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秘密基地

全6件 (6件中 1-6件目)

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闘病の頃のこと5

2009年09月15日
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カテゴリ:闘病の頃のこと5
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初めていらして下さった方へ。
ありがとうございます。

現在、1999年を振り返っているところです。

基本的に日々、完結ですが、

一連の闘病含む回顧は8月11日の日記から始まっています。

そこから「次へ」で進んで読んで頂けると、
(間に現在の日常日記が挟まれますが…)
わかりやすいかと思います。

読んで頂けたら嬉しいです。


   ■■■■■





ゆるい…けど激闘 6


私の長い入院生活中、基本的にはいつも楽しい事を考えていられるように、

きれいな事や物に接するように、夫はいつも考えてくれていました。



そんな中で、看護婦さん黙認、同室の方大好評。

そして、近隣の部屋の方にも看護婦さんが声をかけて集まる…みたいな

たまーにやった事を、日記を読み返したら思い出しました。



日記読むまで、まったく忘れてたってのが不思議なくらい。






それは…
0258電飾2.jpg

電飾ショー。


ベッドの手すりにちょっぴり飾って少し光らせる程度だけどね。

その電飾を、光を見ると星型やハート型が見えるメガネでのぞくの。

目の前一杯に星やハートが浮かんで本当に幻想的。




看護婦さんに叱られるかと思ったのでちょっと飾って

すぐに仕舞ってたのが、最後には看護婦さんから


「隣の部屋の○○さん、明日退院だから電飾ショーやってよ」

などの依頼が来たりしてました。



よっぽど苦しんでる人が同室にいなければ、

入院患者は持て余す時間を楽しんだ方が治りが早いよ。(多分)



他にも影絵ショーとかやったなー。
5分でも「ショー」は「ショー」
ちゃんと昼間から準備して、消灯と同時に始める。


看護婦さんまで見に来たり…。
しかし、ま…小児科のようだとは言われましたがね。









次回からはいよいよ投薬始まります。
「副作用との付き合い方」です。












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いつもありがとうございます。








最終更新日  2009年10月17日 11時57分06秒
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2009年09月14日
カテゴリ:闘病の頃のこと5
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初めていらして下さった方へ。
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ゆるい…けど激闘 5



何故、私が自分の病気を誰にも言わなかったか…。

一度目の入院の時はそれこそお気楽にあちこちに吹聴し、

友人にお見舞いに来てもらってました。



その後、自分の病名を知り、恐ろしくなったのです。

自分でも恐ろしいと思うんだもの。

私の病名を知った友人知人はどう思うでしょう?


私が恐れたのは風聞でした。

そして言霊。


0254言霊.jpg

きっとみんな心配してくれるでしょう。

そして「大丈夫なんだろうか?」という話になりますよね。



直接私に会った人なら割と元気に闘病してる姿を見てもらえます。

だけど、人から聞いた話だけだと「がん」という病名は

自分の中で非常に悪い状態を想像してしまいます。

そういう想像、思い。噂。言霊。そういったものが怖かったのです。

見えない思い、言葉は重く、弱った体にのしかかります。


必死に隠しました。



自宅に来た電話で必要なものには病院の公衆電話から折り返してました。



そんな術後一週間目位のこと。

病院の公衆電話で、元上司の「死」を知らされました。


同じ女性で4歳年上。小さなお子さんもおられました。

部位こそ違いましたが、同じ病名でした。


0255ショック.jpg

ガクガク震えました。


「私も今入院してるの」という泣き声がのど元まで出掛かりました。


が、元上司の葬儀の席で「きょうちゃんも同じ病気らしい」って噂を
恐れ、ぐっと押さえました。


「所用あってご葬儀には伺えない」と言い、ガックリとベッドに戻りました。


「死」は遠い話ではない…。

現実にありえるんだ…。


あまりにタイムリーなニュースに軽いパニックでした。



だめだめ、今は他のことを考えてる場合ではないのです。


自分が治るんだ!ってイメージだけで心を一杯にしないと…。


心身共に倒れないように必死でした。











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いつもポチしていただいてありがとうございます。
みな様のおかげでたくさんの方に読んで頂けて、
必死に過去を掘り起こして書いて良かったと思えています。

