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読書(フィクション)

2006年01月28日
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テーマ:本日の1冊(3025)
オーデュボンの祈り
『オーデュボンの祈り』新潮文庫 伊坂幸太郎
読み始めは、いつも『逃げている』ばかりの主人公が描写されている。そうか、事件の真相を明らかにする過程で主人公が成長するという物語になるのだな、とある程度この物語を予見をした。ところが、そんなありきたりの物語になってはいない。

『弱気なギャングが地球をまわす』という作品のあとがきに著者は次ぎのようなことを書いたらしい。「現実世界とつながっているように見えながらも、実はつながっておらず、また、寓話のように感じられるかもしれませんが、寓意はこめられていない。そういうお話になりました。」(本書解説より)それはそっくりこのデビュー作にも当てはまる。この人を食ったような構造がとても快く感じられる。

『読む愉しさ』を教えてくれる小説家である。読んでいる最中、謎がくるくると廻っているが、読後は実はそのときのことをよく覚えていない。あとにはいくつかの『感情』だけが残るのである。まるで良質の音楽会に行って来たときのように。

初めて、この人の作品を読んだが、次も読んでみようかという気にさせる作家である。






最終更新日  2006年01月28日 12時59分47秒
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2006年01月25日
テーマ:本日の1冊(3025)
模倣犯(5)
「模倣犯」(5)新潮文庫 宮部みゆき
古河鞠子の遺族である有馬義男はほかの殺人事件で自分を責めている塚田真一少年にいう。「あんたら若い人は、よくそういうものの言い方をするね?」「自分には何々する資格はないとかさ。自分は何々だと思ってコレコレのことをしてきたけど、本当はそれは偽りで、自分の心の底にはコレコレしたいシカジカの動機が隠されていたのだから、あれは間違いだったんだ、とかよ」「私なんざ、不思議でしょうがないよ。」「悪あがきでいい。そんなことははなからわかっているんだもの。私のやることなんざ、全部悪あがきだもんな。だって鞠子は帰ってこないし、真知子は正気に戻らん。そうだろう?」「そんでも私は、悪あがきをしたいんだよ。何かをしたいんだ。」「今となっては私には、大切なのは結果じゃないんだ。結果は理不尽で、ぜんぜん納得がいかないよ。それは充分わかっているんだ。だけど、そこまでいくあいだのことが大切なんだ。もう受身でいるのはまっぴらなんだよ」

有馬の塚田少年に向けてのこの十数ページにわたる言葉(引用は物凄くはしょりました)は、この長い物語の(私にとっての)クライマックスであった。塚田少年が前を向くきっかけになった言葉の数々である。犯人たちの心の内は、とりあえず私には重要ではない。運命が人を襲ったときに、人はどのように立ち直るのか、そのひとつの物語を示してくれたということで、この「模倣犯」は意義があった。

それにしても宮部の小説において主人公は多くの場合少年とおじさんである。この小説も結局そうなった。

ピースの心の内面は一応描いてはいる。しかし、全面的に描いてはいない。この小説の中で、その心の内面へ探索していくかぎはいくつも残されているので、読者はもう一度読み返しながらそこに旅していけばいいのだろう。

2006.01.20読了。結局最後はあっという間に読んでしまった。おそらく全部読み終えるのに、合計30時間以上は使った(浸かった)と思う。まあ、それでもさらさらっと読めてしまうのは宮部みゆきの才能だろう。「晴子情歌」の高村薫ならこうはいかない。

読み終える前後、ライブドア事件が進行していた。ひとつの意見は「模倣犯」読書日記(2)で述べた。これは劇場型事件ではないが、事件はまるで劇場のような展開を示している。もし誰かがピースのように「これは僕のオリジナルだ」といいながら脚本を書いているのだとしたら、その場合犯人「役」はホリエモンではないだろう。真犯人Xは「真犯人Xは別にいる」とアドバルーンを揚げるだろうか。真犯人Xは決してそのような墓穴を掘るような真似はしないだろう。






