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ジージの南からの便り

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男声合唱

2020.10.14
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カテゴリ:男声合唱


  マスク着用で勢揃い(上の写真は団員のKくんから提供を受けた)




   (上の2枚の写真はリハーサルに向けて準備中のもので当然ながらマスク着用である)
 
 久しぶりの演奏会だった。
しかも、私に大いに縁のある薩摩川内市東郷町の学校である。
私にとって70年ぶりの母校? である。
  
 昭和19年我が家は父の出征によりいわゆる女・子供だけの家庭となり、母の郷里・薩摩郡上東郷村にある母の姉(私にとって伯母)を頼って、その隠居所に疎開した。
そして昭和20年8月15日そこで終戦をむかえる。
そのあとも満州から先の行方も安否もわからない父の帰還をそこで待っていた。
そういう中で私は昭和21年4月1日を迎えて「東郷小学校」に入学した。
同級生には叔母の子供である男の子もいた。
その頃の艱難辛苦は今更だが、そういう中でも田舎にも馴染み貧乏な中にも楽しい思い出もたくさん作ることができた。それは私の生涯の財産になっている。あの時期の伯母や従兄弟達とのつながりは今も生きている。
しかし、ある日遂に父が思いもしなかったフィリッピンで戦死したとの公報が入る。
疎開先では生活の成り立たない我が家は3年生の2学期途中に鹿児島市に帰ることになる。
その後、母も勤めに出る、姉たちも次々に勤めに出ることでどうにか生きてのびることができたのだった。
  
下の写真は休憩時間中の生徒さんたち 私たち演奏者とは10mの間を空けて、マスクを付けて鑑賞



 その東郷小学校が2019年4月1日、東郷中学校が統合されて開校したのが9年制の「薩摩川内市立東郷学園義務教育学校」である。
今回縁があって、そこでスクールコンサートを開催すると決まったのは昨年のことである。
その日から私はワクワクドキドキしながらその日を待っていた。
しかし、思いもしなかったこのコロナ禍である。
果たしてスクールコンサートは開催されるのだろうか。学校側にもいろいろなお考えがあるだろうしどうなるのだろう。2月から8月までは落ち着かない日々が続いた。
9月になって学校から今後よほどのことがない限り予定通り開催しますとの連絡があって、こちらも最終準備に入った。

 そして、今日を迎えたのだが、私たちはいつもの練習時に検温の上で練習場に入りマスクをつけての練習をしているが、今日はバスに乗る前に検温し、マスクを付けて車上の人となる。
約1時間で学校に到着。他時間の発声練習とリハーサル。
演奏開始  今日の曲目は

 団歌「輝く黎明」   ビリーブ    花は咲く    箱根八里
 ウエルナーの「野ばら」を歌っての「男声四部合唱」のハーモニーの解説
 夕焼け小焼け   待ちぼうけ
        休憩
 ピアニストによるピアノ演奏  モーツアルトとベートーベンの「トルコ行進曲」
 「組曲 空飛ぶうさぎ」から3曲  「お母さん」  「手紙」  「空飛ぶうさぎ」
 ふるさと(会場と一緒に)
 東郷学園義務教育学校校歌(会場と一緒に)
 
 以上の演奏中の生徒さんたちの鑑賞態度は素晴らしかった。
最後の校歌は1年生から2年生と低学年がハチキレンばかりの歌声で一番元気がよく生徒さんたちが楽しんでくれたことがわかった。
しかし、一番楽しんだのは、久しぶりの演奏会に燃えた私たちおじさん軍団だったかもしれない。
私にとっては生涯忘れることのできない演奏会になるだろうと思う。
最後になりましたが、校長先生はじめ先生方、生徒の皆さんほんとうにありがとうございました。
 
(下は貸切バス その左側が学校)



 下の3枚の写真は、今は廃校になった、私が入学し、3年生の途中まで通った東郷小学校
建物は建代わり昔の面影はないが、周りの苔むした石垣などはそのままである。(バスの中から写した)





 今も学校の前は田んぼが広がっていた。のどかな田園風景いつまでもと願いながら東郷町をあとにした。







Last updated  2020.10.22 19:35:33
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2020.08.03
カテゴリ:男声合唱


