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読書(ノンフィクション12~)

2019年10月13日
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テーマ:本日の1冊(3020)

「町山智浩・春日太一の日本映画講義 戦争・パニック映画編」町山智浩・春日太一 河出新書

町山智浩さんのいわゆる外国映画講義は何冊か読んでいるのだけど、不思議なことに日本映画については読んだことがない。映画館で年間100-140作観る私が常に感心するのは、町山さんの映画評だけだ。必ず面白い話が聞けるーそう確信して本書を紐解いた。WOWOWの『町山智浩の映画塾!』の書籍化。

残念なのか、流石というべきか、戦争・パニック映画を講義して大きく扱うのは7作品だけだ。『人間の条件』『兵隊やくざ』『日本のいちばん長い日(1967)』『激動の昭和史 沖縄決戦』『日本沈没(1973)』『新幹線大爆破』『MIFUNE THE LAST SAMURAI』である。2作は未見だが選択は納得する。

『人間の条件』原作者も監督も撮影監督も実体験をフィルムに焼き付けようとした。

『兵隊やくざ』は『人間のー』の裏返し。公開当時、実体験を持つ観客は多かったから、さぞかしスカッとしただろう。会社組織の上司の関係も同じ。風呂場で喧嘩シーン、前貼りなしなのに絶対アレは見せない(大映撮影布陣の技術力)。有田と大宮の関係はBLだ。赤ん坊のために戦闘が一瞬止まる場面は後に『トゥモロー・ワールド(06)』が影響されたに違いない。等々参考になった。

『日本のいちばん長い日』脚本との違いがある。阿南(三船敏郎)の切腹場面と森師団長(島田省吾)の殺される場面は、音だけの描写だっが、血みどろ描写を丸見せした。奇跡的に生き残った岡本監督の出発点だったからだ。『ヒトラー 最期の12日間』に、書類を焼いている所はこの作品のオマージュ。横浜守備隊の隊長がポケットに入れていたのは『出家とその弟子』、『シン・ゴジラ』で『春と修羅』が出てくるのと同じ。

『激動の昭和史 沖縄決戦』71年岡本喜八監督、新藤兼人脚本。未見。戦争を憎みながら、戦争アクションは見事。東宝スタッフ子会社化前の、総力作品。一人ひとりの生き方死に方に描いて、ウエットに描かない。

『日本沈没』(73年森谷司郎監督、中野昭慶特撮監督、橋本忍脚本、そして木村大作の撮影デビュー)タイトルが出てくるまで1時間。『日本のいちばんー』でも20分かけた橋本脚本。この映画によって、二本立て興行が一本立てになった。

『新幹線大爆破』(75年佐藤純弥監督、高倉健主演)80キロに減速したら爆発する。『スピード(94)』『アンストッパブル(10)』で使われた。タイトルを聞いて国鉄の協力が得られなくなったので、遠景は無許可、駅は私鉄だった。元ネタは黒澤明脚本の『暴走列車』。東映は社会的メッセージを入れる伝統がある。博多市民を救うために新幹線を止めて乗客を犠牲にしろ、という選択は「トロッコ問題」。選ぶことができない、というのが正しい(と私は思う)。宇津井健は「私は一回でも新幹線を止めようと思ったから国鉄マンとして失格だ」という。

『MIFUNE THE LAST SAMURAI』(三船敏郎のドキュメンタリー)『椿三十郎』の殺陣は三船が考えた。それまでの殺陣ではなく、お互い切るつもりでやっている。黒澤明が要求した。みんな黒澤に酷い目に遭っている。『蜘蛛巣城』で矢を射られたのは、後々トラウマになったらしい。

日本映画の知識は、圧倒的に春日太一が上。そのせいか、対談のせいか、イマイチ切口が鋭くなかった。






最終更新日  2019年10月13日 11時43分43秒
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2019年10月12日
テーマ:本日の1冊(3020)

