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カテゴリ:読書(09~フィクション)
「野球の国のアリス」講談社ミステリーランド 北村薫 まだ文庫化されていない北村薫の新刊である。とはいっても、2008年刊行ではあるが。図書館で借りた。 題名から分かるように、「不思議の国のアリス」のパロディである。数多(あまた)あるパロディの中でも、成功している部類だろうと思う。アリスは現代日本の小学六年生。少年野球チームのエースでした。ところが、中学生になれば野球はできない。がっかりしていたときに、「大変だ」と急ぐ記者の宇佐木さんを見つける。彼はなんと鏡の中に吸い込まれていった。アリスも続けてはいると、そこは鏡の国、新聞の文字も総て逆転、野球の一塁も左にあるという国であった。でもあとはおんなじ。いや、びみょーに違っているところがいくつか。中学校全国野球大会では、裏の大会があって最後まで負け続けた学校を決める大会が盛り上がっていた。そこでは、なぜか中学一年になっていたアリスの学校が一番の負けチームに。一念発起したアリスは、救援に出向くのでありました。 講談社ミステリーランドというのは、子供も読めるし、大人も読める小説をめざしたシリーズらしくて、所謂日本の推理小説家とファンタジー作家が一堂に会している。全巻書き下ろし、文字も大きいし、これから借りまくろうっと。あ、内容でした。 この鏡の国、文字が反転してどうしてこんな国で人間は生きていけるのか。どうやら、人間はそんな環境に慣れるらしい。アリスのお父さんが、そうとは知らずに解説してくれる。我々は本来ものを逆さに見ているらしい(目のレンズの構造)。 「そのままじゃ生活しにくいだろう。だから脳の中に変換装置があるわけだ。本来、上下逆に映っている画像を、またひっくり返して読み込む」 「すごいね、人間」 「すごいぞ、人間」 ……この話は示唆的だ。この国はほんの少し、おかしいけれども、外から来たアリスには、とってもおかしく見える。まだ慣れていないのである。だから、宇佐木さんの力も借りて大胆なこともできるのである。最初は、負けたままの学校を残すなんて、教育上よろしくない、ということで始まったこの野球大会、最近では負け続け一番を決める「最終戦」には全国放送のテレビもやってきて、真面目にへまをする試合を見ては、全国的な注目を浴びるようになった。教育とは離れていっている高校野球のパロディである。こんなこと許せない、アリスは一番負け続けた学校と、夏の大会での優勝校が練習試合をして「いい試合」をすれば、これを止めさせることができると考える。元の世界でバッテリーを組んでいた兵頭君と天才スラッガーの五堂君を呼ぶ。さあ、試合の結果はいかに……。 ところで、鏡の国で裏の大会が始まった頃、参加を拒否して家出して逃げた子がいた。親は世間の糾弾を浴びた。子供は行方不明のまま。じつはその子が宇佐木さんだった。 「母が言っていました。《世の中の流れは大きすぎるから、動き出したら、一人でどうにかするのは難しい》って。黙って参加していれば、試合だって終わる。あとはのんきな日が送れたのにねえ」 「その子が宇佐木さん?」 「《走るウサギ》の姿があの人に重なったんです。ウサギは弱いから、逃げなきゃオオカミに食べられちゃう。必死になって逃げて、必死になってどこかに向う。自分のことじやない人には、ただもう、おかしくて変な奴に見えるウサギさん。」 ……世の中の流れ、それはときに人を押し潰すだろう。どうにかしようとしたならば、闘うしかない。けれどもそれもできない人も多い。そのときはひたすら逃げるしかないのだ。2008年の刊行だけど、北村薫には既に「貧困問題」の本質が見えていたのかもしれない。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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