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再出発日記

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読書(ノンフィクション12~)

2020年10月27日
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テーマ:本日の1冊(3223)

「本 森に帰る」吉津耕一 農文協
古本コレクターには有名書店なのかもしれないが、わたしはweb記事で最近になって知った。

福島県南会津の不便な山奥・只見町に、日本一の蔵書を持つ古本屋さんがある。どうしてそんなことが成り立つのか。それは、経営力の高さというよりも、志の高さによって実現した夢の古本屋である。
「古本で地域おこしをしよう!本には吸引力がある!」

現代の状況については以下のサイトを見てもらいたい。

蔵書150万冊を誇る古書の聖地「たもかぶ本の店」で、本の森の賢者はかく語りき – Michino
http://michino.jp/travel/1841

わたしは、この古本屋が軌道に乗った直後に仕掛け人の吉津耕一さんが書いた「この古本」(1995年刊行)を読んで感想を述べる。

16年前の時点で35万冊の本が集まり、日々増えているらしい(2018年は150万冊)。「都会の狭くて高い空間に眠っている本引き取ります」。値段は付けない、「交換」する。条件は、一般書籍・コミック・文庫・選書・ファミコンソフトを定価の一割で、CD・LDを定価の2割で引き取り、代価が、1670円になれば「たかもく」所有の雑木林一坪と交換する。実際には登記料に2万円かかるので、300坪に増えた後に登記を勧める。山林の利用は、家を建てるとか、キャンプするとかは向いて無くて、材木伐採や山菜狩とかに利用するのを勧めている。
‥‥私ならば、300坪は死ぬ間際かな。50坪ならば今すぐにでもできそうだ。

自分の土地を持てば、年に一回は行ってみようかな、と思える。キノコ狩りなんかして、帰りに150万冊から「お宝」を探して持って帰って‥‥

本書には、古本屋を始めるきっかけから、始めて一年余りのことが、まるで日記のように詳しく語られている。文章力はあるんだけど、若干構成が散漫。でも面白かった。







最終更新日  2020年10月27日 11時17分34秒
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2020年10月18日
テーマ:本日の1冊(3223)

「この国の不寛容の果てに」雨宮処凛その他 大月書店
「障害者は不幸を作ることしかできません」と言って障害者施設で19人を殺害した相模原事件。一報を聞いて、雨宮処凛は「とうとう起きてしまった」と思ったという。

2000年代に始まった、自己責任論の蔓延、ヘイトデモ、嫌韓嫌中ブーム、生活保護や貧困パッシング、2018年に杉田水脈の「LGBTには生産性がない」発言。
実はその前には公務員パッシングもあった。「いい給料をもらい、安定した雇用のもとに楽をしている。」と。
←このように並べると、政治家はこれらの意見に乗ってその後の悪法や経済政策、外交を進めたのだと気がつく。まさか、内閣調査室が仕掛けた!?


「公務員を通り越して、生活保護利用者や障害者が「特権」とみなされるなんて、この国の人々の生活はどこまで地番沈下してしまったのだろう」
(11p)と雨宮処凛は嘆く。

←学術会議任用拒否問題に対しても、同じ構図が広がっている。「彼らは特権階級なのに、何を守ってあげる必要があるのか」。

この序章の「問い」から発して、雨宮処凛は6人の識者と対談をして、昨年9月に発刊した。基本的に彼らの意見に9割方賛成する。問題点はかなり整理されて提示されている。が、紹介しない。
「事実はなぜ人の意見を変えられないのか」ではないが、世界の片隅でひっそりと語られた会話では、その流れは止められない、止まらない。
彼らの幾人かは植松被告と直接対話を試みたが、もはや植松被告に聞く耳は無かったようだ。

加藤周一は、世界を変えるのは「科学」ではなく「文学」だと言った。それは狭義の意味ではなく、かなり広い意味であることは明らかである。文学といい、哲学といい、歌といい、体験といい、世界観が変わるためには特別なモノが必要なのだが、正解はない。わたしはずっと「体験」が必要だと思っていた。生活保護問題にしても、貧困問題にしても、パッシングしている人は、彼らと「直に」関わっていなかったからだと思っていた。けれども植松被告は、「やまゆり園」そのものに勤めていたのだ。予め殺すべきだ、と思って勤め出したとしても、直に接することでその世界観に揺らぎは起こらなかったのか?わたしは自説を修正せざるを得ない。

どうして、バブル時代は公務員パッシングが生まれなかったのか?植松被告はこのまま「借金が膨らむと大変なことになる」と犯行に及んだが、どうしてステルス戦闘機F35を6.2兆円で147機購入(維持費含む)することに、大きな非難の声が上がらないのか?

いかん、ダラダラ言葉を並べ出した。何の意味もないのに。

植松被告については、それから一年後死刑が確定し、これ以上の事件の解明は難しくなった。

※テレビで「鬼滅の刃」を見ていると、なぜか植松被告が、悲しい運命を持つ鬼たちの姿と重なった。アニメもこの事件も、時代が作っていることでは共通性がある。






最終更新日  2020年10月18日 17時17分00秒
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2020年10月17日
テーマ:本日の1冊(3223)

「読みなおす一冊」朝日新聞学芸部編 朝日新聞社

「読みなおす一冊」という書評集を読む視点を、わたしは「紹介される本」というものではなく、「わたしならばどう書評を書くか」という視点で読んでしまった。よって、150人ほどいる評者の中から、わたしは、知っている作家で、かつ知っている(必ずしも読んでいない)本を中心に見てゆく。
参りました、が★★★。
良いんじゃないの、が★★。
わたしとどっこいどっこい、が★。

