勝手に映画批評

2017/04/27(木)11:10

ヒトラーの審判 アイヒマン、最期の告白

戦争(29)

「ヒトラーの審判 アイヒマン、最期の告白」Eichmann 2007年                       イギリス・ハンガリー映画   監督 ロバート・ヤング 出演 トーマス・クレッチマン トロイ・ギャリティ フランカ・ポテンテ    Gyaoの無料動画で観ました。  アドルフ・アイヒマンは、ナチス親衛隊中佐(最終階級)として、数百万人にもわたるユダヤ人をアウシュヴィッツに送る命令を下した男です。終戦時、一度は連合国軍に捕らえられながらも、身分を偽って逃げだし、アルゼンチンで15年にもわたり潜伏したのち、1960年に、イスラエル諜報機関(モサド)によって捕らえられ、裁判にかけられたのち絞首刑になりました。    イスラエル人のレス警部(トロイ・ギャリティ)と妻のヴェラ(フランカ・ポテンテ)は友人の結婚式に出席していました。そこでアルゼンチンに潜伏していた戦犯アドルフ・アイヒマン(トーマス・クレッチマン)が逮捕されたニュースを聞きます。 アイヒマンの尋問官としてレスが選ばれます。世界中からアイヒマンに関する情報を集めます。その情報をレスがまとめてアイヒマンに自白させることを促すのです。 録音機を部屋にセットしていよいよ尋問が始まります。アイヒマンは至って冷静でした。レスは集めた情報から、ひとつひとつアイヒマンに尋問していきます。 移送担当の責任者だったアイヒマンはホロコーストに関与したのは命令だったからと答えます。彼はヒトラーの命令を忠実にこなしただけで、殺害には関与してないと述べます。レスは他の戦犯の証言から関与していた事を認めさせようと尋問をしていきます。    レス警部がアイヒマンを尋問する映像が物語の本線です。もちろん、それだけでは画面に変化がなく、退屈な映画になってしまいますが、戦時中や潜伏中のアイヒマンの回想(妻や愛人との情事の様子含む)や、獄中の様子、レス警部の家庭の描写など、効果的に挿入され、見ごたえのある100分でした。    この映画が描き出したいテーマは2つあると思いました。  ひとつは、アイヒマンが残虐な殺人鬼ではなく、命令に従っただけの、普通の男に過ぎないということを描き出すことです。  尋問中、彼は「命令に従っただけだ。」を繰り返します。そして、彼が家族と楽しげに過ごす様子、離れている息子たちに手紙を書いている様子などが挿入されます。一方で、戦時中、部下に威圧的に接している様子や、囲っていた愛人(複数個所にいたらしい。)との高圧的な情事(ちょっと官能的です、注意)にふける場面など、彼が権力を手にして如何に増長していたかが映し出されます。  もちろん彼がアウシュヴィッツに送られたユダヤ人たちがどうなるのか知らずに、輸送の手配をしていたはずはなく、自分のしたことにより多くのユダヤ人たちがどうなるか理解はしていたと思います。しかし、彼は、特に深い信念を持っていたわけではなく、命令されただけだからという都合のいい合理化により、思考を停止させていただけの、ただの小男に過ぎないのです。 この映画は、そんな悲しい事実を映し出そうとしているのでは、と思いました。    もうひとつは、イスラエル政府が、ナチスの暴挙に対しすぐに報復に出ることなく、アイヒマンをきちんと尋問し裁判を行っていることにより、「目には目を」というレベルの低い手段には出ていないという大人な対応をしているという点です。  第2次世界大戦の事後処理は、ヨーロッパ戦線はニュルンベルク裁判、極東戦線は東京裁判で、連合国軍の主導できちんと行われました。しかし、それとは違い、直接迫害されていたユダヤ人、つまり、家族や親戚、友人などが理不尽に殺害されていたり、自分自身が収容所で迫害を受けていたりと、生々しい悲惨な体験をしている人々が、尋問をして証拠や自白を確認した上、公正な判断としての裁判を行ったという点で、このアイヒマン裁判は特筆すべきことだと思います。  裁判なんてもどかしいことせずにすぐに処刑しろ、と主張する、復讐心に燃え、感情が抑えきれないイスラエル国民たちの激しいデモが巻き起こり、尋問官であるレス警部や家族が嫌がらせを受ける場面も映し出されます。  しかし、公正な法の下に成り立ってる現代国家において、どんな凶悪犯罪者にも人権はあるという考え方は基本中の基本ですから、どこかの虚栄心の塊な独裁国家や道徳心のかけらもない悪事隠ぺいがまかり通っている未熟な大国とは違って、成熟した国家として国際的に認められたい、新興国イスラエルとしては、きちんとしているんだというところを、内外に宣伝する絶好の機会ととらえていたんでしょうね。    ところで、アイヒマン役のトーマス・クレッチマン(「戦場のピアニスト」の廃墟の中で暮らす主人公のピアニストを陰ながら助けるドイツ人将校をはじめ、ナチスもの映画にドイツ兵として多く出演しています。)の板についたナチス将校ぶりはさすがだと思いました。(苦悩しながらもまじめに尋問に取り組むレス警部はいまいちでしたけどね。)  ちなみに、レス警部の奥さんヴェラ役の人は、ジェイソン・ボーンの彼女役の人ですよね。アゴでわかりました。(ザキヤマの娘さんの行く末が心配です。)  邦題に“ヒトラー”と入っていますが、ヒトラーは全く登場しません。(戦時中の回想シーンで、アイヒマンの背後にヒトラーの肖像画が映るのみです。)原題は「Eichmann」です。この日本では、アイヒマンはあまり有名ではないので、そのままだと、ナチスものだとわかってもらえないから、苦肉の策で“ヒトラー”と入れたみたいです。ご注意を。

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