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読書(フィクション)

2006年04月15日
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テーマ:本日の1冊(3011)
博士の愛した数式
『博士の愛した数式』新潮文庫 小川洋子

春はこの小説を読むのにちょうどいい季節である。
春はこの小説を読むのにとても残酷な季節である。
春の季節の向こうにあるものは、
近づいているのか、遠ざかっているのか。

博士とルートの問答で、印象に残ったことの一つ。
続きの奇数が二つとも素数なのが双子素数という。17、19とか41、43とかである。素数が無限にあるのように双子素数が無限に有るかどうかは分からない。
「数が無限にあるんだから、双子だっていくらでも生まれるはずだよ」
「そうだね。ルートの予想は健全だ。でも100を過ぎて一万、百万、千万、と大きくなると、素数が全然出てこない砂漠地帯に迷いこんでしまうこともあるんだよ」
「砂漠?」
ああ、そうだと博士は答える。それでもあきらめずにいくと、地平線の向こうに澄んだ水をたたえた、素数という名のオアシスが見えてくるという。それはまるで人類がいつか体験する宇宙への旅のように私には感じられた。

映画が博士と未亡人の関係が重要なテーマになっているとしたら、この小説は博士とルートの関係が重要なテーマになっている。
「彼はルートを素数と同じように扱った。素数が全ての自然数を成り立たせる素になっているように、子供を自分たち大人にとって必要不可欠な原子と考えた。自分が今ここに存在できるのは、子供たちのおかげだと信じていた。」
子供は身近にいるようで、実は砂漠の向こうのオアシスのように貴重なものであることに気がつかされる。気がつくということは自分の中の素数を思い出す過程でもある。

この本を読んでも結局オイラーの公式を構成するeやiやπの解釈は出来なかった。
『神は存在する。何故なら数学が無矛盾だから。そして悪魔も存在する。何故ならそれを証明することは出来ないから。』
どこかの「難しい名前の数学者」の言葉のように、
このやさしさに満ちた小説の背後には
このような恐ろしい『真実らしき』ものが横たわっている。
だからこそ何度も何度も宇宙の砂漠をさまよい歩いた
冒険者である博士が地球に舞いおりたとき
お手伝い親子にみせる優しさが私には心に堪える。






最終更新日  2006年04月15日 21時49分46秒
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2006年04月06日
テーマ:本日の1冊(3011)
99%の誘拐
『99%の誘拐』講談社文庫 岡嶋二人
「この文庫がすごい!」の05年度一位ということで読ませてもらった。700円というと韓国の一本映画鑑賞代である。その値段で約5時間、ノンストップのエンターテイメント映画を見た気分である。読み終わったのは、午前4時。その日の一日の生活がちょっと怖かった。

あらすじ
末期ガンに冒された男が、病床で綴った手記を遺して生涯を終えた。そこには八年前、息子をさらわれた時の記憶が書かれていた。そして十二年後、かつての事件に端を発する新たな誘拐が行われる。その犯行はコンピュータによって制御され、前代未聞の完全犯罪が幕を開ける。

ただし、あー面白かった、で終わるタイプの作品でもある。登場人物たちの深い掘り下げは冒頭の生駒洋一郎以外には無い。トリックも面白いがそれほどではない。ハイテクをテーマにした犯罪である。TVシリーズ「24」では10分で犯人が割れてしまうような仕掛けなのではあるが、88年の日本だから成立はする。この当時確か私はパソコンなんて思ってもいなくて、初めてワープロを買って文章を打ち始めた。パソコンによる完全遠隔操作アリバイトリックはこの時代にあっては最先端の情報だった。時代劇の捕物帖が江戸時代だけに成立するように、このミステリも80年代後半だけに成立する歴史ミステリなのかもしない。

などということの感想を持ちながら、最終ページの奥付けを見て私はびっくりする。「1988年徳間書店より発行される。」トリックとか筋立てより何よりも一番驚いたのはこの『最後の一行』である。






