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塾講師ママ中学受験サポート国語-合格だけでいいんですか-

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つぶやき

2007年06月25日
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カテゴリ:つぶやき
私が3つ目の塾で初めて担当したクラスの中の女子3人と、
昨日会って来ました。
21才。
あの生意気なちっちゃい女の子達が、おしゃれしてお化粧して車の免許なんか持っていて・・・。

そして、いっしょにお酒飲みました。

一人は短大を出て、一流企業にお勤め。
彼女は高校時代、一時期ちょっと苦しい時期があり、
そんなときにふと電話を塾にくれて、
いろいろ話をしたり、なんとか遅れをとりもどすために生徒を帰した後に
英語の勉強につきあったりしたこともありました。
見た目はとてもやんちゃで誤解されるようなタイプですが、
テストでいい結果が出せたという報告に訪れたときには
「お礼。」と言って菓子折りなんか持ってきたりなんかして。
かわいいところのある子です。
いやいや、「子」なんて言えない年になってますね。
就職先の最初の頃は人間関係で苦労した・・・なんて話も出て。
でも、上司の人にたくさん相談に乗ってもらい、今は楽しく仕事できているようで
安心しました。

一人は大学で情報について専門的に勉強しているようです。
恋と友情の話なんかしたりして。
あのちっちゃくて、無駄にたくさんのパステルカラーの色ペンを持って来ていた彼女が
門限を気にしながら、友達の恋愛相談にのり、
そして自分も切ない恋心を抱えているとは。

もう一人は、小学生のときから動物に関係する仕事をしたいと言っていましたが、
犬の訓練士になっていました。おぉ!夢を叶えたかぁ!
朝5時から起きて2~300頭の犬の世話で一日が始まるんだそうで。
でも、「今は彼氏もいらん」と仕事へのやりがいを話しててかっこよかったです。

うちの2才の息子もすっかり彼女達になつき、
しまいには膝の上に座り込んで、一人の子に「ママ」と呼びかけてしまうし・・・(^_^;)。

驚いたのが、本当によく小学生の頃のことを覚えていること。
最初の頃、Mちゃんに手紙まわして二人で叱られた。
漢字テスト、必死でやった。
合宿の食事のメニューはこんなんだった。
野菜残して、怒られたとか、
算数のテキストこんな表紙で・・・
T先生、おもしろいけど怒ったらすっごく怖かった。
こんな話していると、教室の空気を思い出します。
それぞれ小6当時の表情に戻るかのようです。
そして、口をそろえて「受験してよかったよな~。マジで親に感謝するわ。」と。

お店を出るとき、
「先生、今日はありがとう。
 給料出たから、私に出させて♪いろいろありがとうの意味もこめて。」
うるうるしてしまって、目をそらしてしまいました。
感動しました。
こんなにおいしいお酒が飲める日がくるとは・・・しみじみと感じました。
10年って長いなぁ。

お店を出るとき鏡に映ったどうみても「おばちゃん」と化した自分にも
流れた時間の長さを感じてちょっとへこみましたが。(^_^;)


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最終更新日  2007年06月25日 22時14分17秒
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2007年06月09日
カテゴリ:つぶやき
家の中に、虫が。
昼間窓を開けていたので入ってきたんでしょう。
よーく見たら、テントウムシでした。
あらめずらしいお客さん。

もっとよーく見たら黒地に二つの赤い模様のあるナミテントウでした。

さらによーく見たら・・・
keita 2y1 209.jpg

赤いところが赤ハート模様でした。
「虫の知らせ」というと悪いことってことになっていますが、
なにかいいことを伝えにきてくれたのだといいなぁ。(^-^)


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最終更新日  2007年06月09日 03時40分01秒
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2007年05月17日
カテゴリ:つぶやき
悲しい事件やニュースで疑問に思ったことは、
ネットで検索していろんな人の意見を読ませてもらうことはあっても、
自分のブログにまで感想とかを書くことはあまりしないでいましたが・・・