「友情について 僕と豊島昭彦君の44年」佐藤優 講談社

佐藤優さんの高校の同級生・豊島君が、すい臓ガンで余命幾ばくもないことがわかった。佐藤優さんはそのことを聞いて豊島君に「2人の自伝を書かないか?」と提案する。

すい臓ガンは怖いガンだ。気がついた時は既に遅く、ある事情で私も他人事ではないと感じている。しかも、この2人とはほとんど同世代ということがわかった。私と違い、優秀な成績で社会に出た後に98年の日債銀経営破綻で人生がガワリと変わった豊島君は、しかし同世代だけに遠い世界ではない。

「それで豊島君は何がしたい」あえてビジネスライクに佐藤優さんが聴くと
「自分がこの世に生きた証を遺したい」
で、2人の自伝を提案すると、豊島君は怯む。佐藤優さんは畳み掛ける。バブルがはじけた時代を語ることは意味があるはずだと。
「でもそれは、あの時代に特有だった特殊な事例であって、今の時代には通用しないのでは」
「そんなことはない。時代は繰り返す」
豊島君の想いは、とてもよく理解できる。佐藤優さんの判断も正確だ。とても理性的だけど、限りなく情に溢れている。これが「友情」というものなのかもしれない。

2人の高校生活を見ると、2人を合わせて1/3にしたようなのが私の大学生活だったと思う。私の3ー4歳先を既に歩いていたのである。なるほど、これが秀才の歩く道なのだ。

90年バブル破綻、97年北海道拓殖銀行破綻、豊島君は、悪循環に落ち入る日債銀の中にいて「一度マスコミに対して弱みを見せるとマスコミは一気呵成に徹底してその弱みを追求してくる」と強く感じた。「結局誰か犠牲を作らないとこの攻撃は終わらないのだ」。この構造は20年経っても1ミリも変わらない。

「外見の強そうな男がメンタルも強いとは限らない。(略)普段は温厚で柔和だが一度決めたことはブレない意志の強さ、そして地頭の良さを兼ね備えた豊島君のような人間こそが、どんな修羅場も毅然と乗り越えられるタイプであることを私は経験的に知っている」(163p)

会社が経営破綻して、外から外国人上司がやってきたときに、いち会社員としてどのように接したかということは書いてあるが、当然だがバブル崩壊そのものの全体像は描かれていない。平成会社員「史」としては興味深かった。上司との付き合い方には普遍性がある。差し障りがあるので詳しい事は書けないが、私は頗る共感した。

数年前に豊島君は両親と死別した。似たような経験を私もしている。また、最後の人生8訓も、私は頗る共感する。やはり、同世代なのだ。






最終更新日  2019年10月12日 11時50分10秒
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2019年10月11日
テーマ:本日の1冊(3020)

「アジア新聞屋台村」高野秀行 集英社文庫

高野秀行さんは、「ワセダ三畳青春記」で描かれたボロくて狭くて楽しい早大近所のアパートで暮らしていた時期の99年から03年までの5年間、時々アジアの冒険を挟みながら、約5国のアジアの在日外国人のための商業新聞社の編集顧問の仕事もやっていた。新聞社と言いながらも実際ははちゃめちゃな社員と社長を有した、冒険的な編集だったのだが、これはその記録である。

詳しくは読んでもらうとして、文庫本紹介に、これと「ワセダ三畳青春記」と「異国トーキョー漂流記」とが、姉妹編を成していて、自伝的青春物語であると紹介されていた。へー!そうなんだ。3冊ともなんかフィクションのような内容だけど、実際はバリバリのノンフィクションなのである。と思った所でひとつアイデアを思いついた。

高野秀行さんを副主人公にして、映画を作れないか?

絶対面白いと思うんだけどな!どこかのプロデューサーさん!原案権は主張しないから、作ってくれないでしょうか!!

