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テーマ:私のイギリス生活(443)
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日本で名前しか聞いたことのない病気で、お目にかかったもの。まだまだ知らないことが多いので、当たり前なのだが…やっぱりおどろいた。そしてせつなかった。
長い名前のこの病気、狂牛病と関連ある脳症といえばピンと来るだろうか。日本で名が知れたのは、汚染されたヒト硬膜の移植によるものと狂牛病で難病に指定されているこの疾患。日本だと担当専門機関での入院になるのかな?ともあれ、耳にするけど実際には…というものだ。くろ、イギリスにながくいるので日本で献血のできないヒトになりました。 ちなみにイギリスのホスピスの大きな日本との違いはがんとエイズ以外も患者さんもくるところ。MNDやCOPD,心不全・腎不全末期状態もいらっしゃる。 このCJDに罹患したMr.Aは診断されたのが12月だった。2009年の12月。たった2ヶ月。そして急激な悪化。一日一日で進行して行く病状。なんでも自分でできていたことが、すべてできなくなって行く。入院時、すでにねたきりだったがまだなんとかコミュニケーションもとれたし、流動食は問題なくとれてた。そして、4日後、すべてがシャットダウンしてなくなられた。 同じ病気の中でも急転化をたどった例だと思うけど、あまりにも変化が早くて驚いた。なくなった後にホスピスを訪れた(死亡診断書を渡す等の事務関係と遺族の思いを話す場を次の日にもうけている)奥さんはまだまだすべてが信じられない、という風情だった。 急な変化。受けいれきるまえのお別れ。不慮の事故ではなく、判っていることだけども、それだけにまた、なんとも、せつない。一日、一時間、一分、一秒、大切にしたいものだとあらためて思った。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
うちの母は、脳梗塞で倒れて、そのまま意識が戻りませんでしたが、5ヶ月も、頑張って生きてくれました。
その間に、家族は、心の整理というか準備ができたと思います。 倒れてそのまま逝ってしまっていたら、私はお葬式にも間に合わなかったかもしれないし、一生立ち直れなかったと思います。 (2010.03.01 19:41:26) |