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カテゴリ:読書フィクション(12~)
「アンブレイカブル」柳広司 角川書店 表題の意味は複雑だ。unbreakableは一般的には「壊せない」を意味する。しかし用法としては「壊すのが困難な(困難だが不可能ではない)」という使い方をするらしい。更に著者は最終行、ある人物の呟きを借りて「敗れざる者」と表現している。これは沢木孝太郎のルポの題名にもなったが「才能に恵まれながらも栄光をつかむことのできなかった」者たちという意味で使われたらしい。 だとしたら、小林多喜二や鶴彬、戦時下の「改造」や「中央公論社」の編集者たち、その他特高警察によって逮捕され、拷問や劣悪な環境で死んでいった千数百名の(三木清含む)「アカ」たちを、著者はそのように「顕彰」したかったのだろう。今更ながら。 小林多喜二を主人公にした小説は多数ある。特高による犠牲者の物語もよく聞く。しかし、川柳作家・鶴彬や特高による冤罪・横浜事件、哲学者・三木清に焦点が当てられた小説は初めて読んだ。四つの物語を通して出てくる、特高の「クロサキ」という人物を黒子として今回描いたのは、昭和の戦中の暗黒時代そのものだったと思う。副題をつけたならば、もっとわかりやすかった。「それだとあからさまです」と言って編集者が反対したのかもしれない。例えば‥‥「治安維持法物語」。うん、やっぱりダサい、止めた方がいい。 著者は前著「大平洋食堂」で近代日本社会主義の勃興期と大逆事件(1910年)前夜を描いた。本書で、そこから一挙に20年だけとんで、そして1945年までの15年間の最悪の時代を描いた。こう書くと、なんと短い間なのか。まるまる人の一生の半分の期間ではないか?日本の自由と民主主義は、そんなにも急速に悪化したというわけだ。 著者の問題意識は明らかだ。著者は岩波書店「図書9月号」に「アンブレイカブル」を引き合いに出してこう書いている。 ‥‥治安維持法の最大の問題点は、本法が変革を禁じる「国体」の概念が曖昧だったことだといわれる。曖昧な法律用語に現実が抵触しないようどうするのか、具体的な方策は現場の裁量に丸投げされた。「適当に処置せよ」というわけだ。上から「テキトーにショチせよ」と言われた現場はたまらない。何をどこまで取り締まるべきか?上の顔色を必要以上に窺う者が必ず出てきて、彼らはほぼ100%やり過ぎる。最近では佐川宣寿元理財局長がそうだ。(8p)‥‥ 過去のことじゃない。今この瞬間にも、この国のそこかしこで起きている事態だ。 治安維持法に唯一反対していた代議士・山宣が右翼に刺殺されたのも、当夜「たまたま」特高が山本宣治を尾行していなかったからだ。クロサキは殺したのは特高の指示ではないという。労働者の谷は嘯く。「現場の連中が勝手に忖度してやりすぎた。よくあることだべ」(54p) 「京大はじまって以来の秀才」三木清が治安維持法で捕まり、獄中死する運命を知りながら、クロサキは「どうせアカの連中だ。わざと殺したんじゃなけりゃ、どこからも文句は出ない。いつものことだ」とつぶやく。(261p) 三木清は終戦後1ヶ月以上経過した昭和20年9月26日、豊多摩刑務所拘置所内の劣悪な環境の中で死んでいるのを発見された。 2021年9月26日読了 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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戦前の特高の拷問部屋など記念として残しておくべきだったと思いますよ。歴史というのは忘却されやすいものですし、こうした本がいまだに出ているのいうのは救いですね。
コロナ禍を契機に緊急事態条項をもりこむ憲法改正論議が出てきていますが、戒厳令条項のあった大日本帝国憲法下で国民の生命がどのくらい守られていたかを考えますと、コロナ禍を契機に憲法改正を言う人には不信感しかありません。 (2021年09月29日 18時08分36秒)
七詩さんへ
>コロナ禍を契機に憲法改正を言う人には不信感しかありません。 同感です。 前にも書きましたが、「土地利用規制法」は、仕組み自体はまるきり治安維持法です。今回の内閣は早々に退陣してもらって廃案にする以外にはありません。 (2021年09月30日 12時36分56秒)
ポンボさんへ
中国もやっていますが、日本も少しづつ、しかも陰険にやっていると思います。 (2021年09月30日 12時37分57秒) |
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