【高野秀行をテーマにした映画】
普通の早大生から社会人になった青年が、その時々で幼なじみの〈高野秀行〉と交流する物語。

高野秀行と幼馴染で共に成績優秀者で一緒に早稲田大学に入学した早大生の存在だけが創作。あとは全て事実で構成する。怪獣を追っていた時のメデイア巻き込んでの騒ぎも、アマゾン源流冒険も、ミャンマーアヘン王国潜入も、三畳一間のめちゃくちゃな下宿生活も、アジア新聞も、東京在住外国人から外国語を短期間で学んで翻訳本まで出した経緯や、次々と単行本を出している様子など「まるで創作のような話」が、全て「事実を元に」描かれる。そして、早大から真面目な会社に就職して長時間労働に苦しむ幼馴染は、最初こそは「コイツ、負け組だ」と優越感に浸っていたが「真面目に勉強して真面目に働いているオレはなんなのか」と悩み始めるのである。

キャストは、真面目な早大生に伊藤健太郎、高野秀行に賀来賢人(「今日から俺は」の2人)を希望。






最終更新日  2019年10月11日 11時54分49秒
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2019年10月09日
テーマ:本日の1冊(3020)

「地図帳の深読み」今尾恵介  帝国書院
私は地図マニアではないが、本屋でたまたま手に取った本書がなかなか愉しくて紐解いた。世界と日本の地図が全頁カラーで載っているけれども、私の興味関心から日本の「深イイネ!」と思った部分をメモする。

・四万十川が太平洋を目前にして内陸へ向きを変えているのは、南海トラフ地震が何度もあって、海岸線に山ができたから。
・この前広島県三次もののけミュージアムに行ったのだが、そこを流れる江(ごう)の川は、そのあと広島港まであと25キロまで来て、八千代から島根県方面に流れて江津にたどり着く。これは、中国山地の隆起量に対し江の川の浸食量が根性で凌駕した結果らしい。
・私がパラパラめくって面白いと思った所。まるで盲腸の突起のように、境界線が入り組んでいるところがある。最もわかりやすいのが、大阪市が松原市内に細長く飛び出した部分(長さ620m、幅2mほど)がある。地図の赤色点線の市境の記号がとてつもなく異様だ。これは阿麻美許曽神社の参道のためです。この規模の大きいのが、山形、福島、新潟の県境にある飯豊山神社の参道で約8.3キロに及んでいる。地図で、こういうのを見つけれたら、楽しいだろうなぁ。
・知らなかったが、和歌山県は「飛地」を持っている。新宮市の東北に三重県と奈良県の間に新宮市が2カ所ある。練馬区には、埼玉県新座市の中に練馬区飛地がある。13軒の家があり、ゴミの収集や学区問題では55m離れているだけなので困っていないが、東京ブランドのお陰で隣の土地より2割も地価が高いらしい。他に神奈川県相模原市の東京都町田市飛地、大阪府池田市の兵庫県伊丹市飛地がある。
・地名の読み方にも一章を設けている。原音に忠実に書くのは難しいらしい。コラムで、岡山は地元民間では「おきゃーま」と言っている、と書いているが、地元民として言うが何十年前の話をしているのやら。
・わざとなのか?表紙に使われた地図の説明が一切ない。よく見ると、東京都日本武道館の隣に史跡(?)として「ヒカリゴケ生育地」とある。また、大分県、熊本県、福岡県の県境に酒呑童子山がある。九州に何故?そのすぐ側には、カメルーン選手たちの練習場になった中津江があり、鯛生という閉山した鉱山があった。ちょっと調べたら金山で70年代まで掘っていたらしい。いろいろ気になるー!
地図って、楽しそう!






