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カテゴリ:07読書(フィクション)
今年のブックマイベストワンはすでに決まっている。北方「水滸伝」である。この本はもしかしたら、その次のベスト2になるかもしれない。読み終えた後しばらく放心した。何度も読み返す。小説を読む悦びのひと時を過ごす。
「邂逅の森」文春文庫 熊谷達也 明治半ばの東北、あるマタギ(熊追い猟師)の半生を描いた小説。一人の無骨で、しかし優しい、けれども自分では自覚していないか゛超人的なな能力をもったマタギという職業とその東北の自然、東北マタギの民俗を描ききって秀逸。 例えば、こんな場面がある。主人公の富治は事情があって第一次世界大戦前後、当時最盛期を迎えていた鉱山に住んでいた。そこでひ弱な青年慎之介に出会う。富治は慎之介が鉱山の先輩から慰み者にされていることを知り、二度としないことを誓わせる。しかし、ある日また慎之介の犯されている場面に遭遇し先輩を血まみれにさせる。厳罰を覚悟していた富治だったが、意外にも鉱山から永久追放されたのは先輩たちであった。慎之介にも平安がおとづれたかのように見えたある朝、富治は周りには誰も見えないが遠くの森で慎之介が首をつっているのを目撃する。 遠目が利く富治の目にははっきり見えるのだが、ほかの者には、回りの雑木に埋もれた桜の木そのものの判別がつかないらしい。富治は走り出した。ただならぬ状況を察した面々があとに続く。鉱夫たちを従えたまま、斜面を駆け下り、深い藪へ飛び込んでいく。下りきったところで、流れの速い沢にざぶざぶと分け入り、再び斜面を駆け上がる。富治のあとを追っていた鉱夫たちがあっという間に置き去りにされた。山を駆けるマタギの足についていける者はいない。体中を引っかき傷だらけにして走り続け、肺が破裂しそうになったところでようやく山桜の下に立った。見上げた先に、寝巻き姿で眼窩から目玉を飛び出させている慎之介がぶら下がっていた。事切れているのはわかっていた。それでも富治は、一刻も早くおろせば、息を吹き返すとばかりに桜によじ登り、慎之介を引き上げにかかった。そのとき、二人ぶんの体重を支えきれなくなった枝が根元から折れた。慎之介を抱えたまま、どうっと草むらの中に転落する。落ちていく間、富治は慎之介のかたらだを放さなかった。落下の衝撃で息がつまり、一瞬目の前が真っ暗になる。 遺書があった。「約束ヲ守レナクテ御免ナサイ。僕ワ富治サンヲオ慕イ申シアゲテイマシタ。多分、好イテイタノダト思イヒマス。」 長い引用をした。小説の場合、荒筋よりも文章が命だと思うからだ。 富治の一生は平凡な「山の神様」を信奉するマタギのそれだとひと括りすることも出来る。けれどもその中にはこんなにも豊かな魅力がある。男の魅力があり、それに対する二人の女の一生もある。 「直木賞」と「山本周五郎賞」を史上初めてダブル受賞。むべなるかな。 男が男に惚れるような男である。そんな男を女は惚れるだろうか。少し気になる。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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狩猟する人の職業としての存在は理解できるんですけど、どうしても撃たれる熊の立場になってしまうので・・・。食べるときはおいしく参加するけど・・。なんて言ってる時限じゃないですね。みずみずしい美しい文体ですね~。
(2007年06月30日 16時46分52秒)
薔薇豪城さん
> 狩猟する人の職業としての存在は理解できるんですけど、どうしても撃たれる熊の立場になってしまうので・・・。食べるときはおいしく参加するけど・・。なんて言ってる時限じゃないですね。みずみずしい美しい文体ですね~。 ----- じつは、自然の一部である熊を撃つをことの罪深さを自覚しながら、マタギたちは暮らしている、というのが大きなテーマになっているのです。決して「自然保護」ということではないのですが。賢治の「なめとこ山の熊」もよく考えたらそういうテーマですよね。 熊谷作品は「熊」つながりで私は何作品か読んでいるのですが、しだいとすごい文章を書き出しました。そのことについてはまた書きます。 (2007年07月01日 01時39分39秒) |
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