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2019年09月17日
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カテゴリ:洋画(12~)
8月に観た映画は、8作品でした。2回に分けて紹介します。


「いつのまにか、ここにいる乃Documentaryof木坂46」
撮影は2017年の12月末から。今までのAKBグループのドキュメンタリーとは違い、既に日本を代表するアイドルグループになった後の撮影ということになって、監督も手探り状態。かなり、監督の独白の多いドキュメンタリーだった。気持ちはわかる。アイドルが何故ドキュメンタリーとして絵になるかといえば、普通の少女がアイドルに「変貌」してゆく様が絵になるからである。AKBはそれを最初から最後まで見せるのが、新しい商業スタイルであり、私もそれに魅力を感じていた。

西野七瀬の卒業を軸に、構成していたが、ネームバリュー的にやはり第4期生までいる乃木坂グループの中で、やはり第1期生中心に登場する(与田祐希だけは別)。その中で監督が目をつけたのは、白石ではなく、齋藤飛鳥だった。アイドルグループとして、異様に(でも演技ではなく)仲がいい乃木坂グループなかなかで、1人クールに1人立っている飛鳥の内面まで掘り下げたのが、今回の特徴になっている。二十歳過ぎの普通の女の子であるというのを再確認するドキュメンタリーだった。

私は、やはりAKBの「今」の方が気になる。8年(ユーチューブで見れば12年)リアルタイムで映像で追っかけてきて、女の子たちの変貌がわかるからである。

(解説)
結成から7年目を迎えた2018年9月。22枚目となるシングルの選抜発表の場で、エース西野七瀬の口から自身の卒業が明かされた。いつまでも変わらないと信じていた、しかしいつか失ってしまうとわかっていた、戸惑うメンバーたち。今や自らの予想をはるかに超える人気を獲得し巨大化したアイドルグループ、乃木坂46。その“うねり”の中にいる自分は、はたして何者なのだろうか?エースの卒業をきっかけに自分探しの旅に出る少女たちの心の葛藤と成長をこれまでにない親密な距離感で、物語はつむがれていく。
監督 岩下力
出演 乃木坂46


「愛と青春の旅だち」(午前10時からの映画祭)
どうもテレビのロードショーをつまみ食いしていたようだ。映画は、最初から最後まで集中してみないと、その作品の訴えたいことはわからない。

81年卒業生の士官学校の1年間を描く。親の愛をまともに受けていないと勘違いした青い若者が、大人の訓練の中で、仲間と女性への愛に目覚める青春ものである。製紙工場からお姫様抱っこで奪いにくるラストだけが印象的で、シンデレラストーリーのように思っていたし、今でもそう勘違いする中年女性は多いとは思うが、士官学校を出たからといって、それはサクセスストーリーではない。この映画のいくつかの悪いところは、士官学校を出ることが成功だと世の中に勘違いさせたところだろう。

私はこの映画ではなく、この後「フルメタルジャケット」(1987)を観たので、士官学校は実はこんな人間的なところではなく、反対にいかに1年間で人間性をなくさせるところかを知っている。実際そうではないと、人を戦争に送れないのだ。ついていけなければ発狂するしかないのだ。その帰結が沖縄の数多くの事件でもある。

