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ジージの南からの便り

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読書

2020.10.18
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カテゴリ:読書




 令和元年、「熱源」で第162回 直木賞受賞の作家・川越宗一氏の講演会が10月17日(土)かごしま県民交流センターで開催された。
鹿児島県出身の作家・海音寺潮五郎記念文化講演会と銘打たれた講演会で毎年著名な作家を招いて開かれるものだ。今年は3密を避けるため定員600名のホールに200名という密のない聴衆だった。
川越氏は1978年鹿児島県錦江町の生まれで大阪育ち。2018年「天地に燦たり」で第25回松本清張賞を受賞し、作家デビュー。2019年、2作目の「熱源」で第10回山田風太郎賞候補、第9回本屋が選ぶ時代小説大賞受賞、第162回直木賞受賞。

 私が今回この講演会に友人たちを誘って参加したのは2019年7月21日に開催された「島津義弘没後400年シンポジウム 戦国島津最前線」を聴講したのがきっかけである。その「第2部 戦国島津はどのように発信されるのか」の中で川越宗一氏の紹介文があり、2018年に朝鮮出兵と琉球出兵を舞台にした歴史小説「天地に燦たり」で松本清張賞を受賞と紹介されていた。そのときはいずれ読もうかと思っていたが、そのままになっていた。ところが2019年の直木賞受賞者が川越氏と知り、作品は「熱源」だという。単純な私は「熱源」よりも先に気になっていた島津氏も関連する「天地に燦たり」を買って読んだのだった。読み始めるとこれまでの時代小説とは違うむつかしさもあったが、途中から一気に引き込まれる面白さがあって、時間をかけずに読破した。そして今回の講演会を知ったというわけだ。

 演題は「わたしの歴史小説の世界」
ナビゲーターとして主催者の鹿児島県立図書館長の原口泉先生が登場し対話という形で進行した。
ご両親が根占町(現在の錦江町)生まれのため鹿児島出身を名乗っているという。
高校は大阪で特に何もしなかったが歴史は好きだった。19歳で京都に移りバンド活動などをしていたが30歳でサラリーマンとなり、サラリーマンを続けながら4,5年後に小説を書き始めた。

 原口館長との会話の中で私が興味を持った部分がたくさんあったので羅列的になるが次に紹介したい。
〇小説を書くときは史実を変えることがある。
〇物語には動機をつくる。
〇半分実在、半分フィクションとし、誇張・脚色でキャラクターをつくるが、歴史とのバランスには留意する。キャラクターには愛着を持っている。
〇世の中には本当に悪い人はいない。正しく、良く生きていこうとする。
〇小説は読者に喜んでもらうエンタテインメントとして書いている。
〇両親が鹿児島弁を使うし、盆暮に錦江町に帰っていたので鹿児島弁のリズムが自分の中に流れている。
〇島津家重臣の樺山久高を中心に朝鮮出兵と琉球侵攻を書いた「天地に燦たり」の意味は、誇りと生き様を書いた人間賛歌ということ。朝鮮出兵を取り上げたのは、世間が避けて通っているので自分は敢えてそこに触れた。
〇人は各々の価値観を持っていて相容れないが、お互いを尊重するために「礼」があるのではないか。
〇宗教については取り上げておられないようだがとの質問に対して「自分が宗教で救われた経験がないので軽々しく書けない」
〇小説を読むと歴史を相当に勉強されておられるようですがという問いかけには「さわりだけの知識で書いているのではとの不安はある」と謙虚な言葉が返ってきた。
〇次の作品は東シナ海、東アジアを舞台に海を通じての交流を書きたいということで、時代設定は「天地に燦たり」の2,30年後のことを構想している。自分は境界の人に興味がある。

 まだまだたくさんの対話がなされたが、全体を通じて感じたことは「天地に燦たり」を読んで思ったスケールの大きな物語をこれからも書いていかれるだろうとの期待が膨らんだことだ。これからが楽しみである。

