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ジージの南からの便り

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友人

2020.10.07
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カテゴリ:友人


 友人のKくんからびっくりするような面白いイラスト入りのメールが届いた。

上段左から Mくん Hくん 散歩中の人は謎 メールをくれたKくん Nさん
下段左から Kさん Fくん Nくん Hさん
と高校の八期会の仲間たちの名前があり、次がクマタツジージと書いてある。

 クマタツジージのイラストを見る前に、Kくんの書いてくれた上の名前とイラストを見比べると思わず吹き出すくらいにそれぞれの仲間たちの特徴が描かれていてもうビックリ!

 更に主役? のクマタツジージのイラストを見て、もうびっくり仰天。
なんと八十路のクマタツジージがいとも軽やかにサーフィンボードを操っているではないか。
顔もそっくりに描かれている。



 私はKくんに折り返し次のようなメールを入れた。

大傑作!!
誰が描いたの?
皆んなそっくりだ。
大した才能だなあ。



 するとKくんから「2歳上の兄がリハビリを兼ねて写真を見て描いているんだ」と返事がきた。
私は一回だけお会いしたことがあったが、下のイラストのメガネをかけた方がお兄さんだと。
左はKくん。

 感激した夜だった。







Last updated  2020.10.07 06:34:02
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2020.08.09
カテゴリ:友人


 地元の南日本新聞に「ひろば」という読者の投稿欄がある。
ほとんど毎日「ひろば」は読んでいるのだが、今朝は「母が作った『最後』のぜんざい」というのが目に飛び込んできたのでその投稿を真っ先に読んでみた。一読して同じ年代の投稿者であることもあり共感する。そして、何気なく名前を見ると友人ではないか。元教員で伊作(現在の日置市)も合っている。
驚いてもう一回、二回読み返した。

 終戦1年前の母上のつくられた「最後のぜんざい」に思いを馳せ、空襲から終戦を経験し食糧不足に困り果てた私たちの世代だった。今、お互いに八十路を生きながら、「小さい子供まで巻き込む戦争は二度と起こしてはならない」という彼の言葉に今年も8月15日が近い日にようこそ投稿してくれたものと思うことしきりである。

 彼とは高校の3年生で同じクラスになり、大学も4年間一緒だった。
大学4年間は彼はバスケット部、私は男声合唱団に所属と全く動と静といっていい別な活動をしていたが、よく一緒に遊び、話をした。お互い似たような境遇にあり、当時から平和についても話をした記憶がある。

 私も当ブログにいくつかの悲惨な戦争を繰り返してはならないという思いでエッセイを書いているのでカテゴリで「エッセイ」をクリックしてみてください。






Last updated  2020.08.09 18:08:11
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2020.05.30
カテゴリ:友人


 2017年2月9日、当ブログに「ガイさん手作りのステンドグラス」ということで2枚のステンドグラス作品を紹介した。
その時のブログと、2019年9月6日、男声カルテット「フォーガイズ」を見ていただけるとわかるのだが、ガイは私の約60年近く前からの北九州在住の友人である。

 私は昭和37年鹿児島の地元銀行に入社したのだが、初任地が当時の小倉市(現在、北九州市小倉北区)だった。学生時代、男声合唱団で歌っていたので、好きな合唱を続けようと小倉で見つけたのが混声合唱団・小倉市民合唱団(現在、北九州混声合唱団に発展)だった。

 そこで出会った一人が同じ歳で今日の主役のガイである。やがて、他の男声仲間からセカンドテノールにナイスガイのけんちゃん、バリトンにタフガイで私の同僚だったMクン、バスが本物のトリガイ、トップテノールが問題ガイの私ということで結成したのが、四人の野郎ども「フォーガイズ」だった。

私は銀行に8年近く勤務の後、転職をしたが、北九州には12年在住した。その後、長崎、山口県徳山市(現在、周南市)を経て、20年ぶりに郷里・鹿児島に帰り仕事を続け70歳まで働くことができた。
一方、ガイは有名セメント会社勤務で全国を転勤族として勤務し、退職後、北九州市に帰り奥様共々、悠々自適の生活をおくっているようである。

 私の妻の郷里も北九州であり、私たちも北九州に行ことがあるので、行った時は、時間をみつけては、ガイ夫婦や当時の他の仲間たちも集まって食事会などするのが恒例になっている。