(解説)
士官養成学校生の友情と恋を描くドラマ。製作はマーティン・エルファンド、監督は「アイドルメイカー」(81、日本未公開)のテイラー・ハックフォード。同じような体験を持つダグラス・デイ・スチュアートが脚本を執筆。撮影はドナルド・ソーリン、音楽はジャック・ニッチェが担当している。出演はリチャード・ギア、デブラ・ウィンガー、デイヴィッド・キース、リサ・ブロント、ルイス・ゴセット・ジュニア、リサ・エイルバッチャーなど。1982年作品。
(ストーリー)
ワシントン州、シアトル。その日の朝、ザック・メイオ(リチャード・ギア)は、全裸で寝ている父バイロンと娼婦を見ながら、少年時代を思い出していた。海軍の兵曹だった父の不実をなじって母は彼が13歳の時に自殺。ザックは父の駐屯地であるフィリピンにゆき、悲惨な思春期をすごしたのだ。目覚めた父に、彼は子供の頃からの夢だったパイロットになるため、海軍航空士官養成学校に入ると告げると、父は軍隊なんかに入って苦労するのは馬鹿げたことだという。しかし、彼の決意は固く、シアトルの近くにあるレーニエ基地内の学校に入学する。彼を含め34人の士官候補生を待っていたのは訓練教官の黒人軍曹フォーリー(ルイス・ゴセット・ジュニア)のしごきであった。34名の中にはケーシー(ルイス・アイルバッチャー)のような女性もいた。女性を除いて皆丸坊主にされ、ザックはオクラホマ出身の純朴青年シド(デイヴィッド・キース)、妻子持ちの黒人ペリーマンと同じ部屋を割り当てられた。13週に及ぶ過酷な訓練が始まった。フォーリーは皆を徹底して罵倒し、ザックはメイオではなくメイヨネーズとののしられる。4週がすぎ、候補生は市民との懇親パーティーに出席することが許された。フォーリーは「娘たちは士官候補生をひっかけようと狙っているから注意しろ」という。ザックとシドは、パーティーでポーラ(デブラ・ウィンガー)とリネット(リサ・ブロント)と知りあう。彼女らは製紙工場の女工だった。そして何となくザツクとポーラ、シドとリネットのカップルが出来あがった。週末になると2組のカップルはデートした。ポーラはザックの内面の屈折した影が気になりながら、彼を愛するようになる。フォーリーは、仲間と溶けあおうとしないザックを特別しごきにしごき、任意除隊(DOR)を申請せよと迫る。ついに、極限状態に達したザックは「ここ以外に行くところがない」と叫ぶ。それを境にザックは、チームの一員として行動するようになつた。日曜日、ポーラの家に招かれたザックは、彼女の父も士官候補生だったことを聞かされる。ポーラも士官候補生をひっかけ、あわよくば玉の輿を狙っているのかも知れぬと思うザック。ザックは翌日、ポーラがかけてきた電話に出ようとしなかつた。一方、シドはリサから妊娠したと聞かされると、DORを申請。結婚指輪を持ってリサの所へかけつけた。だが、彼女は士官としか結婚しないという。ショックを受けたシドは、モテルに行き、自殺する。シドのDORを受けつけたフォーリーに、ザックは挑戦。2人は凄絶な闘いをくり広げた。やがて、卒業式の日が来た。少尉に任官したかつての候補生1人1人に敬礼するフォーリー軍曹。「君のことは忘れない」と言うザック。彼は製紙工場に入り込むとポーラを抱きあげる。背後で拍手するリサ、ポーラの母親ら。
2019年8月1日
TOHOシネマズ岡南
★★★★


「アルキメデスの大戦」
久しぶりに★2つが出た。インタビューを見ると、山崎貴監督はこの作品を反戦映画として認識している。映画を観て、その要素がないどころか、歪んだ歴史認識を植え付ける有害映画としか思えなかった。「永遠の0」の主人公が特攻する前に、原作にはないニヤリと笑う場面を作るなど、この監督の歴史認識には前から疑問を持っていたが、やはりねと思った。

「巨大な戦艦を作れば、それを頼みに戦争に突き進んでしまう」という論理が、9割大手を振るっていて、米国に留学しようとしていた櫂直は取りやめて、戦艦大和の発注のゴマカシを証明しようとする。数字は嘘をつかない。けれども、歴史認識は嘘が大手を振ってきたのが歴史的事実だ。ラストで、櫂直はもう1つ2つの嘘を承認してしまう。それは、この作品自体がその嘘を承認したということだ。それを堂々と作った監督はバカとしか言いようがない。

