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秘密基地

全8件 (8件中 1-8件目)

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闘病の頃のこと4

2009年09月08日
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カテゴリ:闘病の頃のこと4
■■■■■

初めていらして下さった方へ。
ありがとうございます。

現在、1999年を振り返っているところです。

基本的に日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に現在の日常日記が挟まれますが…)
わかりやすいかと思います。

読んで頂けたら嬉しいです。


   ■■■■■





新婚「茨城編」 8




手術が決まってから入院まで日数があり、
私の心は揺れに揺れました。


確実に体の中に悪いものがあると思いながら過ごす日常。


守ってくれる家族がいて、自分はなんて幸せなんだと思ったり、

世界で一番不幸だと思ったり…。






後にも先にも一回だけ夫が泣いたのを見たのもこの時期です。



私がお腹も痛いし、手術も怖いし、何もかもイヤだと涙ぐんだ時、



夫が私をガバリと抱き寄せ、抱きしめ、
そして「うおー」っと泣いたのです。

0236夫泣く.jpg




「ああ、オレは何もしてやれない…。
 変わってやりたいー!!変わってやりたいー!!!」と。




私はハッとわれに返りました。

自分だけが不幸だと思ってました。

自分だけがつらいんだと思ってました。




違うね。




病気はほんと、周りの方がつらい。
心が張り裂けそうなのを我慢してるのは夫だった。





ごめんね。
0237もう泣かない.jpg

もう泣かない。

弱音は周りを弱らせる。

がんばる、私。



この時のことがその後の私の強さを生みました。









次回からは「ゆるーい激闘編」です。










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ポチボタン、3つもあってごめんなさい。
いつも本当にありがとうございます。








最終更新日  2009年09月08日 08時49分03秒
コメント(18) | コメントを書く


2009年09月07日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうございます。

現在、1999年を振り返っているところです。

基本的に日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に現在の日常日記が挟まれますが…)
わかりやすいかと思います。

読んで頂けたら嬉しいです。


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新婚「茨城編」 7







そんなこんなで…。

手術の日程は9月に決定。


その年の夏は色々しました。

中国からの遠隔の気功とかも受けたよ。
(これは、これで非情に不思議な体験でした)




筑波山に病気が治る湧き水があると聞いて

夫と二人で水筒持って水を汲みにも行ったよ。
0234筑波山.jpg

車で気軽に行ったんだけど、観光客で賑わう駐車場からは

かなり奥地で、だーれも居なかった。

鳥がピューピュー鳴いてて緑が濃くて…。

迷いに迷って夫と二人で頑張って湧き水探したよ。

一応看板は出てるんだけど、中々見つからない……。



見つからないはずでした。

湧き水…干上がってました。

ちょろちょろ…ってよりじわじわって染み出してる感じ。



0235湧き水.jpg

それでも指先に付けてペロペロなめました。

効いたよーな気がします。






つづく








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できましたら、これもポチってお願いします。
いつもありがとうございます。






最終更新日  2009年09月30日 07時55分54秒
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2009年09月06日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうございます。

現在、1999年を振り返っているところです。

基本的に日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

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新婚「茨城編」 6



さて、雪の夜桜の後、正式に手術が必要であると結果も出ました。


そんな時、夫は会社に「辞表」を提出しました。


完全に私に付き添って、一緒に病気と闘うつもりです。



えぇぇぇえええ!!

周囲驚く。…もちろん、私も。

夫は言います。

大丈夫だから。心配するな。



会社側は執拗に引き止めて下さいました。


転勤で東京勤務に戻すから。とか、

3ヶ月長期休暇をやるから。とか………。


今思うと本当にありがたいことです。




夫が会社とそんなやり取りをしている間、

私も病院と手術の時期について話し合いました。



私は頑なに「今は受けたくない」と言っていました。

今はやだ。と。

0232やだ.jpg

秋になってから手術を受けたいと言いました。



ドクターは、今回は、ずっと検診していて見つかったんだし、

緊急ではないし…そんなには急がなくてもいい…とは

おっしゃってはいましたが…それにしても……秋…??








何故、秋…?









だって…1999年だよ。





ノストラダムスは7月に地球が滅びるって言ってるんだよ!!

どーせ7月に滅びるかもしれないのに、

なんでこの時期に掛けに出なきゃいけないの。







どうせ滅びるなら、地球と一緒に………と。
0233やだ.jpg





今でこそ「あほかっ!?」…って思うかもしれないけど、

当時はみんなそう思ってたでしょ?

まさか、と思いながらも心のどこかで「もしかして?」って。

そう思ってたよねっ!???