 逆になったが、最初に触れたように「令和2年 海音寺潮五郎記念文化講演会」ということで例年通り講演の前に海音寺作品の朗読がなされた。
今年は「史伝 西郷隆盛」の中から、西郷と僧・月照が錦江湾に身を投ずる場面の朗読だった。
県立伊集院高等学校放送部の3人の女子生徒による朗読で静かに聞き入ることだった。






Last updated  2020.10.19 16:46:26
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2020.10.13
カテゴリ:読書


 先日来、初めて読んだり、改めて読んだりした松本清張「傑作短篇集」シリーズ6冊の中から私なりに興味深かったもの、面白かったものを、今後何編か取り上げるつもりだ。

 今日はその(一)の中の第一作目の 或る「小倉日記」伝 について少し書いてみようと思う。
この小説は昭和27年「三田文学」に発表され、第28回芥川賞を受賞した清張の出世作と言われる。

 主人公・田上耕作は実在の人物だと解説の平野謙は言っているが、その田上耕作が森鴎外が旧陸軍第12師団軍医長として在職した小倉時代の足跡を追いかけ原稿としていくことに情熱を傾けている。

 田上耕作は生まれながらに変わった風貌をしていた。歩行も不自由で気の毒な境遇にあった。
しかし、頭脳は明晰で、その肉体と精神のアンバランスが彼に不幸をもたらしたのではないかと思う。
だた彼はそういう境遇に身を委ねるようなことはせず、なんとかそこから這い上がろうとする。
だが、遂にそこから這い上がることができなかったというところに悲劇性を感じる。

 あらすじは、森鴎外によって「てんびんや」という幼児の記憶の由来を学び、そこで森鴎外の文学に親しむようになり遂には、鴎外のそれまで明らかにされていない小倉時代の足跡を調査しようと思い立ち実行する。しかし業半ばにして「てんびんや」の鈴の音を幻聴しながら逝ってしまう。
まさに田上耕作の報われることない生涯であった。
清張作品の底流に流れる暗い運命を示唆するようなものが多いといわれるが、この初期の作品にもその萌芽が見られるように思う。

 上の写真はネットから拝借した北九州市小倉北区鍛冶町にある、「森鴎外旧居」。
鴎外は37歳の時、軍医として小倉に赴任し約3年間滞在する。
その3年間のうち、前半をここで過ごした。

 因みに私は同じ小倉北区のこの鴎外旧居から数百メートルの京町の銀行独身寮に約3年住んだが、現在はビジネスホテルになっている。






Last updated  2020.10.13 16:23:39
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2020.09.30
カテゴリ:読書


 この4,5年、歴史ものの本しか読んでいなかった私が、あるきっかけがあって久しぶりに松本清張を読んだ。この中には再読の本もあるのだが、読み始めたら面白くてたまらず6冊の中で持っていなかった2冊をAmazonに注文して取り寄せて6冊全部を読破してしまった。

 〇或る「小倉日記」伝     昭和40年6月30日発行  平成11年7月15日58刷
 〇黒地の絵          昭和40年10月15日発行 平成3年6月5日40刷
 〇西郷札           昭和40年11月25日発行 平成25年3月10日51刷
 〇佐渡流人行         昭和40年9月6日発行  平成16年2月20日42刷改版
 〇張込み           昭和40年12月15日発行 平成5年2月25日59刷
 〇駅路            昭和40年7月30日発行  平成10年10月20日63刷

 以上発行年月日は前後しているが、傑作短篇集1~6の順序に並べて書いた。
因みに発行日の後ろにある「〇〇年〇〇月○○日刷」というのが現在私の手元にある短篇集である。
もちろん短篇集故に1冊にそれぞれ8篇から12篇の短篇が収められていて読みやすく退屈を知らない。

 解説の平野 謙氏によると現代小説と歴史小説と推理小説に分けそれぞれ2巻づつの割合で全6巻になるとのことだが、私の読んだところでは上の2巻が現代小説、真中の2巻が歴史小説、後ろの2巻が推理小説に分類できると思う。