(ストーリー)
昭和8年(1933年)、第2次世界大戦開戦前の日本。日本帝国海軍の上層部は世界に威厳を示すための超大型戦艦大和の建造に意欲を見せるが、海軍少将の山本五十六は今後の海戦には航空母艦の方が必要だと主張する。進言を無視する軍上層部の動きに危険を感じた山本は、天才数学者・櫂直(菅田将暉)を軍に招き入れる。その狙いは、彼の卓越した数学的能力をもって大和建造にかかる高額の費用を試算し、計画の裏でうごめく軍部の陰謀を暴くことだった。
(キャスト)
菅田将暉、浜辺美波、柄本佑、小林克也、小日向文世、國村隼、橋爪功、田中泯、舘ひろし
(スタッフ)
原作:三田紀房
監督・脚本・VFX:山崎貴
音楽:佐藤直紀
製作:市川南
2019年8月1日
TOHOシネマズ岡南
★★


「COLD WAR あの歌、2つの心」
久しぶりに★5つ。大傑作というのではなく、好みの問題だと思うのだが。冷戦下の15年の西欧の愛の物語を88分で駆け抜ける。映画マジックだ。冷戦状況を批判する話でもなければ、濃密な男女の心理戦を描く話でもない。その代わり、美しい歌と、美しい映像がある。その行間は、観客が埋めなければならない。ポーランド版テオアンゲロプロスともいえるかもしれない。

パヴリコフスキの膨大な写真展を高速で、バックにドルビーサウンドの音楽を聞きながら、駆け抜けるとこうなるのかもしれない。

「向こう側に行こう。もっと綺麗な処へ」。「浮雲」と重ね合わせた観客が居たが至言である。

(解説)
第71回カンヌ国際映画祭に正式出品され、光と影のコントラストでモノクロなのに鮮烈としか言いようのない映像と、愛し合う男女の引き裂かれてはなお一層求め合う行方の分からないストーリー展開、さらに二人の心情を奏でる音楽が絶賛され、見事監督賞を獲得した2019年最高の話題作が、遂に日本を陶酔させる。
忘れられない歌 「2つの心」があったから……
ポーランド、ベルリン、ユーゴスラビア、パリを舞台に、西と東に揺れ動き、別れと再会を繰り返して15年。過酷だがドラマティックでもあった時代に流されながらも、「黒い瞳を濡らすのは一緒にいられないから」と、愛を知る者なら誰もが魂を揺さぶられる「2つの心」という名曲で結ばれ、互いへの燃え上がる想いだけは貫こうとする二人。民族音楽と民族ダンス、さらにジャズにのせて、髪の毛1本、草の葉1枚、そよぐ風と揺れる水面まで、すべてのショットが私たちの生きる世界はこんなに美しかったのかと教えてくれる映像で綴る、心と五感を刺激する極上のラブストーリー。
2019年8月8日
シネマ・クレール
★★★★★






最終更新日  2019年09月17日 18時01分38秒
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2019年09月16日
カテゴリ:邦画(12~)
実は3日間旅をしていました。記事アップは2日ぶり。家を空けるのを大ぴらにしない方がいいのかな、と思うようになりました。ここまでブログをやると、見る人が見れば、もう家を特定できてもおかしくはない、と思ったからです。山大新聞会の同窓会です。なんやかんやあったので、また旅レポートします。ちょっと憂鬱です。新聞会の先輩たち方はみんな、私の文章にダメ出しをする「権利」があるからです。3回ぐらいで毎回長文書いてサッサと終わらそうかと思い始めました。

閑話休題。今月の労組機関紙に連載している映画評です。


「万引き家族」

私は、映画は、だけでなく芸術作品総ては、直に自分の目で見ないと「批評」しないことにしています。絵画もそうですが、映画も直接観ないとわからない事がたくさんあるからです。残念ながら最近、観ないで褒めたり貶したりする人が多すぎる。「主戦場」然り、「従軍慰安婦像」然り。

