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秘密基地

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闘病の頃のこと1

2009年08月17日
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カテゴリ:闘病の頃のこと1
翌日も、みち君は実家にやってきました。

今後の相談に。


父も母も覚悟はできていました。

きょうこには内緒で婚約は破棄。

後は、何とか最後まで老夫婦二人で娘を支えること。



当時70歳近かった父には、相当堪えたと思います。


そんな老夫婦の前に、みち君が正座をして言いました。




0165お願い.jpg
お願いがあります。


「本当に、見送ることになるのなら、
 家族として見送らせてもらえませんか?」


両親「……………??」


「入籍を先にさせてください」



みち君。前夜は眠れなかったに違いありません。
考えて、考えて、考えて。
私を家族として守ってくれようとしました。


0166ぱぱ泣く.jpg

父も感激しました。

それでも、父の出した答えは
みち君の気持ちに心から感謝して、感激した上で、

「そう言ってくれる事は本当にありがたい。
でも、あなたにも親御さんがおられます。
あなたの感情だけで今動いてはいけません。
そのお気持ちだけ、心からありがたく受け取ります。
本当にありがとう。
きょうこをどうかよろしくお願いします。」

と、今すぐの入籍は押しとどめ、
一緒にきょうこを見守って行く事を
みんなで確認しあったのだそうです。




私不在のまま、見送り計画進行。

さあ、闘病はこれからです。


次回からは「最初の手術から結婚まで」ですー!












ポチってやってやって頂けると俄然はりきります。







最終更新日  2009年08月17日 21時11分25秒
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2009年08月16日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
病院の帰りに、父に誘われたみち君。

私の実家で、私不在で、父と対峙。

たった一ヶ月前に、
「娘さんと結婚させて下さい」のセレモニーを
無事に行った同じ座敷で。


0163ぱぱじつは.jpg

父は、単刀直入に切り出すタイプ。

病名は卵巣がんであること。しかも末期らしい。

手術で人口肛門にするために動いているが…
医師には覚悟をしておいて欲しいと言われたと。


0162みち驚く.jpg
……そりゃー、驚きます。



友達になって10年以上。

グループで遊んでた頃から。みち君はいつも
私を保護者のように面倒みてくれてた。

婚約して、たった一ヶ月。

結婚式を10月に控えた今はもう5月…。




父は続けました。


「もちろん、婚約は解消してください。
 ただ、本当に申し訳ないけれど…」

0160ぱぱ.jpg

婚約を解消した事は、きょうこには内緒にしてやって欲しい。

最後の最後まで「もうすぐ結婚式」と
楽しみにさせてやってて欲しい。と。


0141結婚式.jpg
二人とも、病院のベッドの上で、
毎日毎日結婚式のことを考えてる私を知ってます。

最後の日まで、わくわくと自分の結婚式の夢を見させてやって欲しいと。

父親は頭を下げて、みち君に頼んだそうです。



0161みちくん.jpg


生返事をして、みち君はその日は帰って行きました。



つづく









今日は、健康と医学全般カテゴリーに飛びます。
ここの部門で、やっと3位になれました。
ありがとうございます。
…と思ったら、あっと言う間にまた4位だ…へへ。

日記(中年部門)では相変わらず11位。
層、厚すぎ。中年。








最終更新日  2009年08月16日 16時44分56秒
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2009年08月15日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
どこが悪いのかもハッキリわかり、

すっかり、いい気になって入院生活エンジョイ。

0156入院2.jpg

みんなにチヤホヤしてもらえるし、楽しかった。





でもね、そんな裏で、
父と母はお医者さまから悲しい宣告をされていた。

0157宣告.jpg

卵巣がんも、腹水が出た時点で相当末期であると。

手術は、外科のDrとチームを組む大掛かりなものになると。

人口肛門になるであろうということ。

……そして、そして…。
一応覚悟をして欲しいということ。




全部あとから聞いた話ですが…。

能天気に入院を楽しんでる娘を前に
両親はどんなにか苦しかったか…。


そして、その宣告を婚約者である「みち君」に
言わずにいるのはフェアではないと思った父が、
病院の帰りに、実家へ「みち君」を誘いました。

ついに、医師からの宣告が「みち君」にも告げられます。




つづく








今日はいつもの、
エンターテイメントライブ部門へ飛びます。
どうかポチって、よろしくお願いします。

いつも、本当にありがとうございます。








最終更新日  2009年08月15日 16時49分21秒
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2009年08月14日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
病院へは何故か、仕事中の婚約者(現夫)が付き添ってました。
仕事の営業中に立ち寄ってくれてたの。
(仕事さぼってた訳だけど…時効だね!)