⚫︎瀬戸内寂聴「にごりえ」
未読。寂聴は「樋口一葉は処女では無い。半井桃水だけでなく、久佐賀義孝にも身をまかせただろう」と推察している。作品の中にある「女の子に肉の秘密」。寂聴の真骨頂。★★★
⚫︎石牟礼道子「黒い雨」
石牟礼道子にかかると、わたしの読んだ「黒い雨」とまるで違う世界が広がる。広島の町を遡上するウナギの幼生。「やあ、のぼるのぼる。水の匂いがするようだ」★★★
⚫︎水木しげる「雨月物語」
水木しげるは「上田秋成センセイ」と呼んでいるんだ!唯一、わたしにも書けそうな書評だった(^_^;)。でもわたしには水木しげるのような「体験」はない。★
⚫︎つかこうへい「リア王」
全くの新解釈!楽しい!★★★
⚫︎開高健「嘔吐」
わたしは「嘔吐」は未読だったが、サルトルについては1家言あった。開高健の書評の密度と精度には感服しかない。★★★
⚫︎樋口敬二「雪」
中谷宇吉郎の「科学のすすめ」的な性格を書いているが、学者の文章で、感情に訴えるように書いていない。★★
⚫︎都筑道夫「日和下駄」
未読。永井荷風の東京散歩らしい。歩けば今でもほんの少し面影があるらしい。‥‥それから35年。現在はどうなっているか。歩いてみたい。★★
⚫︎寿岳章子「第二の性」
中学生の時に「いやらしいことを書いているのに違いない」と思ってドキドキしながら買ったわたしのエピソードとは真反対の真面目な書評でした。「82年生まれ、キム・ジヨン」と比較をしたら面白いかもしれない。★★★
⚫︎前登志夫「遠野物語」
文章は素晴らしいのだけど、ほとんど遠野物語の力かもしれない。でも選択と紹介順番は良かった。★★★
⚫︎梅原猛「ツァラトストラかく語りき」
途中本。哲学者が人生で最も影響を受けた本を語るのに、3000文字も要らない。脱線を含めて、面白く見事に纏めていた。★★★
⚫︎中島梓「モンテ・クリスト伯」
未読。簡易版は読んだが、それは原作とは似ても似つかないものだと「書評家」中島梓はバッサリ。彼女の生涯ベストワンという作品。「私はこの本を読んだから小説家になったのだし、私の書きたいのはこういう小説だけなのだ」と100巻にも渡る世界最長の小説を書いた栗本薫の言葉も飛び出した。★★★
⚫︎駒田信二「吶喊」
駒田信二がこんなにも魯迅の労働者性に寄り添って書くとは!★★★
⚫︎手塚治虫「銀河鉄道の夜」
長くなります。結論部分の「ジョバンニは狂言回し、性格的にも描写的にもカムパネルラが賢治自身」については、説得力はない。狂言回しは手塚自身がよく使った創作作法だし、全ての登場人物に作者自身が投影されるのは理の当然。問題は何故書いたか、だろう。カムパネルラで描きたかったかのは、やはり妹の行末だろう、と私は思う。手塚はあまりにも忙しくて思いつきを書いたと思う。それよりも、注目すべき言葉がある。(1)作品は、かなり難解だが映像化と音の時代の現代になって、世代が受け入れることになった。と手塚はいう。←だとすれば、VR時代の今こそ理解される作品だろう。(2)「ひたすら書きつづって忘れてしまう種類の作品がけっこうあるのだ。ぼくの資料戸棚の引き出しを開けると、未完成原稿がぞろぞろ出てくる」←おいおい、聞いてないぞ(「ロストワールド」以外にもぞろぞろあるのか?)!遺族が隠し持ってるのか?★★
⚫︎常盤新平「ゴッドファーザー」
原作は未読だが、あの長い映画は三作を三度観た。過不足なくあの世界を評価して凄い。原作を読みたくなった。★★★
⚫︎松谷みよ子「せみと蓮の花」
未読。しかし、老齢の童話作家が、故人の童話作家・坪田譲治が書いた、老いと死をテーマにした作品の書評をしている。しかも坪田譲治は松谷みよ子に賢治の「春と修羅」を渡して「およみなさい」と言ったらしい。何か深淵の謎がある。★★★
⚫︎曽野綾子「夜と霧」
未読。しかし、何故か内容は承知している、と思っていた。曽野綾子は、そういう賢しらな認識を覆す。★★★
⚫︎結城昌治「きけ わだつみのこえ」
「若い人たちに、今こそ読んでもらいたいと思うのである。新婚旅行でハワイやグアムへゆくのも結構、ゴルフや野球見物をたのしむのも結構だが、現在の経済的繁栄がいつひっくり返るかわからない時代がしのび寄っていることにも気づいていいころなのだ」中曽根の「戦後政治の総決算」について語っているが、もはや手遅れ?戦中生き残りの貴重な言葉。★★★
⚫︎杉本苑子「枕草子」
現代語訳を終えて彼女は約35年前に、巷に広まる「定子中宮を庇った」説を退け「本来非政治的な女性なのだ」と自説を覆す。通常3000文字の書評が、ここだけ倍化している。現代の枕草子研究者は、この杉本説をどう評価しているのか?★★★
⚫︎中村真一郎「風立ちぬ」
師弟関係にあった弟子が、読みなおす書評。何をか言わんや。「80年代の現在では、既に失われてしまったものばかりによって成立している」★★★
⚫︎淀川長治「チャップリン自伝(前半)」
未読。淀川さんは未だ全部読み切れていないらしい。チャップリンをあまりにも好き過ぎて、少しずつしか読めないからだ。よくわかる。私にもそういう本が1、2冊ある。★★★
⚫︎大岡信「東西遊記」
未読。江戸時代寛政年間に刊行、橘南谿の紀行文。中国・九州・四国・関東・東北・北陸で、風俗習慣、珍談奇談の聞き取り、天明大飢饉の描写。「奥の細道」等々の人墨客趣味の紀行文とは真反対、現在のノンフィクションに近い本。流石大岡信、文章発掘の達人。★★★
⚫︎河合隼雄「グリム童話集」
子どもの時の「何故そうなるのか」を、後年心理学者として見事に解き明かした半生を書く。★★★
⚫︎堀田善衛「山家集」
書評というよりか、評伝。しかも、現代にも根深い遁世者としての西行ではなく、「怪異にして、巨人」の姿を顕にする。定家にあまりにも力を入れ過ぎた。西行についても書いて欲しかった。★★★
⚫︎佐藤忠男「トリスタンとイゾルデ」
書評というよりか、文化批評。近松心中物語と中世騎士物語の大きな違いは、青二才か、剛気な騎士か。上原謙、佐田啓二はラブシーンを演じるが、三船敏郎や仲代達矢は演じない。しかし、西洋ではジョン・ウェインやスティーヴ・マックイーンは演じる。★★★
⚫︎加藤周一「渋江抽斎」
途中本。「探偵小説以上に面白い」。つかみから入って、森鴎外の、この無名の人物の評伝の魅力を余すことなく伝える。思うに、書評のお手本のような書評。★★★
⚫︎岡野弘彦「死者の書」
愛弟子のお師匠さん(折口信夫)の代表作の書評にしては、愛が足りないと思うのは、私の無い物ねだりか。★★
⚫︎中野孝次「測量船」
未読。あゝそうだ、三好達治という詩人が居た、戦中も軍歌を書かず、「平明さのなかにある深さ」。★★★
⚫︎眉村卓「聊斎志異」
途中本。子どもの頃からずっと読み続け手元に置いている。この積み重ねが、最晩年の妻への短編集に繋がったのかも。★★★
⚫︎大岡昇平「山月記」
「構成の緊密さと簡潔硬質な文体」それはそのまま大岡昇平にも言える。★★★
⚫︎山下洋輔「裸のサル」
ちょうど山下洋輔さんと同じ頃(74年)、わたしも読んだ。本のインパクトは巨大で、現代はいろんな面で発展、或いは批判されている。流石山下さん、硬軟織り混ぜて優しく書いている。★★
⚫︎尾崎秀樹「大菩薩峠」
未読。えっ?宮沢賢治が「二十日づき、かざす刃は、音なしの、虚空も二つと、きりさぐる、その竜之介」と詠ったの?大逆事件の2年後から連載された、この大長編小説のインパクトを解説して大変面白かった。★★★
⚫︎澤地久枝「アンネの日記」
アンネより1歳下らしい澤地久枝は、50歳代になってやっと紐解いたらしい。未だこの時は完全版は出ていない。当然、歴史的責任に筆が傾く。★★★
⚫︎井出孫六「夜明け前」
未読。島崎藤村の本書が、昭和4年から6年間書き続けられたことを知り、夜明け前の希望が暗いままで終わるのは、時代を反映している可能性を知った。俄然読みたくなった。★★★
⚫︎米倉斉加年「鶏の卵ほどの穀物」
未読。1番脂が乗り切った頃の俳優が、トルストイ舞台化の舞台裏を書いた。★★
⚫︎副田義也「忍者武芸帳」
おそらく何度目かの書評だと思う。4度目の読み直しらしいが、こんなことぐらいしか書けないのか、と思う。★★
⚫︎篠田正浩「曽根崎心中」
近松門左衛門は、事件を知って1ヶ月後に上演に漕ぎ着けたらしい。現代週刊誌並みの早さではあるが、監督はその現代性を余すことなく語る。映画化して欲しかった(なぜ「鑓の権三」の方を映画化してしまったんだろ)。★★★
⚫︎紀田順一郎「奇巌城」
ルパンものの魅力を説得力持って書いた。★★★
⚫︎近藤芳美「野菊の墓」
歌人の伊藤左千夫が、なぜ純愛小説を書いたか。★★★
⚫︎伊藤比呂美「シートン動物記」
この頃彼女は未だ20代だったはず。「わたしは、思いっきり動物を殺してみたい」若さに溢れた書評。★★★
⚫︎椎名誠「さまよえる湖」
未読。椎名誠の生涯ベストワン。何故かというと、奥さんと知り合ったキッカケを作った本だから。いかにも!という書評。★★★