この映画は、DVで可哀想な少女を貧困家庭の父親と息子がつい拾ってしまう所から始まります。そして、万引きや年金不正受給をしながら、家族みんな幸せに暮らそうとした話です。

カンヌ映画祭パルムドールを獲ったからなのか、家族を非難する炎上騒ぎは起きませんでしたが、本当はこれらは明らかな違法です。可哀想だからといって両親から隠せば誘拐になります。家族をどのように、評価するのか?それは観た者だけが言及する権利を持っています。多分人によって変わると思う。物語の真実は、たいていは揺れて微妙な処にあると、私は思っています。だから、祖母(樹木希林)、夫(リリー・フランキー)、妻(安藤サクラ)、叔母(松岡茉優)、息子?の祥太(城桧吏)そして拾われた少女のゆり(佐々木みゆ)たちは、そういう微妙な監督の要請にきちんと応えて絶妙な演技をしていたと思います。

また彼らは、ちゃんと罪にも向き合っていました(リリー・フランキーだけは疑問符がつきますが)。それだけではない。樹木希林が海を見ていたとき、安藤サクラが「何なんだろうね」と涙を拭ったとき、松岡茉優が無人の引き戸を開けたとき、城桧吏がけじめをつけたとき、佐々木みゆがラスト「外」に何かを見つけたとき、彼らは何かをつかんだような気がします。

あ、それから、日本の貧困に対するセーフティネットの欠如の告発もありました。老人の年金受給が2ヶ月で12万円もない。日雇い労働者が明らかに仕事中事故をしても、労災が下りない。長年勤めている非正規労働者の首切りが平然と行われる。こういう社会ががさりげなく描かれていました。SNSでは「政府から助成金もらっているのに、そんな告発映画作っちゃダメだろ」といっとき話題になりました。「忖度」意識も極まれりですね。改めて言いますが、そんなことをいう若者(だけじゃなく大人も大勢いるけど)の殆どは、作品を実際に観ずに言っています。映画の批判は、作品を観てからにすべきです。
(2018年監督・脚本・編集:是枝裕和作品、レンタル可能)






最終更新日  2019年09月16日 19時14分45秒
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2019年09月13日
テーマ:本日の1冊(3010)

「KOKKO第36号」日本国家公務員労働組合連合会

特集の「労働組合はSNSで運動できるか」に興味を覚え、わざわざ取り寄せました。労働組合をNPO団体に換えれば、現在私が参加している団体&サークルでも、そのまま活用できるのではないか、と目論んだからです。

座談会の司会者を務めていて、本雑誌の編集者の井上伸氏は、私はFacebookもフォローしているが、労働問題の労働状態分析のエキスパートで、一時期ヤフニュースの個人オーサーをしていた時には常に労働問題では上位アクセスを稼いでいた。彼が作るグラフや表には、滅多にマスメディアに載らない視点に溢れていて、いつも目を覚まされる。

マスメディアに載らないけれども、どうやって運動を作っていくか(特定の人や世の中に認知されるか)、ずっと試行錯誤を繰り返してきた彼だからこそのノウハウや問題意識があるのではないかと期待したわけです。

先ずは「サルでもわかる」と副題をつけたらいいかと思われるような資料「国公労連版SNS活用のススメ」がオススメです。特にNPO団体には、「いいとわかってんだけど、やり方がわからん」「炎上とか怖いんじゃないの」というお年寄りが大勢いらっしゃる。その方達に向けて、親切丁寧に書いている。私は第2部「SNS実践編」で、いくつか参考になるところがあった。その更に実践編が、座談会である。東京と地方では全く状況が違うのではあるが、やってみなくちゃわかんないところもある。

面白かった。






最終更新日  2019年09月13日 10時39分43秒
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2019年09月11日

ビッグイシュー366号ゲット!

