再出発日記

2011/01/08(土)14:11

普州で冷麺を探す 韓旅3―3(泗川・普州)

韓国旅行(09~)(84)

2010.11.3(泗川・普州) 勒島。おそらく100件200人もいない村なのではないか。改めて、こんな小さな村に、2000年前前後、驚くほどの人々が住み、それだけでなく、日本や中国とも交易をしていることに、大きな疑問を抱いた(この疑問は次の日にある程度は解消することになる)。 そして食堂のアジョッシと案内をしてくれたハルモニにお礼を言い、バスの乗り場と時間を教えてもらって、サムチョンボ(三千浦)行きのバスに乗ったのが二時前。 サムチョンボから普州(チンジュ)行きのバスに乗って、普州バスセンターに着く。普州城まで歩いていくと南側の入り口に観光案内所がある。日本語のできるアガシ(お嬢さん)の処で、明日の遺跡の場所を聞くためである。普州は2010年1月に来たばかりなのでよく分かるのだ。アガシは私のことをかすかに覚えていた。さすがに玉峰古墳の行きかたを聞いた旅人はいないので覚えていたのだろう。 「実はあのあと、古墳のすぐ下の寺で行きかたを聞いても、とても説明できないといって断られたんですよ。苦労してやっと見つけました」 「そうでしたか大変でしたねえ」 「でも行った甲斐がありました。あそこに登ると、町が360度一望に見えるんです。あの古墳は間違いなく、この地域の一等地に作られているんです。つまり正真正銘ここ一帯の王の墓だということが良く分かりました」 というようなことを話した。 観光案内の人に普州の隠れた遺跡の名所を伝えることが出来てよかった。 ちなみにこのアガシもなかなか可愛い方です。 宿にたどり着いたのが、四時を回っていた。これからは観光は無理なのでゆっくりすることにした。宿はヨガン(旅館)にした。モーテルより一万w安いので決めたのであるが、シャワーが想像以上に狭くて汚い。おまけにお湯はほとんど出ない。床暖房が入っていない。本当は荷物を預けることが出来るので、ここに連泊しようと思ったのだが、止めた。明日モーテルを探そう。一日の経費が高めに推移している。日本の近畿旅行よりは安いが、韓国内はせめて20日10万円で収めようという目標はこのままでは叶えられそうにない。 夕食は案内所のアガシが教えてくれた普州冷麺を探して歩きに歩いた。観光案内の地図を見せながら「この地図に場所を書いて」と何人かに頼んだ。そうしないと、言葉で聞いても理解できないことが多いのである。けれども決して地図にポイントを示してくれない。言葉で伝えようとする。つまり観光案内の地図は小さすぎるのである。最後のほうでやっとそのことに気がついた。今度からはノートに略図を書いて、そこに示してもらうことにしよう。最終的には親切なお兄さんが200メートルくらい一緒に歩いてくれて教えてくれた。写真は夕暮れの普州の風景。どの町にも当たり前のように角々に教会があります。この写真は少し立派な協会です。 普州冷麺は他の韓国冷麺と違い、全然辛くないスープで、肉が混じるアゲやキューリ等豊富な具財が入っています。日本人には食べやすいと思う。見栄を張って(大)を頼んでしまった。 お腹一杯なのに、部屋に帰って昨日買った焼酎と今日買ったアーモンドで晩酌をしてしまった。焼酎はつい最近まで韓国の大ブランドだった鎮露と違い「チョウンデイ(善き日)」という焼酎で智里山の湧き水で作ったとかいている。とってもすっきりしていて飲み易い。ここほんの数年でいろんな焼酎をコンビニで買うことが出来るようになった。 朝食1,000 釜山~サチョン7,700 サチョン~サムチョンボ1,900 タクシー4,800 海鮮丼10,000 バス1,000 サムチョンボ~普州3,600 旅館25,000 冷麺7,500 お菓子1,000 計63,500w 15,751歩

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