最終更新日  2006年04月06日 22時49分36秒
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2006年04月05日
八号古墳に消えて
「8号古墳に消えて」創元推理文庫 黒川博行
私はもともと考古学ネタは推理小説になる、と思っている。考古学というのは物証の学問である。ブツが無ければ、一歩も進まない。しかも、たった一個の魚の小骨から、当時の食生活から、流通経路まで推理するのが考古学という学問なのだ。(「環境考古学への招待」参照)ところが推理小説のなかに考古学ネタがあまりに少ない。というところで、ふとこの本に行き当たった。

うーむ、本心はがっかりである。作者はよく勉強していると思う。いやいや全然発掘作業に詳しくない私なので、えらそうなことは言えるはずも無いのであるが、私の本心としてはやはり考古学者が探偵役になってほしかった。この大阪府警の黒まめコンビはシリーズ物らしく、「地どり」の最中にも喫茶店にたむろしてはサボる描写など全然推理小説の主人公らしくなくて面白い。ただ、結局トリックにしろ、考古学的遺物に語らせる部分がほとんど無くて、絶対考古学でないとだめということでなかった。

民俗学者の八雲が探偵の主人公として活躍するくらいだから、ぜひ考古学者も主人公になるシリーズ誰か作ってくれないだろうか。







最終更新日  2006年04月05日 21時46分16秒
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2006年04月01日
テーマ:本日の1冊(3011)
2005年4月、スタンダール氏はアッシャー邸という名前の建物を立てた。工事責任者のピジェローはこの名前の由来を尋ねた。スタンダールはエドガー・アラン・ポーという名前を知らないかと聞く。ピジェローは首を横に振る。スタンダール氏は困惑と侮辱の入り混じった調子で言った。

「あの有名なポー氏を知っているだろうと思うほうが無理だったんだろうな?ずっと前に死んだんだもの。リンカーンより前にね。彼の本は全部、あの大焚書で焼かれたんだ。30年前ーー1975年だ。」
「あー」と、ピジェローはしたり気で言った。「あの時のひとりですか?」
「そう、あの時のひとりなんだよ。かれも、ラヴクラフトも、ホーソーンも、アンブローズ・ピアスも、あらゆる恐怖と幻想の物語はみんな、だから当然、未来の物語というのもみんな、焼かれたんだ。無情にも、ね。かれらは、法律を通した。ああ、最初は、小さなことから始まった。1950年や60年頃には、一粒の小さな砂に過ぎなかった。かれらは、まず、漫画の本の統制からはじめた、それから探偵小説の統制、もちろん映画にも及んだ、いろんなやり方で、つぎつぎとね、政治的偏見もあれば、宗教的偏見もあり、組合の圧力というのもあった。つねに何かを恐れている少数者がいたし、暗黒を、未来を、過去を、現在を、じぶんじしんを、じぶんじしんの影を恐れている大多数の者がいたんだ。」

ところで、この会話がなされているのは、火星の上です。

すみません、「四月バカ」をやってみました(^^;)出典はレイ・ブラッドベリ「火星年代記」の中の短編「2005年4月第二のアッシャー邸」の一節です。1950年の発表です。数行でも騙された方がおられたら本望です。

1999年火星に着陸した人類は、地球とあまり変わらない環境と火星人の自滅のおかげて急激に火星を植民地化していく。いろんな夢を火星に持ってくる地球の人たち。さまざまなエピソードを詰め込んだ連作短編集です。地球は2005年11月に全面核戦争が始まり、ほぼ滅びてしまいます。

以下は「2001年6月月は今でも明るいが」より。
「われわれは火星を損じはしないよ。」と、隊長は言った。「火星は大きすぎるし、善良すぎる。」
「そう思いますか?大きい美しいものを損なうことにかけては、わたしたち地球人は天才的なのですよ。」







