小倉北区の史跡二つ
小文字山を含む足立山麓全体案内図思っていた以上にいろいろなものが散在している。 下の写真は小倉北区小文字2丁目8にある「メモリアルクロス」である。小倉の市街地を眼下に望む地に建てられた大きな十字架は朝鮮戦争(1950~1953)で戦死した国際連合軍将兵の霊を慰めるため当時の米軍小倉師団の司令官たちによって建設され後に日本に譲渡されたものだという。高さ20mの鉄骨十字架で朝鮮半島に向けられている。 メモリアルクロスから少し歩くと「広寿山五百羅漢」という石標に行きあたった。 広寿山五百羅漢の説明文があった。(拡大できます)五百羅漢のこの首の傷みについては、廃仏毀釈のときにこうなったという説や幕末に長州兵に落とされたいう説などあるが定かではないそうだ。 五百羅漢は10年くらい前に大分の国東半島でも見たことがあるが、日本各地にあるようだ。デジタル大辞泉によると、五百羅漢とは釈迦の入滅後の第一回経典結集(けつじょう)および第四回結集のときに集まったという500人の聖者、またその像を言うとのことである。 完全な形で残されているものもある。 首は完全に新しいもの付け替えられてもいる。