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カテゴリ:クロノス
中編
道行く者の多くは、すれ違うダニエラを振り返る。 彼女の美しいブロンドと、当時は現在よりもずっと手に入れることが難しい、成長武器を所持していたからだった。 そして、人の気配の少ない、この宿の立地条件が、彼らを増長させたことは間違い無い。 彼らは宿の向かいにある、建物の暗がりに身を潜めていた。辺りの様子を伺っていた影が2つ。闇と同化しながら宿へと真っ直ぐに歩み出した。 私はいつの間にか眠りについていた。 気がついたとき、部屋にダニエラの姿は無かったが、窓の外から気配を感じた。 ガタリと音がした後、窓がその枠ごと外される。そこから2つの黒い塊が部屋へと侵入してきた。どうやら盗賊のようだ。 私は眠ったふりをしながら、その2人を注視する。「気が付かれませんように・・・」 音を立てないように、部屋の中を慣れた手つきで物色していく2人。体躯や様子からして、2人とも男らしかった。 彼らはダニエラの荷物を漁り、金目のものを見つけては持ってきた麻の袋に詰めていった。私は元いたベッドの影からその様子を静かに伺っていた。 目出し帽をした男がこちらに振り向く。「まずい」視線が合ったように感じた。 「見つけたぜ。おっとラッキー。大人しく眠ってやがるみたいだ」 もう1人の、布で口元を覆った仲間の肩を叩きながら、目出し帽が囁くように言った。 男たちの表情はわからないが、笑っているように思えた。大きな麻の袋と縄を持ちながら近づいてくる。 「荷物は貴重品まで全て置きっぱなし、用心の無いにも程がある。おまけに人目につきづらいこんな角部屋の、1階の部屋を選ぶなんてな」 「偶ぁに居るんだよなー。何を安心しているのか、それとも他人を信用しているのか。意図せず無防備なヤツってのは。冒険者のクセに警戒心が無さ過ぎるぜ、へへ」 「成長武器なんか持って1人で堂々と道ぃ歩きやがって。自慢のつもりなんだろうが、次からはもうちょっと遠慮を知ることだな」 「どの道、盗まれてもしょうがないって事だ。くっくっく」 男たちはやはり笑っていた。 「違う。あの子はそんなんじゃない!」 「!!」 「こいつ、起きていやがった・・・!」 私は、姑息な彼らに今までに感じた事の無い怒りを覚えた。見つかるのは時間の問題であったろう。どうせなら一言の罵声でも浴びせてやりたかった。何より、主人を馬鹿にされて黙ってなどいられなかった。 「彼女は他人の事を、お前たちみたいに汚い目で見たりしない。自分がどんなに良い装備でいようと、自分が誰かから妬まれていたりするなんて考えない。まして盗みや詐欺に会うなんて事は・・・あの子は優しすぎるだけだ。それを笑うことは私が許さない・・・!」 「それが無用心って言うんだろうが、世間知らずめ。知った事かよ」 「止めろ、取り合ってる暇は無い。持ち主が戻る前に、さっさとコイツを縛って袋に詰めろ」 しかし、悔しいことに、私はこの状況を打破する術を持っていなかった。私には、ここから逃げ出すための足も、彼らを振りほどく腕も無い。 「成長武器っていうのは皆こんなにお喋りなのか?」 男が、私を鞘ごと縄で縛りながら言った。 「知らねえな。それよりさっさと荷物を運びd」 バタン 部屋の扉が音を立てて勢い良く開いた。反動で締りかけた扉を制し、ダニエラは黙ったまま部屋へと踏み入る。 「ちぃっ。言わんこっちゃ無い。殺すつもりはなかったが仕方無い」 盗賊たちは素早くダガーを構える。窓から差し込んだ月の光を鈍く反射するそれが、ダニエラに向かって閃く。 ダニエラは首にかけていたタオルを鞭の様にして、飛び込んできた目出し帽の手首を絡め取る。そのまま自分の方に手繰り寄せ、思い切り股を蹴り上げる。 低く呻きながら前のめりになった男は、首筋を手刀で打たれてその場に倒れこんだ。 