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カテゴリ:鹿児島の歴史
![]() 木村探元の墓地を下り、道路を隔てたすぐ目の前に「幸加木神社」の表示板があった。 この幸加木神社は鹿児島大学の資料によると「木村家の先祖、北条泰家が熊野三社権現を勧進したもの」とのことだ。 鳥居をくぐると、左側に4つの祠が並んでいた。近づいて見ると4つとも「木村家氏神」と書いてある。木村探元を生んだ木村家のものだ。 ![]() そこから幸加木川沿いの山道を進んで行くと小さな本殿があった。 ![]() その周囲には沢山の石造物が散在している。 左から「荒神」「水神」「地神」である。 ![]() 一番奥に小さな滝が見えたので行ってみた。高さ5,6mはあろうか。 ![]() 滝の右側には不動明王を中心にいくつかの仏像がある。 ![]() この境内は、ほとんど訪れる人もないような静寂に包まれていたが、花を供えたり、手入れは定期的になされているようだ。写真を写すと真昼の好天にもかかわらず、半分くらいは、自動のフラッシュがたかれるほどの暗さだった。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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