特集は「プラスティック革命」。リード文は以下の通り。

2050年、海の中のプラスチックの量は重さで魚の量を超える、との試算がある。
1950年頃からのバージンプラスチックの生産量は約83億トン、うちリサイクルされたのは1割弱。今も毎年900万トン以上が海に流れ着き、5ミリ以下のマイクロプラスチックとなって魚などの体内に取り込まれ、生態系の連鎖が始まっている。
ようやく各国が「使い捨てプラスチック使用禁止」に取り組み、欧州などではプラスチックごみを資源化、再循環させる「サーキュラー・エコノミー」への産業政策が加速している。
環境ジャーナリストの枝廣淳子さん(幸せ経済社会研究所)、徳島県上勝町でごみのリサイクル率8割以上を実現した「NPO法人 ゼロ・ウェイストアカデミー」の坂野晶さん、プラスチックごみを分子レベルに戻して再資源化する「日本環境設計」の岩元美智彦さんに取材した。
プラスチックごみの環境流出を防ぎ、再資源化する「サーキュラー・エコノミー」への動きに注目し、市民ができることを考えたい。

プラスティックの海汚染は、今はなき「DAYS JAPAN」の中で、海鳥の腹いっぱいにプラスティックが詰まっていたという衝撃的な写真を見てから、やっと私も意識するようになった。海汚染は待った無しの状況になっている。

ショックなのは、「容器包装プラスティックの廃棄量」の一人あたりの量は、約35キロで、世界の中で、米国に次いで2位だったということだ。あと、EU、中国、インドと続く。これは、国民の意識の問題だと思う。

リサイクル技術の解説があったのだが、今ひとつよく分からなかった。勉強が必要かもしれない。

スペシャルインタビューは、クリスチャン・ベールだった。あの、カメレオン俳優だ。

2013年 アメリカン・ハッスル
2012年 ダークナイト ライジング
2010年 ザ・ファイター
2009年 パブリック・エネミーズ
2009年 ターミネーター4
2008年 ダークナイト
2007年 3時10分、決断のとき
2007年 アイム・ノット・ゼア
2006年 プレステージ(2006)
2005年 ニュー・ワールド
2005年 バットマン ビギンズ
2004年 マシニスト
「バッドマン」の時以外、あまり印象にないのは、彼の本当の顔がよくわかっていないからかもしれない。

今年春に公開された『バイス』で恰幅のよいチェイニー元米国副大統領を演じたクリスチャン・ベールが、今作『荒野の誓い』では西部劇の伝説的陸軍大尉に“変貌”を遂げた。らしい。「白人とアメリカ・インディアンたちの和解を描くこの作品は、分断の広がる今日の世界で大きな示唆を与えてくれます。」とのことである。西部劇だと思っていたら全く違うみたい。見ておきたい。






最終更新日  2019年09月11日 20時42分46秒
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2019年09月10日
テーマ:本日の1冊(3010)

『「坊ちゃん」の時代』関川夏央 谷口ジロー アクションコミックス

思うところがあって、再読した。再読、再々読、再々再読に耐え得る漫画は少ない。その数少ない作品のひとつ。その度にもちろん発見がある。


ほぼ20年ぶりに読んだ。その間、私も経験をつんできた。p66の明治38年東京の街並みの風景。千駄木の漱石邸から東京帝国大学まで2キロほど歩いて通ったらしいが、私も2年前たまたま歩いて踏破した。確かに歩いて通えないことはない距離だ。約10人の群衆の中に1人洋装の紳士(漱石)、あとは車夫の2人、和服の侠客1人、和服の婦人3人、屋台の親父、和服の子供2人。本瓦の二階建て土蔵造の商家、後ろに晩鐘が見える。谷口ジローの誠実な仕事は驚くばかりだ。この時は際物扱いの連載だった。ここまで丁寧に描く必要はどこにも無かったのである。編集者も原作者も全5巻の長編になることなど考えもしていなかった。第2回手塚治虫文化賞マンガ大賞受賞。


この20年間に、私は本郷区丸山福山町の元樋口一葉が居たという長屋のあった階段を眺めたことがある。本書には、その同じ風景に、漱石と森鴎外、そして森田草平、平塚明子(らいてう)を配している。もちろん創作ではあるが、そんなこともあってもいいではないか、と思わせるのが「画」の力である。