最終更新日  2019年10月09日 07時37分47秒
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2019年10月08日
テーマ:本日の1冊(3020)

「図書2019年10月号」

「漢字の植物園in広辞苑」(円満宇二郎)の連載が1年巡って12回目、最終回を迎えた。トリビアな植物情報を教えてくれて好きでした。最後は「菊」「金木犀」「藤袴」そして「サフラン」が扱われています。全て10月に咲きます。

「金木犀」の香りを嗅ぐと、私は何時も「何処からか花の香する」と書いた山本周五郎の小説を思い出し「さぶ」のことを考えます。ところで、金は花の色でわかるのですが、木犀がずっと疑問でした。そもそも何故「犀」が「セイ」なのか?答えは、「サイ」は奈良時代以前に伝わった呉音、漢音では「セイ」と読むらしい。立派な中国語なのです。何故植物に動物の名前?12世紀中国書物に「湖南では九里香、江東では岩桂、浙江では木犀という。木肌の模様が犀のようだから」とあるらしい。そこで我が家の金木犀をじっくり見てみました。色は土色で似ているかも知れないが、ぶつぶつ模様でソックリとは言い難い。そもそも浙江に犀は居たのか?

「サフラン」は「サ夫藍」と書きます。「サ」はかなり特殊な漢字で、表せれるか不安でしたが、最近のスマホは一発変換しました(でも楽天では機種依存文字で拒否られた)。すごいですね。

新連載は俳人・長谷川櫂の「隣は何をする人ぞ」。1回目は、昨年皮膚癌になって「考えたこと」をつらつら書いていました。

三浦佑之の「風土記博物誌」は、今回は「神」がテーマです。風土記に出てくる神さまは、たいていは「あらぶる神」のようです。舟の航行を邪魔し(播磨国風土記)、往来の人を殺し天皇が平定したので神崎と言ったり(肥前国風土記)、大和の人に頼んで荒ぶる神の引越しをしてもらったり(常盤国風土記)する。たいていは、天皇関係者が神を鎮めます。思うに地方役人の大和政権への「忖度」でしょう。何処でも、結局風土記における「神」は、西欧のように一神教でもなければ、福を授ける者でも、真実を伝える者でもないのです。日本人は、荒ぶる自然に対してのみ、何時も「神」を感じていたのでしょうか?古代では、恐れだけで神への感謝はなかったのか?新たな疑問が湧いてきました。

今回は連載記事以外に面白いものはなかった。






最終更新日  2019年10月08日 09時18分34秒
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2019年10月04日
テーマ:本日の1冊(3020)

「世界史を大きく動かした植物」稲垣栄洋 PHP出版

私たちは、植物の手の平のうえで踊らされているのかもしれないー(扉表紙裏より)

人類の歴史は、自分や共同体の人々が如何に生き残るか、その知恵の出し合いと攻防の歴史である。そこには、当然食物である植物は大きく関与せざるを得ない。常に植物の見えざる意志によって、人類が翻弄されてきたのは確かだったとは思う。

しかし、もちろん人類史の契機は食物だけで説明はできない。歴史を作ったのは、植物だと理解するのは間違いだと思う。歴史学者ではなく植物学者の稲垣氏の歴史記述は、大袈裟な部分があるので注意が必要だ。例えば「チャの輸出が外貨を得て、日本は近代化の道を進んでいくのである」(143p)

