■〈第10話〉■ 中学受験・塾物語 《 第10話 》私が路線変更し、授業中はビシバシ厳しく行くようになってから数ヶ月が経った。 授業前は無邪気に学校での話をしていても、授業が始まれば全体的に多少緊張感が維持できるようになり、 まちがいにへらへらするような空気はなくなった。 しかし、遅刻や欠席はないものの、マサアキの学習態度のムラは相変わらずで、 宿題はいつまでたっても数分で書きなぐったようないい加減なものだった。 特に記号問題などは、問題も選択肢も読まずにただ、解答欄にカタカナを適当に書いてきたなと一目でわかるときもあった。 叱っても怒鳴っても、瞬間的なものだ。 その場では「次からちゃんとやってこないと・・・」「わかりました」と言っても、 そんなの教室一歩出れば忘れてしまっている。 自分でやる気になってくれないと、吸収率は悪い。 男子ばかりのクラスで、全員が比較的国語を苦手としていることもあり、宿題は語句の知識・漢字・文法中心、文章題については復習メインにするようにし、初見の文章を読んで解くということを授業内で取り組むようにしてみた。 「入試のときと同じように時間を計るよ。1題15分~20分を目安に解くこと、一回でしっかりポイントをつかむように意識すること。集中力が切れないか先生見てるから。」 昨年の生徒の入試結果や、教室にやってきた彼らが言っていた当日の感想などを話して聞かせて、「その日が自分にもやってくる」という気分を少しでも感じるようにしてから取り組ませたりもした。 少しずつではあるが、読解問題についての考え方のコツをつかめてきたようでこのクラスの男子メンバーもそれなりの国語の課題についての成果は現れてきていた。 しかし、それはマサアキをのぞいて。 得意の算数と理科も、どんどんと難しくなっているし、他の生徒がまじめにこつこつと積み上げている中、持って生まれたセンスや『好き』という気持ちだけでのムラのある学習では安定力はない。 成績のグラフは絶叫マシンのレールのように派手に上下していた。 マサアキは反抗期という時期にも入ったのだろうか。 学校でもちょくちょく問題を起こし、乱暴な言葉遣いが目立つようになっていた。 遅刻や欠席はない。宿題も形だけではあるが必ずやってきてはある。でもそれだけ。 そんなマサアキに学校でクラスが同じカタノの態度が変わってきた。 「あいつ、学校の掃除とか、工作とか自分はちゃんとやらへんくせに、人のにケチつけたりえらそうなことばっかり言う。腹立つわ!」 少し距離を置くようになって来た。 まじめで堅実なカタノは、マサアキに対してイライラすることも多くなってきたんだろう。 今まで仲がよかっただけに、そろそろきちんとやるべき時だろっていうカタノの気持ちもよくわかる。 自分はいろいろ我慢してやってるんだ。受験生なんだからある程度は当たり前。 マサアキ側は塾内全体でも算数だけならトップ10に時々入ることもあり、そういう自分に都合のいいところを取り上げては自慢したり、オレだってやってるという気になっているところもある。 なかなか二人の距離は縮まらなくなっていた。 6年生間近になったころ、私は授業でこんなこと言ってみた。 『5年生の漢字で100問テストをします。実施は1ヶ月後。 このテストで75点をとれなかった人には退塾届けを提出していただきます。 やる気さえあればこんなの簡単です。 入試問題は1年後。だいたい75%正解すると合格ということが多いです。 全教科勉強したことをしっかり覚えて、その日に聞かれて正しく答えるということができるようになりたければ、このぐらい今の段階でできないと。 やる気のない人には6年生の教室には入っていただけません。 本気で合格したい気持ちがあったら100点とってごらん。 』 さて、どうなることやら。 もちろん退塾届けっていうのはあくまでも脅しなんだけれど、どっかで甘えているような子ども達を本気にさせるために、各教科の先生には口裏を合わせてもらった。 お迎えにきている保護者の方もすぐに子ども達から聞いて、ピンと来たようだ。 私とお母さん方と目で合図しあう。 「あらー、そりゃ大変!しっかり勉強してよ~。印鑑出しておこうかしら?」 「もし漢字テスト不合格で退塾になったら、そんな勉強しない子要りませんって別の塾にも行けないよ!」 「75点じゃ甘いわ。僕は100点取りますよ!ぐらいのかっこいいこと言ってきた?(笑)」 ほどよいプレッシャーを母親達からも与えられて、子ども達はまんまとがんばってくれたようだ。 それから1ヶ月は、ちょくちょく漢字テキストを開いている姿をよく見かけた。 「マサアキ、おまえ、ちゃんとやっとかんと知らんからなー。」 とか言いつつ、塾に来る前待ち合わせして自作の小テストを交換してやっているというのを送り迎えのお母さんから聞いたりもした。 