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テーマ:韓国!(16898)
カテゴリ:韓国旅行記
久しぶりに韓国旅行記を書いた。いったいいつになったら完結することやら。
二日続けて韓国旅行記を書いている中で「反日感情が厳しいところはどうも怖い」とか「反日教育もまだだったせいかもしれませんが、どこでも温かく接していただきました。」とかのコメントを頂いた。つまり『反日教育を受けた韓国の人と接するのは怖い』という想いのコメントである。これは別にそのコメントくれた方が特別なのではなく、一般的な日本人の多くが思っている感想だと思う。日本人は雨あられのようなマスコミの情報の雨に濡れて、一方的な見方をいつの間にかしてるのではないか。 想像力が求められているにも書いたし、5.3憲法集会の記事で高畑勲さんが「理性の力で想像力を働かせいろんな視点でものを見よう」と言ったとも書いた。私は韓国の人たちの日本に対する思いを少し想像してみようと思う。 昨日の記事で江華島は韓半島の玄関口に当たることから、古代から侵略と戦争に翻弄された島、ということを書いた。 朝鮮の歴史より 1018年、契丹の再侵入。姜邯賛の活躍により契丹軍を殲滅(亀州大捷)。 1232年、モンゴル帝国の侵略始まる。 1274年・1281年、元の2度の日本侵攻(元寇)への協力と出兵により甚大な被害をこうむる。 1592年-1598年、豊臣秀吉の2度の朝鮮侵攻(文禄・慶長の役 - 韓国では「壬辰倭乱・丁酉再乱」と呼ぶ)で、全国土が戦乱の被害をうける。 1636年、清のホンタイジが朝鮮に親征(丙子胡乱)。朝鮮国王仁祖、南漢山城に篭城。 1866年、ジェネラル・シャーマン号事件。 1875年、江華島事件。日本が朝鮮との国交通商を要求し武力示威した事件。 1876年、明治新政府と日朝修好条規を結ぶ。 写真は文禄・慶長の役 は有名なので省略し、元と丙子胡乱の侵略道を載せた。 安東で一緒になった金(キム)君が言っていた。「韓国人はいままで何度も何度も日本を含めて外敵の侵略を受けました。けれども、一度も外国を侵略したことはありません。たがら侵略されることには一段と敏感になるし、我々は正しいのだと誇りに思っているのです。」‥‥‥これがいうなれば、韓国人から説明される『反日教育』の内容だと私は思う。 相手は何度も何度もいじめにあった子供のようなものだ。この子供はほかの子供にもいじめられたし、日本という子供にもいじめられた。(日本にいじめられたのが一番徹底されていたし、一番最近だったという違いはある。)そういう子供が、大人になって日本にだけ時に感情的な言葉を投げつけたとして、大人たる日本は怒ったり、恐れたりするべきだろうか。彼は決していじめるほうには加担しなかった。(ベトナム戦争は彼の唯一の恥だ)彼は誇りある青年に育った。日本は彼の生きてきた人生に率直に心から謝り、素直に話をし、チング(友達)になることが出来るのではないか。 昨日の55歳の男を見よ。『コイズミ、ヤスクニ』と言ったとき、『日本よ、おまえはまだ馬鹿をやろうというのか』と言いたかったのではないか。全然怖い話ではない。つくづく会話力がないのが悔やまれる。 このようなことは確かに、いってみて初めて分かった事ではある。そんなこと知らないのだから仕方ない、とみんなは言うかもしれない。それは確かに正しい。でも、少し調べたら、そんなことは旅に出なくてもわかったことである。 私の言いたいのは『多様な視点を持とう』と言うことだ。その姿勢を持とう、と言うことだ。そのとき、『想像力』は大きな力を発揮するだろう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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