 さてさて余談が長くなったが、その後もステンドグラス作成に奥様共々情熱を注いでいるガイから久しぶりに、作品の添付メールが届いたので紹介したい。

 作品紹介 上の作品は『浮世絵』#1 H115cm×W45 2019年1月制作

  2019年 日本ステンドグラス作家協会展入選作品  東京都美術館出展
 
 初期の浮世絵師「懐月堂安度」の肉筆画をアレンジしたもので、単純な構図の中に清楚さと艶やかさを表現しました。花の幾何学風模様は強調したい部分です。(本人談)


 作品紹介 下の作品は『浮世絵』#2 H115cm×w452019年10月制作

  2020年 日本ステンドグラス作家協会展入選作品  出展は中止

 中期の浮世絵師「鳥居清長」の錦絵。
小野小町を浮世絵風十二単にアレンジしました。(本人談)



 本人から聞いた話では、作品 #2は今年、東京都美術館に展示される予定だったものが、今回のコロナ騒ぎで中止になったとのことである。
ど素人の私がいうのもなんだが2017年の作品も素晴らしいものだったが、今回の2枚の作品はさらにそれに輪をかけた素晴らしい作品に仕上がっているように思う。
ブロ友の皆さんの忌憚のない感想をいただければ、どういう言葉でも彼の励みになると思うのでよろしくお願いします。






Last updated  2020.05.30 14:37:31
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2020.04.28
カテゴリ:友人


 3年くらい前から島津家関連のブログで知り合いその後、親交のある日置市吹上町永吉在住の「本○どん」からメールがあり、「今年は我が家の山の筍が豊作だから掘りに来ませんか」とお誘いを受けた。
私は車の手配がつかず、「筍は大好きだけど、今回はちょっと・・・」とお断りのメールを返した。
それから数日過ぎた4月20日(金)夜、本○どんから電話をいただいた。「明日午後2時、鹿児島中央駅の西口駐車場に仲間たちが筍を取りに来るので、良ければクマタツさんも来ませんか。今日昼間、山に行って沢山掘ってきました」との有難いお誘いである。

 翌日、午後2時、我が家に来合わせた娘夫婦の車に便乗して、いただいて帰ったのが上の「筍3兄弟」。本○どん、ありがとうございました。

 料理上手? の連れ合いがその日のうちにアク抜きなど下拵えをして翌日の食卓に載ったのが「筍ご飯」、「茶碗蒸し」「筍の酢味噌」

 本○どん! 美味しくいただきました。感謝です。






 次の日は「筍の煮染め」これまた、うまし! 春の香りと味を満喫しました。



 いただいたのは、「孟宗竹」の筍
孟宗竹は薩摩藩・島津氏が当時の琉球王国を経由して清代の中国から輸入し、島津家別邸・現在の仙巌園の庭に植栽されるようになった。そういう歴史的な背景もあり鹿児島には孟宗竹の竹林が多い。
孟宗竹はイネ科の大型の竹であり、高さは15m~20m、経は20cm。
筍は食用、皮は紫褐色の毛が密集し食物を包むのに用いた。鹿児島では現在でも5月の節句に食べる「あくまき」を作るのに重宝されている。






Last updated  2020.04.28 18:13:58
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2020.04.23
カテゴリ:友人


 鹿児島市の南の郊外に吉野大地が広がっている。(上の写真は寺山公園から錦江湾の向こうに桜島)
4月6日、友人たちと吉野公園の桜を見た後、同じ吉野大地の奥にある「寺山公園」の大崎鼻展望台を訪ねた。私の記憶では学生時代に一度、30歳の頃一度訪れた記憶がある。
学生時代に訪れた時は、現在 タイに永住しているSさんとその友人Nさんと3人で、我が家から片道8kmの道を歩いて行った。当時から歩くのは苦にならなかったのだろう。歩いて往復した。
二度目は30代の初め頃、帰省したとき義兄の車で連れていってもらった。

 その後、鹿児島で仕事をすることになり、帰ってきたのだが、その頃には吉野公園が県立公園として整備され桜の名所としても有名になっていたので、寺山公園を訪ねることがなくなってしまっていたのだ。





