再出発日記

2008/08/01(金)08:01

どうもすっきりしない「崖の上のポニョ」

邦画(08)(45)

原作・脚本・監督 : 宮崎駿 製作 : 鈴木敏夫 声の出演 : 山口智子 、 長嶋一茂 、 天海祐希 、 奈良柚莉愛 、 土井洋輝 、 柊瑠美 、 矢野顕子 、 吉行和子 、 奈良岡朋子 どうもすっきりしない。 子供向けに作った水準の高いアニメだとは思う。    命を大切に。    約束は守る。 と、言うメッセージとともに 前半のトロール漁船が描き出す一見綺麗な猟師町の海の底にも非常に多くのゴミが堆積していることを描く。その一方で後半のデボン紀の海をも見せる。    地球環境を守ろう。 などと言うメッセージも読み取れなくも無い。 中盤の嵐前後描写は躍動感があって素晴らしい。 けれどもだ、 「千と千尋の神隠し」ほどにはイマジネーションの広がりは無く、 「もののけ姫」ほどにはドラマの緊張感は無く、 「となりのトトロ」ほどには愛くるしいキャラは生まれず、 「ハウルの動く城」ほどには破壊衝動が無くなり 一方では何かこそこそやっているような気がする。 問題はフジモトである。 彼はいったいなにものなのだ? どうも宮崎駿の分身のような気がする。 フジモトは今回はポニョを尊重し、当初の計画は棚に上げにしたようだが、とっくの昔に地球に見限りをつけ、この地球の表面を壊して海を再生しようとする。そのためには人類が何億と犠牲になろうと仕方ないと言う立場をとる究極のアナーキストである。(未来少年コナンはそもそもそのような時代から始まった物語だった) 「ハウル」は宮崎の絶望感が爆発して収拾がつかなくなった作品だった。今回は宮崎の孫ともいえるポニョが出てきて、彼女が人間の間だけは人類を生かそうとする。そういうラストだと思えなくも無い。 あとやはり一夜明けたら嵐のあとなのに全く濁りの無い海がひろがり、今までの町がその底に沈んでいるというのはやはり違和感を感じる。カタストロフィを綺麗ごとに捉える宮崎駿の傾向が顕著だからだ。(「パンダ・コパンダ」「千と千尋」でもある情景)。ただ、今回の場合は理屈がつく。今回の場合は時空の狭間に落ちて、町ごと太古の時代にタイムスリップしたのかもしれない。だからラストのあの瞬間のあとに町は元のところに戻っているのかもしれない。 ファンタジーだから、理屈に合わないところは皆オーケーにしよう、と言う主張には組みしない。子供は何回もこの映画を観る。もしかしたら、ものすごく危険な映画かもしれないのである。 わざと挑発的な文章を書いています。請う反論。

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