ありがとうございます。









最終更新日  2009年09月14日 08時39分34秒
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2009年09月13日
カテゴリ:闘病の頃のこと5
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初めていらして下さった方へ。
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現在、1999年を振り返っているところです。

基本的に日々、完結ですが、

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ゆるい…けど激闘 4


抗がん剤の治療は全部で6回やると言われました。

初回、手術時に一回やったのであと5回。

二週間入院、二週間退院の月に一度の目安でやると。



初回の時の苦しさが記憶として襲ってきますが、

ここは乗り切る以外にもう道はないような気がしました。



私を担当、執刀してくださった石井先生、菊池先生は、

医師としての能力、そしてお人柄共に全幅の信頼を寄せておりました。

先生がおっしゃるなら、何も考えずにお任せするつもりでした。


悩んでも仕方ない。

前だけ向いて進もう!!

0252大丈夫.jpg

にじみ出る不安感を払拭するように、

自分自身に「大丈夫」と言い聞かせ、

約半年の抗がん剤治療を乗り切る決心をしたのです。




でも、外見の能天気ぶりとは裏腹に、

体は正直だったようです。




点滴で治療を受け始めるより前に

頭髪が抜けました…しかも…一部分だけ。



025310円.jpg

それは見事な10円ハゲ……いや、大きさ的には500円ハゲ。



鏡で見ると己の弱さの象徴のようで、

じんわりと苦笑いがこみ上げます。




さて、当時の私は、入院手術はおろか、病気をしてることも、

家族以外には誰にも言いませんでした。

家族にも強く緘口令を敷きました。それには理由があります。







次回、緘口令のわけ…って告知するほどの内容ではなしっ。きっぱり。











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ありがとうございます。
3つもポチつけてごめんなさい。






最終更新日  2009年09月13日 12時06分22秒
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2009年09月12日
カテゴリ:闘病の頃のこと5
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ゆるい…けど激闘 3



夫の退職後、すぐに入院した私。

私の手術が落ち着いた頃、

夫は一度茨城に行き、借家を引き払ってきました。


私も入院前に少しづつ荷造りはしてましたが、

最後の仕上げと掃除を夫の母と、兄嫁とが手伝ってくれて、

私不在のまま、全ての引越しをしてくれたのです。


本当に、この時の事を思い出すとありがたくて胸が熱くなります。


引越し先は取り合えず私の実家。

庭に建ってる古ーいアパートの一室が奇跡のように一部屋空き、

そこに全ての荷物を押し込みました。




食事やお風呂なんかは母屋。寝るのはアパート。

そんな夫の生活が、私の入院中に始まりました。



私は入院のベッドの上で

「引越しは無事に終わったよ」の言葉を聞いただけ。

何から何までやってもらいました。









病院生活は、苦しい時以外は本当に楽しい生活でした。


同室の方々とは家族のように仲良くなり、

朝から消灯までカーテン全開。

ずーっとみんなでおしゃべり。


同室の方のところへ石川さゆりさんがお見舞いに見えて

「いつもご主人がいらしてるって聞いたので…」と、

夫の分までケーキを頂き、一緒に写真撮って頂いたり…。

意外と派手な入院ライフを満喫してました。


0248石川さゆりさん.jpg
(派手なエピソードはこれだけだけどさ…結構マジですごいでしょ?)