 毎週日曜日の練習を2月23日を最後に、コロナ休日を続けていた男声合唱団のおじさんたちが昨日、5ヶ月ぶりに練習を再開した。
8月再開にあたり、約50人から60人集まる団員を2班に分けて隔週で練習する案などいろいろ役員で知恵をしぼり練習再開の予定で2班に分ける人の割り振りまで決まっていた。ところがそのいつもの練習会場が当地でもコロナ感染者が増えてきたため、8月再開を先に延ばすということで、使えなくなってしまったのだ。そこで更に知恵をしぼった結果、日頃は公演などに使用するホールを借り切っての練習再開となった。600人収容のホールなのでソーシャルディスタンス守ればを全員での練習も可能である。

 久ぶりの練習再開と仲間との再会にロビーはマスク着用のままあちらこちらで喜び合う姿が見られて和気藹々とした雰囲気に包まれた。歌う仲間は先輩・同輩・後輩を超えていいものだ。
いざ、ホールへの入場となったが、そこでは個人名や住所を書いたものを提出し、団員の医者が体温を測定、高ければ帰ってもらうという厳しい体制とした。幸い当日の参加者でそういう団員は一人もいなかった。しかし、いつもの練習人員は集まらず私のおおよその感じでは40人くらいのでの練習再開だった。

 歌い手はマスク着用、指揮者はフエースシールド着用という形での練習再開だったので、これまでの練習と違い大きく感じが違った。マスク着用で大きな声を出すとマスクが鼻からずれて、そのまま放置すると口まで露出するので歌いながらマスクの位置を鼻の上まで何回も戻さなければならないのには大いに当惑した。しかし、良かったこともある。いつもは自分の声はなかなか聞こえづらいものだが、マスク着用で自分の声がよく聞こえることだ。しかし男声合唱で感じる重厚なハーモニーを味わうには程遠いものだった。歌のためにも一日も早くコロナ禍から抜け出して日常を取り戻したいと思った。






Last updated  2020.08.03 09:30:21
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2020.07.10
カテゴリ:男声合唱








昨夜、南薩摩に住む私の合唱団の指揮者の一人・SWくんからメールが入った。
「クマタツさんに依頼されていた演奏会のDVD化したものを今日郵便で送りました。明日には着くのではないでしょうか」という願ってもいない知らせだった。

 これには経緯があって、現在まで鹿児島大学男声合唱団フロイデコールOBでつくる楠声会合唱団は平成4年11月28日(1992)の第一回演奏会以来、一昨年の平成30年8月4日(2018)の第十回演奏会までほぼ3年に一回の演奏会を開催してきた。その中で第五回演奏会までは、時代がビデオテープの時代であったため、私が持っていた1回から5回までの5巻のビデオテープは時代の流れで機器も無くなって見ることは叶わなくなってしまった。

 
 指揮者のSWくんは大学時代はフロイデコール第19代指揮者であった。その後、南薩摩の某市の市議会議員を30代の初めから30年以上務める一方で、我が合唱団を最初から支えてきてくれた逸材である。
工学部電気学科卒業でメカに強く、合唱団で使う音取りのCDなどはいつも彼が作成してくれている。

 その彼の多忙さを知る私は、彼が市議会議員を引退したら、演奏会のビデオテープをDVDにしてもらおうと密かに思っていた。以前一回だけ必要に迫られてそのことをお願いしたことがあったからでもある。

 ところが、今回のこのコロナ禍で彼もいくらか時間ができたのか合唱団のメーリングリストに「希望の方があれば、テープのDVD化などやってあげますよ」という願ってもない文章が流されてきた。

 私はすぐにメールを入れて第一回から第5回までのDVD化をお願いした。
それ以降、彼の方では他のメンバーからのいろいろな依頼分も早くに作成済みだったようだが、3月から7月に入った今日まで練習は休みになってしまった。そして鹿児島でのクラスター発生などにより練習再開の目処は立たない。ということで、今日届いたのが写真の通りである。

 私もこれまで第一回から第十回まで全部ステージに立ってきたのだが、定期演奏会の全てのDVDが揃ったことになる。明日から若かりし頃? のステージを見ることができると思いワクワクしている。
そして来年予定の第十一回の演奏会のステージに立てるように願っているところだ。

 