最終更新日  2006年01月25日 08時44分24秒
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2006年01月24日
テーマ:本日の1冊(3025)
模倣犯(4)
「模倣犯」(4)新潮文庫 宮部みゆき
4巻の主な登場人物は高井由美子と前畑滋子である。高井由美子は加害者の遺族がどのような状況になるかを体現し、前畑滋子は「事件の真相を描いてもどこまで描ききれるのだろう‥」という宮部自身の迷いを反映した内容になっている。

この作品は力作であるが冗漫すぎる、という批判は本が上梓された直後からアマゾンコムなどで飛び交っていた。最初の構想から二倍もの量になったというのは、宮部の迷いが反映してのことだろう。しかし最後まで読むとその迷いはふっ切ったみたいだ。そして単なる連続殺人事件の真相に主題をおかず、事件をめぐる人物群像に主題をおいていることが読み終えてくっきりわかる構想になっている。

時々勘違いをしている人がいるが、宮部みゆきは決して「社会派」の作家ではない。「火車」も決してそういう読まれ方は望んでいない。あまりにもいろんな事が見えてしまうから、そしてそれを言葉で表現できる類まれな才能を持っているから、この本を読むと連続殺人事件の本質を知ったような気になるが、彼女が描きたかったのはただ一点「人の心」のみなのである。

p196の前畑の若者論、p208以降の由美子の遺族の気持ち、あるいは塚田真一の「自分が殺してしまった」という自責の気持ち、まるであわせ鏡のように、何度も何度も違う形で立ち現れて読者の私たちに考えるきっかけを与えようとしている。人の心の中はまるでひとつの宇宙である。宮部みゆきは常にそう云ってきた。

2006.01.19読了。そして(5)をすぐ読み始める。
三日前に観た「疾走」がひどかっただけに、殺人にいたる、残される遺族の気持ちにいろいろ考えてしまう。






最終更新日  2006年01月24日 19時04分34秒
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2006年01月23日
テーマ:本日の1冊(3025)
模倣犯(3)
「模倣犯」(3)新潮文庫 宮部みゆき
三巻目はいわば前半のクライマックスである。ヒロミとピースと高井和明三人の対決が行われる。

さて、この作品、そのあまりにものリアルさにいつの間にか本を読んでいる我々さえも、この小説の中に取り込まれてしまう。例えば

ーーやがては古川鞠子の悲劇を二度と起こさないよう、いろんな意見がブログで書かれた。無数の記事と無数のTBと無数のコメントがネットの上を飛び交った。「KUMA0504さんコメントありがとうございました。私も一応独身女性(^^;)ですから、駅から家に着くまで10分間がとても怖くなりました。」「栃木さん気をつけてくださいね。日本の警察は優秀ですから、きっと容疑者は既に相当絞られているはずです」云々。そして一連のそういう反応をヒロミとピースは嗤っていた。

というような文章がこの作品のどこかに挟まっていても決して不思議ではないだろう。長い物語にする必然性は例えばこういうところにもあるのかもしれない。遺族を悼むコメントをしながら、犯人像をコメントしながら、巨大なネット上で井戸端会議をすることで、かえって犯人たちを喜ばしているという矛盾。劇場型犯罪に対して、私たちはまだ有効な対処の仕方を知らないのではないだろうか。

この作品の重要人物なのに、なかなか叙述の語り手にならない人物がいる。ヒロミとピースの幼友達の高井和明である。和明がヒロミを説得しようとする言葉の一つ一つにこの作品の、作者の願いがこめられている。最後の最後で和明は叙述の語り手となる。和明の真意がヒロミに届きそうになった直後、運命は訪れる。
2006.01.12






最終更新日  2006年01月23日 12時05分22秒
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2006年01月22日
テーマ:本日の1冊(3025)
「模倣犯」(2)新潮文庫 宮部みゆき
模倣犯(2)
栃木の幼女誘拐殺人事件の犯人はまだ捕まらない。被害者の家族の心痛は想像できないが、小説という形をとってそれを追体験することが少しは出来るかもしれない。あるいは県警の努力、マスコミの犯罪分析……それぞれの立場に立てば全く違った景色が見えてくる。

