オウムの絶対者「麻原被告」の死刑確定は、予想通りで多くの人がそう思っていたでしょう。
カルト宗教のみならず宗教にはどうしても絶対者が存在します。
この絶対者の存在に加えてその宗教の目指すところが、社会のいわゆる平和と相容れないとき問題が発生します。
多くの死傷者を出した「地下鉄サリン事件」などです。教団内のリンチにしても同様です。
これが国内の問題だったから、死傷者を出しながらも、”死刑”という一つの結論を出しえたわけですが、国際問題となるとこのようにはいきません。
現在の、イラク問題や、パレスチナ・イスラエル問題、イスラム原理主義問題などです。国際的な解決の糸口はなかなか見えてきません。無関係な人まで巻き込んでいてそれを正しい行いと信じているのですから。アメリカなどのようにテロとの戦いを掲げて力・軍事技術で押さえ込もうとしていますが、国対国の戦いには勝利できても、戦後統治のほうが難しいようです。
本来、心の平穏のための宗教が、最も残酷なことをしています。
歴史的にも、宗教がらみの戦争は非常に残酷でした。キリスト教でも、過去には宗教裁判・魔女裁判など理不尽なことをしています。
人類という全ての人間を一まとめにする言葉が空虚な響きをこの面ではもってしまいます。人類と一つにまとまれる日は来るのでしょうか。