つづく












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いつも本当にありがとうございます。







最終更新日  2009年09月30日 07時55分04秒
コメント(14) | コメントを書く
2009年09月05日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうざいます。

現在、1999年を振り返っているところです。

基本的に日々、完結ですが、

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新婚「茨城編」 5




ドクターから要再検査と告げられた私は

0229沈む.jpg

深い淵に沈んで行くような気持ちになりました。

どうしようもない絶望感で、誰にどう助けを求めればいいのか…。







その夜、夫にできるだけ軽い感じで

0230参った.jpg

ごめんねー、再検査が必要だってー。と報告をしました。

再検査は場所を特定するためだけで、手術になりそうだと。




夫は一瞬の沈黙もなく、

「そうか」とにこにこしています。





そして



0228大丈夫.jpg

私をぎゅーっとして


「大丈夫。絶対にオレが治してやる。絶対。
 何も心配するな。」
と、

ほんとに、ずーっとにこにこしながら言ったのです。


私は本当にホッとしました。

夫が悲嘆しなかった…とか、そんなレベルじゃなく、


0231そうか!.jpg

そうかー!みち君が治してくれるのかー!!的な

めちゃくちゃ希望的な確信。

ぎゅーっとされながら、心底ほーっとしたのです。



そっか。私、治るんだ。
死なないんだ。








死ねないよ。









その夜は4月だというのに、異常に寒い夜でした。

二人で散歩に出ました。

まだ20時頃でしたが、下館の20時は人通りゼロでした。


街路の桜がライトアップされていてその下を二人で歩きました。



その時、天から真っ白いものがチラチラと降ってきました。

4月の雪でした。


桜に当たってるいるライトに降ると、熱で一気に水蒸気となり、

桜の周りだけに「もや」がかかりました。

チラチラふる雪と桜の花びらとモヤに包まれて、

今思い出しても信じられないような幻想的な光景でした。



一生わすれられない夜でした。


0227夜桜.jpg






つづくよ。
こっからだよー。












いつも本当にありがとうございます。
今日から楽天ランキングにも入れてみました。

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これです。


本当、すみません。
お好きなのを(全部だとすごく嬉しい)
ポチってして頂けると嬉しいです。







最終更新日  2009年09月30日 07時53分07秒
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2009年09月04日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうございます。

現在、1998~9年を振り返っているところです。

日々、完結ですが、

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新婚「茨城編」 4



茨城から、3ヶ月ごとに定期健診で病院に通っていました。

検診後、結果が出るまでの一週間は実家にお泊り。



時々数値に変動があり、来月も来てって事が度々。

結局殆ど毎月実家に投宿して検診。

そのたびに、結果が出るまでの一週間が長く、

逆にその重圧で体がやられそうでした。



茨城にいる97年~98年の間に夫の兄に二人目の男の子が。
私の弟に男の子、妹に女の子がそれぞれ生まれました。




そうこうしているうちに

ノストラダムスの大予言の1999年を迎えました。




その年の初春。

いつもの定期健診の数値に大きく変動があり、

再検査と精密検査を受けることに。





実は、退院後に読んだ医学書に「卵巣腫瘍は腹水が出たら末期」とあり、

5年後の生存率は7%以下と書いてあったので、

私は密かに5年経つのを待ち焦がれていたのです。
(5年さえ過ぎれば一安心と思ってたの)



95年に手術を受けて、あと一年で5年経つと思ってた99年春。



夫に守ってもらいながら、家庭を守ることが幸せだった私。




非情な展開をみせます。






本日は絵日記の「絵」は無しです。


あの瞬間は絵にできないんだなー。

次に来たら=死 だと思ってたからな、私。




自分自身では、どうする事もできない、自分の体。

何をどうしたら健康になれるんだろうかと、

寝ても覚めてもそんな事を考えてた。




5年という月日が怖くて怖くて。

あんな医学書読まなきゃよかった…。




怖いけれど、それだけにめちゃくちゃ愛しい月日でした。




時間も、夫も、家族も、友人も。

私の周りの全てが泣けるほど大切でした。




常に私を守ってくれてる夫、両親、兄弟、友人。


そして、私の周りに生まれた甥っ子、姪っ子たち。





99年4月。


要再検査と言われました…。





もう目の前真っ暗でした。








つづくよー!!!
もちろん、つづくよ!!!














ポチってして頂けるととても嬉しいです。
いつもありがとうございます。















最終更新日  2009年09月30日 07時50分41秒
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2009年09月03日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
本日R指定でございます。

あなたは18歳以上ですか?

YESの方のみお進みください。




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初めていらして下さった方へ。
ありがとうざいます。

現在、1998年を振り返っているところです。

日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

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(普段は全く18禁ではありません。今日だけです)