漱石は、「坊ちゃん」のモデルとなったという車夫(坊ちゃん)と侠客(山嵐)、警視庁警視(赤シャツ)を思いつき、森田草平(うらなり)、山縣有朋(校長)、桂太郎(野だいこ)、平塚らいてう(マドンナ)などをモデルにして坊ちゃんを創作した、と関川は創作した。そうすることで、「坊ちゃん」が単なる痛快活劇ではなく、鬱々たる気持ちに居た漱石から見た明治の姿だったのだと世に問うた。思うに名作である。


赤シャツと野だいこは中学校すなわち日本そのものを牛耳りつづけるだろう。
坊ちゃんも山嵐も敗れたのだーしかし
坊ちゃんには帰るべきところがあった
それは清のいる家、すなわち反近代の精神のありかであった
(p238)

名作は1巻目までだった覚えがある。そのあとは、力作だが、冗長になった。






最終更新日  2019年09月11日 10時12分05秒
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2019年09月09日
テーマ:本日の1冊(3010)

「亡き人へのレクイエム」池内紀 みすず書房

ドイツ文学者・エッセイストの池内紀氏が8月30日に亡くなった。78歳。膨大な著作のほとんどに、私は接していないが、晩年の2つの仕事を読んで私は深く感銘を受けたので、残念でならない。ただ、近年次々と刊行された著作ラインナップを見ると、この数年間死への仕度をしてきたようにしか見えない。

森鴎外『椋鳥通信(上・中・下)』(2014-15)は、鴎外全集の中でも際物に扱われていた20世紀初頭の何処よりも速い西洋ゴシップ記事レポートを、あまりにも詳細な注解を付して立体的に提示したものだ。鴎外研究にも大きく与するはずだが、第1次世界大戦前のヨーロッパを、我々がインターネットで知るかのように見せてくれるという意味でとっても面白い著作だった。またその後に、しばらく絶版だった池内最初の訳書であるカール・クラウス『人類最期の日々(上・下)』(2016)も再発行された。正に第1次世界大戦下の、直ぐに勝利のうちに終わるだろうと思っていたドイツ国民を、政治家・庶民まるごと「同時進行で」劇化した大作である。これを留学生だった池内紀氏が翻訳し、そして現代に再度問うたことに、池内氏の企みがある。高価なこともあり、おそらくほとんど売れていないはずだが、これらの仕事は後世必ず評価されると思う。

そして今年は、亡くなる直前に『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』という現代日本を見据えた評論を出している。

文章の振り幅は、ドイツ文学に偏らず森羅万象に及び、現代日本については批判的で、正に日本を代表する知識人の一人だったと思う。

長い前振りだった。本書を紐解く。2016年発行。21世紀を迎えて以降の、様々な知り合いの追悼文や思い出話に、「死について」の短文を添えて書き遺している。森浩一、北原亞以子、森毅、小沢昭一、米原万里、児玉清、高峰秀子等々、私の知っている者だけさっと読んだが、長い間常連役をしていたラジオ番組「日曜喫茶室」への歯に衣を着せぬ批評など、辛口であることを意外に思った。けど、亡くなった人への評価は愛がありやさしい。そして自らの死期を悟って書いているのかまったく不明ではあるが、「自分の死を他人にゆだねない」と自らの尊厳と自由をかけて宣言している。思うに、根っからの西欧的知識人かつ自由人だった。






最終更新日  2019年09月09日 12時53分47秒
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2019年09月08日
テーマ:ニュース(76816)
カテゴリ:社会時評
赤旗(19.08.28)が「表現の不自由展」で中止に追い込まれた「平和の少女像」の作者キム・ソギョンさん キム・ウンソンさんのインタビューを掲載している。

この前、私が書いていることを裏付ける記事であるばかりではなく、大事なことも言っていた。詳しくは実際に読んで欲しいのだけど、該当箇所をコピペして、のちに私の意見を述べる。