最終更新日  2006年04月01日 12時38分36秒
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2006年03月29日
テーマ:本日の1冊(3011)
ほたる館物語(1)
「ほたる館物語」あさのあつこ
「バッテリー」つながりでもう一冊。あさのあつこデビュー作である。
「じゃりん子チエ」のチエちゃんにきちんとして両親がいたら、一子ちゃんみたいになるのではないか、と思わせるキャラクター。
旅館経営の難しいことはおかあちゃんやおばあちゃんに任してはいるけど、やっぱり気になる
小学校5年生から見た大人と子供の世界。
一本義の一子は筋を通してがんばる。
大人の世界をきれいごとで描かない、
ひとつ二つほろりとさせる、
デビュー作からなかなか魅せる。






最終更新日  2006年03月29日 23時23分53秒
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2006年03月28日
テーマ:本日の1冊(3011)
中学生野球小説というよりか、
現代の「次郎物語」「あすなろ物語」
「バッテリー(4)」角川文庫 あさのあつこ
四巻目、好きだな、と思った。
一巻目の驚きも、
二巻目の衝撃も、
三巻目のわくわく感もないけど、
横手中学校の天才スラッガー門脇と五番の端垣が、
みごと巧と豪のあわせ鏡となる。
「可能性」の前に二人は素直になる。
若いんだもの。
バッテリー(4)
自分の力量のせいで巧のボールが打ち込まれたあとの
豪の呆然とした後ろ姿を切り取った表紙の絵も好きだな。

それと岡山在住の作家なので(彼女は岡山県九条の会の呼びかけ人)、新田の地のモデルは明らかに新見市であることがわかる。岡山の県北、津山と並ぶ二番目の盆地の町である。いろいろとイメージしながら読むことができる。10月の終わり朝はいつも霧で真っ白になったり、セイタカアワダチソウに初雪がふりだすと冬になるという季節感。三月にはアテツマンサクの黄色い花が咲いただろうか。







最終更新日  2006年03月29日 02時44分39秒
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2006年03月02日
テーマ:本日の1冊(3011)
23分間の奇跡」集英社 ジェームズ・クラベル 青島幸男訳
短い本である。でも感想がどうもまとまらない。なぜなのだろうか。

去年の10月、私のこの「再出発日記」がめでたく一万ヒットを迎えた。それを踏んで頂いたのが、碧落さんである。住所を聞いて記念品を贈るわけにもいかず、好きな本の書評を書かせてもらう、と申し出たところ、ものすごく喜んでもらい、この本の書評を書くことを約束した。…………ところが紆余曲折があったあとこの本を探して読んだところ、(「絵本」形式なのであっという間に読める。)どこから手をつけていいのかわからなくなってしまった。ちょっと読んだだけでは、この著者は愛国心を持て、とでもいいだげである。ところがそうではないというのはすぐわかった。この著者はどういう人なのだろう。調べてもどうも取り留めのない人だ。…………そういうわけでどうも取り留めのない話になりそうだ。ものすごく待たせたのに、(宿題がこんなに遅くなったのはもちろん私の人生で初めてです)こんなので申し訳ない。碧落さんは中学三年。ものすごくしっかりしているお嬢さんです。試験はもう一段落ついたよね。いい春が来てますように

話はそう難しくは無い。ある日のアメリカの小学校の話。どうやらアメリカはどこかの国に戦争かなにかで負けたらしい。授業が始まると、突然先生の交代があると知らされる。新しい先生は若い女の先生だ。この先生、不安がる女の子に歌を歌ってあげたり、あらかじめ机の位置で子供たちの名前を覚えていたりしてあっという間にほとんどの教室の子供たちの気持ちをつかんでしまう。ジョニーはまだ反発している。お父さんが戦勝国に連れ去られているからである。

さて授業を始めようとして、先生は最初の「こっきにちゅうせいをちかう」というところで、「ちょっと待って」という。「このことはどういうことなのかしら。」みんな答えることが出来ない。意味なんて教えてもらっていなかったのだから。「ちゅうせいというのはね、こっきのためにつくすって、約束することなのよ。そして国旗というものは、とても大事なのね。だからみんなは、国旗がみんなの命よりだいじですって、そのちかいのなかでいっているのよ。でも国旗がのほうが、人の命より大事だなんて、そんなことあるのかしら。」難しい問いかけである。ところが先生、生徒が答える前に解決策を出してしまう。「国旗をみんな好きなら、この国旗を少しずつ皆で分けたらどうかしら。」そうやって国旗を切り刻んでしまう。

