再出発日記

2011/04/21(木)22:48

ミツバチの羽音と地球の回転

社会時評(232)

「ミツバチの羽音と地球の回転」鎌仲ひとみ監督 この映画の上映と監督のトークがあるということで、日曜の朝岡山市内に出向いた。鎌仲監督の作品を見るのはこれが初めてである。 50人ほどの小さな会場に一日3回の上映である。ちょっと嫌な予感がして一回目の上映よりもだいぶ早く行ったのであるが、前売り入場者優先という方針だったため、当日整理券を持っていた私はあぶれてしまった。「夕方5時20分の回ならば入れるかもしれません」といわれたので、夕方三番目の整理券をゲットして私はマックで雑誌「世界」の感想を書きながら7時間待つことにした。これでは入れなかったら、急遽決まった来週の上映会の券を買うかどうか決断しなくてはならない。企画の時には、まさか「フクシマ」が起きるとは予想していなかったのでこういうことになったのである。岡山みたいな地方都市でも、このような映画を見たいと思う人が150人で済むはずがない。 この映画は山口県祝島の上関原発反対の闘いとスェーデンの持続可能な経験を映したドキュメンタリーである。3月14-16日に、たまたま祝島を旅した私は何を置いてもこの映画を見たかった。 映画では練塀は出てこない。平さんの石垣も出てこない。しかし、私も買った(まだ料理できていない)祝島特産のひじき獲りの映像が出てくる。散歩の途中で見つけた井戸の側の竈はやっぱりひじきを煮るためのものだった。びわ栽培もでてくる。そうやって、島の中で自然の恵みを受けながら完結する農業と漁業を丁寧に映したあとに、クリーンエネルギーへの転換を果たしつつあるスェーデンの経験を取材するのである。 そして最後に上関原発の反対運動にカメラは移っていく。2009年、原発工事のためのブイの設置を阻止しようと、海の上で祝島の住民と中国電力の人々がハンドマイクで「対話」する。中国電力幹部の人は 「第一次産業だけでやっていけると思っているのですか」 と呼びかける。今に至ってこんな呼びかけしか出来ない中電の幹部の「不勉強」には驚かざるを得ない。27年間の、何億という保証金をも蹴って、自らの暮らしのために闘ってきた祝島の人々をなんと思っているのか。「農業と漁業だけでやっていくから、反対しているんだ」間髪いれずに一番若い住民の32歳二子のお父さん孝さんは叫ぶ。不勉強以上に、エリート道を来たに違いないこの幹部の、第一次産業従事者に対する「不遜さ」が見えたときであった。 「海は絶対壊れません。絶対安全です」中電の幹部が叫ぶ。これには、孝さんたちの反論がある前に、会場から「笑い」が起きた。 「絶対、というから私たちは不安に思うんです。絶対ということはないんです。」孝さんは台風が来たときの事故のことを言う。 この「対話」は中電の完全なる負けだった。このあとの通産省との交渉の場面で知るのであるが、27年間反対運動をして、中電の拒否にあって、これが祝島住民と中電との最初の「話し合い」なのだそうだ。これが話し合いだといえるかどうかは別として、中国電力株式会社とはそんな「不遜」な会社なのか。中電の電気を毎月一万円近く買っている私は、出来ることならば不買運動をしたいくらいだ。 祝島の戦いは、リーダーの人が言っていた様に「引き伸ばし作戦」である。世論に訴えて情勢が変わることに期待する作戦だった。見通しは暗かったはずだ。3月11日までは。しかし、彼等はほんとうに明るい。おばあちゃんだらけなのに、将来を語っている。まだ予断は許されないけど、上関に原発は来ないだろう。祝島が今のままであって欲しい。そして、少しずつ若い人が増えて、500人が600人と変わっていって欲しい。 鎌仲監督の印象は映画監督というよりも、環境運動家というかんじであった。監督トークの終わりに質問が出た。 「日本政府はなぜこんなにも原発を推進するのですか」 鎌仲さんはこのように答えた。 「原発が儲かる仕組みを早々と作ってしまったんです。1954年第五福竜丸の事件が起き、450万人の反核運動が盛り上がりました。このとき、米国と密約を交わしたんです。「原発は核の平和利用といえばいいのだ」このときの中心人物が中曽根です。絶対損はしない原発政策をこのとき作ったのです。核兵器への転用が出来ることとかあったのかもしれません。世論は残念ながら、原発をまだ支持している人が多い。日本人は一旦決めたらなかなか変えない体質を持っています。これは原発だけじゃなくて、日本の政治も会社もそうです。飯田哲也さんなんかは「思考停止の原発ムラ」とか言っています。結局、一人ひとりが気がついた人たちが、声を出す勇気を持たなくてはいけないのです」

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