金学順(キム・ハクスン)さんが実名を公表し、被害を告発したのは1991年8月でした。その時、私たちは、その事実に心を痛めつつも、被害者がいて加害者もはっきりしている、解決はそう遠くないだろうと考えていました。
しかし2011年1月、水曜集会に遭遇しました。まだ解決していなかったのかという驚きと、そのことを知らなかったという申し訳なさが募りました。集会の主催団体を探し訪ねると、支援者から寄付を募り「平和の碑」建立プロジェクトが進行中で、芸術家としてできることをやろうと決意しました。

再展示求める声に希望

芸術家たちの表現の自由が守られることは民主主義の基本です。「表現の不自由展」で、少女像が最後まで展示することができれば、日本に民主主義があるということが証明されると考えていましたが、そうはなりませんでした。
短い時間でしたが、私が会場にいて感じたのは、日本の市民の成熟した姿勢です。
説明を熱心に読みメモをとる人や、ハルモニたちの境遇を思って涙しながら鑑賞する人もいました。多くの人から「展示してくれてありがとう」「反日の象徴だと誤解していた」と声をかけられました。中断している「不自由展」の再開を求め行動する市民もいて、被害者の人権を無視している安倍政権とは違うと感じ、本当にうれしく思いました。

反日ではなく共感

少女像の隣には誰も座っていない椅子を置きました。亡くなったハルモニたちが隣で見守っているよ、という意味があります。そして通りかかった人が、なぜここに椅子があるのかと考え、座って少女像の手を握り、ハルモニが夢見る平和を想像したとき、この作品は完成します。


実際に作品を見た人が「反日の象徴だと誤解していた」と感想を言ったことは重要である。少女像は貴方を嫌っているのではない。「私を知って」と願っているのだ。
「反日ではなく共感」の小見出し通りである。

「 芸術家たちの表現の自由が守られることは民主主義の基本です。「表現の不自由展」で、少女像が最後まで展示することができれば、日本に民主主義があるということが証明されると考えていましたが、そうはなりませんでした。」
ホントにそうだったと思う。反対に言えば、現代日本は民主主義の基本が損なわれていることを明確に自覚しなければならないということだ。ある程度は「そうではないかな」とは思っていたが、結果をこのように示されると少なからずショックだ。普通理系ではなく社会系のことは、リトマス試験紙みたいなもので検証することは不可能だが、これはそれが出来たということだろう。

日本は表現の自由が守られていない、民主主義実現未満の国である。

私たちは、この認識をしながら生活をしなくてはならない。






最終更新日  2019年09月08日 08時05分20秒
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2019年09月07日
テーマ:本日の1冊(3010)

丸善のPR誌「本標(ほんのしるべ)」9月号が上梓された。ウェブ版で拝見した。

表紙は今回は、マレーシアのコタキナバル(ボルネオ島最大の都市で約55万人)のタイヤングエンタープライズという本屋さんだ。この街で1番大きな本屋らしい。何か、日本の昔からある町の本屋さんの雰囲気。二階建てで、一階は新聞、雑誌、書籍(実用書・料理書などが中心)、二階はコミック、参考書など。お母さんが教育熱心でよく売れるらしい。でも、これがホントに都市1番の本屋なのか?小説や専門書は?でも、これが現代のマレーシアの文化的水準なのかもしれない。

巻頭書評は、この前読んだ「生き物の死にざま」だった。次は、「菌は語る」星野保 春秋社。文章の面白さが冴え渡っているらしい。興味深いのは、「仮病の見抜き方」國松淳和 金原出版。なんと専門医が「医療現場を取り巻く嘘と偽りを小説という形で表現」したのだそうだ。普通は本屋の専門書コーナーにあるらしい。これは読んでみなくては!