内科から、車イスに乗せられて婦人科へ。
(今朝はラッシュの電車で病院まで来たのにね)


絶対安静の緊急入院。
それなのに、婚約者が車で来てるなら、
入院支度を整えに一度帰宅して良いという。
(院内、車イスや担架で移動だったのに…)


後に母から聞いたら、この時に内科のドクターから
電話が来たんだって。
神経性だと診断していた事を深く詫びつつ、
非常に言葉を選びながら
「卵巣がんであること」
「婚約者が車で一緒に来ていること」
「…家の玄関を、覚悟を持ってもう一度くぐっておいた方が良いこと」


暗にもう二度と帰宅できなくなる可能性もある。と、
そのような話をしたらしい。
母の心中を思うと…ほんと痛くなる。


そんな電話があったとは知らない私は
公衆電話から母に電話をし、

0155公衆電話.jpg
「入院することになったー。
 今から荷物を取りに一度帰るねー。
 みち君が車で来てくれてるから大丈夫よー」と、
気軽な声を出していた。

「あら、みち君来てくれてたの?そう。
 じゃ、あなたのパジャマとか用意しとくわねー」
母も明るい声。
………母、多分、生まれて初めてのお芝居。


そして、入院したくをして再度病院に戻り、
やっとホッと一息。


0154入院.jpg

卵巣の病気であると告げられ、
これから手術の方向で予定を組むと言われた。

意外にも私が最初に思ったのは
「よかったーーーー!!!」だった。

神経性なんかじゃなかった。
これでやっと治療してもらえるんだ。
この痛み、つらさから救われるー。だった。

本当にしんどくてつらかったの。
その理由がわかっただけで、治った気でいた。


いやいや、お気楽なことでした。



つづく









お腹パンパンは苦しかった。
ポチっと押して頂けると嬉しいです。
いつもありがとうございます。






最終更新日  2009年08月14日 15時22分27秒
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2009年08月13日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
1995年。

4月に婚約して、式場決めて、新居決めて、
両家それぞれに挨拶に行って。
…そしたら夫が7月から厚木へ転勤だという事が発覚。
マンション購入しようとしていた我々を見て、
夫の上司が7月の転勤を発令前にこっそり教えてくれたの。

そりゃーもう諸々大騒ぎ。

ジェットコースターのような3週間。

こんな数行で書けるような事ではなかったんだけど、
マンションの契約を解約したりさ…。
お嫁に行くというイベントにプラスして
知らない土地というハードルも入り、
期待と不安と緊張と…そしてしあわせ感に浸ってた、
そんな4月の終わりのゴールデンウイーク。

調子悪くて張ったような感じがしていた例の
「神経性の腹痛」の辺りの痛みが増し、
お腹がどんどん膨れてきた。
そして5月に入ってその膨れが一気に…

0147お腹ぼーん.jpg
ばーんと!!

GWの連休と連休の合間の平日に病院へ!

そんな私の姿を見た担当医師が。
「精神的なもの」「神経性」と言い続けてた医師が。


0148お腹ぼーん2.jpg

一瞬絶句後、
「………どうしました!?」と。


おいおい。
その、どうしたのかを知りたいのは……わ・た・し。



そして怒涛の95年春から初夏へと進んでいく。



つづく










励みにしてます。
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最終更新日  2009年08月13日 09時51分00秒
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2009年08月12日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
4月になって、桜が咲いて。

私の体調不良は「神経的なもの」ということで、
仕事も続けてました。

そして、そんな中…

0145プロポーズのとき.jpg

桜の季節に私は当時交際中だった現夫『みち君』と、
「結婚しよう」と思ったのです。

すべてにおいて優しく私を守ってくれて、
この人と一緒にいたら、神経的な心の病なんか、
吹っ飛ぶだろう。と思ってました。



0145プロポーズのとき2.jpg
ずーっと仲良く暮らして行こうね。
おじいさんとおばあさんになっても、家族だよ。



とってもしあわせな気持ちでした。



そんな、最高にしあわせな時期の、5月に、
あの事が起こったのでした。







つづく









押して頂けると、励みになります。
よろしくお願いします。






最終更新日  2009年08月12日 16時34分42秒
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2009年08月11日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
私が最初に自分の体の変調に気が付いたのは

