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カテゴリ:友人
鹿児島市の南の郊外に吉野大地が広がっている。(上の写真は寺山公園から錦江湾の向こうに桜島) 4月6日、友人たちと吉野公園の桜を見た後、同じ吉野大地の奥にある「寺山公園」の大崎鼻展望台を訪ねた。私の記憶では学生時代に一度、30歳の頃一度訪れた記憶がある。 学生時代に訪れた時は、現在 タイに永住しているSさんとその友人Nさんと3人で、我が家から片道8kmの道を歩いて行った。当時から歩くのは苦にならなかったのだろう。歩いて往復した。 二度目は30代の初め頃、帰省したとき義兄の車で連れていってもらった。 その後、鹿児島で仕事をすることになり、帰ってきたのだが、その頃には吉野公園が県立公園として整備され桜の名所としても有名になっていたので、寺山公園を訪ねることがなくなってしまっていたのだ。 下の写真の真ん中に見える町並みは姶良市方面 下の写真の右下は霧島市方面 正面に微かに見えるのは霧島連山 吉野で有名なものに西郷隆盛が創設した「吉野開墾社」がある。 下の写真は当日は訪問することは叶わなかったがネットから拝借した「南洲翁開墾地碑」である。 明治6年(1873)朝鮮半島への使節派遣において、意見を異にし参議の辞表を提出し鹿児島に帰った西郷は、翌明治7年に私学校を設立する。明治8年には「吉野開墾社」をつくる。 これは地域の産業振興と人格形成に資すべく設立したもので39ヘクタール(1ヘクタールは縦横とも100m)の土地に150人の生徒で米、粟、さつまいも、桑、茶などを栽培した。 しかし、明治10年(1877)西南戦争で中断してしまう。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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