最終更新日  2019年09月07日 19時47分21秒
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2019年09月06日
テーマ:本日の1冊(3010)

「蜜蜂と遠雷(上)」恩田陸 幻冬舎文庫

「おたくの業界(クラシックピアノの世界)とうちの業界(文芸業界)は似てるよね」と、開始早々、芳ヶ江国際ピアノコンクール審査員の三枝子の友人、ミステリ作家真弓は言った。コンクールの乱立と新人賞の乱立、どちらも斜陽産業、普段は地味にこもって練習したり、原稿を書いたりしている。
「コストが違うわよ」三枝子は反駁する。ピアノは金がかかるのだ。
でも、「世界中何処に行っても、音楽は通じる」そこは、作家は羨ましそうに三枝子に云う。おそらくこれきりの登場だったと思うが、真弓は作者の分身である。
そう!だから恩田陸という作家は言葉を使って「言葉の壁を越えて、感動を共有する」場面をつくるという無謀な試みに足を踏み入れたのかもしれない。言葉にならない感動を、言葉を使って表現する。でも考えれば、それは古(いにしえ)から文学が試みてきたことでもある。

ーーー結局、誰もが「あの瞬間」を求めている。いったん「あの瞬間」を味わってしまったら、その歓びから逃れることはできない。(25p)

風間塵、栄伝亜夜、高島明石、マサル・カルロス・レヴィ・アナトール。4人の紡ぐ音が非凡なこと、そして個性的なことは、読むだけで明確にわかった。

でも、それがホントはどんな音なのか、ましてや「あの瞬間」を私は味わう事が出来るのか?筋金入りの音オンチの私は全然イメージできなかった。でも、努力はしようと思う。幸いにも、図書館ウェブサイトの提供で「蜂蜜と遠雷」関連の曲集を見つけた。下巻に取り組むまでに、ちょっと練習してみようと思う。







最終更新日  2019年09月06日 20時06分31秒
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2019年09月04日
テーマ:本日の1冊(3010)

「図書 2019年09月号」岩波書店

非常に気がかりな事が書いてあった。掲載文章のことではない。巻末の編集後記「こぼればなし」のことである。KADOKAWAのPR誌「本の旅人」の休刊に関して述べて、「PR誌のあり方も変化していくのが趨勢」と述べているのである。

かつては広告媒体も新聞や雑誌に限られていて、そのメディアの多くが書籍の読者と重なっていた。しかし、それらの読者の減少が続いている。他方SNSで発信された、ある個人の「つぶやき」がベストセラーをもたらすことも、もはや特別な風景ではなくなってきている、とこの編集子は認識している。

ただ一方で、電子書籍が紙媒体を近いうちに駆逐すると思われていた米国でも、紙への回帰と見られる現象があるらしい。

だから、「本の旅人」の休刊に伴って、PR機能は文芸情報サイトへ、連載媒体は既刊雑誌や電子雑誌へ移行するのは、単純に「紙vs.デジタル」といった構造ではないだろうと分析する。

「PR誌のあり方も、PRの方法にあわせた最適なものが考えられてゆくことになるのでしょう」と編集子は結ぶ。素直に読めば、「図書」の休刊を模索しているとしか思えない。止めて欲しい。この形態だから、気軽に読めるのである。書き手も、此処だから書けることを書いてきたのだと、私は想像する。

巻頭の伊東光晴氏の「私にとっての加藤周一」もそうだ。一見、鷲巣力『加藤周一はいかにして「加藤周一」になったか』の書評の体裁をとりながら、明らかに、新しい加藤周一評伝の新材料を提供する貴重な論文になっている。どこかの雑誌が加藤周一特集を組まない限りは、決して書かれることのなかった論文である。加藤周一ファンの私としては、とても参考になる論文だった。6月号の朝日まかて氏の「富嶽三十六景」論もとても参考になったし、2018年12月号の加藤周一の娘さんの寄稿は、とてもびっくりしたし、貴重なものだった。

休刊が私の杞憂であることを願います。






最終更新日  2019年09月04日 13時44分48秒
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