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2021.01.23
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カテゴリ:読書


 2018年の秋、高校同期会の旅で長崎市、佐世保市など2泊3日で満喫したが、佐世保市で全国の皆と別れた後、鹿児島組は乗車予定のJRまで時間があるということで、その旅の幹事を務めてくれた諫早在住のMくんの案内で諫早市の眼鏡橋を訪れた。
この旅のことは2018年11月16日~12月7日まで飛び飛びだが当ブログにも書いた。

 ところが、その時に気がつかなかったことを発見する。それは昨年の10月に出版された「古地図で楽しむ長崎」(風媒社)を読み進む中だった。若いころ長崎に転勤族として住んで以来、すっかり長崎大好き人間である私は出版を知り、すぐに購入した。

 2018年に訪れた時は、眼鏡橋の素晴らしさに目を奪われて、ただただ写真を写すのに夢中で、この橋が公園に移設されたものだとは知ることもなかった。
  (上と下の写真は2018年撮影)


 ところが、「古地図で楽しむ長崎」によると、1954年の諫早大水害(下の図1は水害前)により、中央付近にある本明川の川幅が1970年の図2では図1の1,5倍ほどに広げられている。地図からわかるのは川幅だけだが、大水害を受けて、川底も深く掘り込まれ、より多くの水をより早く下流に流すように整備が行われたという。
諫早大水害は、1957年7月25日~26日に、梅雨末期の集中豪雨によって発生した災害である。諫早市内の24時間降水量は588mm、近接する現在の雲仙市瑞穂町では1000mmを超える雨量を記録した。この集中豪雨によって諫早市内を流れる本明川では土石流が発生し、下流の諫早中心部で広範囲に氾濫して大きな被害を出した。死者・行方不明者は諫早市で586人、長崎県内で782人にものぼった。



 この大水害を受けて本明川の大規模な改修工事が行われたのだが、その際に問題となったのが、「眼鏡橋」である。この眼鏡橋は天保10年(1839)に諫早入口に架けられた長さ約49mの石造2連アーチ橋である。その頑丈さゆえに上流から流されてきた木や瓦礫を堰き止めて被害を拡大されたと指摘され、河川改修にあたって解体するか保存するか大きな議論となった。議論の末、1958年に石橋としては初めて国の重要文化財に指定され、1960年に諫早公園に移設されたのである。

 これと似たようなことが鹿児島でも起こったので興味深く読んだのだった。
鹿児島で「8、6水害」と呼ばれている平成5年(1993)7月31日~8月7日にかけての一連の豪雨災害である。鹿児島市を流れる甲突川、新川、稲荷川が増水し甲突5橋のうち新上橋と武之橋が流され、県内最古の石橋といわれた稲荷川の実方太鼓橋が流出した。それがきっかけとなり、鹿児島でも長崎と同じように残すべきが移設すべきか激しい議論が起こったが、結輪としては、甲突5橋の中で流失を免れた西田橋、玉江橋、高麗橋の3橋を「石橋記念公園」を作り、移設することになり、現在は移設された場所でその姿を留めている。


図2 1970年

 次に長崎市の「眼鏡橋」のこと。
長崎市も1982年、大水害にあう。図4と図5は、1973年と1993年の長崎市東部、東長崎地区の地図である。地図が小さくてわかりにくいが、八郎川とそこに合流する現川川(うつつがわがわ)が直線化され、川幅も広くなっている。
 長崎大水害も梅雨末期の集中豪雨による災害で、1982年7月23日から翌未明に発生した。24時間降水量は長崎海洋気象台で527mmを観測し、また長崎市の北の長与町役場で観測した23日午後8時までの1時間降水量187㎜は日本における1時間雨量の非公式最多記録になっている。死者・行方不明者は県内で299人、そのうち現長崎市内で264人を占めた。堤防の決壊や水深2mに及ぶ浸水が起こった。これを受けてほぼ長崎中の川が改修され、地図から読み取れない部分でも川床が深く掘り込まれて別の川のようになっている。そして長崎の眼鏡橋も諫早の眼鏡橋同様に大水害の後、論争の的になった。

 大水害では眼鏡橋は半壊だったものの、六つの石橋が完全に流失するなど大きな被害を受けた。復旧に当たっては石橋を撤去すべきか、保存すべきか、様々な議論が交わされることになった。結果として眼鏡橋は現地に保存されることになった。目出しめでたしである。


 (2018年秋 夕方の眼鏡橋を写す)


 諫早市と長崎市の地図3枚は「古地図で楽しむ長崎」より転写

 下の写真はネットから借用したが、手前の「袋橋」とその先にある「眼鏡橋」を残すために、両岸にバイパス水路が残されている。こういう知恵を出すことで長崎の眼鏡橋は昔のままにそのまま残すことができたのである。改めてそのことを学ぶことができた。







