2006/11/10(金)03:41
-12℃で野宿する方法
「今日はテントを張らずに寝てみるか」
とKeithが言った。
最初は耳を疑った。
10月のユーコンでは、夜の気温は-10℃を下回る。
一体どうやって寒さをしのぐというのか。
森に入り、細いトウヒの木を鋸で2本切った。キャンプサイトまで運ぶと、全ての枝を斧で落とした。長い丸太が2本と、地面にはたくさんのトウヒの葉が積み上げられた。
(トウヒをご存じない方は、クリスマスツリーのもみの木の葉を想像してください。)
まずは、トウヒの葉を斜めに地面に刺していく。まるで挿し木をしているような、田植えをしているような感覚だ。
2メートルほど、横に一列刺し終わると、その上にまた列を足していく。いわばトウヒの葉で瓦ぶきをしているようなものだ。
しばらくすると、新鮮な緑色をしたベッドが出来上がった。寝転がってみると、ふかふかとは言えないが、弾力があって心地よい。驚いたのはその香り。息を吸い込むとトウヒ独特の甘くさわやかな香りが胸いっぱいに広がった。これが今夜の寝床だ。
次は屋根だ。丸太を切り、ロープでくくり、骨組みを作る。Lean Twoと呼ばれるシンプルなスタイル。昔は屋根も全て葉がついたトウヒの枝でふいたそうだが、あまり木を切るのはもったいないので、ブルーシートをかけて代用した。
これで、風を防ぎ、地面からの冷気をシャットアウトするトウヒのシェルターが出来上がった。
早く寝てみたい。夜が待ち遠しい。
Lean Two以外にも、Keithは次々と色々なことを教えてくれる。トウヒのヤニでつくるガム。固まったヤニをこそぎ落とし、ゆっくりと軽く噛みながら一つの塊にまとめていく。最初は少し苦いが、唾を吐きながらしばらく噛むと、甘くはないがさわやかな風味のガムが出来上がる。ポイントは唾をいっぱい出すことと、カチカチになった古いヤニを選ぶことだ。でないと上下の歯が接着剤でくっついてしまったような状態になり、ひどい目に遭う。
その辺にたくさん生えている野生のクランベリーを口に含むと、きりっとした酸味に目が覚める。ベリーというより梅干に近いような味だが、これがうまい。森の中に真っ赤に光る小さな実を見つけるたびに、思わず口に入れてしまう。
Alpine Firという木の樹皮は煎じてお茶にする。これが本当に旨い。すーっとした爽やかな風味、初めて飲む味だ。風邪やのどの痛みにも効くという。Labrador Teaと呼ばれる潅木の葉でも、またちがった風味のおいしいお茶が淹れられる。単に紅茶をいれるだけでも、そこにトウヒの葉を一つまみいれて一緒に煮出すだけで、味も香りも豊かになる。
森がこんなに恵みにあふれているとは知らなかった。動物たちはみなこの恵みに生かされているのだ。そして人間も然り。Keithが先人から受け継いできた知恵には森の中で生きていく術がぎっしりとつまっている。
この時期、ユーコンの夜は早い。明るいうちに薪を拾い、長い夜に備える。Keithがリュックから見慣れぬ短い棒を取り出した。先端に火をつけると、バチバチと燃え始め、安定して燃え続けている。Birch Torch、白樺のたいまつだ。白樺の皮を棒状に細切りにして束ねて芯を作る。その周りをトウヒのヤニを塗りつけた白樺の皮でくるくると巻き、針金で縛ってある。火付けの名人でも雨が続いた後では、マッチ一本で焚き火をおこすことは難しいこともある。そんな時に活躍するのがこのBirch Torchだ。
夜の帳が下りると、気温もぐんぐん下がってくる。焚き火で夕食を作り、体が温まったところでLean Twoにもぐりこんだ。甘い香りに包まれ、すぐに眠りに落ちた。朝までぐっすり、寒くて目が覚めるということはなかった。
Keithが起き出してきた。
「どうだ、高級ホテルもいいけどLean Twoも捨てたもんじゃないだろう?今度は枝の張った大きなトウヒの木の根元でそのまま寝てごらん。ちょっとくらい雨が降ったって全然大丈夫なんだよ。」
テントは性能も良く便利だが、重くかさばる。森の恵みを上手に利用する知恵さえあれば、大きな荷物からも解放され、食べものだって手に入る。
僕は昨日までの自分よりちょっとだけ、自由を手に入れた気がした。