空気が重くのしかかってくる・・・。 すでに空になっている缶コーヒーを口に運んで、下ろす。 プルルル・・・ っ! 「はい。○塾です。」 「先生?」 「タマ!」 私の反応に、他の講師がみな立ち上がる。 「番号あった!」声がはずんでいる。テンションが一気に上がる。 「やったっ!おめでとうー!コースは?S特進?」 「うん!」 電話を受けながら大きくうなずいた私を見て、講師達は大声をあげる。 その場で「おめでとうー!タマー!」と口々に言う。 合格発表の時間から数分も経っていない。いちばんに連絡をくれたようだ。 あぁ、うれしい。 余韻に浸る間もなく次の電話が鳴った。 「はい、あ、その声ダイキ?」 「う・・・」 「え?何・・・?」 泣いていて、何を言っているのかよくわからない・・・ 「りが・・・ご・・ました・・・」 「ダイキー?え?何?」 横からお母さんの声が聞こえる。はい、ちゃんと言いなさいって。 「・・・SN中学、合格しました!」 「わぁっ!おめでとう!よかったなぁ!よく、N中のこと乗り越えて、がんばったなぁ!」 算数の山下先生が、電話を奪い取るようにして 「お前、かっこいいなぁ!めっちゃかっこええわ!やったな!」 ノートのダイキの欄に大きく○をつけた。 他の生徒の合格も続々と連絡が入ってきた。 当日次第でどっちに転ぶか心配していた数名からも合格の連絡が入り、 講師の電話での対応も涙声になる。 SN中学は合格発表のすぐ横で手続きがあるので、それを済ませてから電話をしてくる子も多いため、しばらく時間があいた。 うぅ・・・どうだったんだろ。 プルル・・ガチャ「はい!○塾です!あ、ヒロキ!!」 「先生、合格しました!先生!やりました!先生~!僕の番号ありました~!先生~!うっく・・・」 ヒロキは泣きながらも大きな声でしっかりと合格ということを伝えてくれた。 後ろで講師は大騒ぎ。「でかしたぞーヒロキー!」「よくやったー!」「いえ~い!」 「最後の最後までがんばった粘り勝ちやな!上には上がいるから、 入学しても手を抜かんとその粘り強さでがんばり続けるんだぞ!おめでとう!!」 「はいっ!」 力強く答えてくれた。 「先生、代わりますね~」 と言って、電話口に出たのは、タケシだった。 「先生、ぼくもありました。合格しました!」 「本当!やったぁ~!また仲良し同士でいっしょの学校行けるんやね!タケシも、中に入ったら強豪いっぱいいるんだからね。 これでもう遊べるとか思ってないやろな?」 ちょっと笑って、「がんばります!」の返事。お母さんとも少し話しをさせてもらって、電話を切った。 ・・・後は、トモだ。手続きに時間がかかっているのかな? 20分ぐらい待っただろうか・・・。 プルルルルル・・・ 別の教室の講師からの電話だった。 SN中学を受験した偏差値66の生徒が不合格だったという。 例年この成績で不合格というのはない。そっちはどうだと聞かれた。 現時点で合格しているタマ達の名前を出した。 SN中は、例年ならこちらのデータでの合否予想が狂うことはめったにない中学だが・・・。 どうやら他の塾でも同じようなことが起こっているとか。 SN中学に確認したら、合格者平均点を教えてもらえた。 国語150点満点の112点、 算数150点満点の45点、 理科80点分の63点、 社会80点分の61点だそう。 ??? 算数が低すぎる。 一般的に理数系に強いとされている子が受験しにくるこの中学で算数の合格者平均点が45点!? どういうこと?講師同士でこの件について話をしている途中に、電話が鳴った。 プルルルル・・・・ さっき合格の連絡をくれたばかりのヒロキからだった。また泣いている。 「・・・先生、トモのな、トモの番号ないねん・・・」 「え?・・・」 泣いている意味がさっきとはちがった。 ヒロキに、お礼を言い、トモに連絡とってみるから、ここは先生に任せてと言って電話を切った。 切ったと同時に電話が鳴った。本部からだった。 話し中だったからトモのお母さんから本部に不合格の連絡が入ったとのこと。 SN中学の過去問題を解いて過去5年分、算数では常に150点満点の120点以上をキープし続け自信をつけてきたトモにとって、 当日の算数は非常に難しいもので、今までとは明らかに感触のちがうものだった。 