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2016年09月07日
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カテゴリ:洋画(12~)

8月に観た映画の後半である。「シン・ゴジラ」については、長文を書きました。ご笑覧ください。



「シン・ゴジラ」二回目
二回目を鑑賞。二回目を観るのは「レヴェナント」に続いて二回目。今回は冷静に観たし、まるきり退屈しなかったし、今年の誰にでも訴える最大訴求作品であることは間違いない、との感触も得た。

「わたしは好きにした、君らも好きにしろ」宮澤賢治の「春と修羅」初版本と一緒にそのメッセージを遺して、ゴジラの生みの親らしき牧教授は姿を消している(続編に出てくることはない。なぜならば写真では亡き岡本喜八監督になっていたから)。このやり方は、正に平成の感覚そのものだ。今の若者にとって、戦争は既に歴史的事項であって、震災はテレビの中でのみ体験する。しかし、そのおかげで世界を熱血正義感溢れる大人よりも冷静に見ることもできる。彼らは今までのゴジラ映画にありがちな、ヒーロー待望のご都合映画も排除する。ゴジラ味方論も排除するだろう。

しかし、気になるのは、やはり牧教授はあまりにも科学者として無責任なのではないか、ということだ。それはつまり脚本を書いた庵野秀明の無責任さになるのである。確かにたまたまゴジラの撃退は成功した。牧教授の本心が本当に「(妻を殺した)核被爆の悲劇を繰り返させない」というものにあったとしたら、このやり方は、心底やってはいけない(実際にかなりの悲劇もあったはず)ことのはずだ。それに、ゴジラの本当の恐ろしさは、ゴジラ細胞の万能さにあるはずだ。水と空気さえあれば、人間の持つ元素の数十倍で増殖するとなると、これからはゴジラ細胞の管理は核兵器並になることは目に見えている。東京駅の前で凍結したまま、無防備で「展示」していてはいけないはずだ。そういう脚本を書いてしまった、庵野秀明は、いわゆる「パンドラの箱」を開けてしまったのである。東宝社長は既に続編に大変意欲的と聞いているが、庵野秀明は社会人の良識として決してそれを許してはならない。つまり、自分は二度と監督をしてはいけないし、「シン・ゴジラ」の原作権を放棄してはならない。今回の「伝説的な」ゴジラヒットを名誉に、永遠に「シン・ゴジラ」を「凍結」するべきだ。
    
「ヤシオリ作戦はもともと奇跡的な作戦なのだから、日米同盟における核攻撃が最も現実的な作戦だったし、今回の映画は日米安保における防衛の在り方を見事にシミレーションした傑作だ」というバカな批評を目にした。ゴジラという虚構にに対してヤシオリ作戦という「理想」を対置した点が、この映画のエンタメとしての結節点で、それを無視する批評はバカ以外の何物でもない。ゴジラは虚構なのだから、最悪の兵器である核兵器を投入したら、それこそもっとひどい悲劇が起きる(たとえば、ゴジラの防衛本能がゴジラの無数の卵としてばらまかれる)というのが、「虚構のセオリー」というものだろう。

最初のゴジラが食べたという放射性廃棄物は、「各国の」ということになっていたし、なんと60年前(1956年⁈)という設定になっていた。その頃の原発大国は米国か?フランスか?

前の批評で、わたしは「最終的には日米安保の枠を超えて、日本が新たな安全保障政策に舵を切ったこ」と評価した。それは若干勇み足だったことを謝りたい。もちろん、この作品は今までのゴジラ映画にあった日米軍事同盟をなんの疑問も持たずに共同歩調を取るモノとは明確に一線を画しているのは明らかである。アメリカはゴジラ細胞を日本よりも先に圧力をかけて全て回収して秘密保護化を画策したり、「日本はいつまでもかの国の属国扱いだ」という呟きを政府高官に言わせたり、首相に「いつも無茶を言ってくるねえ」と嘆かせたりしている。しかし、ゴジラ防衛は、2プラス2で、従来通りに進むし、日米安保解消の方向に向かっている描写はなかった。ただし、アメリカや中露の東京核兵器攻撃論に対して、全方位外交と特にフランス外交を駆使して、ヤシオリ作戦のために24時間実施を遅らせたのは、軍事同盟に逆らった、明らかな「違う道への選択」であったし、ゴジラ細胞情報の世界への情報提供に踏み切ったのは、アメリカへの大きな反逆だろう。そこには、日米安保関係への庵野秀明の「無邪気な」反発があるのは確かだ。「(責任とっていま政治家を)辞めるわけにはいかない」という最後の矢口の呟きではないが、これからの日本の外交力が最も重要なのは確かである。

絶賛ばかりが聞こえる中でこの作品に対する唯一の批判的な批評として杉田俊介のツイートがある。しかも炎上袋叩きにあっているので、覗くと「『シン・ゴジラ』は、ニュータイプの国策映画の時代のはじまりを告げる記念碑的な作品」と述べ、「自分たちの性格や体質や組織をどう改善するのか、どうすればましになれるのか、という痛みのある考察や苦闘の痕跡がなく、意識改革さえすれば元々ポテンシャルはある、「この国はまだまだやれる」「この国は立ち直れる」という日本人=日本国家への信頼と鼓舞ばかりが語られ、不気味だった。」と政治家や官僚・自衛隊ばかりに夢を託し、民衆的な視点がないのを批判している。それに対しては、「巨災対のメンバーはもともとはみだしやろう集団だった」「監督の描いたのは日本で1番長い日であって、その視点はもともとない」というまともな批判がツイートされている。私も杉田氏の批判は的外れだと思う。ただ、あまり無い物ねだりをしてはいけないが、この作品を「神だ」と持ち上げすぎると、先に書いたような「無責任性」もあることから、変な方向に行くことは十分考えられるので、評価はほどほどにするべきかな、という気は、わたしもして来たところである。