やはり物書きの専門家には敵わないという結論に至った。1984年から1987年にかけての書評集。現代まで生きている人を探す方が易しいほど。しかも、これを書いて3年以内に亡くなった方があまりにも多い。そういう意味で、豪華で貴重な書評集。






最終更新日  2020年10月17日 13時57分33秒
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2020年10月12日
テーマ:本日の1冊(3223)

「消えた映画館を探して〜おかやま、昭和の記憶〜」鷹取洋二 吉備人出版

かつて昭和という時代があり、どの市町村にも必ず映画館の一つや二つは存在した時代があった。そこが地域の娯楽の殿堂として確かにあったはずなのに、その映画館の場所も名前も、いまや覚えている人はどのくらいいるだろうか?現在は駐車場や民家になって当時の面影は一つもないとなれば、名前を失念しても仕方ないのかも知れない(←私のことです)。しかし、果たしてあの目眩く銀幕の世界の記憶を失くしてしまって良いのか?

鷹取洋二さんは、岡山県下の消えた映画館なんと147館を、諸資料や新聞記事、直接訪問しての地域住民に聞き取りなどの取材を経て、当時の様子や過去と現在の写真、映画最盛期の上映作品、最終日の上映作品などを突き止め記事にしています。恐るべき労作といえるでしょう。

実は私の参加する映画鑑賞サークルのことが、少し紹介されています。先輩たちが平成10年度に作成した「岡山映画100年映画館変遷史記録集」が、主な参照資料として使われていいるからです。先輩たちは苦労して岡山市の昔の映画館があったところを突き止めました。ただしそれは岡山市内の映画館に限られていました。

本書は岡山市や倉敷市の全ての映画館を網羅しているのは当然のこと、市或いは郡の、例えば真庭郡「勝山東映」などの小さな映画館の場所と開館閉館時期を特定しているのです。これが如何に大変なことかは、私たちは先輩の苦労話を聞いているだけによくわかります。そして、ホントに貴重な資料ができました。本書「おわりに」に書いているように、これは「昭和の記憶遺産として岡山の映画館史を後世に残す」取り組みです。