1995年に入ったすぐでした。

なんか、お腹に違和感があり、時々軽く痛みます。

0142最初のとき.jpg

そこで、大きな病院の内科を受信しました。

バリウム飲んで、大腸の内視鏡もやり、レントゲン、CT…。

もう忘れたけれど、そんな検査を色々して頂いて、

出た結果が「精神的なもの」でした。


検査を重ねる度に腹部の痛みは増し、

私はどうしても「精神的なもの」に納得できませんでした。

0143最初のとき2.jpg

必至に訴えましたが、

出されたお薬は「安定剤」や「胃薬」など7種類でした。


私は途方に暮れてましたが、それでもお薬にすがりました。

0144最初のとき3.jpg


そして、そんな事してるうちに4月になってました。






つづく








本当にいつもありがとうございます。
ポチってやって頂くと励みになります。
よろしくお願いします。






最終更新日  2009年08月11日 11時19分15秒
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2009年08月07日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
10年前の入院中のこと。

手術が終わって、病棟は自由に歩いてた頃。

看護婦さんに「一階の売店まで行ってきます」と言って
夫とデート。

0133売店へ.jpg

格好はパジャマにカーディガン。
おまけに上履きって姿でそのまま病院の庭へ。

久々の夫とのデートに気分はるんるん。
病院での精一杯のおしゃれで手首にはピンクのゴム。

病院(広尾の日赤)の庭は広くて緑がいっぱい。

本当は院内の売店までってことだったけど…。
ま、いっか。いいよね。いいに決まってる。
と、歩きつづけて、気が付いたら目の前にカフェが。

病院の中につながってるカフェだもん。
入っちゃうか…。入っちゃえ!!

入院、手術とあって超しばらくぶりの娑婆の空気。
その上、もうすぐ頭髪が抜けることはわかってる。
カフェなんて今度いつ来れるかわからない。

夫が頼んだミートソース。
私はオレンジジュース。

やっけに高いミートソースに軽く驚愕したけど、
あまりの美味しさにクラクラしたよ。本当。

しあわせって味覚にも影響するのねー。

0134シェ松尾.jpg


と、思ってて…後から調べたら、
そのカフェ「シェ松尾」でした。
日本有数の星もちレストラン「シェ松尾」…。

おいしいわけだよねー。納得ーっておいおい!!

えーっへっへっー。
病院の庭と思って歩いてたのは
広尾ヒルズの庭だったのねー。





シェ松尾にパジャマで行ったことがあるのは…多分私だけ。








押して頂けると本当に嬉しいです。
いつもありがとうございます。






最終更新日  2009年08月07日 18時31分10秒
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2009年08月05日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
10年前のリアル日記からリライトしました。

これはもう、本当にその時に
自分のノートにこっそりと書いたものなので
本心からの個人的な日記です。




1999年9月の日記

90006その2-1.jpg
90007その2-2.jpg
90008その2-3.jpg


頭髪が抜けると言われて、
ちょっと「ニヤリ」と思えるなんて…。

本当に夫のお陰でした。

夫なら、どんな形の私でも「よしよし」と
喜んでくれると心底信じられたから。

一生懸命に生き続けたいと思えたから。

今の私がいるんだな。


ありがと。







まだよく仕組みわからず。本当にこれで良いのか?
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最終更新日  2009年08月05日 00時18分50秒
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2009年08月04日
カテゴリ:闘病の頃のこと1
今年で丸10年です。
二度目の手術をしてから。

最近、本当に色々なことが重なって、
一区切りとして病気だった頃のことも書いていくことにしました。

14年前になった卵巣がん。
その4年後(今から10年前)に再発した時のこと。



最近、今現在つらい思いをしている人に接する機会があり、
こうやって自分のことを書くことで少しでも
何かの役に立てれば嬉しいなと思い書くことにしました。









今日の日記は、10年前再発の手術直後、
きっつい抗がん剤を打った時のことです。
当時手帳にかいていた「リアル絵日記」を
そのまんまパソコンにリライトしました。

こんな感じの絵日記がたくさんあります。
当時はベッド上で絵日記を書くのが楽しみでした。




1999年9月

90001むかし.jpg
本当に苦しかった。

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何で自分がこんな思いを?となげきました。

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90004むかし.jpg
病気は、本人よりも周りがつらいなー。
本当にそんな風に感じました。二人の目を見て。

90005むかし.jpg
自分、しあわせだな。と思いました。
そして、がんばろうと思いました。




当時は不安で押しつぶされそうでした。
日々、死ぬことを怯えてました。
初めて抗がん剤を投与した日のこととか、
それをどう乗り切ったかとか…これから時々書いていきます。

今は毎日、めちゃめちゃ元気です。
手術以降は飲み薬も一つもなく、手術前より健康になりました。
毎朝普通に目が覚めるってのは本当にしあわせなことです。
だからこそ、今の毎日をしあわせに楽しむ事に一生懸命です。


ありがとうございます。




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最終更新日  2009年08月05日 00時18分16秒
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