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2009年09月04日
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カテゴリ:闘病の頃のこと4
■■■■■

初めていらして下さった方へ。
ありがとうございます。

現在、1998~9年を振り返っているところです。

日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に現在の日常日記が挟まれますが…)
わかりやすいかと思います。

読んで頂けたら嬉しいです。


   ■■■■■





新婚「茨城編」 4



茨城から、3ヶ月ごとに定期健診で病院に通っていました。

検診後、結果が出るまでの一週間は実家にお泊り。



時々数値に変動があり、来月も来てって事が度々。

結局殆ど毎月実家に投宿して検診。

そのたびに、結果が出るまでの一週間が長く、

逆にその重圧で体がやられそうでした。



茨城にいる97年~98年の間に夫の兄に二人目の男の子が。
私の弟に男の子、妹に女の子がそれぞれ生まれました。




そうこうしているうちに

ノストラダムスの大予言の1999年を迎えました。




その年の初春。

いつもの定期健診の数値に大きく変動があり、

再検査と精密検査を受けることに。





実は、退院後に読んだ医学書に「卵巣腫瘍は腹水が出たら末期」とあり、

5年後の生存率は7%以下と書いてあったので、

私は密かに5年経つのを待ち焦がれていたのです。
(5年さえ過ぎれば一安心と思ってたの)



95年に手術を受けて、あと一年で5年経つと思ってた99年春。



夫に守ってもらいながら、家庭を守ることが幸せだった私。




非情な展開をみせます。






本日は絵日記の「絵」は無しです。


あの瞬間は絵にできないんだなー。

次に来たら=死 だと思ってたからな、私。




自分自身では、どうする事もできない、自分の体。

何をどうしたら健康になれるんだろうかと、

寝ても覚めてもそんな事を考えてた。




5年という月日が怖くて怖くて。

あんな医学書読まなきゃよかった…。




怖いけれど、それだけにめちゃくちゃ愛しい月日でした。




時間も、夫も、家族も、友人も。

私の周りの全てが泣けるほど大切でした。




常に私を守ってくれてる夫、両親、兄弟、友人。


そして、私の周りに生まれた甥っ子、姪っ子たち。





99年4月。


要再検査と言われました…。





もう目の前真っ暗でした。








つづくよー!!!
もちろん、つづくよ!!!














ポチってして頂けるととても嬉しいです。
いつもありがとうございます。














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最終更新日  2009年09月30日 07時50分41秒
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