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2009年08月06日
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久々に「カテゴリーじいちゃんエピソード」です。



じいちゃんが亡くなる1~2年前だったと思うから
今から10年位前のこと。

当時、実家の二階が祖父の住まい。
一階に父と母が暮らしてた。
家の中の階段で行き来は自由だけど、
玄関は二つ。外階段を上がったとこが祖父の玄関。

じいちゃんがお昼頃、階下に下りてきて言った。
「午後、映画を作ってるという若いのが来るから。
 もし、下に来たら外階段を案内してやってくれ」と。

その日午前中に
「映画を作っている「しんどう」と申します。
 ぜひ、教えて頂きたいことがあるので、
 お時間作って頂いて、伺わせて頂けないか」と
電話があったそう。

で、昼過ぎ。下の玄関に「どうも…」と
やって見えたのは、押しも押されもしない映画監督。
音羽信子さんのご主人。新藤兼人さんだった。

一階の父も母も仰天。
でも、一番驚いたのは祖父だったらしい。

とても真摯な態度で「教えて欲しいことがある」なんて言うから
絶対若い映画人だと思ったと言っていた。
そして、新藤監督のお人柄にむちゃくちゃ感心していた。

新藤監督は、祖父より二つ年上。
お互いに知ってはいたけど、映画会社も違っていたので
ちゃんと話すのは初めてだったんだって。

二人で映画のことを色々話して、
楽しい時間を過ごしたらしい。

今から10年前ったって、新藤監督87歳だもんね。
…今でも現役映画監督。
この向上心(祖父がお教えできることなんか無かったはずですが)。

………すごすぎます。

0132新藤さん.jpg






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最終更新日  2009年08月26日 10時30分54秒
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