 下の写真の真ん中に見える町並みは姶良市方面



 下の写真の右下は霧島市方面
正面に微かに見えるのは霧島連山



 吉野で有名なものに西郷隆盛が創設した「吉野開墾社」がある。
下の写真は当日は訪問することは叶わなかったがネットから拝借した「南洲翁開墾地碑」である。

 明治6年(1873)朝鮮半島への使節派遣において、意見を異にし参議の辞表を提出し鹿児島に帰った西郷は、翌明治7年に私学校を設立する。明治8年には「吉野開墾社」をつくる。
これは地域の産業振興と人格形成に資すべく設立したもので39ヘクタール(1ヘクタールは縦横とも100m)の土地に150人の生徒で米、粟、さつまいも、桑、茶などを栽培した。
しかし、明治10年(1877)西南戦争で中断してしまう。







Last updated  2020.04.23 14:38:31
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2020.04.13
カテゴリ:友人


 4月6日(月)快晴
この日は友人たちと4人で花見に行く日だ。
3人はMくん宅に集合としていたので、バスで出かけた。バスを降りて待ち合わせ時間まで30分くらいの余裕があったので、先日、当ブログにアップした「鹿児島城(鶴丸城)御楼門復元完成現場」を見学してからMくん宅に向かった。途中、鹿児島城の右側を通っていると、「木曽川改修」で有名な「薩摩義士碑」の横を通ると桜がきれいに咲いていた。

 森くん宅からは先に着いていたKくんと私がMくんの車に同乗して吉野のNさん宅に向かう。
途中、母校の桜を見に行くことにして、G高校に寄る。ここは昭和38年に8期生として私たちが卒業した高校である。向かって左の桜が私たちが、卒後50周年を記念して2008年10月18日に記念樹として植えたものである。



 学校内から写したものだが、日頃の手入れもしていないので、花付きはあまり良くない。



 その後、吉野に住むNさん宅へ。ここで手作りの心のこもった昼ご飯をいただく。
煮染めに豚汁、赤飯などなど・・・。とても美味しくて皆完食。美味しかった。
おやつに手作りの「ふくれ菓子」も作ってくれていた。

 Nさん宅から4人で「関吉の疎水溝」へ。



 「関吉の疎水溝」は2015年7月に行われた第38回世界遺産委員会において「明治日本の産業革命遺産、製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」の構成遺産の一つとして世界文化遺産に登録された。

 鹿児島市下田町の稲荷川・関吉(標高132m)から集成館のある仙巌園・島津氏別邸(標高124m)まで高低差わずか8mを利用し水を漏らさぬ水路を8kmにわたって築き上げたものである。
薩摩藩主・第11代藩主島津斉彬の集成館事業の推進のため1852年に水車動力として使用するために作られた。機械も動力もない時代の大事業の一つであったと思われる。

 下の写真は左が稲荷川源流で柵の向こう側に仙巌園への水路がある。



 仙巌園への水路



 稲荷川から分かれた水路の上に桜並木がある。桜並木の下に水路があり、水が流れている。



 関吉の疎水溝を見て鹿児島の桜の名所の一つ・吉野公園へ。
人出は少ないかと思っていたが、駐車場はほぼ満車。そこそこの人出である。



 先に見えるのは桜島。



 いつもの年だったら、物凄い人出で賑わうここ吉野公園も小グループが芝生の上に憩う。
ただ酒盛りをするグループは目に付く限り一組もない。



桜とツツジの見事なコラボ。今年も桜を満喫した一日だった。







Last updated  2020.04.14 16:06:43
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2019.11.18
カテゴリ:友人


 姶良市であった「関ヶ原合戦と島津義弘」(講演者・東京大学史料編纂研究所 山本博文教授)を聞いて、その後、姶良市歴史民俗資料館で開催中の「島津義弘公没後四百年記念特別展」を見学した。
午後4時に終了し、少し時間があったので、我々を迎えてくれたNくんが「重富海岸」を案内してくれるという。私は、3,4回訪れたことはあったが、来たのは初めてというメンバーもいた。
私も何回訪ねても風光明媚で楽しめる場所である。
場所は錦江湾を望むいいところにある。いまどき珍しい白砂青松の残されたところである。