宮部みゆきの最初の長編小説は、「犬」の立場から見た犯罪小説だった。彼女の小説の魅力はまるきり登場人物の主観にたって物語を紡ぐことが出来るところである。これは簡単なようで難しい。宮部は特別な経験をして作家になったわけではない。その彼女が、苦労を重ねて老成した豆腐屋の主人になったり、熟練の刑事になったり、エンコー女子高生になりきるのである。宮部は生来のカメラアイとも言える類まれな記憶力を活かして、誰もがすぐに忘れるそのときの景色や風の色までも見事に文章の中に写し取るのである。だからおそらく普段から人を観察していて、おじさんの目線がどこを見ていて、そのときどういう景色だったか、心の箪笥の中にきちんと整理されているのだろう。

まだ二巻目までしか読んでいないが、彼女はその才能を活かして今度は誰もがいい加減な描写で済ます連続殺人事件の犯人の心の中に入っていこうとしているように見える。まずは栗橋浩美(ヒロミ)側からの描写から入っている。ヒロミはトラウマがあって、病的で、自己中心的で、プータロウである。その後、外から見えるヒロミが一般的に言ってエリートっぽい人物に扱われていたことに少なからず驚く。外見と心の中、同じものを見ていてもいかに見える景色か違うのか、読者は体験する。栃木の犯人はまだ捕まらない。その異常性とは裏腹に、犯人の外見はきちんとしたエリートなのかもしれないし、万が一彼の心の中を覗いてみたら、つい私たちは「哀しい」と思ってしまうような心情さえ見つけてしまうのかもしれない。果たしてそのような感想を持つ私たちとはなんなのだろう。……というようなことは映画を観たときには思わなかった。これがこの小説の力である。
2006.01.06読了。

01.22追加
ライブドアのもと副社長が自殺したのか殺されたのかネット上ではいろんな意見が出ているらしい。そういう方はぜひこの本を読んで頭を冷やしてもらいたい。
確かにあれが自殺ではなく、殺しであったなら、日本の経済界を揺るがす大問題になるので騒ぎたい気持ちは分かる。しかし単に新聞やテレビから得られる情報で「憶測」で物事を書いても事態の進展には何の益もない、警察の動きを変える事は出来ない、ということをわれわれは知るべきだし、もちろんわれわれの想像をはるかに超える情報を警察は握っていることも知るべきだろう。「模倣犯」の犯人がこの騒ぎを利用したら簡単にわれわれは操作されちゃうよ。






最終更新日  2006年01月22日 11時33分57秒
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2006年01月21日
テーマ:本日の1冊(3025)
「模倣犯」(1)新潮文庫 宮部みゆき
宮部の著書は全部読む、というのが私のポリシーである。というような変なことで威張る小市民の私であるが、彼女はその小市民を描くのが天才的に上手い作家だ。

「未曾有の連続誘拐殺人事件を重層的に描いた現代ミステリの金字塔、いよいよ開幕」ということだし、映画にもなったので、ある程度の筋はみんな知っているし、リンクつきのバナーを貼っておくのでそこを見ると大体のその巻のあらすじを書いてると思うので参照してもらいたい。
模倣犯(1)
文庫(1)は、事件の被害者側、捜査側のほうの視点で物語が進む。宮部みゆきは次々と代わる視点に少しも描写の上で妥協はしない。被害者の不安とやりきれなさと怒りと悲しみ、振り回される刑事と犯人との知能比べが綿密に描かれていて、読ませる。そして事件がとりあえずの結末を迎える。(まだ一巻目なのに?)ところが私は知っている。これがこの物語のマクラに過ぎないことを。