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新婚「茨城編」 3



さて、ドクターに早く子供を作りなさいと言われた私。

0218まだいいです.jpg

きゃー、そんなまだいいですっ!!と

周囲どん引きのうろたえを見せ、

「お前、本当に人妻か?」的な疑念を浴びる。


だいたい、すでに「まだいいです」の「まだ」は

己の年齢を何か誤解してませんか?ってな時期だった私。

呆れた看護婦さんが

0217容器.jpg

ご主人と相談して、もし前向きに検討なさるなら、

いちど、ここ(この中)にご主人を入れていらっしゃい。

と、100CC~150CC位の容器を出してきた。


………こ…ここにー!?きゃぁぁあ。
動じる私。

でも、ここは大人なんだから。
ちゃんと恥ずかしがらずに疑問点もクリアしておこう。

聞いてみる。

0219はみ出した分.jpg

看護士さん一瞬沈黙。

0220はみだす?.jpg

0221たぶん.jpg


………。


0222これから?.jpg


0223コクン.jpg


0224想像つかないpsd.jpg

すごい沈黙の後、謝る看護士さん


「ごめんなさい……どーーーしても想像がつかない。
 そんなこと……あったら…どーしたらいいんだろ…。
 考えたことなかった…」

と、暫くブツブツ言ってから

「どーしてもはみだすようなら、一度本人連れて来てもらえます?
 見てみたいから…」と。

入院病棟では毎日お見舞いに来ていたので、超有名だった夫。

それが外来でまで、すっごい噂の人になったらしい…。

「はみだす人」的なレッテル………。


ああ、ほんとにごめんよ、夫。




結局は、容器を利用することはありませんでしたが、
あの看護士さんの反応は、
まったくもって当然であったって事はわかりました。


どーんなに頑張っても、普通はこの辺だそう…。
0225普通.jpg



えへーっ!!!














総合順位が落ちてきちゃいました。
がんばります。
ポチってして頂けると嬉しいです。
いつもありがとうございます。







最終更新日  2009年09月05日 22時25分06秒
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2009年09月02日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうざいます。

現在、1998年を振り返っているところです。

日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

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新婚「茨城編」 2




さて、子供たちの「飴事件」のことを

しょんぼりと夫に語った翌日。

夫は会社で朝礼を終えて、営業で遠くに出る前に

家に寄って、私を乗せてくれました。

0216同乗.jpg

車で毎日遠くまで営業回りをしている夫。

お客様のところでの商談一つ一つは短いのに

移動時間は非情に長い。

商談中、私は車の中で本とか読んで大人しく待ってて、

移動中はずっと一緒にいてランチも一緒。



その後、こんな日がどんどん増えました。

殆ど私を背中に括りつけて仕事するって状態。



0194ある意味子育て.jpg

………ある意味、子育て。





そんな頃、手術してくださったドクターが

「早く子供を作れ」と言い出しました。




次回、完全R指定。

プライベートのやばいほどの大人な話大公開。









ポチポチってして頂けるととても嬉しいです。
いつもありがとうございます。







最終更新日  2009年09月02日 08時52分48秒
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2009年09月01日
カテゴリ:闘病の頃のこと4
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうざいます。

現在、1997年を振り返っているところです。

日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

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新婚「茨城編」 1



下館での住まいは、二階の角部屋。

中身は3LDKのスカイハイツという名のコーポ。

この辺の住宅は高層にはしないけど、

横には広く、土地は充分に贅沢に作ってある。

相模原以上に実家からも友達からも離れ、

私は夫の仕事の間、一人で家の中で時間を持て余してた。

一人でいると、考えちゃうのは病気のことだし、

誰か近くに友達が欲しいなー…と、

そんな引っ越して2週間め位のこと。


同じような建物が幾つかある中、

我が家の棟の前がちょっとした広場になってて、

夕方、子連れのお母さんたちが井戸端会議をしていて、

7~8人の子供が走り回ってた。

0207茨城のうち.jpg


家の建物は左右に階段が付いているので(ね、贅沢でしょ)、

右から上って来て、左から駆け下りるというコースで、

我が家の玄関前も子供たちがバタバタと走ってた。


子供が大好きな私は玄関の扉を全開にして罠を張った。

外から見える位置に「ピカチュウ」とかシャボン玉とか置いて

その奥で本を読んでた。


0208こどもがのぞく.jpg

かかった!!!!!

やったーやったー!!

0209うれしい私.jpg

はやる心を抑えて、大人らしく迎える私。


余裕を見せながら、

「飴あるよ」と誘ってみる。

0213あめあげる.jpg

子供たち、口々に「ありがとー!!」と飴を手に持って、

また走って行った。

0214やった.jpg

やったー、ちょっとお友達になった。

楽しくなりそーだぞ、下館!!!





その時、階下の広場から大声が聞こえた。


0211親の声.jpg

あ…飴のこと…叱られてる…。

うわー、すっごい怒ってる…。



子供たちは「あそこのおばちゃんにもらった」とか

説明しているらしい。



誰か怒鳴り込んで来るだろうか…。

夕飯前に子供に飴あげるなんて…非常識だったのかも…。

0212しょんぼり.jpg


ブルブル震えて、じーっと待ってた。

ずーっとずーっと硬くなって待ってた。



でも、誰も上がって来なかった。

それっきり、誰も。

井戸端会議も解散になってた。


「知らない人から貰っちゃ駄目でしょっ!」とか
「気味が悪いわねーどんなおばさん?」って言われてるかも…。

それか、

「拾ったのかと思ったけどあそこのおばちゃんに貰ったのね、
ちゃんと「ありがと」言ったの?」

みたいな会話で終わったのかもしれない。


全然わからない。




でも、私は本当に悲しくて怖かった。

もう、子供にはちょっかい出すまいと誓った。






つづく











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ありがとうございます。







最終更新日  2009年09月01日 11時27分00秒
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全8件 (8件中 1-8件目)

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