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2022.05.28
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カテゴリ:鹿児島の歴史


 先日探したがどうしても見つけることができなかった「諏訪小路」(すわんしゅっ)、帰って地図で確認したら反対側をうろうろして探していたことがわかった。今回街に出る用事があって用済後行ってすぐに発見することができた。
下の通りが「諏訪小路」で真っ直ぐ進むと鹿児島中央駅方面に向かう。少し行った先に清滝公園があるが、当時、この公園付近に「諏訪神社」があったことから、このように呼ばれるようになった。


 諏訪小路から市役所方面に5分くらい歩くと照国神社に向かう照国通りに出る。照国通りの左側の先に見える信号は「御着屋」。この御着屋の信号機から右に入ると10mくらい先の右側に「僧俊寛の碑」がある。


 俊寛(1143~1179)は、平安時代後期の真言宗の僧である。僧位の「僧都」を冠して俊寛僧都(しゅんかんそうず)と呼ばれることも多いという。村上源氏の出身。
後白河法皇の側近で法勝寺執行の地位にあったが、下の説明板にあるように平氏打倒の陰謀に加わり密議を行った。そのことが露見し平清盛により鬼界島(現在の三島村硫黄島)に流された。そのときここにあった俊寛堀といわれていた堀から船出したという。

 鬼界島に流された後の俊寛ら3人は望郷の日々を過ごしていたが、俊寛以外の2人は赦されるが、俊寛は謀議の張本人という理由から赦されず、島に1人とり残される。俊寛は絶望して悲嘆に暮れる。1179年、俊寛の侍童だった有王が鬼界島を訪れ、変わり果てた姿の俊寛と再会した。有王から娘の手紙を受け取った俊寛は死を決意して、食を断ち自害した。有王は鬼界島より俊寛の灰骨を京へ持ち帰ったという。ここには詳細は書かないが流刑地にも諸説があるようだ。(この項wikipedeia)


 僧俊寛のことを私が初めて知ったのは、近松門左衛門作の「平家女護島」が歌舞伎「平家女護島 俊寛」として平成23年3月に中村勘三郎によって硫黄島の海岸で公演されたというニュースを知ったときだった。


 更にデパート山形屋の1号館と2号館の間にある道路を市役所方面に向かうと右側に「木屋町通」(きゃんまっどおい)がある。かってこの辺りに材木屋が多かったことからこの名前がついたという。



 右側の石灯籠のあるところは、鹿児島の老舗菓子舗・かるかん元祖・明石屋。軽羹(かるかん)で有名。

 鹿児島市にはこれまでも折に触れて紹介し、今日も紹介した「諏訪小路」「木屋町通」など町の通り名を書いた石碑が数十カ所あり、いずれにも鹿児島弁のひらがな読みが書かれている。






Last updated  2022.05.28 06:37:09
コメント(14) | コメントを書く


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Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   ローズコーン さん
文字の読み方が、独特ですねー。

俊寛僧のことは少しばかりして地ますが・・・そんなことになっとはしりませんでした。
しかし一人残された俊寛の絶望感は想像できない、やはり、地獄以上でしょうね。遠い縁もゆかりもないけど、人としての悲しみはわかる気がします。

こちらでも「さるく」というう言葉使います。もっと言えば
私たちの小さい頃は「さらいてまわる」などとも言っていたような。

長崎でもさるくは観光客のための案内としての名称になっています。 (2022.05.28 06:47:02)

Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   蕗さん8256 さん
さるくと言う 方言は 長崎でも 使っていますね。歴史に 纏わる
物語が 地名などに 残っているのですね。舞台で見る 歴史も 面白いですね。 (2022.05.28 10:02:24)

Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   mamatam さん
まさに健康寿命を延ばす妙手ですね、街さるき。
頭を使いながら、歩いて脚を鍛える。さらに帰宅後ブログにする。
わたしも、脚は使いませんが地図を見ながらいつもより頭を使ってブログを拝読しました。
少しでもクマタツさんにあやかりたいと思って。 (2022.05.28 10:13:32)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
ローズコーンさんへ
 「さるく」が長崎でも使われていましたので、私も鹿児島弁と同じだと驚いた記憶があります。長崎の観光パンフレットには鹿児島以上に活用されているようですね。
元の言葉は何処から来たのか知りませんが、外国から長崎に入ってきたのかなあと思ったりもします。