Last updated  2020.07.10 17:51:29
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2020.02.11
カテゴリ:男声合唱
久々のスクールコンサートのため、2月7日(金)鹿児島市松元町の石谷(いしだに)小学校に招かれて歌った。いつもの おじさんが合唱団 正式名称は「楠声会合唱団」である。

 石谷小学校は旧日置郡松元町にあったが、平成の大合併で鹿児島市に合併された。ここ10数年の間に鹿児島市街地を離れた住宅団地としての発展が凄まじく、人口も急増しているという。

 私も初めて石谷小学校を訪れたのだが、学校のイメージとしては、森の中にあるような小さな学校かと思っていた。ところが実際は周辺も学校も賑やかなところだった。生徒数は439人だそうで、市街地にある私の知る小学校よりもはるかに多い人数である。

 当日は、南国鹿児島でも遅れてやってきた冬らしい天気で、冷え込んで、時々雨も降るような天気だった。私たち合唱団員は鹿児島中央駅に集合し、貸切バスで約30分の石谷小学校に向かったのだが、皆いつになく防寒服に身を固めての出で立ちである。小学校の体育館も冷え冷えとしていたが、歌う私たちはそれなりに身体は熱くなるのだが、聴衆の生徒たちや先生方はさぞかし寒い思いをされたことだろう。

 演奏は
1、楠声会団歌
2、Believe
3、我は海の子(小学生と斉唱)
4、箱根八里
5、夕焼け小焼け(曲を使って男声合唱の仕組みの説明)
6、待ちぼうけ
7、「空飛ぶうさぎ」から お母さん、空飛ぶうさぎ
8、冬景色
9、石谷小学校校歌(小学生と斉唱)

 これらを、司会を交えながら45分間で演奏した。
演奏の前後には校長先生など話をいただき、充実した時間を過ごした。

 こういう形での演奏会は久しぶりだったこともあり、私自身も大いに楽しむことができて、聞いてくれた聴衆の子供たちより楽しんだかもしれない。

 3月には、更に2つの学校の演奏会が予定されているので、練習にも力が入るというものだ。






Last updated  2020.02.11 14:25:09
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2019.12.24
カテゴリ:男声合唱
先週の日曜日(22日)は「おじさん合唱団」の今年の歌い納めと忘年会だった。
練習はいつもの通りだが、来年2月に小学校への演奏が控えているので、それに向けての新曲と復習に2時間を使った。

 練習を終えてデパート・山形屋の食堂でいつもの通りのおじさんだけの大宴会が始まった。
鹿児島といえば、乾杯のビールのあとは「焼酎」。団員からの差し入れの人気焼酎「一どん」もあり、大いに盛り上がっていた。もっとも、下戸の私はもっぱらウーロン茶をチョビチョビ。なんとも情けない話ではあるが、昔からそうなので、団員同士の話に酔う。飲み放題だが安上がりである。

 2時間30分を過ぎると、いつもの定例の儀式が始まる。
当日出席の指揮者二人(当合唱団の指揮者は現在4人だが、二人は多忙な仕事を持ち、この日は欠席)がそれぞれ指揮をする。今回は、ウエルナーの「野ばら」と、七高寮歌「楠の葉末」「森の梢」ドイツ合唱曲「Freie Kunst」(私も人に酔っていたので定かではない)。それが終わって全員が輪になって肩を組み「熱い涙」を熱唱する。曲が終わると同時にいつもの決まった団員が「フレーフレー楠声会」(なんせいかい)と呼びかけると全員でそれに唱和する。最後にこれもいつもの団員が「一本〆」を呼びかけて全員で締める。これでお開きとなる。

 全て終わって、エレベターの前に行くと、同じパートのIKくんが「クマタツさん カラオケに一緒に行きましょうよ」と誘ってきた。まあ たまには行ってみようかと思い、メンバーも行き先も分からずについていった。途中で同期のKJくんも誘うと一緒に行くという。
着いた先は、先日今年のイルミネーションが綺麗だと全国ニュースでも紹介された鹿児島随一の繁華街の先にある「天文館公園」。噂にたがわず綺麗だった。(デジカメを持ち合わせず残念)

