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秘密基地

全8件 (8件中 1-8件目)

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闘病の頃のこと2

2009年08月24日
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カテゴリ:闘病の頃のこと2
   ■■■■■

初めていらして下さった方へ。

ありがとうざいます。

現在、1995年夏頃を振り返っているところです。

一連の闘病回顧録は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に日常日記を挟みつつですが)
わかりやすいかと思います。



   ■■■■■




最初の手術から結婚まで-7



そんなこんなで入退院繰り返しつつ、

無事(?)に治療も3回終え、季節は8月。

夏真っ盛りに正式に退院。

さあ、結婚式まで2ヶ月ちょっとです。


退院してすぐに式場で衣装合わせをしました。


ウエディングドレスはすぐに決まりましたが、

カラードレスに悩みました。

気に入ったドレスが7号サイズしか無かったのです。


0190試着.jpg

式場の係りの方々がしきりに勧めて下さいますが、

何しろ私は病み上がり。

さすがに手術直後よりは体重増えてましたが、

それでも42キロあるかないか位。

式当日までこの体重でいる自信がなかったのです。




係りの方に

「あの…私、病み上がりなのでちょっと痩せてますが、
 式当日はもう少し大きくなってると思うんです…」


係りの方、爆笑しました。

0191係りの方.jpg

「いやですわー、お嫁さま!!
 式に向けて太られるお嫁さまなんていらっしゃいません!
 大丈夫でございますよ、皆さまお痩せにはなりますが、
 太るなんてこと、ございませんですっ!!」と、

一笑され、ドレスは無事に気に入った真っ赤なのに決定。


私はわくわくと、式に備えたのであります。




そして当日。

0190本番.jpg

お色直しの控え室で、係りの方々鬼の形相。

「お嫁さまっっっ!!!
 何を召し上がりましたーっ!??」って叫ぶんだよ…。


……ひどいでしょ?







次回、新婚生活はじまる。












ありがとうございます。
クリックして頂けると、嬉しいです。








最終更新日  2009年08月24日 23時41分26秒
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2009年08月23日
カテゴリ:闘病の頃のこと2
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初めていらして下さった方へ。

ありがとうざいます。

現在、1995年初夏頃を振り返っているところです。

一連の闘病回顧録は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に日常日記を挟みつつですが)
わかりやすいかと思います。



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最初の手術から結婚まで-6


一回目の治療はチューブから直接、濃いめの薬を入れたせいか、

かなりダメージが強く、ゲロゲロになりましたが、

ドクター曰く「二回目以降は薄ーいのを点滴でするので、

ほとんど副作用は出ないし、髪も抜けません」と。



とは言え、相当つらかった一回目があるので、

かなりドキドキしながら二回目の日を迎えていました。

6月も下旬近くなっていました。



打たれた点滴の溶剤には、なぜかアルミホイルが巻かれてました。
0185アルミの点滴.jpg

ははーん。私にはわかりました。
きっと、容器に「抗がん剤」とか書かれていて、
私がその字を見たらショックを受けると思ってるな…。


私はもう知ってるもんね。
この薬がどんなものか、ちゃんと知ってる!!


私はガサガサとアルミをはいでみました。
0186アルミの点滴はがす.jpg
???あれ???
「生理食塩水」って書いてあるだけだ。
なーんだー。


私は点滴をしたまま、病棟のロビーまで行き、

大きな窓から、お日様に向かって点滴容器をかざしました。

0187お日様の力.jpg

「お日様ーーー!!!
 私、がんばりますー。どうか守ってくださいー!!
 このお薬に力をくださいーーー!!!」

心の中で大絶叫してました。





その時!!背後で叫び声が!!!

0188しかられる.jpg


私は看護婦さんに羽交い絞めにされて、

その後大説教大会ー!!!



この点滴は生理用食塩水に、強い薬を少量注入してあるんだって。



そして、光に弱い性質の薬なので、
アルミホイルで遮光してたんだってさっっっ!!



えっへーーーー!!!











いつも本当にありがとうございます。
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最近、お気に入りリンクが少し増えました。
お友達のブログです。
こちらものぞいてみてください。


ぎたまんさんのブログ

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最終更新日  2009年08月24日 23時42分35秒
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2009年08月22日
カテゴリ:闘病の頃のこと2
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初めていらして下さった方へ。

ありがとうざいます。

現在、1995年5月を振り返っているところです。

一連の闘病回顧録は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に日常日記を挟みつつですが)
わかりやすいかと思います。



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最初の手術から結婚まで-5


さて、チューブを付けたまま、一週間ほど経過。

そろそろ抜糸?という頃、ドクターに呼ばれ個室へ。



医「あなたの病名は卵巣癌でした。
  病理の結果でもハッキリしました。
  今後一ヶ月ごとに3回、予後の抗がん剤をします。
  まずは、明日1回目をします。
  2回目以降は点滴でしますが、初回は…