 それぞれの短編集については、それぞれの巻毎に読後感を書ければいいのだが、ズボラな私のことゆえにあまり当てにせず待って欲しい。

 この短篇集の他にも2,30冊を読んだことのある私が言えることは、松本清張という人がいかに緻密で深い研究と調査のもとで一篇のモノを書いたかという驚きである。約40年間という作家生活の中で上記の分類以外にもノンフィクションや古代史などあらゆる分野にわたって調査・研究して多くの作品を残している。

 私は以前、当ブログに「松本清張を見る」というテーマで松本作品のテレビドラマを数多く見ていることを書いているが、今回この短篇集の中にもテレビで見たドラマの原作があった。しかし、当然のことながら、やはり原作に勝るものはないということをつくづく思うことだった。

 今回の短編集の中に古代史にまつわる作品もいくつかあったが、大変面白く読み進むことだった。今後は現在入門しかけている古代史に関わる「火の路」などを手始めに古代史に関するものを読んでみたいと思う。






Last updated  2020.09.30 17:57:45
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2020.08.23
カテゴリ:読書


 話は旧聞になるが、今年1月15日発表の第162回直木賞を川越宗一氏が受賞した。「熱源」である。その時、いつか聞いたことのある名前だと思っていたが、昨年その名前を知ったことを思い出した。

 それは、昨年7月21日、かごしま県民交流センターで開催された「島津義弘没後400年シンポジウム
戦国島津最前線」の「第2部 戦国島津はどのように発信されるのか」の中での紹介文だった。
「川越宗一 作家
 鹿児島県錦江町出身の両親のもと、大阪府で育つ。サラリーマン業をしながら小説を書き始め、2018年に朝鮮出兵と琉球出兵を舞台にした歴史小説『天地に燦たり』(文藝春秋)で第25回松本清張賞を受賞しデビュー。同年『オール読物』12月号に江戸を舞台にした短編『海神の子』を発表」というものだった。「天地に燦たり」が上記にあるように島津氏の朝鮮出兵と琉球出兵を描いているという紹介だったので、大いに興味を持ったのだが、本の購入まではその時点では至らなかった。

 しかし、その川越宗一氏の「熱源」が今年、直木賞を受賞したことを知った私は「熱源」よりも島津氏を扱った「天地に燦たり」を今度こそ読んでみようという気持ちになっていた。
直木賞受賞からしばらくして本屋を覗くと、「熱源」も「天地に燦たり」(2020年1月30日第2刷発行)も並んでいた。私は躊躇することなく「天地に燦たり」の方を買って帰った。

 どういう内容かは先日、南日本新聞に掲載された下の 歴史研究者・新名 一仁氏の南点の文章で概要がわかる。



 私はもちろん内容にも大きく関連するが、読み始めて驚いたことがあった。
言葉としては知っていたが勉強をしたことがない「儒学」のことが盛んに出てくるのだ。
主人公の島津家の重臣「大野七郎久高」が幼い頃学んだ儒学では、天地万物の存在も運行も、全ては「理」(ことわり)により統べられる。その「理」により人は生来、至善だ。至善にあり続ければ人は「天地ト参ナルベシ」、天地と三つに並び立つ偉大な存在にも至り得るところまで、儒学は謂う。
言うまでもないが、人は自分を高めることによって、「天地人」と三つが並び称せれるところまでいけると言っているのだろう。

 しかし、人は禽獣とどこが違うのか、と久高はいつも思い悩みながら行動していた。久高は島津の侍大将だが戦いを良しとしない。久高は薩摩で儒学の「朱子学」(道学)を学んでいたのだろう。薩摩では文明10年(1478)応仁の乱の混乱を避けて京都から九州に下っていた桂庵玄樹が島津忠昌の招聘で鹿児島に入り島津氏の一族や家臣に朱子学を講学したのが始まりで、時代が少し下る久高も学んでいていたものと思われる。

 ちょっと難しい話になったが、儒学の思想は現代の私たちにも生き方の一つの指針となるものと思い、今後少しでも学んでみたい。






Last updated  2020.08.23 18:02:18
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2019.08.26
カテゴリ:読書


 「筑紫哲也NES23」のキャスターを3年半務めた「有村かおり」さんを覚えている方は多いと思う。
その後、結婚されて現在は「松富かおり」さんである。その松富かおりさんが最近著した「エルドアンのトルコ」を読んで、amazonの書評に投稿して採用された。以下である。