彼は、きっと武器である算数に失敗したと思い込み、N中の不合格のイメージと重なって、焦ってしまったのではないだろうか。 その時点でもうだめだと思ってしまったんじゃないだろうか。 平常心を取り戻すことのできぬまま、理科と社会を受けて普段しないミスをしてしまったのだろうか。 合格者平均点が45点ということは、他教科がとれていれば40点とか、いや30点台でだって総合点で合格している子もいるはずだ。 ・・・でも、それは後でふたを開けた大人が言えることであって、当日、さなかにいるトモにわかるはずもない。まだ小学生だ。 ・・・どうしてこんなにバランスの悪い入試問題を作ったんだ。思ってもどうしようもないことを思って、腹を立てる。 今は、とにかくトモと話をしなくては! 次のことを考えて、考えて、考えることで、このショックを少しでも減らしてやらなくちゃ。 不要だと思っていた、形だけだと思っていたトモの欄の明日以降の受験日程を確認する。 手帳をめくる手が震えてることに気づく。私が動揺して何の役に立つ?!自分にもイラついた。 明日、S中の二次。 ここは、3つのコースが設定されている。 二次試験では、理三は66、理数が63、標準が55ぐらいだと推定される。 平常心でありさえすれば、トモは少なくとも真ん中には合格できる。 そして万が一立ち直れずにミスをしたとしても、標準コースにはいくらなんでも合格できる。 合格して入学さえすれば、彼の実力はもともと高いのだから、コースが上に上がるのは時間の問題だ。うん。大丈夫。まだ、終わっていない。 彼の「公立へは行きたくない。塾の友達が好き。塾にいるときの自分が好き。だから塾でがんばって私学に行きたい。」と言っていた言葉が頭を回る。 厳しくするよと言って、それについてきてくれた彼を何がなんでも合格させてあげなくては。そう約束したんだから。 トモの自宅に電話するが、本人は部屋にとじこもってしまっているという。 お母さんは明日の願書を出しに行っていて、今はおばあちゃんとトモだけだということなので、了解を得て、算数と理科の先生にトモの家まで行ってもらった。 他の連絡も受けないといけないので私は教室から離れるわけにはいかないので、こと細かく電話かメールで連絡してもらうように頼んだ。 講師の話によると、彼は部屋の中で暴れるだけ暴れたあと、ベッドにもぐって泣き続けていたそうだ。 二人がドアの外から話しかけても返事もしなかった。 「絶対に私立に行きたいんやろ?まだ試験はあるぞ。 それとももう、負けを認めるんか?・・・そんなんなぁ先生が許せるかー! トモは算数できるんやぞ!トモは死ぬほどがんばって勉強してきたんやぞ! そんなトモのよさがわからん中学が悪いんや! がんばってきたトモのどこにも悪いところなんかないんや!胸張れ! 自分自身の価値を中学に決めてもらうんとちがう! トモが最後までやって自分で決めろ! 明日の試験こそトモが納得できるまで、問題解いてこいよ!合格もぎとれ! でないと先生かて納得できんわ!いいか、トモは、合格できる。 合格にふさわしいやつなんやー。」 やっと、ドアを開けてくれた。 泣きはらした目。 「今から教室に行こう。今日はお前一人に4教科の先生が全員つくぞ。明日の過去問解くぞ。解きまくるぞ!」 うなずいて、かばんに入試問題集と筆箱を入れ、キャップを深くかぶったトモは二人に支えられるようにして教室に来た。 普段かぶらない帽子が痛々しく見えた。 「よく来たな。トモ。トモ、ごめんな。先生らの力が足りなかった。もっとトモに教えてあげないといけなかったな。ごめんな、トモ。」 トモは首を横に何度も振っている。 「いっしょに最後までがんばろうな。今回の不合格が、トモにとって絶対意味のあるときが来るよ。あのくやしさがあるからオレがんばれるんやって思える日が絶対に来る。」 「・・・お父さんも必要な不合格やったって。 ・・・お前が、学校では悪さばっかりしてきたからやって。 思い通りにいかんことを知るって意味があるって。」 「・・・そうか。そうかもしれんな。悪さしてきた分不合格になったんか。 じゃあ、がんばったんも事実だから今度はトモに合格もくれるはずやで。」 「・・・はい。」 この日に合格発表があった中で、不合格の連絡が入ったのは私の担当教室ではトモ一人だけだった。 