  そのチューブから直接入れます。
  それは、そのためのものです。」



とても淡々とドクターが話します。



0181え?.jpg
夢にも思ってませんでした。
「………………がん………???」


両親や、夫(当時婚約者)は
何の相談もなく、あっさり本人に告知したと憤ってましたが、
ドクターにしてみれば、最悪を想定していたのに、
あっけないほどの良好な結果。

逆に良かったねー的な告知でした。


それでも、私には衝撃でした。

自分が「がん」。

同室の人たち(子宮筋腫や卵巣脳腫)とは違う…。

部屋に戻るとショックのまま
0182とじこもる.jpg

カーテンの中へ。

同室の方々が心配して
「どーした?」と声をかけてくださるのに

0182とじこもる-2.jpg
応える気力が出ず、閉じ篭もりました。


頭の中を自分の病名がぐーるぐるします。

そして、この状態で約10分位した時…。

廊下から昼食配膳の音と香りが………。



お腹がぐーっと鳴りました。

これには、自分で自分に失笑。

人間て、すっごい悲劇のヒロイン気分の時でも

ちゃんとお腹が空くんだね。

0183空腹になる.jpg
あっさり投降。


結婚式前だから、髪の毛抜けないように、
薄い薬をやるって言ってたし…。
ま、とりあえず、お昼食べてから考えようっ!!




…もしかして、ドクターはこの結果を狙って
 昼食時直前に告知したのか…?…そうなのか?





つづく







健康バナー

中年バナー


そして
ライブバナーです。


ポチってして頂けると励みになります。
いつもありがとうございます。











最終更新日  2009年08月24日 23時43分05秒
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2009年08月21日
カテゴリ:闘病の頃のこと2
●結局人口肛門にはならずにすみました。
腹水出ていた外観から想像していたより遥かに良好な状態。
片方の卵巣だけ切除して手術は終わりました。
本来、卵巣腫瘍は両方切除するはずが、
私は結婚直前という事で片方残したとのことでした。









術後、体重量ったら40.5Kでした。


身長157cm。私のベストは48K(当時)。


手術前は軽く50K超えてたのは、腹水だったのでした。




そして、私のお腹からは一本のチューブが出てました。

その先っぽはゴム製の手袋でふたされてます。

毎朝、傷跡と一緒にそのチューブの根元も消毒します。

0177激やせ.jpg

他の術後の方にはそんなものついてません。

何だ?このチューブ。


ドクターに聞いて見ました。


「このチューブ…何ですか?
 お腹の中につながってるんですか?」

医「つながってますよ」

「えーっ!!じゃー。悪者が入ってきて、
 このチューブに息を吐いたらお腹膨れますか?」

医「………………。
  悪者入ってこないようになってるから大丈夫です」


0178中につながる.jpg

医「それより…自分で吹き込まないでね」
笑いながら立ち去る回診医師。


「………………。」
そんなことするように見えますか!?私がっっ!??

ま、そんな事より、これ何なの!!!




意外なチューブの利用方法は次号!…か、その次くらい…。









健康と医学のコーナーでは3位4位行ったり来たりしてます。
ぽち、ぽちってして頂けると、嬉しいです。
いつもありがとうございます。






最終更新日  2009年08月21日 09時59分40秒
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2009年08月20日
カテゴリ:闘病の頃のこと2
本筋とあんまり関係ない、手術後の話題。

寝る前に一本更新。番外編です。







手術後、2日め位に待望の食事が出ました。

完全な重湯。(ねっとりとご飯の香りのするお湯)

それから、お味噌汁の上澄みのみ。

そして薄い薄いパインジュース。
(うっすらパインの香りの水)

以上3品。


これが異常に美味しかった。

本当に泣ける位美味。

生きてて良かったと思って涙が出た。

こんなに美味しいものがあるなんて…。



0179おいしい初ご飯.jpg


泣きながら食べてた私に、
看護助手さんが言った言葉が印象的で忘れられない。


術後、最初のご飯を食べる時の反応は、面白いほど二極。
美味しいと感激する人と、まずすぎると嘆く人。

同じような状況で、同じものを食べて…。
笑っちゃうほどに、両極端なんだって。



人の感じるしあわせも、そんなものかも。

同じ状況、同じ状態を喜ぶ人と嘆く人。

しあわせは人それぞれなんだなー。







ポチッとしていただけると、
しあわせです。






最終更新日  2009年08月21日 00時56分04秒
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カテゴリ:闘病の頃のこと2
   ■■■■■
初めていらして下さった方へ
  
いらしてくださって、ありがとうございます。
できれば、過去日記から読んでいただけると
わかりやすいと思います。

カテゴリー病気だった頃のことがつづきになっています。
その他は、日常とか、思い出とか書いてます。

読んで頂けたら、嬉しいです。

   ■■■■■

今回の分には若干の尾篭ネタがございます。
お食事中の方はご注意くだされ。








最初の手術から結婚まで-3


さて、そうこうしているうちに、

手術も明日へと迫りました。

ご多聞に漏れず、明日へと備えてわたくしも

剃毛(ていもう)初体験いたしました。

いやー。衝撃的でした。

処置室で看護婦さんにやって頂き、

部屋戻り確認作業…ところが!!!!!


0175見えない.jpg
見えない!!!