 「ん~ 今度はむつかしそうな本だな」と思いながらも「エルドアンのトルコ」を手にしたのは、以前筆者の著書を読んだことがあったからである。日本の現状は国際政治と不可分のものとわかっていても、どの情報を信じていいのかわからないのも現状である。
 
 筆者はキャスターを経て、その後、大使夫人として国際的に活躍されていたことは,face bookなどを通じて知っていたので、今回食わず嫌いを押して「まえがき」を読んでみた。そこには「米中は覇権戦争」
「ポピュリズム」「強権政治の台頭」など国際政治に疎い私にもわかりやすい言葉がポンポン響いている。
内容はエルドアン大統領の率いるトルコの話題から入るのだが、2016年のクーデター未遂事件がまるでドキュメンタリー映画を観るようような筆致で描かれており、次々と読み進むことだった。

 とりわけアメリカ、中国、ロシアのそれぞれの関係や世界のその他の国々との関係性などよく整理されておりわかりやすい。筆者が書いておられるようにトルコで起こるつつある変化と、今日、日本を取り巻く世界全体で起こっている諸々の出来事を通して、今後の日本のあり方のヒントを与えてもらったように思う。

                              以上

 書評が採用されて私自身も驚いたが、採用されたということは、そう大きく的を外していなかったということだろう。一読を勧めます。






Last updated  2019.08.26 13:43:05
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2012.10.09
カテゴリ:読書
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“いきなり始まった蝉しぐれに驚いたのだろう。深川黒江町の裏店(うらだな)、十兵衛店(じゅうべいだな)の北の端で、赤ん坊が甲高い声で泣き出した。”
という書き出しでこの小説は始まる。時は天保十一(1840)年というから明治維新(1868年)の28年前である。

この十兵衛店に住む研ぎ師・太吉は元は武家に仕えた刀剣研ぎ師だったが、いまは包丁研ぎを生業とする独り者である。

 その太吉のもとにある日若い女が訪ねてくる。「この包丁を元通りにしてもらいたいんです」と取り出した出刃包丁は父親の形見であるという。「今年の三月に殺されました」という女の願いを聞き入れた太吉だったが、しばらくして、その娘は殺人にからむ別な事件のことで自身番小屋に連れて行かれる。無実を訴えるその娘・かおりから助けを求められた太吉も呼び出されるがかおりのの無実を直感した北町同心から濡れ衣を晴らすように求められる。そこから太吉の犯人探しが始まる。

 そこからの展開は太吉を慕う女たちや、太吉のまっすぐな人柄にほれ込んだ市井の沢山の人々に助けられて犯人探しなど事件解決へ進んでいく。
人情味あふれるミステリーでもあり、恋愛小説的な要素もあり、最後まで飽きさせない。
 
 話の展開もさることながら、この本にはいくつもの人生訓みたいなものがさりげなく書かれている。私がなるほどと思った部分を一か所書いてみたい。
“シャキッ シャキッ シャキッ・・・。
小気味の良いよい音を立てて、包丁と砥石がこすりあわされて行く。この音と、刃を抑える指の感触との両方が、太吉を身の内からせっついた。
「刃物と研ぎの者との相性がよいときは、刃物が早く研いでくれとせっつくものだ」太吉の師匠楯岡龍斉は、研ぎの極意の一端を分かりやすく言葉で説いた。「切れ味は、すでに刃物の内側にひそんでおる。研ぎをする者の務めは、刃物を砥石にあてて、その切れ味を内から取り出してやることだ」研ぎの腕がよいから、刃物に切れ味が生まれるわけではない。刃物が本来持っている切れ味を内から引き出してやるのが腕のよい研ぎ師。これが龍斉の言い分だった。”なんとも含蓄のある言葉ではないか。