1才の子をバイクのメットインに入れてって、
もうそのニュースを知ってからとにかく気分が悪くて・・・。
先月、1才の男の子の全裸の遺体が発見された当時から「また?」「親?」と
小さい命が犠牲になるニュースの多さに慣れてしまっていることも含めて
なんとも言えない気持ち悪さを感じたものですが、
窮屈なだけでなく、エンジンの熱、振動、闇、そんなところに閉じ込めたまま
母親は買い物、その交際相手はパチンコ。
開けてみたら死んでいたからビニール袋に入れて、遺棄した。
発見された日がその男の子の誕生日で、
容疑者二人は婚姻届を出したのもこの日だった
・・・ということを書いてある記事もありましたが・・・。
供述がはっきりしなかったり、矛盾点も多いので
どこまでが本当なのかはわかりませんが、
でも、幼い命が親によって奪われたのは事実。

は?
は?
・・・全く人として理解できるところがない・・・。

まずそんなところに人間を入れてしまうという発想も理解できなければ、
閉じ込めたまま買い物できる神経もわからないですし、
亡くなった姿を見て後悔するでもなく、
ビニール袋に上半身だけ入れて道端にって。
隠そうとも、弔おうともせず・・・。
もうかわいそうすぎて、言葉も見つかりません。
しかもその男女はお互いに人の命をそんなふうに扱えてしまう
そんな人間のいったいどこに惹かれて結婚するの?
失った子どもの誕生日によくそんな気分になれるな。
子どもの命をそんなふうに扱う人にとっての愛情ってなんなんでしょう?
この二人にとって、結婚して築こうとした「幸せ」って何のことだか聞いてみたい。


事件になる一歩手前で表面化していないところで
耐えてる子どもがたくさんいたりするのかな・・・
「こうのとりのゆりかご」という
「殺すぐらいなら捨ててください」みたいな『最後の手段』の前に、
子ども側の安全を確保できるかけこみ寺も必要だと思うし、
せっぱつまった親が1度余裕を取り戻すために短時間・短期間公的機関で
無料で預かってもらう場所とかそういう、芽のうちになんとかできる制度も
考えていかないといけないんじゃないかな。
もちろん必要ない世の中がいちばんいいんだけど。

生まれ変わりとかそういうのは、言葉の上での慰めでしかないのかもしれないけれど
虐待死した子どもの魂には、
次は本当に幸せな人生が待っていますようにと祈らずにはいられない。








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最終更新日  2007年05月18日 11時55分08秒
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2007年04月27日
カテゴリ:つぶやき


私は公立中学出身で、当時もヤンキーと呼ばれる人もいましたが、
・・・なんというか、まだかわいらしいものだったというか
やんちゃして他校の生徒とけんかはしても、
先輩には敬語とか、真面目な子には迷惑かけないとか。
それなりにルールはあったような。
A先生には徹底的に反抗しているけれど、
B先生の言うことは素直に聞いているとか。
卒業式に花束買ってきて、いちばん厳しかった体育教師と校長先生にプレゼントしてたり。

大人になって、すっごく子供のこと大切にしている親になっている友達もいるし、
一生懸命働いている人もいます。「います」というよりも大半がそうだと思うんです。

でも、なんだか最近見聞きする話では「やんちゃ」というかわいい言葉では
片付けられない、常識もルールもなく、ひんやりと冷たい感じで、
「下手に関わったら何をされるかわからない。殺されるかもしれない。」
みたいなレベルまで一部ではきているのかな。

「義務教育」って根本から見直さないといけないんじゃないですかね。
小学生のうちから、衣食住を自分で世話する方法とか
世の中のマナーや常識も触れる程度じゃなくって、本気で科目化したりして。
「将来の親になる人を育てる」「将来日本を担うリーダーを育てる」という感覚をもって
育てることも大事な気がします。

小学校だと1人の大人だけで、ほとんどすべての教科を担当した上で
さらに生活指導もするのって並大抵の仕事量ではないですよね…。
どうしても基礎的内容にとどまると思います。
中間レベルの子にはぴったりな内容だけど、
もう少しゆっくり説明してもらたらわかる子、
もう2回程同じこと説明されればわかる子はどうしてもおいていかれますよね。
もっとぽんぽんとリズムよく説明されれば集中できる子なのになっていう子もいるでしょう。
もう少しゆっくりならわかるのにな…という子も、塾へ行ける子はいいですけど、
そうでない子は、わからないまま次の学年でもっと難しいことを言われて、
もっとわからなくなって…の繰り返し。
学校が嫌いになるのも先生のことを信頼できなくなる子が出てきてしまうのも
自然なことに思えます。
本当に今のやり方が「公平」なのかな?

