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名無し人の観察日記

名無し人の観察日記

大津は燃えているか 第十二回

無防備都市宣言シミュレーション小説
大津は燃えているか?
第十二回 大津攻囲戦


7月8日 1200時 大津市

 夜を徹して行われた市民の退避はこの日の0900時にはほぼ終了し、大津市はひっそりと静まり返っていた。
 米軍は市内に構築した防衛陣地に篭っていた。それを取り囲むように、西には第三、第十戦車大隊を主力とする西部方面隊が、東には富士教導団と第一空挺団、それに東部方面隊から選抜された精鋭の連隊戦闘団が総攻撃を控えて待機している。そして、時計の針が遂に停戦期限の1200時を回った。
 最初の戦いは空から始まった。百里、小松などから発進したF-15JとF-2の混成部隊が爆弾を抱えて大津を目指す。しかし。
「大津上空に敵機? 何処から来たんだ!?」
 攻撃隊長が怪訝な声をあげる。そこへ浜松から飛び立ったE-767AWACS(早期警戒管制機)からの連絡が入った。
『アロイホイールよりドラゴン1、敵機はAV-8と推定。警戒せよ』
「ハリアーか。何時の間に持ち込んだんだ」
 攻撃隊長が舌打ちする。海兵隊のハリアー戦闘攻撃機は速度は遅く武器搭載量もたいしたことはないが、機動性は高い。空戦では意外に厄介な敵だった。
「ドラゴン1よりドラゴン各機、ロングレンジで始末する。フォックス1!」
 命令と共に自衛隊のF-15JはAAM-4対空ミサイルを発射する。伊勢湾沖海戦では海軍のF/A-18Eを一方的に撃破したミサイルだが、ハリアーは小回りのよさを生かして回避し、反撃しようと距離を詰めてくる。
「小癪なやつめ、ダンスに備えろ!」
 攻撃隊長が命じたとき、突然ミサイル警戒音がコクピットに鳴り響いた。
「なんだ!? 何処から狙われている!!」
 まだハリアーの攻撃範囲には入っていないはずだ、と隊長が考えたとき、AWACSが緊迫した声で報告してきた。
「ドラゴン1、F-22だ! ラプターが潜り込んでいる。警戒しろ!」
「なんだって!?」
 隊長が愕然とした声を上げた直後、自衛隊攻撃隊のあちこちで米軍のミサイルが命中した機体が弾けとんだ。
 グアムから空中給油を行って航続距離を伸ばし、日本上空に侵攻してきた米空軍のF-22Aラプター戦闘機の攻撃だった。F-15J以上の戦闘能力を持ち、ステルス性も高いという米空軍の切り札である。
 見えない強敵に一方的に追い回され、自衛隊は出撃した36機中17機を撃墜されるという大敗を喫した。ハリアーを10機以上撃墜してはいるが、肝心のF-22Aにはかすり傷すらつけられなかった。当然、大津への空襲は失敗している。
 ラプター参戦により、大津市上空の制空権はそれまでの日本圧倒的優勢からほぼ拮抗状態に引き戻された。こうなると、陸上部隊同士の力ずくの殴り合いが勝負を決する事になる。
 空戦が一段落した1330時、自衛隊は東西から大津市に向けて一斉射撃を開始した。百門を超える155ミリ、203ミリの榴弾砲が火を噴き、米軍陣地に降り注ぐ。爆発が連続し、陣地代わりに使われていた建物がおもちゃを蹴り飛ばすようにして吹き飛んだ。
 米軍も黙って撃たれてはいない。砲兵隊が即座に反撃を開始し、自衛隊が潜んでいる比叡、伊吹両山系に砲弾を叩き込んだ。
 砲撃戦が一段落すると、戦車部隊を先頭に自衛隊が突撃を開始する。戦力は自衛隊の方が倍近かったが、米軍も砲撃で破壊された陣地を修復して待ちうけ、強固な守りで対抗する。90式戦車の120mm砲が轟音を上げ、被弾したM1A2やストライカー戦車が消し飛ぶが、その90式が次の瞬間複数の対戦車ミサイルを食らって爆発炎上する。コブラ攻撃ヘリがその対戦車ミサイル陣地をなぎ払った直後に、対空機関砲に掃射されて叩き落される。戦いは一進一退だった。
 1800時、戦闘はいったん終結し、自衛隊は後退して補給にかかった。大津市街では戦闘で発生した火災と、それに照らされた不気味な煙が、暮れ始めた空に向かって幾つも揺らめいていた。


7月10日 1300時 市ヶ谷 中央指揮所

 状況表示盤は大津市周辺を拡大したものになっていた。米軍は依然として市境周辺の防衛陣地を維持しており、自衛隊の数度にわたる総攻撃を跳ね返していた。
「米軍も粘るな」
 統幕長の言葉に、陸幕長が申し訳なさそうな口調で答える。
「名古屋・三重からの補給線が途絶する直前に、かなり大量の物資を大津まで運んでいたらしく、戦闘能力を維持し続けています。むしろ、我が方の弾薬不足が懸念される状況になってきました」
「本土で敵を包囲していると言うのに、情けない話だな」
 統幕長が溜息をつく。
 自衛隊の弱点は、弾薬の集積量が少ない事だ。主に予算の問題もあり、訓練ですら実弾を使えず、弾丸を撃ったという「想定」で済ませたりする。
 それでいて、自衛隊の射撃技量は世界有数と言われているのだから、どのような仕組みでそうなっているのかは大いなる謎である。
 話はそれたが、事前に集積した弾薬はこの五日間の戦闘で大幅に消耗しており、自衛隊は慌てて弾薬メーカーに生産を依頼しているが、十分な量を確保するのは難しくなってきている。
 そして、弾薬消耗以上に頭の痛い問題が持ち上がりつつあった。
「で、敵の増援は今どんな状況だ?」
「は、二隻の空母……〈カール・ヴィンソン〉〈トルーマン〉を主力とする艦隊がミッドウェイ沖を通過しました。後二日もすれば戦闘に加入してくるでしょう」
「その後方に米本土からの増援として二個師団を乗せた輸送船団が続いています。もしこれが上陸に成功したら、我々にはもう押し返す力はありません」
 海幕長、陸幕長が相次いで説明する。自衛隊は世界最強の軍事大国、アメリカの底力を思い知っていた。自衛隊がようやく総力を挙げて撃破しつつあるのと同規模の戦力を、彼らはまたしても送ってくる事ができるのだ。
「さて、我々はどうしたらいいと思う?」
 統幕長の質問に、中央指揮所に沈黙がたちこめた。それを破ったのは空幕長だった。
「大津の敵を二日以内に徹底的に殲滅する……それしかありますまい」
 一同は空幕長の顔を見た。
「大津の敵ががんばっている限り、敵が増援を送ってくる事がやむ事はないでしょう。手段を選ばず、攻めて攻めて攻めまくる。他に手はありません」
「……やはりそうか」
 陸幕長が言った。これをやったら、西部方面隊は再建に数年はかかる大損害を受けるだろう。中部方面隊も壊滅状態の今、できればそれは避けたかったが、戦力を大事にして戦争に負けては本末転倒だ。
「潜水艦隊に、なりふり構わず敵の足止めを図るよう命じます。一日、いや、数時間でも時間を稼ぎますから、陸空は心置きなく戦ってください」
 海幕長が言った。普段陸海空の三自衛隊はあまり仲が良くないと言われていたが、五日間実戦を潜って、彼らの間には強固な絆が構築されていた。
「よろしい。最終攻撃作戦を立ててくれ。私はそれを首相に上梓する」
 統幕長が会議を締めくくった。



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