 それともう一つ食いしん坊の私が、夢中になって読んだところが何か所かある。
太吉が青物の元締め「青菜の泰蔵」宅に呼ばれて朝ごはんをご馳走になる場面である。
 「おれは一日三度のメシのなかで、朝飯を一番大事にしている」という泰蔵と同じ朝飯を食べることになるのだが、“泰蔵は膝元に小型の七輪に、アジの干物を載せた。一夜干しらしく、身にも皮にも、まだ充分に湿り気が残っている。(中略)アジを魚皿に載せるなり、炊き立てメシが茶碗によそわれた。鍋には味噌汁が入っていた。木のふたを取り除くと、香ばしい味噌の香りが漂ってきた。具のしじみが、椀のなかで盛り上がっている。椀は黒の漆塗りだった。茶碗は赤絵が描かれた伊万里焼である。”まさに日本の伝統的な理想の朝ごはんである。
 その他義三のうどん、一膳飯屋・七福の旬のイサキの煮つけ、定町廻同心・長田家で振る舞う土佐節を贅沢に使ったつゆで食べるそうめんなどよだれの出そうな食べ物がいっぱである。

 他にも南北奉行所、八丁堀に実態などこの小説は沢山のことを教えてくれた。

< 付録>  10月8日 我が家の前からの夕焼けである。

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Last updated  2012.10.10 16:37:36
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2012.09.17
カテゴリ:読書
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 7月15日縁あって貴重な本を手に入れることが出来た。著者のサイン入りである。
前島原市長 吉岡庭二郎著 「一陽来復」である。

 本の帯に「噴火災害乗り越え世界ジオパークへ『よし、俺がやるしかない』島原再生に挑んだもう一人の男、島原市長・吉岡庭二郎の苦悩と戦いと喜びの記録」とある。(発行所 長崎新聞社)

 この本は1990(平成2)年11月17日の朝198年ぶりに雲仙普賢岳したことに始まった大災害を乗り越え、20年がかりで島原を復興した記録である。

 吉岡氏はその噴火の年の10月1日、それまでの長崎県の園芸課長から乞われて出身地の島原市の収入役として転身されたばかりだった。

 198年前の寛政の噴火時には「島原大変、肥後迷惑」と言われた大災害につながっている。そこで鐘ケ江市長ののもと市は直ちに「災害対策本部」を設置し避難計画などの検討を始めた。幸い小康状態が続き噴火を眺めようと観光客が増えるとという現象も起きてきた。

 ところが平成12年3月頃から山の活動が活発化してくる。そして6月3日の大火砕流・大惨事が起こるのである。その時の状況は詳述されていて、その描写で凄まじかった様子がよく解る。私も一気に読み進んだ。この噴火・火砕流の犠牲は大きく、43人の死者・行方不明者を出した他、住家49棟と非住家を含む197棟が焼失した。
そして「自衛隊災害派遣」「警戒区域設定」などを行い、慌ただしく推移する。
6月20日、体調の悪い助役に代り、吉岡氏が助役に選任される。
その後も、6月30日の土石流で134棟の建物が流失・埋没、9月15日、65棟全焼するなど被害は続出する。

 一方、全国各地から義捐金などによる激励・支援が相次ぐ。そこで平成3年11月財団法人「雲仙岳災害対策基金」が設立され、市としても「島原市義援基金」を設立し復興・振興事業を推進していくことになる。平成4年1月には市に「災害復興課」を新設する。

 そんな中で、平成4年12月鐘ヶ江市長の引退を受け「よし、俺がやるしかない」と市長選に打って出た吉岡さんは強力なライバルと戦い、見事市長に当選する。そして2期目、3期目は無投票、4期目は1期目に戦ったと再度戦い当選。4期16年を務めるのである。
平成5年の年頭挨拶で「実行の年」と位置付けここから本格的な復興の戦いが始まるのである。

 島原半島全体を視野に入れて地域再生を図るために「がまだす計画」(がまだすは島原弁で“頑張る”の意)を策定、27の重点プロジェクト、335事業に取り組む方向を打ち出す。しかし平成5年も災害は止むことなく火砕流・土石流なども頻発する。
そこで市長自ら住民避難の説得をするなど激務がつづく。それでも犠牲者も出た。