もう少しゆっくり教えてもらえれば、理解できるのに、
そのチャンスがないままずるずるとわからない授業の時間を我慢するだけって子。
別の教室ですが、
新中1で入塾テストを受けにきたある子の算数のテストは5点でした。
2問目の[3ケタ-2ケタ]の繰り下がりの計算ができませんでした…。

塾に行ければクラスを一つ下げてゆっくり授業を受けるということができます。
その単元だけ個別指導で勉強するということができます。
でも、塾にしろ個別指導にしろ費用が必要です。
ということはすべての子どもに与えられたチャンスではない。

塾でクラスを落としたことで、そのときはショックを受けても、
そのクラスのスピードが自分に合っていて、よく理解できて、
おもしろくなって、やる気もアップしたら、次のテストでは成績アップ♪
なんてことよくあることです。
成績が上がったから、1クラス上がる?と本人に聞いたら、
「それはうれしいけど、もう少し自信がつくまで今のクラスで受けたい」というケースもあります。

逆に、よくできる子が放置されているのも私は問題だと思う。
あの子はもうわかっているから~っていうのも、「放ったらかし」にはちがいない。
本当ならもっともっと学べる力を持っているのに、フタをされちゃうのも
かわいそうな話。

だからといって、理想言っているだけじゃどうしようもないのかもしれないけど。
でもでも、たとえば、
1組の先生は算数が得意で、2組の先生は本当は国語専門で、
3組の先生は理科が好きで、4組の先生は社会に詳しかったりして
音楽や美術、体育とかの先生にも協力してもらって、
月曜日の6時間目は、それぞれ苦手科目を弱点克服する時間として、好きな教室で授業を受けられる。とか、

火曜日の6時間目は、それぞれ苦手な科目の教室で授業を受ける日!
塾に通っている子たちはこぞって体育とか家庭科とかに集中したりして。笑

とかって、クラブ活動みたいに本人の自主性も刺激しつつ、
先生側もいつもとちがう顔ぶれに新鮮に授業してって、実現難しいものなのかな。
苦手な子用の授業を考えたり、得意でもっとハイレベルな子のための授業を考えるって
講師側にしてもすごくいい経験だし、教えるっていう仕事の醍醐味みたいなものもある。
たまに別のクラスの子たちと触れ合えるの、ちょっと新鮮だと思うんだけどなぁ。

月に一度、5年生に6年生が自分の得意科目を教えてあげる日とか。
自分のためにはなかなか努力できないけど、
教える立場になるとなったら俄然はりきって勉強するタイプとかいるよね~。


少子化と同時進行で、本気で子供たちの能力を伸ばす!鍛える!力をつける!っていう
教育を見直してほしいな。



私の勝手な妄想ですが。
「ゆとり教育」ってもしかしたら、ある種の陰謀で、
税金を我が物のように湯水の如く使い、甘い汁を吸い続けたい一部の政治家が、
国民全体から正しい判断力を奪って、自分たちの都合のいい国づくり
(「国づくり」というか「金庫づくり」というか)をするために
日本人総バカ政策として推し進めたのだったりして。
でも、あまりにも考える力を奪いすぎたため凶悪犯の低年齢化、増加で
刑務所が定員オーバー。
これはまずいことになった…とあわてて、
最低限は教育しないと税金をまじめに納付する人も減ってしまう!
納税してくれないと自分たちの目的も崩れ去る、それは困る!
とばかりに是正に踏み切った…なんてことはないだろうか。
なぁんちゃって。
星新一さんチックなブラックな小説のネタになりそうだな~なんて考えたりも。
ま、それは冗談ですけど。

でも結果的に親の収入と子供の学歴は比例するとかいうのを見聞きすると
すごく複雑な気持ちになります…。


少子化対策も大事だけど、
数が少なくなっている子供たちはそのまま将来の日本をしょって立つ大切な人財。
子どもたちのそれぞれの可能性を
もっともっと発揮できる環境づくりも整えてほしい!
みすみす すごい才能を持つ子が見過ごされてるのかもしれないですよね。
もったいないっ!



