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2005.03.28
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テーマ:ペットの死(547)
カテゴリ:ねこばなし

今日はタロの12回目の命日だ。
もうそんなに経つんだなぁ。

タロは道端で偶然保護した仔猫であったが、一緒に暮していくうちに
まるで神様から与えられた宝物のように思うようになっていった。
でも、そんなタロは1歳の誕生日を迎えることなく逝ってしまった。
277日・・・これが私達が暮した時間だ。

タロは3月28日の朝4時頃、急に発作が起きてそのまま動かなくなった。
死因はたぶん呼吸不全だ。ぴたっと息ができなくなってしまった。
もがき苦しむタロに何もしてあげることができなかった。

思いきりペットロスに陥った。
日常生活もできないくらいであった。
そんなひどい状況の中、何とかまともに動けるようになったのは
1週間後、仔猫のロンが来てからだった。

それでもタロをなくした悲しみは癒えることは無く、
さらに何もしてあげられなかった事に対する後悔が胸を覆った。
落ち込んでいる私に友人や家族は
「もし拾わなかったらあのまま死んでいたかもしれないから十分タロは幸せだったよ」
と慰めてくれたりもしたが、どうしても拭い切れない、
タロの死に対しての要因がいくつかあった。
いや、たぶん今もあるのだ。

拾ったとき、タロは目の瞬膜が繋がっているという奇形があった。
それは手術をしてきれいに治ったが、そのとき獣医さんに
目と同じ頃形成される肺や気管支にも奇形があるかもしれないから
成長して行く過程で気を付けてください、
と言われていた。

その後半年間は元気に育ち、体重も3.8kgになった。
私は職をかえ引越しをし、タロも連れて行った。
猫友達もできて、私が旅行に行く時には預かってもらったりもしたほどだ。

年がかわって推定生後8ヶ月になるころ、よく吐くようになった。
神経質になっていたのですぐに獣医に連れて行った。
当時結婚を前提に付き合っている人がいて
その人の知っている病院だった。
去勢手術もその病院でしてもらった。

獣医は物腰やわらかな優しそうな男性だった。
初見はただの健康診断という感じであった。
吐き気止めといわれる薬をもらった。
しばらく良くなったりまた吐く様になったりを繰り返した。

3月に入った頃にまた具合悪そうにしていることが多くなった。
その度に病院に連れて行った。
動物を飼うのはタロが初めてだったし、
獣医は保護したときに行った所を含めて2ヶ所しか知らない。
知り合いもいない土地で獣医の情報など聞けるわけもなかった。
ただ、その彼の話では評判は悪くない先生だといっていた。

しかし、段々その獣医に不信感を抱くようになっていった。

3月中旬を過ぎる頃には週に2~3回連れて行った。
そして亡くなる2日前、帰宅するとタロが苦しそうにハァハァしていた。
舌を出している。紫色だ。
チアノーゼ!?
猫の医学書に書いてあった。
すぐに病院へ車を走らせた。

しかし病院に着いたころには苦しそうな様子もなくなっていた。
タロはどこへ行っても大人しすぎた。
苦しそうに見えないのではなく、固まってジッと動かなかっただけだ。

私は産まれた時の目のことなどを再度説明した。
ついさっき、舌が紫色になっていたことも。
それでもその先生は
「今はピンクですよー。しばらく薬飲んで様子みましょう。」
と言っただけだった。

不信感はますます募り、別の病院を探そうと心に決めた。
金曜の夜だった。

土曜日、仕事がらみの宴会があり帰宅したのは夜も遅かった。
タロがうずくまっていた。
横に座ると弱々しくも私の膝の上に乗ってきた。
普段はあまり膝に乗らない子だ。

月曜日はタロを別の病院に連れて行こうと休みを取っていた。
治してあげるからね、と声をかけて膝から降ろすが
また手をかけて膝枕をねだる。
少しの間膝に乗せていたが疲れていたので早々と着替えてベットに入った。

その数時間後のことだった。
足元で寝ていたタロがものすごい勢いで布団から飛び出し、
カーペットの上でジタバタともがき出した。
失禁もしている。
そのままソファの下に潜りこんでしまった。

「タロッ!」
慌ててソファの下から引っ張り出したがもうすでに息がなかった。
何度か口で息を吹き込んでみたが、目をむいたままピクリとも動かなかった。

時刻は朝の4時頃だったと思うが、行き付けの獣医に電話をいれた。
やはり出ない。何度もかけたが留守電になっていた。

動かなくなったタロをソファの上に乗せ
しばらくただぼーっとしていた。
そのあとは涙があふれて止まらなかった。
気が付いたらお昼を回っていた。
8時間以上も何をしていたのか思い出せない。

姉に電話をしてタロが死んだことを告げた。
彼女もその1年前愛猫をなくしていた。
話を聞いてもらって多少物事を考えられるようになった。
早く土に返してあげなさい、そう言われたのを覚えている。

タロは当時住んでいた家の近くに眠っている。
でも会いに行くことはできない。
手元に残っているのは数枚の写真だけだ。

その写真でさえ、辛くて見ることができない。
こうやって文章にしている時も涙が出てくる。

ごめんね、ごめんね、タロ。
苦しい思いをさせてごめんね。
お母さんを許してくれますか…?
あなたは幸せだったでしょうか。

何度も何度も問いかけてきた言葉だ。

もっと早く信頼できる獣医さんに連れて行ってあげていたら
タロはあんなに早く死なずにすんだ。
私の無知が余計にタロを苦しめた。

タロをなくしてぽっかり開いた胸の穴はまだ癒えないが、
やっとこうして文章にすることができるようになった。
長い年月が必要だった…。







最終更新日  2005.03.28 07:51:37
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