 しかしそういうこれでもかこれでもかと襲いかかる災害にも「これがどん底なのだ。これを乗り越えれば、また上向きに転じる」というこの本のタイトルともなった「一陽来復」という言葉を座右の銘として頑張ってきた。
市役所・消防署・消防団・警察・自衛隊の連携。その中でも自衛隊の活動は特筆すべきものがあった。火山の観測・研究機関と自衛隊との連携構築も大きな特徴であり、その成果は画期的なものであたあとのことである。

 その他、疲労困憊の市職員、避難した人々の健康管理など沢山の問題も発生する。これらも一つ一つ解決していく。
ここまで読んだだけでも、私はこれからの災害発生に対する処方箋になることが沢山書いてあることに今更ながら感心するのである。

 そしていよいよ復興への動きが始まる。主な項目は次のようなものだ。
「広がる支援の輪」
 ○義捐金ボランティア活動。  ○コンサートなど多彩に。
「本格復興へ」
 ○噴火活動の沈静化。  ○災害対策基金と無人化工法。  ○商品券の発行。
 ○安中三角地帯嵩上工事。  ○集団移転。  ○農業の再生をめざし。
 ○自力再生に燃える。  ○漁業の振興。  ○観光業の振興。
 ○安徳海岸埋立。  ○がまだす計画。  ○雲仙岳災害記念館。  ○情報網の整備
 ○コミュニティFM局。  
「火山との共生、そして未来へ」
 ○火山都市国際会議の開催  平成19年11月19日から5日間。
  「火山と共生する都市(まち)づくり」をテーマに開催。31か国から600人参加。
  参加者との交流に取り組んだ小中高性まで入れると総勢2700人の参加となった。
「ジオパーク」
 大地のテーマパーク。地質遺産。
 平成21年島原半島地区を含め3地区が日本初の世界ジオパークネットワーク加盟がみとめ
 られた。

 この本は2011(平成23)年6月1日発行されているが、著者は「はじめに」のなかに次のようの書いておられる。
「四季折々に輝くばかりの美しさを見せる日本の自然。その自然が、時に過酷なまでの試練を私たちにもたらすことがある。この原稿を書いている最中に起きた東日本大震災の惨状をみて、想定を超えるほどの自然災害の怖さをあらためて知らされた思いがする。…私のこの体験が、これからの災害対策に少しでも役立てば幸甚です」

 吉岡さんは実は私たちの男声合唱団の先輩である。
普賢岳噴火のあと、私たちのOB男声合唱団も同じ火山を持つ身として、鹿児島を始め全国のメンバーが島原に100人ほど集まってチャリティーコンサートを開いた。島原市民の皆さんに大変喜ばれて、そのあと2回全部で3回の演奏会ができた。そのこともこの本の中に写真入りで紹介されている。この7月15日に鹿児島市であった演奏会にも吉岡さんも駆けつけてくれて、一緒のステージに立つことが出来た。



 




 



 






Last updated  2012.09.18 17:40:30
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2011.10.17
カテゴリ:読書

 久しぶりに恋愛小説を読んだ。そして少しばかりのときめきを感じた。
藤田宜永の「愛の領分」である。なんでも2001年の春、直木賞ととった作品だそうだ。藤田宜永の作品は2年くらい前に「流砂」を読んで面白かったので、今回も読む気になったのだ。
奥さんは、国会議員の小池百合子じゃなくて、同じ直木賞作家の小池真理子だ。作品に何の関係もないですね。

「吹き降りが屋根を激しく叩き、中空をくぐもった陰気な音が走っている。暮れかけた空が、一瞬、黄金色に割れた。春雷である。
淳蔵は稲光につと目を上げた。裏の家の塀から張り出したサンシュユの枝が揺れ、小さな庭に、黄色い花びらをちらせていた」
という名文で始まるこの作品は、川端康成の名前が数回出てくる。川端康成をいくらか意識しているのかもしれないと思いながら、読み進んだ。