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最終更新日  2007年04月28日 12時12分08秒
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2007年04月16日
カテゴリ:つぶやき
つぶやき。
昨日の本から考えて・・・結局いきついた感想というか。


子どもが親の前で絶対見せない顔があるって、
それを親なら見破れるはずっていうのは「理想論」やなと。

自殺してしまう子も、万引きしてしまう子も、いじめする側になっている子も、
絶対親にはそういうところ見せない。
言ってしまえば、カレシとセックスしたって絶対言わないみたいな延長で。
やっぱりそこは家族とは言え、建前というものがある。
それは親だってそう。子どもに全てさらけ出すわけじゃないし、
常に理想的な対応ができるなんてのも難しいことで。

親にできることって、そういう危険や誘惑が待ち受ける思春期までに、
可能なだけ一生懸命に倫理観とか価値観とかの基礎を作っておいてやらなくちゃ!
ってことかな。
そのための勉強だし、習い事だし、学校だと伝えていくことかな。

「我が子を信じていますから」
といつか自分で学んでいくだろう~なんて放任主義では
昔みたいな口うるさいおっちゃん、おばちゃんがいたら別だけど、
現代みたいな環境では出会った友達に左右される部分が大きすぎる気がする・・・。

万引きするクラスメートを知ったとき、絶対的な嫌悪感をもてるか。
暴力や殺人に対して、絶対的にNOという気持ちになれるか。
もうそこで明暗は分かれてしまってるんだと思う。




私がまだ非常勤として講師をやってたとき、
「先生は、勉強に関係ないところも教えてくれるでしょ。
 それが楽しみで。」
と言われたことがあった。
こんなこと言って笑わせてくれたとか、こんなクセがあるんですね、とか
○○と仲がいいとか、こんなことで注意しましたよ、
とか、軽い気持ちでしていたそんな雑談を喜んでくれるとは意外だった。

子どもを育てるという大仕事をしている親にとって、
自分のいない場所での子どもの様子って、
すごく貴重な情報だったんだなと今改めて思う。

教科別に複数の講師がいて情報交換できる塾とちがい
小学校の担任の先生はそういう点では責任重大で大変だなぁ・・・。
あれだけの人数を一人でですもんね。
そして自分には荷が重すぎるかもと。

最初は小学生が塾ってちょっとかわいそうなんて思っていたが、
子どもの目標に向かう姿を応援してくれる大人が増えるんだ
と考えることもできるんだと思ったとき、
これ(塾講師)を職業にしたいなと思ったんだった。

あの保護者の方の言葉のおかげで、
私はもっと生徒のことをかわいく思えるようになったんだった。




昨日の晩、考え事をして寝付けずにいた私の横で、
2才目前の息子が、珍しく激しい夜泣きをしました。
私が陰な空気を発してしまっていたのかもしれませんね・・・。
次は明るくなれる本を読もうと思います。


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最終更新日  2007年04月16日 19時08分59秒
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2007年04月15日
カテゴリ:つぶやき
今日はかなり重い話題なんですが・・・。
「少年A~この子を生んで・・・」を昨日読みました。

石田衣良「約束」を読返し、他の作品も読もうと「うつくしい子ども」を読んだら、
あの事件を意識して書かれていて、読まなくちゃと思いつつ放っておいたままになっていた。子どもつれて図書館に行ったら目に飛び込んできて、手に取りました。


神戸連続児童殺傷事件の犯人自称「酒鬼薔薇聖斗」の両親の手記。
当時は私はまだ学生で「親がイイワケ書いた本」って感じて
途中まで読んで辞めたんだけど、
親という立場になって読んでみたらいろいろ考えさせられた。

特に、報道で言われていたことがずいぶんと勝手な憶測だったようで
私が持っていた事件の背景の印象とは全然ちがってた。

少年Aにもある程度同情すべき環境とかがあるのかと言えば、
この手記だけを材料にするのは少なすぎるが、私にはそう思えなかった。
むしろ親に同情してしまった。
虐待とか親の厳しすぎる躾とか、勉強ばっかりやらせてたとか、
極端なことマスコミに好き勝手言われてたけどそうじゃなくて。