ジョニーはまだ納得しない。「私たち負けたの?それとも勝ったの?」誰かが質問する。「わたしたち、つまり、わたしも、みんなも、どちらも勝ったのよ。」「へえー」みんなは安心する。ジョニーは爆発する。「僕のお父さんをどうした。どこへやった。」先生は「お父さんは間違った考え」を直すために学校に行っていると説明する。「勘違いしないでね。悪い考えと間違った考えは違うでしょ。だから、学習が終わったら帰ってくるわ。」ジョニーは父さんが帰ってくると聞いて安心する。

先生は合宿の計画も打ち明ける。生徒が質問する。「ねるまえには、おいのりをするんでしょ」先生は巧妙に「お祈りしても役に立たない」ということを「これは秘密よ」といって教えてあげる。みんなは納得する。ジョニーはいまや、先生にすっかりうちとけていた。「この先生はうそをつかないで、何でも本当のことを言うからだ」授業が始まって23分間が過ぎていた。以上が「23分間の奇跡」の大まかな筋である。

「スーパーサイズミー」という映画が有る。一ヶ月間、マクドナルドのみ食べつづけると、どういう変化があるか、監督自身が人体実験した映画である。この国の食生活の貧しさを単的に示した映画である。この映画を見るとBSE問題に無関心であるという米国の消費者意識が透けて見える。いや、そんなことはどうでもよくて、この映画のなかで、マクドナルドのCMが子供の心にどれほどまで植えつけられているか示すためのエピソードとして、「忠誠の言葉を言ってみて」といわれてつい詰まってしまう20代の女性に「マクドナルドの歌を歌ってみて」と聞いたら、すらすらと歌えた、というのが有る。問題はこの女性の反応だ。「恥じよ、これは恥じだわ。」私は知らなかったのであるが、アメリカ国民というのは、小学校時毎日国家に忠誠の言葉を発しているらしい。日本の公務員も、その最初の入所式には日本国憲法に忠誠を誓う。しかし、アメリカの場合、憲法に対してではなく、国旗に対して忠誠を誓っているらしい。

TVシリーズ「24」にしても、法律よりも、国家に対する忠誠のほうが優先されている。アメリカにとって、愛国心は9.11があったから突然沸きあがったものではないのだろう。

では、この本は愛国心を自分のものとして消化していないアメリカを批判した書物なのだろうか。実は若い女先生のほうは、最後のところで「うまくいった」と安心している。「ここまでのやり方は、全て教えられた通りに運んだまでのことだ。」先生は「この土地の全ての男や女たちが、同じ信念を持って、同じような手順の元に、教育されていくであろう」ことを思うと胸が熱くなるのである。先生の国はどうやらソ連を想定しているみたいである。(原本は1981年発行。)著者はもう一つのモデルである、国家ではなく指導者に忠誠を使う国、神を信じない国(ソ連のことだろう。ただしステレオタイプ的な認識ではある。)に対しても明確に批判的に見ているのである。では、どうすればいいというのだろう。

私が小学校4年のときに担任になった鈴木先生は、授業の始めに歌を歌うということを始めた。後にも先にもそんなことをしたはその先生だけだった。歌は「ドナドナ」である。牛が殺されるためにつれていかれる悲しそうな歌である。名曲である。後に中学生のとき音楽の時間でも習ったから、純粋に情操教育のためだったのかもしれない。と、つい最近まで思っていた。しかし、今突然思う。あの時代、ベトナム戦争の終結直後だったではないか。この歌はジョーン・バエズの持ち歌だった。当時、この歌は反戦歌として歌われていたのである。そのことを知らなくても、私はこの歌を時々口ずさむ。そして悲しくなる。そんな持ち歌を持てて私の人生は少し有益だった。

子供のときに教育は大切だ。たとえ、「きみがよ」の意味は知らなくても、もし毎日君が代を授業のたびに歌うようなことが有れば、その子供の人生に大きな影響を及ぼすだろうと思う。

