福昌寺跡墓地にある「恵燈院跡墓石群」
これまで島津家墓所の福昌寺跡を何回も訪れたが、その中に説明版にも書いて無くて、それでいて沢山の墓標など石造物がある一角があった。一体どういう方の墓標かと思っていたのだが、先日ブロ友rinzoさんのブログにそのことが書かれていた。 その一角は元々、現在の玉龍中学、高校の前にあったと言われる恵燈院跡にあった墓地が福昌寺跡墓地に移されたものだと言う。 ここには島津一族の子供の墓とと犬の墓があるという珍しい場所であった。ここの墓標も廃仏毀釈によって改号されている。 改号 光玉眞明彦命 とある。 仏像3体 いずれも墓標でもある。それぞれ美しい。 天保十一庚子年 蓮想院殿寳法幻鑑太禅童女 6月晦日 (童女ということからも幼い女子と思われる) 文政九〇戌年 天如院殿紅山玉〇太禅童子 十月二十六日 最後列には犬墓が並ぶ 元治二年〇〇 妙性善狗霊位 五月初六日 (狗は犬) 洋犬ス〇之墓 玉竜中学校、高校前の恵燈院跡は現在は住宅地になっている。恵燈院は島津家第八代当主・島津豊久(1375~1425)の菩提寺といわれる。開山は石屋真梁である。