事件の1年前の母の日に、母親の結婚式の写真を見てイラスト描いたり、
弟二人と父親とで家事を全てやったり、近くの土手の草むしりとかも
文句言いつつ手伝ったりしてる。
「ときどきやんちゃするけど、根はいい子。」

逮捕当日の家宅捜査の場面ですら、両親はわが子を疑っていない。
「中高生の男子の家庭一人ずつこうやって念入りに調べるのか」ぐらいに
思っていたというぐらいだから。
そのぐらい家庭で見せていた姿と結びつかなかったという。
行方不明の淳くんを少年Aの両親も日曜日の朝から必死に探している。

ときどき過度に執着心を見せていたとか部屋から小刀が発見されたとか
伏線がゼロではないけど、そのときそのとき
息子の言う「友達が・・・」っていうイイワケを半信半疑ではありながら
どちらがウソをついているか深く追及しないでとりあえず言い聞かせて
「わかったよ」と納得した様子を見せればとりあえずは一件落着とすることは
どの家庭でも多少なりはあることだろう。

犯行声明の「週に3つの野菜を壊す(=3人を殺す)」というところで
なぜ人を野菜に例えたのか。
幼稚園の頃、合奏の発表前に緊張しているだろう息子に向かって母親は、
「みんな野菜だと思ってごらん」と言って励ましたと。

しかし、息子の逮捕から約1ヵ月後、刑事さんに父親が叱られるところは印象的だった。 

「あの子の親の立場ではなく、人間として被害者の親御さん達に対し、
 どのように思われますか?そろそろA君の親として電話なりお詫びをされることを
 考えていますか?」

この時点で両親は逮捕当日から一度も息子である少年Aと面会ができておらず、
罪を認めた息子が現実のものとして受け入れられていない。
どこかで「何かのまちがいであってほしい」という気持ちもあるし、
本人がその件について自分のこととして話をしているのを見たことがない。
本人の口から聞かないことには・・・と思ってしまうのも親心かと思う。
本人が犯人であることを目の当たりにして、心底納得し、
子どもから自分たちになんらかの言葉があり、
そこで初めて被害者の方々へきちんと謝罪したいという気持ちは
親という立場の人間なら理解できなくもない。
しかし、これも周囲の人間からすれば逮捕されて一ヶ月も経つのに謝罪しない非常識な両親と映った。

親の対応だけに注目したら「ごく普通の家庭」という印象。
この両親には責任がないって言いたいんじゃない。決してそうではないのだが、
「親に原因がある」と簡単に言えるわかりやすい要素はないってことが怖かった。
「子どもの言葉を信じる」ってどういうことだろうって。


育児日記のところらへん読んでいたら、
自分の愛する子が命をそんなふうに考えてたなんて、
弟の友達を無残な殺し方をし、
それを「作品」なんて言うことに直面した母親の胸中を思うと
ものすごいショックと悲しみ、いたたまれなかった。

そして結局のところ、少年Aがあんな凄惨な事件を起こすようになってしまう決定打と
なりうるエピソードのようなものは両親の手記からは見つけられなかった。
それを「子どものことを何もわかってない親」だと批判することもできる。
たがそう批判するだけの人は、この両親と同じ落とし穴に落ちる可能性があると思う。

子どもが自殺するほどにいじめに悩んでいたということに、自殺されてから気づくという
悲しい事件もそうだと思う。
だからと言って、読んでいる本・雑誌、つきあっている友人
その子ども同士の会話、ちょっとしたいざこざ、全て把握しようとするのも不自然だし。
信用しているからこその距離も大切。

結局のところわけがわからなくなった・・・。
なんかいろいろと考えてたら朝だった。

本は1999年に発行されたもの。
裁判の途中までのことしか書かれていないんだけど、
少年Aは2005年、出所している社会に出ているはず。(→参照記事
どの程度の更正が成功して社会に出ているのだろう。


今回は、少年法とか犯罪という点は置いておいて、
ただ「息子を持つ母親として」、
子どもとどう接していた人なのかなとか、
そういう視点で読みました。









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ネットでこの事件を検索するとさまざまな検証が出てきて、
多少私の中でも混乱しています・・・。
何か大きなものによって捻じ曲げられた印象が残り、すごく気味の悪い霧に包まれたようです。