閑話休題。以下クイズに出そうなトリビア情報を箇条書きしていく。特に日本関係を中心にした私的覚書です。無視してください。
・イネ科の植物がケイ素(ガラスの原料にもなるような物質)を体内に蓄えるようになったのは、600万年前。これによって、草食動物の多くが絶滅したと考えられている。
・2万年前から1万年前に気候が変化して、乾燥化や寒冷化が始まった。草原は食べ物が少ない。だからこそ、農業が発展した。最初は、イネ科を食用にする動物の家畜化。やがて非脱粒性のヒトツブコムギが炭水化物を種子に蓄えることで農業が始まり、富も蓄積され始めた。
・農業の魔力によって、人類は人類となっていくのである。
・戦国時代の日本は、同じ島国のイギリスと比べて、すでに6倍もの人口を擁していた。それを支えたのが「田んぼ」というシステムと「イネ」という作物である。
・東南アジアでは、イネは数ある作物の一つだが、日本では主食。
・15世紀ヨーロッパでは、コムギは種子に対して3ー5倍の収穫、17世紀の日本では、種子に対して20ー30倍の収穫。現代でも、コムギは20倍、イネは110-140倍もの収穫がある。
・イネの栄養は、タンパク質、ミネラル、ビタミンも含む。不足はアミノ酸リジン。それを多く含むのが大豆。味噌汁とご飯で日本人は完全食を食べれた。コムギはタンパク質が不足するので、肉類が必要で、主食にならなかった。イネは日本のモンスーン気候にも合っていた。 
・大航海時代にポルトガルは東回りで、アフリカ、インドへ、スペインは西回りでアメリカ、インドへ到達する。そうやって手に入れたかったのがコショウである。しかし、産業革命で蒸気船ができるとコショウの価格は下落する。
・1492年、スペインのコロンブスはアメリカのトウガラシをコショウと言い張るために、レッドペッパーとしたが、味も種類も全く違いもの。トウガラシはヨーロッパに受けいられなかったが、1500年にブラジルに到達したポルトガルは、船乗りのビタミンCに必要で、かつ害虫の繁殖を防ぎ、食材や料理の保存に便利で、食欲亢進にもなることでアフリカ・アジアに輸出。受け入れられた。
・人間の味覚は生存するための手段。苦味は毒の識別、酸味は腐った物の識別、甘味は果実の熟度の識別、しかし、人間の舌には辛味を感じる部分がない。カプサイシンは舌を強く刺激して、痛覚が辛さと勘違いする。カプサイシンを早く消化・分解させるために胃腸が活性化、様々な機能が活性化して、血液の流れは早くなり、発汗もする。更には痛みを和らげるために陶酔感さえ覚える。←辛さを感じる人に個人差かあるのは、こういう仕組みだったのか!
・赤い果実は動物にとって甘いのが常識。しかしトウガラシは、辛味によってカプサイシンを感じる受容体がない鳥だけを、種子を運んでもらうパートナーに選んだ。
・16世紀初めにポルトガルは中国経由でトウガラシを日本に輸入、よって唐辛子と書く。ジャガイモはジャガタラ芋、つまりインドネシアのジャカルタ経由。サツマイモは、元は中米原産。九州では中国経由で唐芋と呼び、日本全国へ薩摩経由で薩摩芋になった。トウモロコシも南米原産だが、中国経由で唐もろこし又はナンバン、カボチャはアメリカ大陸原産で南京。トウガラシは鮮度を重視する日本ではあまり広まらなかった。加藤清正経由で日本から渡ったトウガラシが韓国で広まったのは、当時は元の支配下で肉食だったから。
・種芋から増えるジャガイモは悪魔の食物と呼ばれたが、飢饉対策として、王室は栽培を広めるために努力した。イギリスは葉や茎を使って料理してエリザベス一世をソラニン中毒にして失敗、ドイツフリードリヒ二世は成功、ドイツにジャガイモが広まる。フランスで広めたのは、ルイ十六世とマリー・アントワネット。
・日本ではジャガイモはサツマイモやカボチャと同じ時期に輸入、しかし味が甘くなくて広まらなかった。広まるのは肉食(カレー、シチュー)と合う明治時代。
・カレー粉を発明したのはイギリス海軍、船の揺れに対応した。コメを食べるベンガルに駐在していたので、カレーライスを作った。シチューも同時に作り、これに航海食として欠かせなかったジャガイモを入れた。日本は1920年に日英同盟が結ばれると、イギリス海軍に見習いカレーライスを作る。更には砂糖と醤油を入れて、肉じゃがも作り、家庭に広めた。
・トマト、ジャガイモ、トウガラシはアメリカのアンデス山脈周辺原産で、コロンブス以後(16世紀)ヨーロッパに渡った。しかし、トマトだけは200年食用とされなかった。その時ナポリ王国(後のイタリア)だけは、安いトマトをスパゲティソースやピザソースとして使って(17世紀)やっとヨーロッパに広まった(ナポリタン)。そのあと、アメリカがトマトケチャップを作り、フライドポテト、ハンバーガー、オムレツに使った。
・ワタのおかげでアメリカは経済的に豊かになった。そしてワタのおかげで多くの黒人奴隷たちが犠牲になったのである。
・ワタは塩害に強く、江戸時代の干拓地(豊田、今治市、倉敷市、北九州市)で広まった。車産業、タオル、ジーンズ、工業地帯の基になった。
・薬としては、抹茶飲み方が優れている。宋代に日本僧侶(栄西)が伝えて、茶道になる。中国ではそのあと抹茶が廃れる。「茶」は中国「チャー」日本「チャ」ヒンディー語・モンゴル語・ロシア語・ペルシア語「チャイ」福建省「テ」ヨーロッパ「ティー」。ヨーロッパ紅茶ブームが米独立戦争を引き起こす。緑茶と紅茶は同じチャという植物から作られる。チャは抗菌成分を含むので、忙しい工場労働者が沸騰しない水で淹れて飲んでも赤痢菌などにかかる心配がなく、産業革命時に広まる。
・ソメイヨシノは吉野の桜という意味ではない。「染井村で作られた吉野の桜」という意味である。吉野ブランドを利用された、吉野とは関係ない桜だった。明治時代に命名。散る桜に美を見出したのは、明治以降。本居宣長の桜(敷島の大和心を人ととはば朝日に匂う山桜花)は、大和心を散る桜に求めたのではなく、美しく咲く桜を歌ったものだ。桜が一斉に咲き散るのは、桜が時期を知るのではなく、クローン桜だから。