映画「模倣犯」は大失敗作だった。見た時点で原作の筋など全然知らなかったが、あまりにも薄っぺらい主犯(仲居正弘)の演技に、まるで職人のように映画つくりをした監督の姿勢にがっかりした覚えがある。だからポリシーではあるが、一巻目二巻目を読んで読む気がうせたら止めようと思っていた。心配は杞憂だった。そして新たな心配が……。私はこの本を読むために何時間を費やしてしまうのだろう……。
2006.01.03読了






最終更新日  2006年01月22日 02時04分29秒
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2005年09月29日
テーマ:本日の1冊(3025)
「海の伽耶琴」徳間書店 神坂次郎
秀吉の朝鮮出兵時、当初秀吉軍の中にいて、その後朝鮮側についた一群の武将がいた。彼らは鉄砲の技術を持ち、そのためそれまでの戦況を大きく覆すことに成功する。その武将の名前は「沙也可」と伝えられている。この小説はその武将を、紀州雑賀衆の大将鈴木孫市の若大将「小源太」として描いた歴史小説である。なぜ彼は朝鮮軍に「寝返った」のか。また、雑賀衆は戦国時代、一向宗に味方し、信長と戦い、ついに信長は彼らをつぶすことができなかった非常に優秀な技術集団でもある。その後も、秀吉軍と戦っているはずである。なぜ敵側である秀吉軍の中にいたのか。それは教科書では教えない歴史であり、(朝鮮の教科書には「沙也可」の名前は出てきているらしい)その秘密の中に戦争とは何か、ということが描かれているかもしれないと思い、紐解いてみた。

信長は敵側を皆殺しにする日本歴史上稀有な独裁者であった。(比叡山焼き討ち、一向一揆・本願寺宗徒の壊滅)それと真っ向から対する雑賀衆もまた命知らずの鉄砲集団で、戦国の世を生きていく。彼らが戦死を恐れないのは当然だとは思うが、それぞれの「戦い」についてあまりにも疑問を抱いていないのは、不思議に思う。まだ後半はこれから読むのではあるが、私の最初の疑問は上巻ではぜんぜん解明できなかった。






最終更新日  2005年09月30日 01時51分07秒
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2005年09月19日
村上龍、島田雅彦、網野善彦、谷川健一、赤坂憲雄、上野千鶴子、姜尚中、今沢裕の八氏との対談集である。いろいろ刺激をもらう本なのではあるが、今回は現代の改憲論の中のナショナリズムについて考えるヒントをもらったので、書いてみたい。

島田雅彦との対談に先立ち、小熊は『戦後ナショナリズムのスパイラル』と題し、『<癒し>のナショナリズム』(慶応義塾大学出版会)の中身を要約してみせる。それをさらに要約するとこうなる。戦後のナショナリズムを概観するとこのように単純化できるという。
<1>対米従属によりアメリカに対する不満が蓄積する。(石原慎太郎や「つくる会」)<2>(しかし面と向かってアメリカに文句は言えない)その代償行為として自衛隊増強や改憲、あるいは歴史問題が噴出する。<3>その結果として(改憲の地盤が出来ることでアメリカの要求は強まり、歴史問題でアジアの反発は強まるので)ますます対米従属が強まる。
これにはなるほどと思った。私は今まで改憲論者の『気持ち』が理解できなかったが、もしかしたら改憲論者も自分の気持ちが理解できず、ずっと「悪循環」のなかにはまり込んでいるのかもしれないと思ったからである。もちろん単純化による間違いは多々ある。もっともよく批判されるのは「代償行為」等、ナショナリズムをあまりにも「心情」として理解しすぎているということだ。それを踏まえたうえで読むなら、私は示唆に富む分析だと思う。

これに9.11後を考えて小熊はこう問題提起する。(この対談はアフガン侵略直後)今度自衛隊に犠牲が出たときナショナリズムはどのように反応するだろうか。最悪の場合、日本でテロが起きたときナショナリズムはどのように反応するだろう。最悪の場合、世界から孤立して自滅するのではないか。