最終更新日  2007年04月16日 01時40分58秒
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2007年04月03日
カテゴリ:つぶやき
うちは子どもがまだ小さいので、育児関連のサイトをよく見るのですが・・・

「子どもに否定の言葉をかけたくない。だから叱らない。」
「多少乱暴なのも個性なのに、他のお母さんから公園にいる時間をずらされている。」
「のびのび育てたいから、子どもがしたいようにさせている。」
「私は笑顔が見ていたいので叱るのは幼稚園に言ってから先生に任せようと思う。」

・・・うーん・・・。
これはこれで、子どもの力をみくびっているように思うのですが・・・。
教えてあげれば理解できるのに、教えてあげないってかわいそうというか。
しかってもらえれば何回かの経験の後、ちゃんとそれはいけないことだと自分で判断できる子かもしれないのに。

「ダメ!」「ダメ!」って言い続けるのももちろんどうかと思いますが、
世の中何をしても許されるというわけではないし、ルールというものがある以上
理由をこんこんと言って聞かせるなり、時にはびしっとしかりつけたり、
必要だし、その子の理解の範囲を親としてきちんと判断して
少しずつでも教えてあげることをしないで、
いったい子どもにどんな可能性が広がっていくというのでしょう。

たくさん誉めて育ててあげたいというのは私もそうです。
感情をぶちまけるのもいけない。
たくさん子ども話を聞いてあげる。もちろんそうです。
でも、叱ることをゼロにするのも不可能でしょう。
子どもなんだから未熟。
それは未熟なことが許される間に伝え続けていく必要があると。
叱ることを厳選して、それだけはきちんと伝える。
ルールや価値観が身について、苦手なことも乗り越える努力なりをして
そういう基盤があってこその『個性』だと。
何も本能の欲望のまま生きることが『個性』ではないと思いますが・・・ちがうのでしょうか・・・。

周りの大人が常にその子を「王子」とか「姫」とか言って、言うだけじゃなくて、
機嫌をとることに専念し、その子の思うがままの家庭生活を過ごしていれば、
きっと幼稚園や学校はルールだらけで窮屈に感じるだろうなぁ。
感じなくていいストレスを感じるんじゃないかなぁ。

極端な話、少年犯罪の中で思いどおりにいかなければすぐに暴力にうったえ、
最終的には相手を死に至らしめた・・・とかっていう事件も頭をよぎったりするんだけども。


「悲しいとかさみしいとかマイナスの感情を小さいうちに知ると
 社会に出るのがこわくなってひきこもったりするから
 小学校を卒業するまでは悲しい絵本やさみしい絵本やこわい絵本は
 読ませない。教科書でもやって欲しくない。」
「日本昔話も切ない話のときは見せない。」
「知らずに悲しい話を見せてしまった!どうしよう・・・」

こういう話題にも、違和感を感じます。

でも、私は仕事柄たくさんの親子とじかに接する機会が多くて、
どんなふうに子どもさんと接してこられた親御さんのところのお子さんがどんな感じに育っていかれたかというような本当の姿を数多く見てこれたから、
こう感じることができるんだろうなと思います。

やっぱり何気ない毎日の中で親御さんの方が引いて、子どもの主張が通ってきたことが多いとおっしゃるところでは、根気のある子が少ないというか。すねちゃう子が多いというか。
基本的に主導権は親御さんがしっかり握っていて、ここぞというときにじっくり子どもの意見やそう思う理由を聞く。ということができているご家庭だと、けじめもついていて、
しっかり自分の意見を相手に伝えようという力もついていると。
経験ってやっぱり子どもの力になりますよね。

でも、ま、わが子となるとなかなか難しいなというのもあるんですが。(^_^;)
私の関わった親子の中に、たくさん憧れの親子関係を実現なさっているところがあったので、
あのお母さんならこんなときどうするかな?なんて想像しながら
真似させてもらっています。



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話は変わりますが、息子がまたロタウイルスによる下痢嘔吐症にかかってしまいました。
今回は熱もないし、軽い方だと思うんですけどね。
とてもとても甘えっこです。。。
落ち着いたら、塾物語第11話、アップできると思います。







最終更新日  2007年04月03日 18時41分49秒
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