 錦江湾の向こうに見えるのは桜島。
いつも鹿児島市内から見ている私たちには、これも嬉しい風景である。





 桜島を見た方向から左を見る。
低い山脈の奥の右側に微かに見えるのは霧島連山の高千穂峰。
その左側にさらに霧島連山が見える。一番高い山は、韓国岳か。




 こうして一日は終わり、鹿児島市から運転して連れて行ってくれたMくんの車に乗って市内に着いたときはすっかり夜になっていた。みんなありがとう。






Last updated  2019.11.18 16:41:45
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2019.10.19
カテゴリ:友人

 
 近所の友人から赤いりんごをいただいた。
北の方に住む人から毎年この時期になると送ってくるのだという。

 その中の一個に葉っぱが一葉ついていた。
りんごの生葉を見たことは、生まれてこのかた80年近くの中であったのか。
記憶にはない。
それとも、過去のことは、忘れてしまったのか。

 りんごは、真っ赤な「紅玉」である。
この赤色がまた素晴らしい。
南国に住む私は色の対照に息をのんだ。
食べるのはもったいない気がした。
しかし、食い意地の張った私は、いずれその美しさを腹に飲み込んでしまうだろう。






Last updated  2019.10.19 16:03:36
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2019.09.01
カテゴリ:友人
「キョウヨウ」「キョウイク」について朝日新聞の「天声人語」に書かれたことを、以前当ブログに書いたが、「今日、用がある」「今日、行くところがある」ということが「百歳になっても脳を元気に動かす習慣術」として大事だというのだ。

 そういう意味で言えば、昨日8月31日の土曜日は夏の終わり? の多忙な一日となった。
朝7時30分、定例のグラウンドゴルフのため、いつもの公園に集合。
先ず、公園の清掃をする。しかし、最近は13名のメンバー中、体調やその他の事情で集まりが悪く、この日も7名で清掃をする。7名の中の1名は用事があり、清掃のみにわざわざ出てきていただいたようで清掃終了後は帰宅。結局6名でラジオ体操。3人ずつ2組に分かれてゲーム開始。
1ゲームの途中で心配していた雨が降り出して一時中断。2ゲーム目の最終ホール(8ホール)の第一打を打ったところで強烈な雨に見舞われる。中断してしばらく様子を見るがグラウンドがぬかるんできて、遂には水たまりが出来始める。中止やむなし。2ゲーム終わっていつものお茶タイムをするのだが、この日はお茶を飲んだあと、傘をさして用具の片付けをして、終了。

 自宅に帰り、雨の合間を縫って近所のスーパーに歩いて行く。
午後1時36分発のバスで映画「ロケットマン」を観るため天文館へ。
妻曰く「おじいさんになった男の人達が、つるんで映画見に行くのは珍しいね」
「それだけ高校の同期生の絆が強いということさ」(笑)
久しぶりに映画館で観る映画は迫力がある。ほとんど音楽なので音響にも圧倒される。
内容は、エルトン・ジョンの半生をミュージカル・ファンタジー風に描いたもので、主役のタロン・エガートンの演技が素晴らしい。シンガー・ソングライターのエルトン・ジョンが、作詞家のバーニー・トーピンとのコンビで次々とヒット曲を生み出していく。おっと! 内容紹介はこれから見る人のためにこの辺りで留めることにしよう。

 終わって、城山ホテル鹿児島で開催される母校・G高校の同窓会総会と懇親会へ。700名ほどの出席で盛会。驚くのは私たち8期卒業生は、現在69期を数える卒業期に対してシングルなので、昨年から広い会場の最前列に席が設けられるようになったことだ。先が短いことを痛感する日でもある。(苦笑)

 まあ、それはともかく、この日は三つの行事をこなすことができた。健康に感謝の一日でもある。






Last updated  2019.09.02 09:52:45
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2019.05.27
カテゴリ:友人


  おめでとう。
 LPGA女子プロゴルフ、中京テレビ・ブリヂストン・レディースで勝みなみちゃん優勝! 
大会初日4アンダー、2日目は大会コースレコードの10アンダーとし、迎えた3日目の最終日を、まさに我慢のゴルフで同世代の競り合いを制し通算14アンダーで2位に2打差をつけて優勝した。
   写真は南日本新聞の一面掲載から拝借。

 なお、日刊ゲンダイによると、今回の勝利で世界ランキング50位以内入りが確定し、今週のメジャー「全米女子オープン」30日開催の出場権を手にして急遽渡米するとのこと。
健闘を祈るのみである。






Last updated  2019.05.27 18:08:03
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