2017年12月08日

文学日記(1)堀辰雄「かげろうの日記」「ほととぎす」

テーマ:本日の1冊(3020)




文学日記(1)

池澤夏樹編集日本文学全集を読み始めて3年が経った。この間に読んだ本は4冊。既刊順番に読んでいったが、第7巻「枕草子・方丈記・徒然草」だけは、去年の中頃の発行である。しかしやはり思い直した。この全集は発行順に読む方が面白い。


この2年は忙しかった。この読み応えのある一冊をまるまる読んだ後に1000字から2000字の書評を書くのは、私には愉しみであるのと同時に手に余った。そもそも、ほとんどが文学史上の古典或いは名作なのだ。一回の書評にまとめる方が無理がある。しかし人生は短く、読んで書くべき書物はあまりにも多い。


そこで私は、読み終わって書評を書くのではなく、この文学全集にだけ限っては、読みながら書くことにした。あまり斜に構えて書くと、いつまでも読み終わらない。興に乗った時にだけ読んで、その印象を書きなぐった方が、ホントの全体像は、文学全集30巻を読み終えた頃は出てくるのではないか?とも思った。まとまりをつけるために、題名冒頭に<文学日記>とだけ入れて数字を課す。今日はその第一弾。日記とあるから毎日載せるというわけではない。また、あまり興に乗らない作品は、書き飛ばすこともあり得る。


それで今日は、2015年3月刊行、「堀辰雄・福永武彦・中村真一郎」の巻から始める。ここにどうして加藤周一が加わらないのか、という疑問は持ちつつも、この3人のチョイスは、やはり(福永武彦の息子である)池澤夏樹だなぁ、と思わざるにはいられない。


堀辰雄は、平安日記文学の名作「蜻蛉日記(道綱母作)」から翻訳に似た小説「かげろうの日記」と「ほととぎす」が全集に選ばれた。なぜこれなのか。古典尊重の編集方針もあるが、昔読み飛ばした「風立ちぬ」では気がつかなかった、ヨーロッパ仕込みの見事な「平安文学の心理小説化」が此処にある。前回、森鴎外からもう一歩進んでみたのではないか?


どこまで原典に即しているのかは、調べてみないとわからないが、平安貴族の生活が生き生きと描写されて、物忌みや、待っていることしか出来ない貴族女性の立場、子供のような道綱(藤原道綱)の振る舞い、揺れ動きながらたまに男を手玉にとる道綱母の行動など、なかなか興味深い。


道綱も成人したころに、夫は他の女に産ませた「撫子」という少女を連れてくる。次第に情が移ってきちんと育て始めたころに、頭の君が撫子を求めてひつこいぐらいに道綱に連絡する。「まだほんの子供ですから」と「いや一目だけでも」何度も何度も同じやりとりをする中で、道綱母の中に女が目覚める。ー原典にこんな場面があるんだろうか?


そんな気持ちを知ってか知らずか、あれほど通いつめていた頭の君が来なくなり、ついには他の妻を盗んでどこぞへこっそりと姿をくらましたという噂を聞く。「これは自分のせいだ」道綱母は確信する。ーーこの辺りは原典を確かめるまでもない、完全に堀辰雄の創作だ。1939年(昭和14年)の発表。既に「聖家族」も「風立ちぬ」も刊行して矢野綾子とも死別し、自らの病も篤くなっていたが、創作活動は活発で、加藤多恵と結婚したばかりだった。


中村真一郎、福永武彦、そして加藤周一ら東大の若き知性が、堀辰雄を慕って軽井沢を尋ねるのはこの平安文学小説刊行後のことである。いつか、その後の堀辰雄が訪れたという大原美術館のエル・グレコに影響されたエッセイ「大和路・信濃路」や自伝「幼年時代」も辿り、その後「聖家族」「美しい村」「風立ちぬ」を紐解いてみたいと思う。
17.12.06記入






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最終更新日  2017年12月08日 12時25分31秒
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