最終更新日  2019年10月04日 11時02分49秒
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2019年09月27日



「芸術新潮7月号」大特集 萩尾望都

かつて80年代初めに漫画専門誌「ぱふ」なるものがあった。私をそれを読んで初めて、萩尾望都がいかに漫画の革新を行ったかを知った。それ以降、本人ならびに他者による本は何冊も刊行されたが、一度も満足を覚えたことがない。だから舐めていた。特集を組んでいると言っても例によって、著者描き下ろしの絵で誤魔化しているのではないか。

甘く見ていた。実に約40年ぶりの本格的な萩尾望都解体である。本格的な論文は、小野不由美のそれだけではあるが、萩尾望都の一面を丁寧に書いただけに過ぎない。驚くべきは、おそらくインタビュアーの内山博子や編集者の努力と思うが、出てきた昔の作品の一コマ一コマのキャンプションがあまりにもよく調べ、マトを得ていることである。例えば、p17の「エドガーのふわふわふわ巻き毛は、どの向きから見ても同じ顔にするために考えた髪型だそう」、p18「トーマの心臓の最終頁の原稿。ユーリ、エーリク、オスカーそれぞれの新たな門出を象徴する忘れがたいラストシーン。光、風、植物といった萩尾お気に入りのモチーフによる見事な構成だ」p37には、連載開始前のクロッキー帳が公開されていて、そこに既に「火の塔の‥‥アランの死」と書かれている。「この時点で、物語のはるか先の終着点まで見えていたということか」衝撃の事実を公開している。私にとってもショックだ。アランの登場を最初から予定していて、しかも終わり方まで構想に入れていたとは!萩尾望都が、しっかりしたコマ割りを壊して、時空を超えた夢の表現を、その描写方法から、ストーリー構成まで牽引したことは40年前から既に橋本治が指摘していたのだが、我々の想像以上にそれはかっことしたものだった。だとすれば、やはり今回の「ポーの一族」再開は、かなりある程度時空を行ったり来たりはするが、きちんと構成されたものであるということだろう。

同時にクロッキーブックに対する萩尾望都インタビュー、或いは他のロングインタビューもあるが、これもかなり貴重な証言が幾つかある。

美術雑誌らしく、物語のテーマよりも、作画構成に寄った切り取りをしている。それはそれで、私にはとても新鮮だった。以降、萩尾望都を論じる時には、必携すべき本になっていると思う。







最終更新日  2019年09月27日 11時24分52秒
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2019年09月13日
テーマ:本日の1冊(3020)

