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テーマ:本日の1冊(3287)
カテゴリ:読書フィクション(12~)
![]() 「うさぎと潜水艦」朴範信 斎藤日奈訳 きむふなセレクション 昨年末のお休み間際の図書館の新刊コーナーに置いていた。韓国文学のショートショートを、原文を参照しながら読める本。長編ならば絶対出来ないけど、短編ならば読み比べができる。何かわかるかもしれない。極めて薄い本(80頁弱)だけど、1200円(税抜き)と安くはない。 バスの中は相変わらず蒸し風呂のようだった。 しばらくの間沈黙が続いた。 塩漬けの白菜のようにぐったりとなった人々の喘ぎ声だけが、バスの空席にまで満ちていた。(17p) 버스 속은 여전히 가마솥 같았다. 잠시 동안 조용한 친목이 계속되었다. 절인 배츳잎처럼 풀어 진 사람들의 할딱거림만이 버스의 빈자리까지 꽉 차 있었다. たまたま抜書きしたこの一文で、勿論韓国文学の文体すべてが説明できるわけではないが、気がついたことを述べる。 ある程度ハングルが判る人ならば一目瞭然だけど、単語の順番は日本語と同じである。訳文同様、丁寧語は使われていない。語尾は日本語よりも乾いている気がする(カタッタ、テオッタ、イソッタ)。 「蒸し風呂のようだった」→「蒸し風呂カタッタ」 「続いた」→「継続(ケソク)テオッタ」 日本語の方がよく言えば情緒的、悪く言えばウジウジしているようには思えないだろうか? 大きな違いのひとつは、単語のセレクトが違う。熱帯夜に密閉したバスの中の状態を「蒸し風呂」に例えるのは日本語でも無いとは言えない(でも、少し大騒ぎし過ぎな気がするが、比較的空気が乾いている韓国では耐えられないのかもしれない)。しかしその中でぐったりとしている人々を「塩漬けの白菜」と例える文化は、日本には無い。 偶然かもしれないが、翻訳で41頁かかった短編は、原文は33頁で済んでいる。日本語の方が、装飾が過剰なのかもしれない。 最大の違いは、やはり韓国と日本の、歴史と政治状況の違いなのだと思う(よく、韓国人は怒り過ぎだと非難する日本人がいるが、これは歴史と国民性の違いからきていると私は思っている。顔が同じなのでよく勘違いされるが、韓国人は外国人なのである)。 読み始めて、最初私は、「これは韓国の近未来のディストピア小説か?」と思った。主人公は戒厳令下深夜の道路を「横切っただけ」で、「即決裁判所」に向かう警察の「バス」に乗せられる。その他「無断行商」や「路上喧嘩」だけで人々がバスに乗せられていた。バスの中には「制服(警官)」が権力の頂点にいた。日本の近未来では、ありそうな情景ではある。しかしこれは1970年代、深夜にだけ戒厳令をひいていた朴正煕政権下の日常風景だったのである。つい最近までの「地球の歩き方韓国」には、「時々戒厳令練習のサイレンが鳴るから、絶対に動かないこと。動けば警察に捕まるかも」と書いていたのを思い出した(2000年代の歩き方にはあった)。 路上喧嘩していたのは「娼婦」と「大学生」である。どちらも日本には路上では目立たない。特に大学生は男なのに「(娼婦は)20年間不本意ながら守ってきたぼくの純潔を盗もうとした」とのたまうのである。男が「純潔」だなんて!これも儒教文化の残滓があるためか。そして彼は、この朴正煕政権の過剰な防衛をチクチク批判する「知性」をも持っている。これも、日本の大学生には無い伝統だろう。大学生には、自分は自国を担うべき役割があるという自覚がある。戒厳令下の経験なんて、日本の文学者には望んでもできていない体験ではある。 ホントは、会話文だけでも原文を書き写せば、かなり生きたハングルの勉強になりそうな気がする。買ってみるか?
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遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。
私は韓国に住んでいますが、韓国文学をほとんど読んだことがなく、こちらでも手に入る日本の小説ばかり読んでいます。 話題作「82年生まれキムジヨン」も日本語で読みました。^^; 韓国語の韓国文学を読むと、またいろいろ気づく点などあるんでしょうね。 いつかは・・・(苦笑) (2021年01月05日 16時58分32秒)
はんらさんへ
あけましておめでとうございます! えっ?ホント? 私はてっきり時々韓国文学か、韓国語も翻訳しているんだと思っていました。 私の感想の甘さも指摘してくれるんじゃないかと、半分怖く、半分期待していたんですが‥‥(^^)。 (2021年01月06日 01時33分14秒)
KUMA0504さんへ
韓日翻訳はやっていますが、ほとんどが、観光地のパンフレット、病院・企業・大学・地方自治体などのホームページ、化粧品の説明書、手紙、、、などなどです。 最近やった大きな翻訳は、タロットのスマホアプリに関するものでした。 文学作品の翻訳は、日本語能力が必要だと思いますので、私にはできません。 >翻訳で41頁かかった短編は、原文は33頁で済んでいる これは私も韓日翻訳をやってて感じることで、日本語は表現も回りくどくなります(例えば、日本語で「発表させていただきます」という表現は韓国語にはなく韓国語では単に「発表します」となります)し、カタカナ語もやたらと長いのでどうしても日本語訳が長くなり、パンフレットやホームページの紙面からはみ出してしまいます。 (2021年01月06日 15時11分26秒)
はんらさんへ
あ、やっぱり翻訳家だったんですね。失礼しました。 市中に埋もれている翻訳家はたくさんいるんだと思いました。本書も、それを発掘する賞に入賞したモノみたいです。それなりの苦労した末の受賞だったみたいで、よかったです。以下、そのページのコピペ。 第3回「日本語で読みたい韓国の本 翻訳コンクール」受賞者決定 K-BOOK振興会、株式会社クオンの共催(後援: 韓国文学翻訳院)で行われた、第3回「日本語で読みたい韓国の本」翻訳コンクールには、国内外から総勢125名ものご応募をいただきました。 一次審査を通過した10名の作品をもとに、審査員(中沢けい、吉川凪、きむ ふな、清水知佐子)による厳正な審査を行った結果、この度次の通り、各作品の最優秀賞者が決まりましたので発表致します。 「토끼와 잠수함」 最優秀賞 齋藤日奈 【受賞者より】 10年間韓国ドラマの字幕翻訳に携わってきましたが、このところめっきり仕事が少なくなりました。韓流ブーム華やかなりし頃に翻訳者の数が増えすぎたためかもしれません。ついに翻訳の仕事に見切りをつけて、倉庫や工場のバイトを転々とする日々でした。翻訳者としての私の役割は終わったと思いました。精いっぱいやったので気持ちは晴れ晴れとしていました。そんな矢先に受賞のお知らせを頂き、驚きと感謝でいっぱいです。改めて自分の訳文を読み返してみると冷汗三斗の思いですが、もっと正確で美しい翻訳ができるよう勉強を続けていきたいと思います。 (2021年01月08日 11時46分11秒) |
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