じゃあ反対に、日本人の場合は、日本国憲法前文を毎日授業の前に暗唱するべきだろうか。私はたとえ、憲法前文が国歌になっても、するべきではないという意見であるが、みんなはどうであろう。

やはり予想とおり取りとめの無い感想になってしまった。

アメリカの「忠誠の言葉」自体にはアメリカの歴史が有るから、私からなにも言えるはずも無い。この本の著者はアメリカ映画界の「アカ狩り」で追われた「大脱走」の脚本家ジェームズ・クラベルである。しかし、その後の著作を見ても彼が共産主義者であった形跡は無い。ただ「同じ信念を持って、同じような手順の元に、教育されていく」ことに厳しく異議申し立てをしてるのだということは感じられた。この本の原題は「The Children’s Story but not just for children」である。中学生よりもどちらかというと大人が読むべき本なのだろう。






最終更新日  2006年03月02日 15時20分37秒
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2006年02月11日
晴子情歌(上)
「晴子情歌」新潮社 高村薫
東北政治家の名門の家の傍系の娘・晴子は突然自分の娘の頃からのことを、東大を出ながらも遠洋漁業に従事する船乗りになった息子に宛てて、300日の間手紙100通も書き送る。

大正生まれで、東京の教養主義の雰囲気で育ち、東北の厳しい労働のなかで青春を送ったあと、東北政治家の弟の元に強制的に嫁がされ、政治家の外子をはらむ。それでも、そのなかで、みずみずしい少女はいたし、凛々しい女性はいたし、したたかな女はいたのである。

晴子は1919年生まれ。私の母は1934年生まれで、この当時の15年違いというのは現代の2~3倍の開きがあるし、東北資産家の遠縁と水呑百姓の娘とでは、天と地ほどの開きがあるから比べるなんて出来ないのではあるが、この小説を読んでいる間、ずっと55歳で死んでしまった母のことを考えていた。影之がこの手紙に出会ってはじめて母親のいろんな面と昭和という時代を感じたように、私は母の死に出会って初めて彼女に青春があったことを知った。戦中戦後にかけての彼女の悲しみと喜び。初めて父が語る母の若い頃のほんの一言か二言で、私は長い長い活動写真のように彼女の人生が見えてしまった。

高村薫もこの小説を書く前に肉親が次々と死んでいる。しかし、書いたのは決して彼女の母親の半生ではない。しかしそういう形でしか、亡くなった者に対して決着をつけることが出来ない。という作家の「業」というものはなんとなく分かる。






最終更新日  2006年02月12日 02時50分22秒
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2006年02月10日
昨日2月9日は大切な人の命日であった。そのことを私はその日が過ぎたあとに気が付いた。と、いうかその人の命日はずっと10日ばかりだと思っていた(^^ ;)。

1989年2月9日、そのころ私は10日ほど実家から会社に通っていた。その20日ほど前に母親を亡くしていたので、霊前への「おかんき」をする必要があったためである。家に帰ると妹が開口一番「手塚治虫が死んだわよ」といった。その後暫くは何をしていたか記憶がない。気がついたら深夜テレビ番組を見ていた。その後一週間ほどは昼間にわけも無く涙が流れた。こんなことは母親のときでもなかった。(たぶん涙の種類が違うのでしょう)誰かが天皇が死んで「自分の中から何かがすっぽり無くなっていった」といっていて、こんな人までそんなこというのかと思っていたが、手塚が死んで実感した。

最初のおぼえている本は手塚の「ジャングル大帝」。カラーのおそらく二回目の書き直しの版だと思う。ねずみが船の中で幼いレオにミルクをあげるためにストローを継ぎ足していくのを何度も飽きずに眺めていた。近所の駄菓子屋で、10円四個のたこ焼きを食いながら、サンデー連載の「どろろ」を順番かまわず読んでいた。「火の鳥未来編」を真似て「大氷河時代」という漫画を書き、地球の未来を憂える作品をものにしようとしたが、失敗した。本屋で立ち読みすることを覚えて手塚作品は全て読みきった。と、思っていたらいつの間にか青年誌に書いていて、「奇子」によって戦後史に闇があることを知った。日本テレビの24時間番組で、手塚のアニメが復権したときは素直に嬉しかった。NHKで「手塚治虫漫画の秘密」というのをやり、24時間働いてそれでも「僕には漫画のアイディアだけはバーゲンセールが出来るぐらいあるんだ。」といったとき、正直初めて漫画家になる夢を諦めることができた。精神的には手塚の漫画とともに育ってきた。ぽっかり穴が開いても、当然である。

あれから一体何年経ったのだろうか。えっ、17年!?