ゴジラを倒すのに、軍事力だけでなく、鉄道を使ったり、タンクローリーを使ったりする、軍民一体の斬新な作戦は、しかし十二分に評価して良い。まさにこれが「理想的な」日本の専守防衛だということを見せてくれた。こんな倒し方は、今までのゴジラ映画には一切なかった。

また、明らかに原発事故等の想定外の巨大災害に対する、日本人の在り方に想いを致すエンタメ作品として、稀有の映画になったことを大きく評価したい。

庵野秀明は、エヴァQのあとにやはり行き詰まったことを映画公開時に告白していた。エヴァは確かに「虚構」に呑み込まれていたのである。今回、見事に「現実」は「虚構」と相対した。それはやはりゴジラだから、だ。ゴジラの歴史が、そして震災という現実の出来事が、庵野秀明をして、ちゃんと現実に向き合わせたのだ。庵野秀明をも変えた、今回のゴジラはやはり凄い映画なのだと、わたしは大いに、しかしあまりすぎる事なく評価したい。

2016年8月14日
TOHOシネマズ岡南
★★★★☆


「シング・ストリート 未来へのうた」

監督の前二作を知らないので、この監督の文法が分からずに、しかもイギリス音楽に疎いので、彼らの作る80年代音楽に現代はどういう位置付けを与えているのかもわからないので、ずっと戸惑っていた。

まあ、80年代の青春映画ってこんなもんだろう。私は彼らよりも10歳ほど歳上の地球の反対側に居た男だけど、命を削られるような深刻なことはまあ起こらないだろうと想像出来る。ならば、この初恋を応援すれば言い訳だ。

やっぱり、音楽映画は私には似合わない。

(解説 )
「はじまりのうた」のジョン・カーニー監督による1980年代のダブリンが舞台の半自伝的青春音楽映画。14歳のコナーは街で見かけて一目惚れしたラフィナに、自分のバンドのPVに出ないかと口走ってしまう。彼は慌ててバンドを組み、猛特訓を開始する。コナー役は映画初出演のフェルディア・ウォルシュ=ピーロ。他に、「シャドー・ダンサー」のエイダン・ギレン、「ナッシング・パーソナル」のマリア・ドイル・ケネディ、「トランスフォーマー ロストエイジ」のジャック・レイナー、「ミス・ポター」のルーシー・ボイントンが出演。主題歌はマルーン5のアダム・レヴィーン。
(あらすじ )
1985年、ダブリン。折しもの大不況により父親が失業し、14歳のコナー(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)は荒れた公立校に転校させられる。家では両親のけんかが絶えず、音楽狂いの兄と一緒に、隣国ロンドンのMVをテレビで見ている時だけが幸せだった。ある日、街でラフィナ(ルーシー・ボイントン)を見かけたコナーはその大人びた美しさに一目で心を打ちぬかれ、「僕のバンドのPVに出ない?」と口走ってしまう。コナーは慌ててバンドを組み、無謀にもロンドンの音楽シーンを驚愕させるPVを製作すると決意する。

2016年8月21日
シネマ・クレール
★★★

「君の名は。」
新海誠の長編アニメを初めて観る。自然描写に特徴があると聞いていたが、それよりも印象に残ったのは、最初から主題歌を一曲オープニングアニメと一緒に見せて、なおかつ途中も一つの音楽グループの楽曲を作品の中の大きな要素として使うなど、内容のすれ違い物語(ネタバレになるのでこういう曖昧な言い方しか出来ない)と相待って、昔タイプの「極めてオーソドックスなドラマ」を観た気分になった。悪い意味ではない。これがもし現代では新しく感じるのだとすれば、若者の感覚は、そんなに悪い方向に行っているようには思えない、という意味で、王道のラブストーリーだった。

かなりヒットしている。こういう伏線回収物語は、伊坂幸太郎もそうだが、今の若者に受けるのかもしれない。

■ あらすじ
1,000年に1度のすい星来訪が、1か月後に迫る日本。山々に囲まれた田舎町に住む女子高生の三葉は、町長である父の選挙運動や、家系の神社の風習などに鬱屈(うっくつ)していた。それゆえに都会への憧れを強く持っていたが、ある日彼女は自分が都会に暮らしている少年になった夢を見る。夢では東京での生活を楽しみながらも、その不思議な感覚に困惑する三葉。一方、東京在住の男子高校生・瀧も自分が田舎町に生活する少女になった夢を見る。やがて、その奇妙な夢を通じて彼らは引き合うようになっていくが……。
■ 解説
『星を追う子ども』『言の葉の庭』などの新海誠が監督と脚本を務めたアニメーション。見知らぬ者同士であった田舎町で生活している少女と東京に住む少年が、奇妙な夢を通じて導かれていく姿を追う。キャラクターデザインに『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』シリーズなどの田中将賀、作画監督に『もののけ姫』などの安藤雅司、ボイスキャストに『バクマン。』などの神木隆之介、『舞妓はレディ』などの上白石萌音が名を連ねる。ファンタスティックでスケール感に満ちあふれた物語や、緻密で繊細なビジュアルにも圧倒される。
■ キャスト
(声の出演)、神木隆之介、上白石萌音、成田凌、悠木碧、島崎信長、石川界人、谷花音、長澤まさみ、市原悦子
■ スタッフ
原作・脚本・監督: 新海誠
作画監督: 安藤雅司
キャラクターデザイン: 田中将賀
音楽: RADWIMPS

2016年8月28日
Movix倉敷
★★★★







最終更新日  2016年09月07日 11時03分24秒
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