|
カテゴリ:闘病の頃のこと4
■■■■■
初めていらして下さった方へ。 ありがとうございます。 現在、1998~9年を振り返っているところです。 日々、完結ですが、 一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。 そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、 (間に現在の日常日記が挟まれますが…) わかりやすいかと思います。 読んで頂けたら嬉しいです。 ■■■■■ 新婚「茨城編」 4 茨城から、3ヶ月ごとに定期健診で病院に通っていました。 検診後、結果が出るまでの一週間は実家にお泊り。 時々数値に変動があり、来月も来てって事が度々。 結局殆ど毎月実家に投宿して検診。 そのたびに、結果が出るまでの一週間が長く、 逆にその重圧で体がやられそうでした。 茨城にいる97年~98年の間に夫の兄に二人目の男の子が。 私の弟に男の子、妹に女の子がそれぞれ生まれました。 そうこうしているうちに ノストラダムスの大予言の1999年を迎えました。 その年の初春。 いつもの定期健診の数値に大きく変動があり、 再検査と精密検査を受けることに。 実は、退院後に読んだ医学書に「卵巣腫瘍は腹水が出たら末期」とあり、 5年後の生存率は7%以下と書いてあったので、 私は密かに5年経つのを待ち焦がれていたのです。 (5年さえ過ぎれば一安心と思ってたの) 95年に手術を受けて、あと一年で5年経つと思ってた99年春。 夫に守ってもらいながら、家庭を守ることが幸せだった私。 非情な展開をみせます。 本日は絵日記の「絵」は無しです。 あの瞬間は絵にできないんだなー。 次に来たら=死 だと思ってたからな、私。 自分自身では、どうする事もできない、自分の体。 何をどうしたら健康になれるんだろうかと、 寝ても覚めてもそんな事を考えてた。 5年という月日が怖くて怖くて。 あんな医学書読まなきゃよかった…。 怖いけれど、それだけにめちゃくちゃ愛しい月日でした。 時間も、夫も、家族も、友人も。 私の周りの全てが泣けるほど大切でした。 常に私を守ってくれてる夫、両親、兄弟、友人。 そして、私の周りに生まれた甥っ子、姪っ子たち。 99年4月。 要再検査と言われました…。 もう目の前真っ暗でした。 つづくよー!!! もちろん、つづくよ!!! ![]() ![]() ![]() ポチってして頂けるととても嬉しいです。 いつもありがとうございます。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
[闘病の頃のこと4] カテゴリの最新記事
|
|