他にも「列車が小諸の方に向かって走り出した。暖かい気持ちをホームに残してきてしまったような思いが、胸の奥に宿っている」
「上田で昌平と美保子が結婚式を挙げている日東京は激しい雨だった。仕事場の裏のアジサイが雨に打たれて揺れていた」
「新しい季節が巡ってくると、こともなげに前の季節を忘れてしまうものだ。春がくれば冬を、夏を迎えれば春を、秋がくれば夏を、冬を迎えれば秋を・・・・・・・」
「吹き荒れる風の音を聞きながら、淳蔵は、枯れ色だった心が色づいていくのを感じた」
などなど文章を書く上に参考になるえもいわれぬ文章がちりばめられている。

物語は今は仕立屋になっている宮武淳蔵のところに昔世話になった高瀬昌平がたずねてくるところから始まる。淳蔵とは昔から訳ありの昌平の妻、美保子と淳蔵の家が旅館をやっていた頃そこの従業員だった馬淵太一の娘佳世の二人の女性と淳蔵とのからみで物語りは展開していく。

終わりごろに川端康成の「雪国」の言葉を引用して                                  「美しい“徒労”って言葉、覚えてる?」と美保子がつぶやくように言った。
「さあ」淳蔵は首を傾げた。
「忘れたの。『雪国』の中に出てくる言葉よ。駒子が、自分にひたむきな想いを抱いているのが分った島村は、それを“美しい徒労”って思うシーンがあったでしょう」・・・・・・・・・・・・美保子が低い声でつぶやいた。    「私のは醜い徒労だったわね」

その後のことは、佳世とのことも余韻を残して終わっている。

 「解説 記念碑的作品」のなかで渡辺淳一は次のように書いている。
「具体的にいうと、一つの風景や人間の表情を説明するにしても、大胆かつ直截に切りこみ、その表現をその場だけで惜し気もなく捨てていく。この見切りのよさが、この小説の飽きさせない魅力になっている」
「おそらく藤田さんは、・・・・・この一作に思い切り使い込み、投入したのであろう」
「同じ小説を書く側であるわたしなどからみると、なにかもったいないような、そんなにあっさりつかってしまっていいの、といいたくなるようなところがあるが、これが勢いのある作家の書き方でもある」

歳をとってもたまには恋愛小説もいいものだなあと思わせる一冊だった。

 

 

 

 







Last updated  2011.10.18 17:01:09
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2011.10.08
カテゴリ:読書

 「火車」は、「電車が綾瀬の駅を離れたところで、雨が降り始めた。なかば凍った雨だった。どうりで朝から左膝が痛むはずだった。」という書き出しで始まる。そして身体に故障をかかてしまった主人公の姿へ。
私は本を読む場合、それが何百頁のものであろうと、いつも関心を持って書き出しに注目する。そこから物語がどういう展開をみせるのか、期待が膨らむからだ。
今回もさすがと思わせる滑り出しである。

主人公の職業はは前回読んだ「東京下町殺人暮色」と同じ刑事である。
もっとも、その設定は違うが、男の子が一人いて、妻は両者ともいないなど、ある意味共通している部分もある。宮部みゆきの作品を沢山読んだわけではないが、彼女の得意の登場人物なのかなと思い読み進んだ。

物語のスートーリーはともかく、カード社会を考えさせるのが大きなテーマだろうと思った。
出てくる用語は「クレジットカード」「カード会社」「ブラックリスト」「「信用情報機関」「「滞納」「未払い」「割賦」「サラ金」「銀行ローン」「要注意人物」「「キャッシング」「負債総額」「借金」「破産申立」「自己破産」「返済金」
「債権者」「破産」「消費者破産」「消費者金融」等などお金に関する言葉のオンパレードである。

そしてもう一つのキーワードはコンピューターである。
「顧客のデータ」「プリントアウト」「コード」「基礎データ」「クローズド・システム」「アクセス」「キーボード」などなどである。仕事でも少しパソコンにさわり、その後もパソコンを少しかじっている私は何とか理解できるが、若い人は別にして、年配者のなかにはこの本自体を苦手にする人もいるだろう。

この物語はその2つのキーワード「カード社会」と「コンピューター」があって初めて成り立つ小説である。
この二つの現代社会の怪物をよく調べて、物語にした宮部みゆきもやはり凄い人である。