 着いたカラオケ専門のスナックには団員の中でも選りすぐりのメンバー? 8人。
三々五々行ったので、初めて顔を合わす。パートはバラバラでも、何十年も一緒に歌い続けてきたメンバーなので、遠慮はない。すぐのカラオケ大会が始まった。
日頃は、それなりの歌を歌っているので、こういう機会はめったにない。
それぞれに哀愁のこもる歌や元気な歌など、いつもは見たり聴いたりすることのない歌を歌っている。
しかし、大半は演歌だ。私も演歌、ど演歌を遠慮なく熱唱した。

 久しぶりのカラオケに熱中していると、もうとっくに終バスもなくなった時間である。
次のお客さん5人組みが見えたところを潮時とこの日のカラオケ大会は終わった。
私にとっては、今年3回目のカラオケだったが、ほんとに楽しいひと時を過ごすことができた。
皆んなありがとう。






Last updated  2019.12.24 11:15:26
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2019.12.06
カテゴリ:男声合唱


 今年も「かごしまの子どもたちが創った音楽」の季節がやってきた。
第35回 鹿児島県児童生徒作曲コンクール授賞式と受賞作品演奏会/作曲ワークショップ である。
今年は11月30日(土)鹿児島市勤労者交流センター 多目的ホール(よかセンター)での開催。

 県内の小・中・高校の児童生徒にそれぞれに「声楽作品」「第一楽器作品」「第二楽器作品」の作曲を呼びかけて応募作品を審査されている。
この日の演奏はその各部門の「優秀賞受賞作品」と「最優秀受賞作品」
楽器作品の優秀賞受賞作品・最優秀受賞作品は、ほとんど作曲者自身の演奏で披露される。
声楽部門の歌詞は毎年、協会が詩を選定しその「詩」に児童生徒が作曲をして応募、優秀受賞作品以上の曲を独唱と合唱で発表するものだ。曲は協会の先生方がそれぞれ編曲されて、私たちは男声合唱に編曲された2曲を毎年演奏している。

 私たちの男声合唱団が演奏した曲は、「中学校 声楽作品の部 最優秀賞受賞作品」と「高等学校 声楽作品の部 最優秀賞受賞作品」 曲名は2曲とも「空なぜ青く 海なぜ碧い」
作曲も編曲も大変素晴らしく、短い練習期間だったが、私たちも楽しく、声高らかに歌うことができた。
プログラムによると、私たちの合唱団は平成20年の第24回から毎年出演と紹介があるので、私も毎年出演しているのでもう12回歌ったことになる。いつまで元気で歌えるのか。がんばってみる。






Last updated  2019.12.06 16:07:23
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2019.09.22
カテゴリ:男声合唱


 私たちの男声合唱団・楠声会は昨日9月21日(土)鶴の里として有名な出水市の「出水市民大学」に呼ばれて1時間30分の演奏会を開いた。

 鹿児島中央駅西口に9時15分に集合、途中一回、道の駅・阿久根で休憩し、約2時間で現地に到着した。自家用車で直接駆けつけたメンバーも含めて総員55名の演奏会になった。おじさん55名の演奏は聴衆の皆さんにどのように聞こえたのか。入場者にアンケート用紙も配られていたので、いずれその答えが出てくるだろう。

 演奏時の写真は自分では写せないので、リハーサル前の好き好きに集まっているところを写した。


 この日の演奏曲目。
第一ステージ
  母さんの歌  箱根八里  ~会場の皆さんと一緒に~ 夕焼け小焼け  碧瑠璃の空に  鴎

第二ステージ
  ピアニストによるソロ演奏  リスト作曲 「愛の夢 第三番」

第三ステージ
  男声合唱組曲 「柳川風俗詞」 北原白秋 作詞  多田武彦 作曲

第四ステージ
  宵待草  ゴンドラの唄  見上げてごらん 夜の星を  川の流れのように

アンコール
  我が人生に悔いなし

 出水平野に広がる風景



 行きも帰りも休憩をとった「道の駅 阿久根」





 道の駅の裏側に回ると東シナ海が広がる



 ほぼ一日かかる演奏会だったが、久しぶりに演奏会らしい演奏会で充実した一日であった。帰り着いた鹿児島中央駅西口の飲み屋に20人くらいが入っていった。鹿児島で言う「だれやめ」(疲れをとる)である。






Last updated  2019.09.22 21:37:59
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2019.03.08
カテゴリ:男声合唱