記憶遺産だと、ホントに思います。

わたしの感想を述べるならば、忘れつつあった「映画館の名前」「閉館時期」「場所の地図」「最後の上映作品」を読むことで、まざまざと多くを思い出しました。

初めて子供だけで見に行ったのは、倉敷駅の東側にあった「三友館」でした。そうそう、「三友館」だった!「ポセイドン・アドベンチャー」にビックリしました。その驚きは現代のVRの比ではないと思います(VRは仕組みはすごいけど、中身の作り込みがちゃちいのです)。高校生になった時に、今度は友人とこっそり三島由紀夫原作、フランス映画「午後の曳航」を見に行きました。裸が出るという軽い興味で観に行ったのですが、そのあまりにも生々しい描写にお互い何も言えずに映画館を出たのをよく覚えています。今見るとそんなに大した描写ではないですし、エッチ場面は一瞬だったのですが、世界の秘密を垣間見た気がしました。「倉敷東映」の最終日に、わたしは「仁義なき戦い特別編集版」を観たという記憶だったのですが、それは閉館月直前のプログラムだったようです。「水島プラザ」の最終上映作品も勘違いしていました。「岡山松竹」最終日の賑わいは、ついこの前のようです。寅さんの岡山舞台版が上映されていました。開館事情と閉館日を、今回初めて知ることが出来て良かったです。

この本を読んで、「記憶遺産」を確かなものにする人は、非常に多いだろうと確信します。






最終更新日  2020年10月12日 14時43分46秒
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2020年10月11日
テーマ:本日の1冊(3223)

「考古学への誘い」むきばんだ応援団編集 今井出版

佐原眞さんの講演録があるので、てっきり古い本だと思って取り寄せたら昨年出版の最新本だった。「むきばんだ弥生塾」の20年間の講座の中から珠玉の講演録を収めた第一弾。

佐原眞さんは、私を考古学へ誘(いざな)った直接の恩人である。その最晩年の講演録を二本聴けて大満足。佐原さんは「戦争は人間が始めた。人類の歴史から言えば始めたのは直近。人間が始めたのだから人間が終わらすことができる」と、日本で初めて学者の立場からハッキリ言ってくれた人だった。その言葉に感動して、私は、縄文でも古墳時代でもない、戦争を始めた弥生時代を中心にして、考古学を学んでいくことを決めた。

99年、当時としては日本最大の弥生の国邑妻木晩田遺跡の国指定化が決定し、その勢いのまま、99年の8月、鳥取県米子市の講演で初めて佐原眞さんの声を聞いた(記録を紛失しているので大体の記憶を頼りに書いている。間違っていたならごめんなさい)。笑いが絶えず、しかもとても興味深い内容で一気にファンになり著書を読み漁った。99年9月にむきばんだ弥生塾開講。その1番バッターとしての講演を此処に載せている。2001年8月、また大きな記念講演が米子市であり、私は2時間以上かけて中国山地を越えた。佐原眞さんは短い講演をしただけであり声も張りがあって元気そうだったのだが、その姿を見て胸が潰れた。膵臓癌の闘病で別人かと思うほど痩せていたのである。表紙の写真がそうだ。本来は恵比寿さまのようにふくよかだった。2002年に泉下の人となる。最後まで妻木晩田遺跡をはじめとする遺跡の保存活用に生命を削って助力した人だった。

金関恕さん(故人)も、初代むきばんだ弥生塾塾長として助力を惜しまなかった人である。講座ブックレット第一弾としては、最良の人選だと思う。

当時(たぶん今も)考古学の講座は、ちょっと勉強した者しかついていけない専門用語が横行していた。佐原眞さんは、「むつかしいことをわかりやすく伝える」ことを考古学会に広めた張本人である。博物館も、地域の文化発信施設として、わかりやすさに務めた。そして金関さんは、橋下大阪府知事が大阪府立弥生博物館の閉館を画策していたときに、それを阻止させた意義についても語っている。貴重である。

以下はマイメモ。
佐原眞。
〈古代人の心に触れる実例〉
・赤ちゃんの手形の粘土版の裏に、大人の指の跡が残っていた。どれくらいの「力の加減」したかを見ることで、赤ちゃんへの心がわかる。
・縄文中期の土器のカケラに裏から孔を開けようとして、表の帯があり途中止めにしている。4000年前の「しまった!」がわかる。
・奈良時代の瓦職人は、軒丸瓦を現在とは違い人に見えない所も飾っている。
〈倭人の弓について〉
・弥生時代以降の弓は、「短下長上」。根っこ部分を下にして梢を上につくる。弾性の関係で中央より下で弓をつがえる。しかし、アイヌ、沖縄は仕掛け弓の関係で中央につがえる。中国もそれ(弩)。英語もクロスボウ(十字架弓)なので中央。しかし日本は現代までこの作り方。←もしかして、日本史上大量殺人を伴う戦争は信長の長篠の戦い以前まではなかったので、発達しなかったからかもしれない。
・竹の矢柄は、九州山陰では使われていた。
・骨の矢尻は、石矢尻よりも強力で鉄以外の甲を通す。
〈食べ物について〉
・日本の食習慣は世界的にも異常。血をほとんど食べない。イスラム教・ユダヤ教は神聖だから食べないが、日本は汚いと思うから食べない。
・動物脂を食べないのも、世界的に珍しい食習慣。
〈皇族の民俗学的研究を進めて欲しい〉
・奈良時代のことがいまだに生きて行われている例がある。

金関恕さん
〈都市の定義を巡って〉
・ハードだけでなく、ソフトを考える必要。
中国の春秋時代、古代メソポタミア、ハンムラピ法典、旧約聖書、コーランにも、プラトン「プラタゴラス」にも、「寡婦・孤児のような社会的弱者に援助を」が描かれている。
妻木晩田遺跡が、ハードが揃ってもやがて衰退したのは、ソフトが揃わなかったからかもしれない。
〈遺跡・博物館はなぜ必要か〉
・「ただそれを楽しむというだけのものではなくて、絶えず疑問を持ち、あるいは悩みを抱えながら、そういう施設に相談し、そういう遺跡に相談しながら、自分のあり方というものを考えていく。そういう存在になって欲しい」

