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テーマ:本日の1冊(3685)
カテゴリ:読書フィクション(12~)
「鹿の王 水底の橋」上橋菜穂子 角川文庫 上橋菜穂子の物語は、文庫本になった時に、いつも「この物語は今日のことを予見していたのか」ということが起きる。 「精霊の守り人シリーズ」の文庫本の最終巻が出る直前に3.11が起こり、山津波にのまれてゆく王国は、津波にのまれてゆく東北の姿に重なった。文庫本「獣の奏者4」が出る頃は、最終兵器王獣をどう扱うかが、原発再稼働に揺れる日本(2012年)と重なった。そして世界ではISが台頭し軍事的制裁の意味が世界的に問われた。「鹿の王」文庫化の時は、著者のお母さんの闘病と死亡の後に発刊され、命の意味を我々に問いかけた。そして図らずも、この本の文庫化の時には、100年ぶりの世界的パンデミックの最中だった。全て本編を描いていた頃には、想像だにしていなかったであろう事である。 ファンタジーであろうと、いや、ファンタジーであるからこそ、上橋菜穂子作品は社会の核心を突いて未来を予見するのだろう。 2020年3月28日に「文庫版あとがき 私たちはいま、歴史を作っている」を書いた著者は、日本が最悪の事態に陥った場合のことを心配している。感染症について、玄人はだしの知識を持っている著者の心配は充分根拠あるものだったが、専門家の誰もがわからない「要因X」によって今のところ医療崩壊は起きていない。 「感染症は社会的な病である」と著者は喝破する。だから、この「鹿の王」スピンオフでは感染症はテーマに選ばなかった、と著者は言う。話が大ごとになりすぎるからである。パンデミックを経験した我々には、十分に肯けることだ。その代わり、ここでは一つの食中毒症状が、次期皇帝争いにまで影響を及ぼす。一つの病が、貴賤関係なく人の人生に大きく影響を及ぼすのだから、社会的なインパクトを持ってドロドロとした権謀術数に利用されるのも仕方ないのかな、と思う。お陰で今までになくミステリな作品になった。 ミステリと同時に、医学の進歩と命の尊さについての重要な「哲学的な問答」が、全編にわたり為されるのであるが、ここで要約するのは到底できない。是非読んでほしい。 最後。主人公ホッサルの恋人ミラルの笑顔が、ミステリとしては意外なラストであり、哲学的には救いだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
最終更新日
2020年08月27日 10時17分06秒
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