 昨日は肝心な「坊がつる讃歌」を添付していなかった。
出来れば男声合唱でいいものがあればアップしたかったのだが、ここはやはり芹洋子の歌うものにしました。

 1、人みな花に 酔うときも
   残雪恋し 山に入り
   涙を流す山男
   雪解(ゆきげ)の水に 春を知る

 2、ミヤマキリシマ 咲き誇り
   山くれないに 大船(たいせん)の
   峰を仰ぎて 山男
   花の情(なさけ)を 知る者ぞ

 3、四面(しめん)山なる 坊がつる
   夏はキャンプの 火を囲み
   夜空を仰ぐ 山男
   無我を悟るは この時ぞ

 4、出湯(いでゆ)の窓に 夜霧来て
   せせらぎに寝る 山宿(やまやど)に
   一夜を憩う 山男
   星を仰ぎて 明日を待つ

   お聴きになった皆さん いかがでしたか。私にとっては懐かしい青春の歌です。
     なお、この歌は9番までありますが割愛しました。






Last updated  2019.03.08 14:51:56
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2019.03.07
カテゴリ:男声合唱
毎週日曜日のおじさん合唱団の練習日に珍しく15分遅れてしまった。
練習は年間を通じてほとんど休まないし、遅れることもない私が、ちょっとした勘違いで遅れてしまったのだ。

 しかし、嬉しいことがあった。練習会場に近づくと何十年ぶりに聞く「坊がつる讃歌」が聞こえてきたのだ。しかも重厚な男声合唱で。遅れたことを恥じながらいつもの席に着いて、私も楽譜を開いた。
そう、楽譜は既に早くから手許にあった。

 実は今年、9月1日(土)に東京の銀座プロッサムホールで開催予定の「東京楠声会」(私たち鹿児島大学男声合唱団フロイデコールでのOBでつくる「楠声会合唱団」の東京支部の合唱団である)の演奏曲目の中の一曲である。東京楠声会は団員が少ないので鹿児島本部はじめ全国の会員に東京演奏会への有志の参加を呼びかけている。私は今回も参加しないが楽譜は鹿児島でも全員に配られ、最近の練習では行く人も、行かない人も一緒にそれらの曲に取り組んでいる。

 「坊がつる讃歌」をいつごろ、どこで初めて聞いたかは記憶にないが、あの青春の哀愁を帯びたメロディーは私の引き出しの中のどこかに収められていたのだろう。それを聞いた瞬間に胸が熱くなった。
「人みな 花に 酔うときも 残雪恋し 山に入り 涙を流す山男 雪解げの水に 春を知る」
そして、歌は何でも好きな私だが、この歌は特によく歌った記憶がある。というのも20代に毎年のように九重登山に行っていたことも私をそうさせたのだろう。


                       (この九重連山の地図はネットから拝借した)


 私が登山の真似事を始めた最初は高校時代に生物部に入っていて、夏休みに毎年霧島連山に植物や昆虫の採集に行ったことからだ。現在なら高校生がキャンプを兼ねて採集や登山をするには大変な手続きが必要なのだろうが、顧問の二人の先生が男女10人くらいの部員を引率して何の問題もなく行われていた。

 その後、大学を卒業し、地元銀行に入行したが、初任地が思ってもいなかった小倉支店(現在の北九州市小倉北区にあった)だった。
そこの寮生活の中で、登山の好きな先輩がいて意気投合し、他の同僚も誘って毎年夏の土、日を使っての「九重登山」が始まった。

 当時は土曜休みもない頃で、どういうふうに時間繰りをして1拍2日の登山キャンプをしていたのか定かな記憶はない。しかし牧の戸から入り千里ヶ浜、すがもり越えで坊がつるに入ったのは間違いない。
ここでテントを張り、夜は他のキャンパーに誘われてキャンプファイヤーを囲んだものだった。そのときに「坊がつる讃歌」を初めて聞いたのかも記憶にはないが、今でもメロディーも一番の歌詞も歌えるのである。そのキャンプは結婚や転職によって3、4年で終わったが、転職後、少し落ち着いた頃、再び九重登山が始まった。