教室で一人、それからは黙々と問題を解いていた。 時間で区切り、私達は採点をして、ポイントの確認を説明したが、どうしてこの子が・・・と思えてしかたなかった。そのぐらいよく出来ているから。 さっき電話をくれた教室の先生から、トモと合宿で同じクラスでほぼ学力も同じぐらいだったテッペイも不合格で、明日S中を受けると聞いた。 算数がいつもより全然できなくて、半分ぐらいしかできなくて、後は覚えていないと言ったそうだ。 半分できたということはその時点では合格者平均点よりよかったということになる。でも焦りをぬぐいきれずに舞い上がってしまったか。 やはり算数好きの子に大激震をもたらした入試だったようだ・・・。 トモに明日テッペイもいっしょだと言うと、 「え?テッペイも不合格やったんですか?え?なんでですか?ぼくよりずっとテッペイ賢いしまじめやのに。」 「S中が、すっごいパワーでトモとテッペイを呼んでるんちゃうか?こっち来てくれーって。」 「テッペイはそうかも・・・でも、ぼくは・・・先生、ぼくは落ちたん理由があるねん。・・・」 「え?」うつむいて小さな声でトモが話しだした。 「模擬テストでA判定が出たときに、自分で合格するまでやらへんって決めてたゲームちょっとやってん。 A判定やしいけるやろって思って油断した。たぶんぼくがゲームしている間に、CとかDとかのやつがめっちゃがんばってがんばってぼくを抜いたんやな・・・。ぼくが自分の約束破ったからダメやったんや。」 我慢していたのに私の方が泣きそうになった。 なんで?落ちたら塾のせいにでもしたらいいのよ。気持ちが軽くなるあらゆること考えたらいいのに。こんなときまで自分のこと反省してる・・・。 「先生、S中の次の日、後期のSN中も受けていいですか? 二次、めっちゃレベル上がるから合格は無理かもしれんと自分でも思うけど、でももう一度受けさせて。」 S特進クラスができてから二次試験はかなり厳しい戦いだ。 大手塾が合格の数字を取りに、難関中学を合格した生徒を送り込んでくる。 実際に二次試験で合格して入学した生徒は昨年2人だけらしい。 つまりその2人以外は入学する気がない受験者だったということ。 一次で不合格で二次で合格するという確率はかなり低くなっている。 それを確認しても、受けるというので、これはもう気持ちの問題だと思うし、 「わかった。先生達も応援に行くね。どうせ受験はあと少しで終わりや。せっかく勉強してきたんだから、受けまくるとするか!もう、トモの実力見せつけにいこう!とりあえず、明日、リラックスして行こうな。」と応援することにした。 「はい。テッペイもいるから、心強い。合格できたらテッペイといっしょっていうのもいいなぁ。」 「テッペイもそう思ってくれているよ。きっと。」 いつの間にか、いい表情になり、少し安心した。 男の先生達と冗談言って笑えるまでなっていた。 S中に願書を出してこられたお母さんが、教室に迎えに来られた。 私と少し話しをして、帰りがけ、トモが 「お母さん、もしも、S中に合格したら行かせてもらえる?行かせて、ください・・・。」 と聞いた。 「もちろんよ。そこでがんばったらいいじゃない。部活も行事もいっぱいあるからトモにはその方がいいかもねってお父さん言ってたよ。」 トモは、安心したような表情を見せ、そして、振り返り、 「先生、今日はぼくのためにありがとうございました。明日がんばります。」 と頭を下げた。小さな声だったけど、はっきり聞こえた。 ・・・つづく。 →第4話を読む。 よろしければ、こちらをクリックしてくださいますようお願いします。 <(_ _)>今後の更新がんばります。(1人1日1回カウントされます。)→ ※立夏が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、 登場する人物名・学校名・成績推移・偏差値などはどれも架空のものです。 また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。 フィクションとしてお読みくださいね。 ジャンル別一覧
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