と、いうことは手塚治虫を歴史上の人間としか思えない人がもう二十歳以上になっているということ?

アトムはまだ誕生していないけど、21世紀のコンピュータ社会になっても、下駄履きのヒゲ親父みたいな中年はごろごろしていることが証明された。「ガラスのような地球」はさらなる危機に喘いでいる。手塚が警告したクローンの問題はさらに精鋭化している。戦争はその後大きいのが四回も起きた。生と死の問題は全然解決されていない。あれから17年間、人類は何をやってきたのだろう。

一方漫画雑誌は次々と衰退している。手塚がいた頃から既にわかっていたことだ。問題は技術ではない。何を訴えるかだ。特に子供に。手塚ならその媒体は漫画でなくてもいい、というだろう。ゲームでもいい。けれども、市場に手塚作品に匹敵する「良品」はあるのだろうか。

あれから17年……。信じられない。






最終更新日  2006年02月10日 21時53分11秒
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2006年02月01日
テーマ:本日の1冊(3011)
吉田松陰と現代
「吉田松陰と現代」鴨川ブックレット 加藤周一
加藤周一が今の時代に吉田松陰を評価している。彼のほかの著作で、松陰を現代的に評価しているものはないからこれは加藤周一の初めての吉田松陰論である。

かつて加藤は「日本文学史序説」の中で松陰をこのように言及していた。「吉田松陰という現象は、まさに詩人の政治家であった。」「吉田松陰の思想には独創性がなく、計画には現実性がなかった。しかし「狂愚誠に愛すべし」といった青年詩人は、体制が割り当てた役割を超えて、歴史に直接に参加するという感覚を、いわばその一身に肉体化していた。その感覚こそは、1860年代に若い下級武士層を意思の社会変化に向かって動員した力である。」私はそのことには同意する。厳密に作られた理論はなかったが、あの時代にホッブスやモンステキュー、ルソーがいたならもっと別の展開があったかもしれないが、日本は見事に国際化の波の中で「日本の独立」だけは確保する。それを可能にしたのは理論よりも「詩」であっただろう。

今回の講演の中で、加藤は「詩人の特性」については多くを言及せず、現代の問題と関連させてこのように松陰を評価する。「松陰の立場は下層武士の思想で、幕府を倒してでも能率的な政府を作り、外からの脅威に対抗しようということだったと思います。」「これは水戸学派の観念論的なイデオロギーからは遠い立場です。また幕府の要人の暗殺や外国人の襲撃を内容とするテロリズムからも遠い考え方です。彼らと比べて松陰ははるかに現実的でした。」どうやら歴史相対的に現実性を持っている、と意見を修正したみたいだ。

現在グローバリゼーションという言葉で「開国」を迫られている日本に今こそ松陰の精神を、と加藤はいうわけです。まずは「主権の独立」を図れ、松陰の時代でいうと「譲夷」ですね。そしてそのためにはまず個人の独立が必要だという。松陰の時代でいうと「尊王」です。あの時代にあつては「尊王」は革新的な個人の精神の表現だったのです。松陰の思想はそれだけ現実を直視ししていたと加藤は評価している。

加藤は意見を変えたわけではなかった。過去の「松陰」という遺産を現代に活かす道を囁いたのである。しかしそれはあくまで「囁いた」に過ぎない。本格的に論ずる人が出てきてほしい、という願望があるのではないか。心ある人はもう一度そういう目で、松陰の著作を読むべきだろう。






最終更新日  2006年02月02日 00時12分10秒
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