小熊の解決策はこうである。『本当は冷戦が終わった今となっては、対米従属さえしていれば国際関係が乗りきれると言う路線そのものが限界に来ているはずなのです。アジア諸国はもうアメリカの言いなりに動いてはいない。アジア諸国から反発があるたびに対米関係に依存を深めるというは、日本ナショナリズムの悪循環をもたらすだけです。この状況を打開するためには、アジア諸国との間で戦後補償問題と歴史問題を解決して、日本が対米従属から開放されてもアジアのなかで信頼を醸成していくしかない』私はほぼこの説に賛成である。今やっと議論されてきた『東北アジア共同体』『アジア共同体』構想はその延長線上にあるはずだ。

ただ、この対談では小熊の先に書いた大きな見通しは見事なのだが、具体的な話になると、「皇室が憲法尊守を宣言してしまえばいいんだ。」等、(素人の私でさえ分かる)政治力学が全然分かっていない話で最後まで通してしまった。自衛隊に犠牲が出たときやテロが起きた時どうなるかも展開されずじまいだった。結局思想史の学者の話なのである。

民主党の前原代表がどういう理論でもって九条改憲を言っているのか、しっかり検討しなくてはならない。民主党の改憲案は国連主導の自衛隊活用なのであるが、彼が今の国際力学のなかでそれはつまりアメリカ追従と同じことだと分かった上で言っているのか、それとも反米ナショナリズムを目指して言っているのかで対応の仕方が変わるからである。






最終更新日  2005年09月19日 11時09分10秒
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2005年08月31日
「指紋を発見した男」主婦の友社 コリン・ビーヴァン  茂木健訳スコットランド人医者ヘンリーフォールズは、宣教師として日本に滞在中、友人モースを手伝い大森貝塚の発掘に携わっているときに、土器に付いている指のあとの筋から『指紋が犯罪捜査に使えないか』と発想する。指紋が犯罪捜査に与えた役割はとてつもなく大きいものがあったが、それが証拠として採用されるまでにはいろいろなドラマがあった。また、指紋発見者としてフォールズが評価されるにも、紆余曲折があったのである。

科学的な犯罪捜査が始まるまでの警察の歴史が読み物風になっており、なかなか面白い。特にヴィクトル・ユゴーの「ああ無情」のモデルになったというヴィドックを扱った『悪党を捕まえる悪党』の一章など、波乱万丈。また、マーク・トゥエンの「ミシシッピの生活」の第三十一章に影響を与えたかもしれないというくだりを北村薫辺りが読んだなら、早速推理小説のアンソロジーに入れたりするかもしれない。この本には『本格』の香りがする。

ただ、指紋発見のエピソードに日本の大森貝塚が入ってくることに、(日本人としては嬉しいのだが)私は危惧を覚える。縄文土器をよく見た人ならすぐ気が付くのであるが、たとえ土器に指のあとがあったとしても、目の荒い土器には決して指紋のしの字も付かないのである。この著者は日本に来ることなくこの本を書いているが、変な伝説が一人歩きしないことを祈りたい。






最終更新日  2005年09月01日 00時15分59秒
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2005年08月21日
前の本の続き。異次元世界「テーラ」から時空の穴を抜けて逃げ出した凶悪犯人を追って、ドリームバスターのシェンとマエストロは地球の日本という国の夢の中に降り立つ。

そういう世界観だけで出来上がった物語かと思っていたら、前作のラストで少し変化があった。さあ、それでは「2」ではそこが展開されたり、解決するのかな、と思っていたら……

これはないんではないか(怒)

これはまだ物語が始まってもいないということなのか。
宮部みゆきの作品は最近は特に長く長くなっているが、
この作品の終わりが見えない。
まさか田中某みたいに全10巻ぐらいを考えているのではないでしょうね。
それなら、一年に二作ぐらいのハイスピードで書いてほしい。
これだと一体終わるのに何年かかることやら。

「ブレイブストーリー」はアニメ映画化される。
この作品、もしアニメ化されるのなら、
絶対テレビの連載アニメのほうがよい。
なんだかこの作品はアニメ化を
狙っているような気がしてならない。






最終更新日  2005年08月21日 23時58分46秒
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