※今井出版は、鳥取の代表的な地方出版社である。昨年第一弾が出て、まだ第二弾が出版されていない。応援したい。






最終更新日  2020年10月11日 11時47分43秒
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2020年10月10日
テーマ:本日の1冊(3223)

「ファンタジーの世界地図」ヒュー・ルイス=ジョーンズ編 東京堂出版

さあ借り出したぞ!
定価は12000円だ。図書館様々である。
いろんな作家がファンタジー地図への思いを書いているけど、
知らないおじさんばっかなので多くは無視する。
たくさんの地図のキャンプションを読むだけで楽しい。

西洋における、
この500年ほどのファンタジー受容史
とも捉えれる。
地図だけを見ていると、
40幾つの作品のうちしっかり「読んだ」のは
なんと「宝島」と「指輪物語」だけ、
という私の体たらくもあり、
ほとんどの地図になかなかのめり込めない。
だって、物語の地図って、
知っているだけの人にはよくわからない
よく読んで本の隅々の記載が気になっている人だけに
地図の書き込みが輝いて見えると思う。
一方、トールキン自筆の方眼紙「中つ国」地図は、
興奮した。
ゴンドール、ローハン、モルドールの位置関係は分かったが、
その他の細かい書き込みの意味がわからない、
もどかしい!

私はやはり日本のファンタジー地図を読みたい。
「十二国シリーズ」「守り人シリーズ」「獣の奏者」「鹿の王」「ナウシカ」「もののけ姫」「北方謙三水滸伝」「藤沢周平海坂藩」は現代もの、
「怪人二十面相シリーズ」「鉄腕アトム」の昭和もの、
「南宋里見八犬伝」「東海道中膝栗毛」などの江戸もの
絵巻物は、そのままファンタジー地図だし、
或いは「古事記」まで行ってもいい

カラーじゃなくていいから、
このような大判で、
名編集長さま、
作ってくれないかしら









最終更新日  2020年10月10日 15時18分33秒
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2020年10月03日
テーマ:本日の1冊(3223)

「図書2020年10月号」

今回は、最後にWebからコピペして編集後記をそのまま載せる。編集長の言うには「もはや電子化、Web化の流れは加速することはあれ、止めることはできない趨勢といえるでしょう。」ということだから、そういう紹介の仕方もアリでしょ。

このコロナ禍のなか、書籍の販売額は2.6%も伸びた。偏に書店販売ではなく、コミックと電子書籍の伸びに依るところが大きいという。むべなるかな。それでもよく伸ばしたものだ。

だから、現代は活字離れではないのだ。

若者含めて、人々は膨大な量の活字を読んでいる。Webで読む量は膨大である。
では、そこから「読書の喜び」を知らしめるのはどうすればいいのか。わたしたちの知恵にかかっている。

「こぼればなし(編集後記)」
◎ 出版科学研究所がことし一月から六月までの出版市場規模について発表しました(『出版月報』七月号)。

◎ それによりますと、紙と電子をあわせた出版物の推定販売金額は、前年の同期より二〇二億円多い七九四五億円(前年比一〇二・六パーセント)でした。

◎ 内訳をみてみますと、書籍と雑誌をあわせた紙の出版物の推定販売金額は六一八三億円(九七・一パーセント)。そのうち、書籍は三五一七億円(九七パーセント)、雑誌は二六六七億円(九七・一パーセント)となっています。

◎ 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言によって多くの書店が休業となった影響もあって、書籍では感染症に関連して売上を伸ばすものもありましたが、文芸書、文庫、新書、実用書といった主要ジャンルはいずれも前年比でマイナスとなりました。その一方、学校が臨時休校に入ったため、家庭学習用の学習参考書や問題集、児童書が売上を伸ばしたと報告されています。

◎ 雑誌に目を転じてみますと、コロナ禍のため取材ができなくなるなど、制作が困難になったことから二五〇誌以上が合併号や刊行延期に追い込まれたほか、休刊も相次ぎ、月刊誌は前年比九八・四パーセント、週刊誌は九一・五パーセントと落ち込みました。

◎ 書籍、雑誌とも厳しい状況ではありましたが、コミックスだけは別だったようです。書籍では『鬼滅の刃』(集英社)が爆発的な大ヒット。月刊誌でもコミックスだけは前年比で三〇パーセント近い伸びを示していますから、コロナ禍のなか、紙による出版物の売上減を二・九パーセントに押しとどめたのはコミックスのおかげ、ということになるでしょう。

◎ では、電子出版はどうだったのか。一月から六月までの推定販売金額は一七六二億円。前年同期比で一二八・四パーセントという大幅な伸びを示しています。

◎ 内訳は、電子コミックが一五一一億円(一三三・四パーセント)、電子書籍が一九一億円(一一五・一パーセンが、全体としてみても、このコロナ禍が出版市場の、延いては出版の在り方に急速な変化を促している、ということでしょう。

◎ 出版市場全体における電子出版の占有率は二二・二パーセント、全体の◎ 以上の規模となり、「文春オンライン」(文藝春秋)など雑誌から生まれたWebサイトのPV数も大きく伸びていると報告されています。また、公共図書館における電子書籍貸出サービスも拡大しています。もはや電子化、Web化の流れは加速することはあれ、止めることはできない趨勢といえるでしょう。

◎ 中川裕さん「アイヌユカラ 「 虎杖丸いたどりまるの曲」 を読む」がスタートです。英雄叙事詩の読み解きに、ご期待ください。






最終更新日  2020年10月03日 15時12分36秒
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2020年09月29日
テーマ:本日の1冊(3223)
生活クラブ生協が、この前紹介した大矢英代さんの「沖縄「戦争マラリア」」の自著紹介寄稿を載せていた。わたしの書評よりもよっぽど分かりやすい。そのまま載せる。
https://seikatsuclub.coop/news/detail.html?NTC=1000000840