 それは次のようなことから始まった。
私の転職先に同じ銀行の後輩が転職したいので世話してくれないかと、自宅に押しかけてくるようになった。その後輩というのが、私とは浅からぬ縁で結ばれている男だった。私が大学3年の時、その子は中学3年生、高校受験を控えて、人を介して私に家庭教師の依頼があった。直線では300mくらいの近所だったので、私も1年間どうにか受験勉強につきあった。そして志望校に合格。
その後は、私は初任地の小倉にいたため彼の消息はわからなかったが、大学を卒業して同じ銀行に入社したとのことがわかった。そしてなんと彼も初任地として小倉支店への配属となってしまったのだ。100近い店舗がある中でなんという偶然。そしてしばらくして私は転職した。それを追いかけてきた彼も無事転職してきたが、九州内の支店に空きがなく、尼崎市店への配属となってしまった。

 それからだ。彼が夏休みにも鹿児島の実家に帰らず、北九州の我が家に愛車を駆って帰ってくるようになったのは。そして私は家族を差し置いて、彼と二人で九重登山に行くのが夏の恒例行事となった。しかしそれも、5年後に私が長崎へ転勤になったことで止めざるを得なくなり、九重登山も終わってしまった。その後の彼は、定年前に私の鹿児島の会社に呼んだが、彼も定年になり、現在は他の企業で働いているようだ。

 話は横にそれてしまったが、この歌は1978年、私が38歳になった頃にNHK「みんなのうた」で取り上げられ芹洋子の歌で一気に全国区の歌になった。知っておられる方も多いと思うが「坊がつる讃歌」は1952年(昭和27年)坊がつるの山小屋で九州大学の学生3人によって、広島高等師範学校の山岳部の「山男の歌」(作詞は1937年、作曲は1940年)をベースにつくられたと言われている。
因みに坊ガツルは大分県竹田市にある標高1200mの高さに広がる盆地であり、湿原である。法華院温泉があり、九重連山の主峰・久住山と大船山等に囲まれた桃源郷である。






Last updated  2019.03.07 13:17:57
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2018.11.26
カテゴリ:男声合唱
最近よく聞く言葉に「キョウヨウ」と「キョウイク」がある。
私みたいな高齢の人間の老後の過ごし方の指針ともなるような言葉だと知ったのはつい最近のことである。わざわざカタカナで書かれた文字を最初に見たときは「教養」と「教育」かと思っていたが、「今日、用がある」と「今日、行くところがある」かというのが最近の流行りだそうだ。
なるほど、言いえて妙である。更に「貯筋」(筋トレ)が加われば万全だという。納得である。

 そこで自分の身を振り返ってみると、土、日は何かと行事が出来てきて「キョウヨウ」と「キョウイク」は大体満たしている現状かと思う。私が以前から「土、日おじさんは忙しい」と言っている所以である。

 言い訳めくが、先週の土、日も土、日おじさんは忙しくて、ブログの更新はおろか、ブロ友のみなさんのブログ訪問もできなかった。



 11月24日、今年も、このところ毎年私たちのおじさん合唱団も歌う「鹿児島県児童生徒作曲コンクール授賞式と受賞作品演奏会/作曲ワークショップ」がやってきた。

 このコンクールも今年で34回を数えるのだが、私たちの合唱団も平成20年の24回から11年連続の出場になる。声楽部門の演奏は私たちともう一つは「鹿児島市立少年合唱隊」、それに声楽家の独唱もある。

 コンクールは声楽作品と器楽作品の部があり、それぞれ小学校、中学校、高校の部ごとに審査され、最優秀賞、優秀賞、優良賞、入選が決まり、そのほか団体として学校賞、奨励賞がある。

 その中から、声楽部門の最優秀受賞作品と優秀賞受賞作品の一部を私たちの合唱団が受け持って演奏するという形である。

 今年の声楽部門の歌詞は明治維新150年を記念して西郷さんの愛犬ツンも出てくる「ツンと雪のうた」と力強い「ねつとちから」が提供され、それに作曲をするというものだった。鹿児島弁も交えた面白い歌で、受賞作品はいずれも力強いものが多かったように思う。

 下の写真は、「鹿児島市立少年合唱隊」のリハーサル風景。




 翌日の25日は午前中校区の文化祭を見学。演物や作品展を楽しんだ。
午後は定例のコーラスの練習。ゴルフの勝みなみちゃんの成績や、貴景勝の優勝の行方、サッカーの鹿児島ユナイテッドFCのJ2昇格のかかった試合など後ろ髪を引かれる思い出出かけた。結果は全て良し。






Last updated  2018.11.26 18:11:33
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