登場する二人の女性はそれぞれ違ったところはあるが、その二つに引き回された犠牲者であると思う。
私の周囲にもそのために人生を誤った人が沢山いる。
それが現代なのかも知れないが、その怪物の正体を知るためにも、沢山の人に読んでほしい。

文庫本で600頁に近い物語だが、分りやすくスムースに読めるし、途中休み休み読んでも物語の本筋を見失うことのない本である。

 

 

                                   







Last updated  2011.10.09 18:38:48
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2011.09.29
カテゴリ:読書

 私は、このところ何か面白い本や作家はいないかと探していた。
そこに、このところブログを通じて行き来のあるやまももさんの「やまももの部屋」から「私の宮部みゆき論」に行き着いた。詳しくは読んでいないが、その入れ込みようは半端ではない。
なにか面白そうだと思い先日ここに書いたように、「東京下町殺人暮色」を買ってきた。

物語は主人公である中学1年の八木沢順少年とその父親で警視庁捜査一課の刑事 道雄を中心に展開するミステリー小説である。私は筋こそミステリーであるが、単なるそれではなくて、立派な文学作品だと思った。
その親子に「日本画壇の異端児・異色の作風」の日本画家 篠田東吾と八木沢家の家政婦 ハナがからんで物語は展開していく。

私は読みながら主筋はもちろんだが、順少年(因みに我が娘の長男が中一であるので比較しながら読み進んだのだが・・・)とおじいちゃん・おばあちゃんにあたる年齢の東吾とハナとの色々なからみや会話は大いに楽しむことが出来た。

たとえばこうだ。秘密めいた東吾の自宅に順が入り込んだはじめて日の会話で、順が言う「『・・・裏庭をスコップで掘っている東吾さんをー』順はあわてて訂正した『すみません。篠田さんです』『東吾でいいよ。それが私の名前だから』その声音はやさしかった。頭をなでられたような気がした」
そのような出会いから始まった二人の関係はまわりから敬遠されているようで、秘密めいた東吾であるにもかかわらず、その後もおじいちゃんと孫のような関係が続く。

もう一人の家政婦ハナとはもっと密接な関係である。仕事柄いつも家にいない父親はそれがもとで、順の母親である妻とは離婚しているので、順の全てをみていると言っても過言ではない。
順も実際それが好きなこともあって、白菜の漬物のやりかたや、躾までもなされていて、よその家に行ったときも座布団の扱いまで出来てびっくりされるほどだ。
ハナは順を「ぼっちゃま」とよんでいるのだが、あるとき順にこのように語りかける。
「・・・人は誰でも武装するものだ、ということでございます。ただ何で武装するかは、その人によって違います。鎧を着る人もいれば、鉄砲を持つ人もいます。・・・そして、どう武装しているかによって歩く場所も違ってまいります」と優しい声だった。私はまるで本当のおばあちゃんの教えみたいに感じた。

そしてこのハナのことを読みながら、一つ思い出したことがあった。
私は4年間の学生時代延べで10人くらいの子供たちの家庭教師をやったのだが、その中にハナとどこか共通する人がいたのを思い出した。

そのご家庭は両親ともお医者さんだったが、私の教えた子供さんは小学生で中学年だったと思う。
当時としては、珍しいいわば共稼ぎの家庭だったので、子供さんは、ほとんど住み込みのお手伝いさんに任されていたようだ。
そのお手伝いさんは、明治維新の元勲の、或る一人のお孫さんということで、わけがあり、その仕事をされていたようだった。
その子供さんの父親は単身赴任をされており、母親は帰りが遅いので、私も夕飯のご相伴にあずかることも多く、そのお手伝いさんともよく話をしたものだった。教養もあり、子供の両親が頼りきって子供をまかされるのが分る気がした。話はとんでもなく飛躍してしまった。

ストーリーは最後の方でめまぐるしく展開して、息もつかずに読み終えた。意外性もあったが、何かホッとするところがあり、余韻を楽しむことが出来た。おっと 危ないこれぐらいにしておこう!

宮部みゆきの次の本も用意した。「火車」である。また楽しみが一つ増えた。

 

 

 

 







Last updated  2011.09.29 15:05:17
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