そして、あの松尾事件もこの頃のことです。







そして9月末から10月にかけて、一度外泊が許されました。

次の抗がん剤治療に向けての鋭気を養うための外泊です。


初めて、荷物の詰まった実家のアパートに入りました。


6畳一間にはダブルのウォーターベッド、テレビ、パソコン、
米びつラック、本棚、ビデオラック。

そして小さな台所には120cm幅の食器棚。

その他全ての隙間にダンボールが積み上げられていました。

0249秘密基地.jpg

それはもう、本当に秘密基地。

夫の愛情と覚悟がぎっしりと詰まった基地でした。





そして、それがこのブログの題名になりました。








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いつも暖かいコメントやポチッとをありがとうございます。
本当に感謝してます。






最終更新日  2009年09月12日 19時34分25秒
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2009年09月11日
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ゆるい…けど激闘 2




今回の手術は9時間ほどかかってました。

体力的にもボロボロだった私。

トイレに行くにも点滴のスタンドに取りすがって、

よろよろと歩く日が続きました。


術後一週間目。

夫はベッドサイドで読書。
0240みちくん.jpg

私はいつものように

0242よろよろトイレ.jpg

よろよろトイレ。



どうしても体力が戻らず、動くのがしんどいしんどい。


トイレに行くのも一苦労。


そしてまたもやよろよろと戻ってきました。


いつもならトイレ前まで迎えに来てくれてる夫が
動かずにまだ本に夢中…。


0245何かいる.jpg
…いや………え?なに?……なんか…いる。




0246みんないる.jpg


妹夫婦が1歳になったばかりの娘「ビキ」を連れて来てくれてました。

すごい驚きました。
…隠れるなよなー!もうー!!とはしゃぐ私。





もにょもにょ動くビキ。やっと歩き始めたばかり。

にこにこしながら、私に向かってヨチヨチと、
両手を広げて近寄ってきます。


胸ががーっと熱くなって、何か見えないエネルギーが
どひゃーっと注入されるのがわかりました。

命に対する情熱っていうか…うまく表現できません。


※この写真は2歳位。当時はもーっと小さかったです。
0247びき.jpg
この子の記憶に残りたいという感情で涙が出ました。
今いなくなってしまったら、この子は私を覚えていてくれない。
絶対生き続けたい。



その時から、驚くほどの回復を見せた私。


見えないものの力は大きい。

薬や治療を助ける本当の力は目には見えないんだな。








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ありがとうございます。
いつも本当に感謝しています。







最終更新日  2009年09月11日 13時38分31秒
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2009年09月10日
カテゴリ:闘病の頃のこと5
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ゆるい…けど激闘 1


いよいよ9月。

私は入院し、手術を受けました。

割と大手術。

手術室から戻り、意識が戻ると激しい吐き気に苦しみました。


両側から心配そうにのぞき込む夫と母。


そこへ、手術に立ち会っていた新米の女医さんが様子を見に…
(この方、執刀医でもないし、私の担当の方でもない)

0243のぞく女医さん.jpg

母が聞きました。

「前回の手術の時はこんな風には苦しみませんでしたが…
 大丈夫でしょうか?」

すると、その方、


「それは、強い抗がん剤をお腹の中に撒いたからですね」と。


苦しい息の下でものすごい衝撃でした。


撒いた、まいた、マイタ………。


お腹の中がすごい事になってたから撒いたんだろうか…。

もう駄目なんだろうか…私。


そんな事より、こんな台詞を母や夫に聞かせたくなかった…。

可哀相で母の顔が見れなかった。

0244心がいたむ.jpg
体より、心が痛くて苦しかった…。


言葉は魔力を持っている。
不用意な発言がどれだけ人の心をズタズタにするか…。

私の怒りが一瞬で燃え上がるより前に、
夫がその女医さんを体でカーテンの外に押し出した。

夫も怒りで震えていた。

そんな言葉を私に聞かせてしまったことに…。

みんながお互いのことを思っていた。












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いつもありがとうございます。
ここ数日、ちょっと暗い話でごめんなさい。
これから、上がって行きますから!







最終更新日  2009年09月10日 21時12分12秒
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全6件 (6件中 1-6件目)

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