見えないのであります。

大量の腹水が邪魔をして…何も見えない。

いやー、ショックでした。

そこで初めて、これは異常だと…(遅いっ!!)



そして改めて同室の皆さまとも
手術の手順が随分違うことも自覚。

皆さまは前夜の夕食抜きの、当日朝浣腸。

私は、前日の昼・夜抜きの、前夜と当日朝の二回浣腸。


これは、本気で腸を空っぽにするための、
人口肛門用の処置でした。


点滴で栄養補ってるから、たしかに空腹感はあまりないけど…。
つらい…つらすぎる。何か食べたいー!!

でも、これも手術が終われば開放されるんだ!!
目の前には希望しか見えてませんでした。



当日朝は、看護婦さんに髪の毛を三つ編みにしてもらって

張り切って手術室へと出発。

0176行ってくる.jpg


ストレッチャーで熟睡し、
「麻酔掛けるから起きてー」と笑われるほどの脱力感。



お気楽な娘を老両親、妹、そしてみち君がお見送り。
家では祖父と弟が祈ってくれてました。



つづく










どうぞ、お好きな方をポチっと…。
本当に励みになります。
いつもありがとうございます。






最終更新日  2009年08月20日 10時46分59秒
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2009年08月19日
カテゴリ:闘病の頃のこと2
さて、夜になって、ワクワクしている私。


やって来たみち君の手には白い箱が…。


そうです。


婚約指輪でした。


0169ダイヤ7個.jpg

…しかも7個!!



……あ、全部頂いた訳じゃないですよ。
選ぶんです。ここから…1個。(当たり前?)



販売前だし、全てに値札が付いてます。
上と下とでは随分値幅があります。
総額500万円位でした。




みち君曰く
値札に関係なく、全部同じ値段だから、
気にしないで好きなやつを明日までに選びなさい。
(指輪の値段って随分アバウトなのねー)




みち君の勤め先に宝飾部門があり、そこの方が
入院中の私の為に持ち帰らせて下さったとか。



普通、どんなに関連会社の人でも
例外中の例外とのことで、みち君も緊張気味。



お部屋の方も集まって、わいわいと皆で選考。



看護婦さんまで噂を聞きつけて
「見せてー」と入れ替わり立ち代り。



すっごく楽しかった…忘れられない思い出。



その夜は
0170指輪.jpg
眠れませんでした。

そして、大切な一つを選びました。
ほんと、しあわせでした。






でも、どうして退院してから買いに行かないんだろ?
って、ちょっと思ってました。私。



ドクターからの宣告で、
色々大慌てしてくれてたんだね。




ほんと、何も知らなくて…ごめんよ、みち君。



本人だけはお気楽入院生活。



つづきます。










たくさんの方に、本当に感謝しています。
ありがとうございます。






最終更新日  2009年08月19日 09時53分37秒
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2009年08月18日
カテゴリ:闘病の頃のこと2
   ■■■■■
初めていらして下さった方へ
  
いらしてくださって、ありがとうございます。
できれば、過去日記から読んでいただけると
わかりやすいと思います。

カテゴリー病気だった頃のことがつづきになっています。
その他は、日常とか、思い出とか書いてます。

読んで頂けたら、嬉しいです。

   ■■■■■







さて、入院をした私。


ドクターからの説明では、手術室の関係で
手術日は19日に決定したと言われてました。


そして、本当に万が一のために、
そんな事はないだろーけど、
人工肛門の同意書にもサインしてね、と。

私は、婦人科系の手術をする人は
全員サインするんだとばかり思って、
特に疑問にも思ってませんでした。



本当は、
5月4日に緊急入院したのに、手術まで約2週間も
間が空いたのは、手術室の関係というより、
人口肛門の為の、外科のドクターとの
スケジュール調整が大変だったからだそうです。




私は全くそんな事知らずに、
いい気に入院生活をエンジョイしていました。





私より先に嫁いでいた妹「ちゃみ」が

実家に泊まり込んで毎日来てくれ、

身の回りの事は何でもしてくれてました。

0168ちゃみがお見舞い.jpg

妹がお嫁に行っちゃって、本当に寂しい思いをしてたので、
私としては、すっごく幸せな入院生活でした。

当時はまだ妹のとこも子供もいなかったから、
こんな事できたんだねー。




そして、夜になれば、毎晩「みち君」も会社帰りに寄ってくれます。
一日も欠かさず、毎晩。


ある日「みち君」からポケベルにメッセージが来ました。
(当時は携帯電話なんか無いからね。)

0171わくわくまて.jpg

「ワクワクシテマテ」


ん?わくわくして?なんだろー?
ポケベルは一方的なメッセージだから
聞くこともできずにドキドキと夜を待ちました。




つづく










中年部門、総合部門とも
順位が落ちてきちゃった。
でも大丈夫。
ライブ部門があるからね!!

…そろそろライブの事も書かないと、
うそっこになっちゃうね。ごめんなさい。

ポチっとよろしくお願いします。







最終更新日  2009年08月18日 18時42分16秒
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全8件 (8件中 1-8件目)

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