「っく、くそぅ!!」 残された盗賊の片割れは躊躇うこと無く、仲間を残して窓から逃亡した。 暫くして、宿には村に駐留していた騎士団がやって来た。 ダニエラが取り押さえた盗賊は、すぐに騎士団によって首都クロノスへと連行されていった。後から知った話しだが、逃げ出した方の男も、数日後には逮捕されたそうだ。 店の主人はダニエラに何度も頭を下げ「宿代はお返しします」「他の良い宿を紹介します」と申し出た。彼は、盗人に入られた事は店の主人である自分の責任だと悔やんでいた。 けれどダニエラは首を横に振り、むしろ迷惑をかけてすまないとでも言うような表情で、差し出されたクロを受け取らなかった。 事情聴取の為に残った騎士団が部屋を出ると、宿はかつての静けさを取り戻す。部屋には私とダニエラだけがいる。 ダニエラは短く息を吐くと、膝に乗せた私を優しく撫でながら、 「ごめんね」 と言った。 それが、初めて聞いた彼女の声であった。その声は想像していた通りの、優しく思いやりに溢れたものだった。 私の身体に、暖かいものが数滴落ちた。彼女は泣いていた。 脱衣所で忘れ物に気づいた彼女はすぐに部屋に戻ってきたらしい。私が盗賊たちに向かって怒鳴り声を上げたときには、いつ部屋に飛び込もうかと扉の前で思案していたそうだ。 私は何だか恥ずかしくなって返事を出来ずにいた。代わりにダニエラが口を開く。 「あなたを譲り受けてからずっと悩んでいたの。私が持つには分不相応なあなたの存在を、どこか疎ましく思っていたのかも知れない。だから、名前も付けずに・・・」 「本当に、ごめんなさい」そう言って彼女は私を抱きしめた。 その後すぐに、私は「カチュア」と言う名前をもらった。私の前の持ち主で、ダニエラの親友であるパラディンと同じ名前なのだと彼女は言った。 前の主人は、事情があって既にこの大陸を去っているらしい。2人は元々、とても中の良い間柄であったそうだが、遂にこの大陸では共に冒険をすることがなかったという。 それからダニエラは、ホリドーへの旅が終わったら私を置いて自分も大陸を去るつもりでいたとも話してくれた。 あの時の一言葉には、そうした意味も含められていたのだ。 カチュアが話し終えたとき、草原を一陣の薫風が吹き抜けていった。 「もう。ちゃんと聞いているの?」 主人に向かっていつものように問いかけるカチュア。思い出すに留まらず、いつの間にかカチュアは声に出し、主人に語りかけていた。 その言葉は、ともすれば風に消されてしまいそうなくらい小さいものだった。 ダニエラはあの後にすぐ心変わりをして、大陸を去ることを取り止めた。カチュアを手放すこともしなかった。 けれど、あの一件を思い出す内に、カチュアは少しだけ不安になっていつもの元気を無くしていた。 「聞いてるよ」 そんなカチュアに向かって、ダニエラは言いながら優しく微笑んだ。 はっとしたカチュアはすぐには反応できないで居たけれど、少ししてから嬉しそうに「はい」と言った。 「懐かしい、匂いがするね。まさかとは思うけど、これが最後の狩りだなんてことは無いよね?」 それでも未だ、カチュアは少しだけ不安でいた。久しぶりに訪れたターラの雰囲気と、思い出話を語る内にあの夜の一件が鮮明に思い出されたからだ。 今ばかりは、カチュアも主人からの返事を切望していた。 そんな気持ちを察してか、ダニエラは柔らかく彼女に、言い含めるように声をかける。 「大丈夫だよ・・・もう、私は1人じゃないから」 すぐ先に、今は無人の牧場が見えてきた。 狩場はもうすぐそこで、日が暮れる頃にはまたあの時の宿屋に向かっているんだろうと、カチュアは思いを巡らせた。 了 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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