「KOKKO第36号」日本国家公務員労働組合連合会

特集の「労働組合はSNSで運動できるか」に興味を覚え、わざわざ取り寄せました。労働組合をNPO団体に換えれば、現在私が参加している団体&サークルでも、そのまま活用できるのではないか、と目論んだからです。

座談会の司会者を務めていて、本雑誌の編集者の井上伸氏は、私はFacebookもフォローしているが、労働問題の労働状態分析のエキスパートで、一時期ヤフニュースの個人オーサーをしていた時には常に労働問題では上位アクセスを稼いでいた。彼が作るグラフや表には、滅多にマスメディアに載らない視点に溢れていて、いつも目を覚まされる。

マスメディアに載らないけれども、どうやって運動を作っていくか(特定の人や世の中に認知されるか)、ずっと試行錯誤を繰り返してきた彼だからこそのノウハウや問題意識があるのではないかと期待したわけです。

先ずは「サルでもわかる」と副題をつけたらいいかと思われるような資料「国公労連版SNS活用のススメ」がオススメです。特にNPO団体には、「いいとわかってんだけど、やり方がわからん」「炎上とか怖いんじゃないの」というお年寄りが大勢いらっしゃる。その方達に向けて、親切丁寧に書いている。私は第2部「SNS実践編」で、いくつか参考になるところがあった。その更に実践編が、座談会である。東京と地方では全く状況が違うのではあるが、やってみなくちゃわかんないところもある。

面白かった。






最終更新日  2019年09月13日 10時39分43秒
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2019年09月11日

ビッグイシュー366号ゲット!

特集は「プラスティック革命」。リード文は以下の通り。

2050年、海の中のプラスチックの量は重さで魚の量を超える、との試算がある。
1950年頃からのバージンプラスチックの生産量は約83億トン、うちリサイクルされたのは1割弱。今も毎年900万トン以上が海に流れ着き、5ミリ以下のマイクロプラスチックとなって魚などの体内に取り込まれ、生態系の連鎖が始まっている。
ようやく各国が「使い捨てプラスチック使用禁止」に取り組み、欧州などではプラスチックごみを資源化、再循環させる「サーキュラー・エコノミー」への産業政策が加速している。
環境ジャーナリストの枝廣淳子さん(幸せ経済社会研究所)、徳島県上勝町でごみのリサイクル率8割以上を実現した「NPO法人 ゼロ・ウェイストアカデミー」の坂野晶さん、プラスチックごみを分子レベルに戻して再資源化する「日本環境設計」の岩元美智彦さんに取材した。
プラスチックごみの環境流出を防ぎ、再資源化する「サーキュラー・エコノミー」への動きに注目し、市民ができることを考えたい。

プラスティックの海汚染は、今はなき「DAYS JAPAN」の中で、海鳥の腹いっぱいにプラスティックが詰まっていたという衝撃的な写真を見てから、やっと私も意識するようになった。海汚染は待った無しの状況になっている。

ショックなのは、「容器包装プラスティックの廃棄量」の一人あたりの量は、約35キロで、世界の中で、米国に次いで2位だったということだ。あと、EU、中国、インドと続く。これは、国民の意識の問題だと思う。

リサイクル技術の解説があったのだが、今ひとつよく分からなかった。勉強が必要かもしれない。

スペシャルインタビューは、クリスチャン・ベールだった。あの、カメレオン俳優だ。

2013年 アメリカン・ハッスル
2012年 ダークナイト ライジング
2010年 ザ・ファイター
2009年 パブリック・エネミーズ
2009年 ターミネーター4
2008年 ダークナイト
2007年 3時10分、決断のとき
2007年 アイム・ノット・ゼア
2006年 プレステージ(2006)
2005年 ニュー・ワールド
2005年 バットマン ビギンズ
2004年 マシニスト
「バッドマン」の時以外、あまり印象にないのは、彼の本当の顔がよくわかっていないからかもしれない。