 参考資料  「古地図で楽しむ長崎」






Last updated  2021.01.23 15:11:46
コメント(12) | コメントを書く


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Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   mamatam さん
なるほど、やじうま気分ですが、やはりこういう建造物は多少の不都合があっても残してほしいと思いますから、いろんな人が知恵を出し合って、元の形でなくても保存されていると知るのはうれしいことです。
まして、バイパス水路を作ってまで現地に原形で保存されていると知れば、頬が緩むほどうれしくなります。 (2021.01.23 14:34:18)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   エンスト新 さん
こんにちは
保存のための惜しまない努力ですね。 (2021.01.23 15:58:54)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   ばーど白鳥 さん
長崎市地形的に、どうしても水害が起きやすいですからねぇ。
災害の後、市民の慣れ親しんだ文化財をどうしていくか、復興するのかそれとも新しい効率的で頑丈なものに変えてしまうか、議論は簡単ではありませんね。
私も古いものが好きなので(なので、歴史科に進んだわけですが)、復元の選択はとてもうれしいのですが、同時に、市民生活を犠牲にしてはいけないとも考えています。
今回は、外観の復興をしつつ新しい知恵を振り絞って、災害対策もしっかりと講じている。とてもすごいことですね。
そういう知恵は、毎度出るものではありません。それだけ大事にされてきたものなんでしょうね。

それではまた。 (2021.01.23 21:46:20)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   ローズコーン さん
諫早大水害もテレビのニュースで何度も何度も見てそして今も語り継がれています。私もこのブログを始める時、諫早にも一人でこの公園へ取材に行き写真もたくさん撮ってきました。

そして長崎大水害は、その時今の家がまだ新しい時で、本当に怖く恐ろしいことでした。でも直接の被害には逢わず、姉たち夫婦を我が家に避難させたり、
隣りのご主人が帰ってこないという奥さんのその時の大変だったことを思い出します。でも元気で帰ってこられました。あの惨状から今の浜町の復興など考えられないくらいでしたが、いまはその時の教訓でいろんな手立てをして、書いてある通り眼鏡橋もその他のたくさん石橋も健在です。その橋一つ一つも連載で記事を書きました。

ブログのおかげでいろんなことを知り、また関心をもち、一人でとことこ取材したりしています。

古地図のことも書いたような。
今は新しく市の中心が目の前の下の川沿いになり発展を遂げています。

ですから大変今日の記事も嬉しく読ませていただきました。ありがとうございました。私は島原半島出身ですが、諫早を通って長崎へはもう数え切れないほどバスに乗り、通過し、長崎には、昔から合計すると、五島と同じくらい長く住んでいますので一帯がわが町でもあります。 (2021.01.24 06:45:47)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   悠々愛々 さん
おはようさんさん。

いつも応援ありがとなし。

今朝は雪との予報でしたが、

積雪もなくよかったです。

長崎の眼鏡橋はまだ見た事

ないっす・・・


(2021.01.24 09:50:51)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   人間辛抱 さん
長崎県佐世保市と言えば、
ジャパネットたかたの発祥の地であり、
アメリカ軍の町として
全国的に知られています。
特に「佐世保バーガー」が、
佐世保市のB級グルメとなっています。 (2021.01.24 16:39:11)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   kopanda06 さん
こんばんは。

河川工事で使えなくなる橋。

移設は大変ですが、保存されて何よりでした。
(2021.01.24 19:37:13)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   木昌1777 さん
こんばんは。形が良くて、奇麗な橋ですね。東京の二重橋に似た感じ。九州は昔城の町だったんでしょうね。色んな歴史があるようで、それをいつも出してくださるので、無知な自分でも少し分かってきました。今でも九州は豪雨、台風の災害がありますが、昔も凄かったんでしょうね。今のように文明の時代ではないので、人々は創意工夫で、人間的にも強く、自然災害にも強く生きてきたのでしょうね。 (2021.01.24 20:34:36)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   wakko さん
長崎の眼鏡橋、一度は観光旅行で、もう一度は応援していた
合唱団が長崎へ演奏旅行した時、追っかけ?でご一緒に出掛けて
コンサート以外の時間を市内巡りしました。長崎の街の
異国情緒に圧倒された記憶があります。 (2021.01.24 22:18:47)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   yokota115 さん
こんにちは。先日はバス停にて突然のご挨拶、失礼いたしました。ブログ訪問&初コメントです。歴史は不勉強ですが寺社仏閣はなんとなく好きで、ブログでも紹介されていた「鹿児島古寺巡礼」は持っています。先日はふらりと「枚聞神社」「窯蓋神社」にお参りし、帰りは川辺くりやまにて女一人ラーメンでした。第九もかごしまマラソンも中止の寂しい冬ですが再訪問させていただきますのでよろしくお願いいたします。長崎市の眼鏡橋はハートストーン探しに女の子たちが躍起になるそうですね。 (2021.01.25 15:18:30)

Re[1]:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   クマタツ1847 さん
yokota115さんへ

 コメントありがとうございます。
10年以上、取り留めもなく書いてきましたが、寄る年波には勝てず、最近は自分を励まし励まし書いています。(笑)
このようにコメントをいただく方が多いとそれが力になります。
ブロ友も途中で止める人が多く、寂しくもなっています。

 yokota115さんも「歴女」のお一人ですね。
ブロ友の皆さんの身近にも多いようです。日置市永吉島津家の「天昌寺跡墓地」には島津豊久の墓を訪ねて全国から歴女参拝者がみえるそうです。

 家内も歴史が好きで、一緒に史跡を巡ったりしています。
高校の同期生で「歴史会」? をつくってあちらこちらを巡ったりもしています。 (2021.01.25 16:51:35)

Re:「古地図で楽しむ長崎」を読んで知った諫早眼鏡橋と長崎眼鏡橋のこと(01/23)   人間辛抱 さん
サッカーJリーグのVファーレン長崎は、
有明FCが前身です。 (2021.01.26 16:25:22)


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