 鹿児島では「きゅは、ひしてさるっまわいもした」
標準語に直すと「今日は、一日中あるき回りました」でしょうか。 (2022.05.28 16:32:13)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
蕗さん8256さんへ
 ローズコーンさんにも書いたのですが、案外長崎に外国から伝わった言葉かもしれませんね。

 歌舞伎などについては門外漢なのでよく分かりませんが、歴史や伝説を題材にしたものが多いのでしょうね。 (2022.05.28 16:36:25)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
mamatamさんへ
 いえいえ、それほどのモノでもありません。

ただ、表現は悪いですが「ダボハゼの如く食いつく」だけのことです。(笑)

好奇心がこうさせるのでしょう。 (2022.05.28 16:39:07)

Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   yokota115 さん
こんにちは。

コメント遅れました。
奥様とはやはり合唱団で出会われたのですね。
仕事に歌に、いろいろな経験をされた北九州時代ですね。
三人称でも一人称でも楽しく読ませていただいています。

さて、天文館。
昨日は仕事帰りにブログで紹介されていた千石天神・伊勢屋敷跡に寄りました。
俊寛堀にも寄ってみます。
硫黄島の俊寛像、画像でしか見たことはありませんが悲痛な叫びが聞こえてきそうです。 (2022.05.28 17:10:06)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
yokota115さんへ
この歳になっても書くことをためらうことはあるのですが、「Kくんの人生物語」に習って書いています。Kくんはもっと率直に書いていますよ。

 金曜予定のMくん宅での集まりが関西から来たKBくんの都合で今日開かれました。今日はグラウンドゴルフの定例日で公園の清掃もする日だったので、責任上、掃除だけに参加して9時20分のバスでコーラスの会計監査に向かいました。監査終了後会長以下5人でサンエールの食堂でランチ会を済ませ中央駅まで後輩の車に便乗させてもらい手土産を買って電車で長田町のMくん宅に向かいました。帰りは特別会員の「本○どん」が日置市の永吉まで帰られる車で送ってもらって帰ってきました。久しぶりに3つの用事が重なって昔を思い出しました。たまには「きょういく」「きょうよう」が多いのもいいですね。 (2022.05.28 18:46:10)

Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   木昌1777 さん
こんばんは。かなり都会ですね。観光地になって居るでしょうから整備されているのでしょう、、街並みも奇麗ですね。偉大な人物が多く出て居る土地はどこか違いますね。歴史の勉強は何処に行っても豊富な感じですね。 (2022.05.28 21:46:40)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
木昌1777さんへ
 鹿児島市は九州の人口の多さの順番は、福岡市、北九州市、福岡市に続いて4番目です。人口は60万人ちょっとです。

 南の端ですが、それなりに都会ではあります。
まあ、住みやすいところです。

 街を歩けば、いろいろな史跡にも行き当たります。
歴史好きにはいい街です。 (2022.05.28 22:19:46)

Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   楓0601 さん
おはようございます。
鹿児島市は名所旧跡が多い市ですね
西郷さんも鹿児島の方ですね
こちらも生誕500年の柴田勝家がいますが
盛り上がりに欠けています
ブラシの木は疎開から鹿児島に戻られたお宅に
花が咲いていた思い出の花ですね
(2022.05.29 09:24:42)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
楓0601さんへ
日本国中歴史ありで、史跡もあると思うのですが、それをどの様に伝えるかで、保存などのあり方にも影響するのではないでしょうか。

 ブラシノキはほんとに懐かしい花です。
変わっている点もいいですね。 (2022.05.29 17:00:24)

Re:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   kopanda06 さん
こんばんは。

いつもありがとうございます。

屋外移動には暑い日でした。

石碑は見つけにくく大変です。

それにしても、そちらの地名などの読み方、独特です。
(2022.05.29 22:13:57)

Re[1]:またまた鹿児島市中心街をさるく(05/28)   クマタツ1847 さん
kopanda06さんへ
今日は朝から雨です。
ゴミ出しに行って濡れました。

 鹿児島弁は促音が多く、詰まってものを言います。
他所から来た人は、言葉を聞いて息苦しさを感じたと言っています。(笑) (2022.05.30 09:07:55)


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