今年春に公開された『バイス』で恰幅のよいチェイニー元米国副大統領を演じたクリスチャン・ベールが、今作『荒野の誓い』では西部劇の伝説的陸軍大尉に“変貌”を遂げた。らしい。「白人とアメリカ・インディアンたちの和解を描くこの作品は、分断の広がる今日の世界で大きな示唆を与えてくれます。」とのことである。西部劇だと思っていたら全く違うみたい。見ておきたい。






最終更新日  2019年09月11日 20時42分46秒
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2019年09月09日
テーマ:本日の1冊(3020)

「亡き人へのレクイエム」池内紀 みすず書房

ドイツ文学者・エッセイストの池内紀氏が8月30日に亡くなった。78歳。膨大な著作のほとんどに、私は接していないが、晩年の2つの仕事を読んで私は深く感銘を受けたので、残念でならない。ただ、近年次々と刊行された著作ラインナップを見ると、この数年間死への仕度をしてきたようにしか見えない。

森鴎外『椋鳥通信(上・中・下)』(2014-15)は、鴎外全集の中でも際物に扱われていた20世紀初頭の何処よりも速い西洋ゴシップ記事レポートを、あまりにも詳細な注解を付して立体的に提示したものだ。鴎外研究にも大きく与するはずだが、第1次世界大戦前のヨーロッパを、我々がインターネットで知るかのように見せてくれるという意味でとっても面白い著作だった。またその後に、しばらく絶版だった池内最初の訳書であるカール・クラウス『人類最期の日々(上・下)』(2016)も再発行された。正に第1次世界大戦下の、直ぐに勝利のうちに終わるだろうと思っていたドイツ国民を、政治家・庶民まるごと「同時進行で」劇化した大作である。これを留学生だった池内紀氏が翻訳し、そして現代に再度問うたことに、池内氏の企みがある。高価なこともあり、おそらくほとんど売れていないはずだが、これらの仕事は後世必ず評価されると思う。

そして今年は、亡くなる直前に『ヒトラーの時代 ドイツ国民はなぜ独裁者に熱狂したのか』という現代日本を見据えた評論を出している。

文章の振り幅は、ドイツ文学に偏らず森羅万象に及び、現代日本については批判的で、正に日本を代表する知識人の一人だったと思う。

長い前振りだった。本書を紐解く。2016年発行。21世紀を迎えて以降の、様々な知り合いの追悼文や思い出話に、「死について」の短文を添えて書き遺している。森浩一、北原亞以子、森毅、小沢昭一、米原万里、児玉清、高峰秀子等々、私の知っている者だけさっと読んだが、長い間常連役をしていたラジオ番組「日曜喫茶室」への歯に衣を着せぬ批評など、辛口であることを意外に思った。けど、亡くなった人への評価は愛がありやさしい。そして自らの死期を悟って書いているのかまったく不明ではあるが、「自分の死を他人にゆだねない」と自らの尊厳と自由をかけて宣言している。思うに、根っからの西欧的知識人かつ自由人だった。






最終更新日  2019年09月09日 12時53分47秒
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KUMA0504@ Re[1]:山口への旅2-1 亀山公園に登る(09/24) はんらさんへ 下関市に行ったことはあるで…
はんら@ Re:山口への旅2-1 亀山公園に登る(09/24) 1923年生まれだった義母(韓国人)が、戦…
KUMA0504@ Re:北斎のたくらみ 富嶽三十六景(09/02) 令和皇太子さんへ。 貴方がどんなコメント…
KUMA0504@ Re[1]:北斎のたくらみ 富嶽三十六景(09/02) ももたろうサブライさんへ ありがとござい…
KUMA0504@ Re[1]:100分de名著 小松左京(09/01) ももたろうサブライさんへ そうかもしれな…
ももたろうサブライ@ Re:100分de名著 小松左京(09/01) コンピューター付きブルドーザーと言えば…
KUMA0504@ Re[1]:「タッチ」の続編?「MIX」(05/25) ガラケーさんへ わざわざ心配ご指摘ありが…

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