【寄稿】私たちが国家の "捨て駒" にされる時 ―沖縄戦から75年、いま何を学ぶべきか―

ジャーナリスト・ドキュメンタリー監督 大矢英代

75年前、沖縄は激しい地上戦の渦中にあった。軍民合わせて約20万人が死亡し、沖縄県民の4人に1人が命を落とした地獄のような戦争だ。そのさなか、戦闘ではなく、日本軍の作戦によって病死した住民たちが3,600人以上もいたことはほとんど知られていない。

それは沖縄本島から南西に約400キロの海を超えた八重山諸島で起きた。この石垣島や波照間島などの島々からなる地域には、米軍が上陸せず、地上戦もなかった。にもかかわらず3,647人もの住民(総人口の1割相当)が死亡した原因は、日本軍が住民たちを風土病・マラリアの有病地に強制的に移住させたからである。これが沖縄で「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」だ。

私が戦争マラリアを初めて知ったのは、2009年夏。ジャーナリストを目指す大学院生だった私は、石垣島の地元新聞社のインターンシップに参加していた。その際、米軍ではなく、味方であったはずの日本軍によって強いられた犠牲の歴史を知り、衝撃を受けた。すでに戦争マラリアの発生から64年の歳月が経過していた。体験者たちに直接会えるのは今が最後の機会なのではないか。彼らの肉声を映像で伝え残したい。そんな思いで一人、ビデオカメラを抱えて戦争体験者の家々を訪ねてまわるようになった。



西表島、南風見田の海岸。波照間島民が強制移住させられたかつてのマラリア有病地だ。海岸に広がるジャングル地帯に住民たちは粗末な小屋を建てて生活していた


「思い出したくもない。他を当たってくれないか」

そう玄関口で断られることも多々あった。なんとか口を開いてくれた体験者も、時に涙を流し、時に苦しみを浮かべ、言葉を絞り出すように記憶を語った。

「戦争マラリアはまだ終わっていない。それどころか、戦争の苦しみは体験者に一生付きまとい、苦しめ続けている。彼らの心に終戦はまだ訪れていないんだ……。」

体験者から話を聞くたびに、沖縄戦を過去の出来事だと思っていた自分を恥じた。現場に腰を据えて取材をしたいという思いから、2010年冬、大学院を休学し、日本最南端の有人島・波照間島に移り住んだ。戦争マラリアで当時の人口の3分の1にあたる約500人が死亡した。八重山諸島の中で最も大きな被害を受けた島だ。体験者たちとひとつ屋根の下で衣食住を共にし、サトウキビ畑で朝から晩まで一緒に汗水を流し、人間関係を築きながら、8ヶ月間ゆっくりと取材を重ねた。「本当は言いたくないが、あんたのためなら……」と体験者たちは苦しい記憶を紐解いてくれた。

戦争マラリアの取材を始めてから10年がたった今年2月、ルポ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を出版した。

あれから75年がたった今、どうしてもこの本を社会に届けなければならないという危機感をもって書き上げた。それは戦争マラリアの犠牲が、今再び起きようとしているからだ。



波照間島の自宅で私を8ヶ月間受け入れてくれた浦仲孝子さん。サトウキビ農家の孝子さんと夫・浩さんとは、ほぼ毎日一緒に畑仕事で汗を流し、ゆっくりと強制移住の体験を聞き取りしていった。
住民は日本軍にとって「危険な存在」となった

マラリアとは、マラリア原虫をもった蚊に刺されることで感染する熱病だ。発病すると40度以上の高熱と悪寒に襲われ、悪化すれば死に至る。八重山諸島の人たちにとって「山に入ればマラリアにかかる」ことは周知の事実だった。駐留していた日本軍も、有病・無病地の場所を独自に調査、地図を作成するほど徹底した対策をとっていた。それにかかわらず、なぜ日本軍はマラリア有病地へと住民たちを追いやったのだろうか。

当時12歳、石垣島で強制移住を経験した潮平正道さんは、背景に日本軍の駐留と同時に始まった監視社会があったと話した。

「敵が来て爆弾を落されるのも怖い。でも戦争で一番怖いのは、国民同士がお互いに見張り合うこと。憲兵が住民を見張ること。兵隊はね、自分がいるところが敵に知られてしまえば、自分が殺されるという恐怖感をみんな背負っていたわけですよ。それが悲惨な事を起こしたわけ。戦争マラリアは極限の精神状態の中で起きたんです」

事の起こりは沖縄戦開戦の1年ほど前、大本営が沖縄を皇土防衛のための「不沈空母」と位置づけた頃にさかのぼる。圧倒的な戦力をもつ米軍に対し、敗退を重ねていた日本軍は、本土防衛の最後の砦として沖縄全土の要塞化を目指し、県内各地に日本軍の配備と基地建設を急ピッチで進めていった。

物資も人力も乏しい日本軍にとって頼れるのは地元住民だった。住民たちは、基地建設に欠かせない労働者となり、「現地自活」を基本としていた軍隊のための食糧供給を担う生産者になった。八重山諸島一帯を統括していた第45旅団司令部が置かれた石垣島では、比較的大きな民家には将校クラスの軍人たちが寝泊まりするなど、軍隊と住民の生活が混在する「軍民雑居」状況になっていく。 住民たちにとって、日本軍は「友軍」であり、尊敬と信頼の対象だった。

しかし、沖縄戦が近づくにつれ、石垣島では日本軍の航空基地を狙って昼夜を問わない空襲が頻発する。「いよいよ石垣島にも米軍が上陸するのではないか」と住民の間では、戦々恐々とした雰囲気が生まれはじめていた。