実際、今までの課題をきちんとこなしてさえいれば難しくもなんともない。 しかし、今までの漢字チェックテストでもろくに合格できていないマサアキには蓄積がない。 ひどいときには「気持ち」を「木もち」なんて書いてたこともあるぐらいのマサアキ・・・果たして・・・。 テストは、100点・94点・88点・87点。4人はラクラク合格。 80点台の2人には、小言を言いたいぐらいだ。 さてと、問題は次。 マサアキのテストは、今までの解答用紙やプリントとは明らかにちがった。 書いて消して書いて消して。 とにかく彼なりにまじめに勉強した跡が見えた。1日2日ではここまではできなかったはず。 友達の言葉の力もあっただろう。 焦ったのか「潔よい」とか「省る」とか送り仮名のまちがいが目立つ。 100問だから1問1点。数えると○は74個。 生徒達に提示した合格点は75点。 考える。あえて74点として、不合格として呼び出して話をし、追試をして追加合格という形で今後を見守るか。 それとも苦手の国語でギリギリとは言えセーフとして評価してやるべきか。 最近、マサアキに対して怒鳴りすぎていた自分を思い返す。 夢の中でも「マサアキ!!いい加減にしろ!」と言って、はっとして起きることがあったぐらいだ。 あまりやりすぎて勉強そのもの、塾や受験もイヤになってもいけないし。 もし不合格にしたら他の4人との関係はどうなるんだろうな。 友達の励ましのおかげで合格となったらちゃんと前向きになるかな。 ここで合格にしたら、私は甘いのかもしれない。 だけど、彼のこんなまじめに取り組んだテストを見たことがないのだ。 全ての解答欄に彼の字が書かれたものを初めて見た。これは評価してやりたい。 悩んだ末、・・・漢字は正解で送り仮名のミスは△を付け、0.2点として数え、右上に75点と書いた。 一度ぐらい国語の講師に誉められてもいいだろう。 翌週、テストを返却した。 みんなちょっと緊張した顔をしている。 一人ずつ返却。自分の点数を確認して、安心したらみんなマサアキの方を見ている。 「セーフや!セーフ!!やったー。ぎりぎりやけどいけた~。」 思ったよりも大きく喜んでいる。 「みんなよくがんばったね~。って本当は100点取るべきテストなんだからね。全員100点取るまでやり続けようかな。」 「やって、やって!100点取るまでやる!」とマサアキ。おっと、おもいがけない返答が。 それから「やればできる」と口癖のように言ってきた。 「文章長いとか言って途中で読むのあきらめるな。1行読めたら100行でも読めるの!やればできる!」 ただ、やはり正解率は低い。 記述問題などはもう目もあてられない。気分屋なのもそう簡単に治らない。 5人という少人数をいかして、一人ずつ個別にアドバイスすることが多かったが、明らかに他の子へのアドバイスよりもずっとずっと基本的なことばかり言っている。いっそ1学年下の子と同じ授業を受けた方が身になるのではないかとさえ思った。 小5ラストの授業で、彼らの第一志望校の入試問題をそれぞれやらせた。 他の4人は、5~6割ぐらいの正解だったが、マサアキは26点だった。150点満点のテストで。 不安材料が山積みのまま6年生になった。 私はこの年に人事異動がありT校の教室責任者となったため、このクラスの授業担当からはずれることになった。 といっても、春期集中、夏期集中、冬期集中の6年生は集合して私の授業を受けることになっているので、縁が切れたわけではない。 4教科全体では、算数、理科の点数が平均点を引き上げるのでマサアキの言っている志望校の目標偏差値まであと数ポイント。 これが、彼の甘えを助長しているのかもしれない。 それは、一見すればもうちょっとで届くかのように見えるが、国語だけで見ればとてもとてもその学校を受験できるレベルではない。 社会の講師も頭を抱えている。受験生ならみんな知っている基礎的な内容もあやふやな暗記で、武器にはならない。 あくまで得意の算数・理科が調子がよくて本人のベストが出せたときに、「あともうちょっと。」 算数や理科は、もうこれ以上点数が上がることはないだろう。 95点取ったテストを100点にする努力よりも、どう考えても底辺に近い国語、社会への努力が必要なのだ。 150点満点のテストで26点では・・・。 →つづく。 「読んだよ~」ってクリックしてくださいますようお願いします。<(_ _)>今後の更新がんばります。→ →■塾物語・第11話 を読む。 ※私が体験した多くの生徒のエピソードをもとに書いたものですが、 登場する人物名・学校名・成績推移・偏差値などはどれも架空のものです。 また登場する人物も複数の生徒のことを混ぜて書いてある場合もあります。 フィクションとしてお読みくださいね。 |