一方、日本軍基地が空襲を受けるたびに日本軍は住民に対する疑いを強めていった。「島内に米軍の手先がいる」「日本軍の配置情報を漏らしている」などの理由でスパイ探しが始まり、憲兵たちが住民の行動に目を光らせるようになっていく。 日本軍にとって軍事基地は防衛上の極秘施設。その建設を総がかりで担い、公私ともに軍隊と生活していたのは、石垣島をはじめ八重山諸島の各地から駆り出された一般住民たちだったからだ。日本軍にとって便利な労働者・生産者に過ぎなかった住民たちは、戦況の悪化とともに、敵に情報を漏らす可能性がある危険な存在と見なされていった。

当時、住民たちは四方を海に囲まれた島という逃げも隠れもできない環境下で、「敵に捕まれば、男は八つ裂きにされ、女はごう姦されてから殺される」と島外から攻めてくる米軍に怯え、島内では敵に情報を漏らすスパイを恐れ、住民同士が互いを見張り合うようになっていった。なによりも自分自身がスパイだと疑われるのではないかという恐怖感に襲われていた。

そして1945年6月、八重山諸島の住民たちは「友軍」と呼び親しんでいた日本軍によってマラリア蚊が蔓延する山奥に押し込められ、高熱に苦しみながら次々と絶命していった。



かつての強制移住地、白水を案内する潮平正道さん。絵はマラリアで死亡した孫を墓地に運ぶ男性。潮平さんが記憶を元に描いた絵だ
「戦争マラリア」が問いかけるのは――

果たしてそれは75年前の昔話なのだろうか。

沖縄の地図を広げて見ると、ここ数年で新たな自衛隊基地が次々と建設されている。西から与那国島にレーダー基地(2016年3月配備完了)、石垣島ではミサイル基地の工事が進み、宮古島でもすでに存在する航空自衛隊基地に加えて新たに陸上自衛隊ミサイル基地が建設され、今年3月には部隊が配備された。さらに沖縄本島では既存の米軍基地32施設に加えて、辺野古新基地の建設が進められている。琉球列島の北に位置する奄美大島にも新たな自衛隊基地が建設された。それぞれの場所で反対の声をあげる地元住民たちを切り捨てながら、日米両政府による琉球列島全体の軍事基地化が強行されている。

2009年からの10年間、私が戦争マラリアの取材の中で出会った戦争体験者たちは、八重山諸島への自衛隊配備について誰もが危機感を持ち、反対の声をあげていた。 波照間島出身の玉城功一さんは「戦前と今は似ている」と語った。

「戦前は南から米国が攻めてくると言われました。今は西から中国が攻めてくる。あるいは北朝鮮が核で攻撃してくる危険があると。危機を煽っておって、それに対抗する武器や軍隊を持たないといけないんだと言う。そういう考え方だったらね、何のために日本国憲法9条があるのか。軍隊も戦争も、人殺しのためですよ」



那国島に2016年3月に配備された陸上自衛隊レーダー部隊。配備をめぐり、島民は賛成、反対で二分され、地域に深い傷を残した。配備後も電磁波や弾薬配備などの懸念を抱える。

石垣島で強制移住を経験した潮平正道さんは、経済発展を理由に自衛隊に賛成する石垣市民について「軍隊と一緒に生活することがどういう状況になるのか、認識が甘すぎる」と憤った。

「秘密を持っている軍隊と、秘密を持たない住民とが同じ島で生活する。当然、住民は監視されますよ。『誰が情報を漏らしたんだ』と責められる。そんな恐怖感から、事実じゃないことがバーッと広まっていく。通常の生活などできなくなる」

「国防」の名の下に琉球列島を覆っていく軍事基地。それは「皇土防衛のための不沈空母」の名の下に、沖縄に日本軍基地が急ピッチで建設されていった沖縄戦前夜の光景と酷似している。戦争マラリアから今現在へと繋がるレールの上を私たちはもうとっくに歩き出しているのではないか。民よりも国体を優先した沖縄戦当時の国家のシステムは、今現在も地下水脈のように私たちの足元に脈々と続いているのではないか。

軍隊と住民が雑居した時に起きた悲劇。75年前の戦争マラリアの歴史が証明した教訓は、いまだ全く学ばれないままだ。

危うい時代である今こそ、沖縄戦を学び直そうと声を大にして伝えたい。それは「沖縄戦は残酷だった」と涙を流すことでも、「沖縄県民はいつも可哀想だ」と同情することでもない。問われているのは、75年前と同じ手段でまたも騙されつつある日本国民全員だ。私たちにとって、最後の砦は、歴史から教訓を得ることであり、今の時代を見極める知恵を得ることであると思う。いつの時代も国家の捨て駒にされるのは、私たち国民なのだ。



『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)




おおや はなよ
1987年千葉県出身。明治学院大学文学部卒業、早稲田大学大学院政治学研究科ジャーナリズム修士課程修了。2012年より琉球朝日放送にて報道記者として米軍がらみの事件事故、米軍基地問題、自衛隊配備問題などを取材。ドキュメンタリー番組『テロリストは僕だった~沖縄基地建設反対に立ち上がった元米兵たち~』(2016年・琉球朝日放送)で2017年プログレス賞最優秀賞など受賞。2017年フリーランスに。ドキュメンタリー映画『沖縄スパイ戦史』(2018年・三上智恵との共同監督)で文化庁映画賞文化記録映画部門優秀賞、第92回キネマ旬報ベストテン文化映画部門1位など多数受賞。 2018年、フルブライト奨学金制度で渡米。カリフォルニア大学バークレー校客員研究員として、米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力をテーマに取材を続ける。
2020年2月、10年にわたる「戦争マラリア」の取材成果をまとめた最新著書・ルポルタージュ『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る』(あけび書房)を上梓。本書で第7回山本美香記念国際ジャーナリスト賞奨励賞。






最終更新日  2020年09月29日 07時41分05秒
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2020年09月28日
テーマ:本日の1冊(3223)

「沖縄「戦争マラリア」強制疎開死3600人の真相に迫る」大矢英代 あけび書房

映画「沖縄スパイ戦史」の共同監督の1人、大矢英代さんの魂のこもった取材過程の書籍化である。既に書いたが、「ー戦史」は、2018年97作観た映画でのマイベストワンである。貴重な事実の発掘と鋭い視点を持つ傑作だった。私は映画を観るまでは「戦争マラリア」を全く知らなかった。本書は、映画を観ていない圧倒的多数の日本人に、それを知らせる役割を持つだろう。

大矢英代(おおや・はなよ)。1987年生まれ、現在まだ33歳?若い!いまから10年前の2010年、千葉県生まれのジャーナリスト志望の女性が大学研究として沖縄の波照間島に訪れて、一つの知られざる事実に出会う。それから8年間、1年間休学して波照間島で生活しながら取材、やがて沖縄テレビに就職、フリーランサーになっていく。眩しいような真っ直ぐな人生である。現在カリフォルニア大学並びに早稲田大学ジャーナリズム研究所客員研究員。

1945年沖縄戦の最中、波照間島の当時の全人口の1/3にあたる552人が死亡した。原因は戦闘ではなかった。そもそも西表島や石垣島のある八重山列島では、米軍の上陸は無かった。しかし、大勢の住民は、マラリアの無い波照間島から蔓延する西表島のジャングル地帯へ、日本軍の命令によって強制的に移住させられ、マラリアによって病死したのである。戦争マラリアは、八重山列島全域で起き、犠牲者は3600人にのぼった。中でも最も深刻な被害を受けたのが、波照間島だった。

「思い出したくも無い」「他を訪ねてくれ」一介の学生は取材拒否に遭う。だから彼女はサトウキビ畑で働きながら8ヶ月間住み込んだ。そしてやがて消えゆく運命だった貴重な証人の姿をフィルムに収めたのである。この本は、もう1人の監督三上智恵が上梓したスパイ戦史の「証言集」とは全く趣が違って、1人の若者が瑞々しい精神を持ちながらもジャーナリストとして成長していくノンフィクションのようにも読めた。

島民周知のマラリアが蔓延する地域への強制疎開はなぜ起きたのか?そこには、沖縄北部で起きた「スパイ活動」と同じく、陸軍中野学校出身の青年の存在があった。山下虎雄(偽名)には任務があった。情報収集、住民の戦闘員化が文書として残っている。45年3月、米軍の波照間島上陸の「可能性」を理由に、山下は強制移住を「命令」した。この頃になると、住民の誰も山下に逆らえなかったという。

波照間島には、ある慰霊碑がある。そこには、通常の記念碑には絶対書かれない言葉が書かれている。
「かつてあった山下軍曹(偽名)の行為は許しはしようが決して忘れはしない」
それは、1人の個人への「究極の非難」の言葉だろう。そして、1人の個人であると同時に国家そのものへの非難の言葉だろう。

波照間島で世話を受けた浦仲おじいは、生前(2017死去)英代さんに繰り返し語ったという。
「戦争になると、国家は「国」というものを大事にして「民」を犠牲にする。でも「国」は「民」があって初めて成り立つものでしょう?戦争になるとね、そんなことも国民は忘れてしまうんですよ。八重山の人たちも、「お国のため」「天皇のため」と言って、マラリアで死ぬと分かっていながら軍の命令に従ったんだから」

琉球列島には、現在中国最前線として、与那国島に自衛隊レーダー、石垣島に自衛隊ミサイル、宮古島に自衛隊ミサイル、沖縄本島に自衛隊ミサイル、米軍、奄美大島に自衛隊ミサイルと、配備が完了している。見事な中国に向けた弓形の軍事基地である。新たな「捨て石作戦」が始まろうとしている、そう感じたのは私だけだろうか。有事の時に国が守るのは、民か、国か、本書を読んだ人には答は明らかだろう。






最終更新日  2020年09月28日 01時10分55秒
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2020年09月25日
テーマ:本日の1冊(3223)

「私のぼく東奇譚」新潮文庫 安岡章太郎
昨年、中公文庫本で荷風の小説全編をも付した決定版が出た様なのだが、私は新潮文庫版の感想を記す。

荷風の「ぼく東奇譚」は名作の誉れが高い。評論家加藤周一はいう。「(荷風は)明治国家のみならずその社会と明白な距離を置き、組込まれを拒否して批判的な立場を貫き、しかし幸徳秋水や河上肇とは違って、その社会の変革を志す変わりに彼ら自身の自己実現を目的とし、信念と原則にしたがって生きることに自覚的であった。(略)(「奇譚」は)荷風の小説の頂点であり、戦時下の日本に見るべき文学作品として「細雪」と双璧をなすだろう」(「日本文学史序説」)

そういう文章は固いと思う御仁には映画を紹介する。新藤兼人監督「ぼく東奇譚」(1992)である。当時の色街の「雰囲気」を見事に再現し、お雪役の墨田ユキがまた素晴らしかった。彼女はこの1作で女優賞を獲り、その後お雪のように見事に消えていった。原作とは違うラストが評価は分かれるが私は好きだ。

味わい深くかつ柔らかい文章となればこの著を推薦したい。本文に則して、自らの感慨と共に当時の雰囲気を紹介する。簡潔にして的をえた16章。1冊をもってこの本よりも薄い「ぼく東奇譚」を語り尽くしている。新聞連載当時の木村荘八の挿し絵、荷風自ら玉の井を写したスナップ写真、その他貴重な資料が豊富に入っていて、本文とは関係ないところで私は感慨に耽った。

追記。私は、この案内本を読んで実に15年後にぼく東を歩いたのだが、もはや古い建物の「欄干」に僅かにその痕跡を残すのみだった。大人の文学案内である。

追記。
昔感想を書いた時には、「ぼく東」と書いた。ぼく東の苦労して文字は探したが、何とwebはその文字を載せるのを拒否した。今でもAmazonの本文では「ぼく東」と記している。コメント欄は「ぼく(さんずいに墨)東」でも通用しているのに、である。果たして楽天はどうか?


‥‥結局機種依存文字で拒否した。それどころか、「奇譚」さえ本来の糸へんと奇の「き」さえ拒否した!なんともやるせない!






最終更新日  2020年09月25日 14時35分46秒
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