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秘密基地

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事故入院の頃

2010年01月09日
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カテゴリ:事故入院の頃
昨日からの続きです。



少しづつ、何気なく話しかける私。



「どっか痛むの?」

「……うん」


「お友達、早くよくなるといいね」

「……うん」



そんな感じから話が始まって、A子改め栄子(これも仮名だがね)は

色々話し始めた。

ため口っていうより、かなり上から目線的口調の栄子。

21歳の私としては栄子の年齢が気になってきた。





で、核心に。




私「栄子ちゃんって、いくつ?」

栄「16」

(内心驚愕の私。若くは見えたけど、16とは…)

私「へ……へぇ、私と5つ違うんだー」

0485マジ?.jpg

固まる栄子。


0488マジ!.jpg

ちょっと偉そうになる私。



0489へー.jpg

へー!!!












「あんた……11なんだー!?しっかりしてるねー!!!」












………………。







0490ちがうよ.jpg

違うよぉぉぉおお。21だよぉぉぉおお。

(泣くなよ、おれ)







でもって、その後があります。







年齢がわかっても、ため口だった栄子。







それからちょっとして、出身中学の話になり、

栄子の出た中学と同じ中学出身の(女子高時代の)友人がいた私は




私「あぁ、大河(仮名)が出た中学だー」と。


すると…栄子の顔色が変わったのです。


栄「……大河っ!?大河ってマコト先輩っすかっっ!?」


私「ああ、マコトって大河の弟だと思う。
  『サマー』って喫茶店の子だよ」


栄「サマー!???ひぃぃぃいいい(声にならない叫び声)」





それを境に栄子は私に完全敬語。

何をするにも子分のように使いっっぱになり、

朝のお湯くみもやってくれました。







マコトくんってのは、その辺りの中学の暴れん坊たちの全てを

まとめあげている…まあ…何て言うか……栄子たちにとっては

相当怖い存在だったらしいのでした…。

お姉ちゃんは全然そんな感じじゃないんだけどね…。




退院していくまでの数日間だったけど、

看護婦さんたちの私を見る目が変わったのでした…ふーっ。









90011ポチ3.jpg  

人生の中の短い時間でしたが「姐さん」気分満喫。
しかし…居心地の悪さも満点でした。


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最終更新日  2010年01月10日 00時41分22秒
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2010年01月07日
カテゴリ:事故入院の頃
事故入院当時の話がちょっと好評だったから……調子にのります。










事故入院後半の若い人も一緒だった6人部屋のときのこと。



夜中に若い女の子が担ぎ込まれてきました。



その子、ちょっと訳ありの子でした。











0484無視.jpg

看護婦さんが何を話しかけても答えません。












看護婦さんの情報では男女4人で車に乗っていて、路肩に衝突したらしい。


よくある若者の暴走だね…。


でも、警察でも病院でも名前も住所も年齢もずーっと黙秘なんだって。



(名前わかんないと不便だから……とりあえずA子にするね)





A子は割と軽症であちこち打撲という感じ。


運転してた男の子と後部座席の男の子は無傷。





でも、助手席にいた女の子は隣の病室で










0487両足吊り.jpg


両足骨折で天井から両足吊られてました。




この子も黙秘。












A子は私たちともまったく口をききません。



0483暴走の果て.jpg

一度だけ警官と一緒にお見舞いに来た男の子たちと、

ちょっぴりしゃべったので、その時に声を聞いたって感じ。







結局2日間くらい名前も何もわかりませんでした。


よく粘ったなー。呆れたけど、ちょっと感心したよ。







結局は、警察なんかの調べで色々わかったんだけど、


今度は親が迎えに来ない。(看護婦さん情報)


なるほど……A子の荒れ振りにも同情の余地ありか…?






でも、身元が割れてからは少し心が解けてきたのが見てとれました。

よく見ると、表情もあどけない感じがあります。

やっぱり相当若そう。




身元がわかったという噂の翌日、思い切って話しかけてみました。












つづく。












90011ポチ3.jpg  

眠くなってきたのでつづきは明日です。
おやすみっ。


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最終更新日  2010年01月08日 00時32分08秒
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2010年01月06日
カテゴリ:事故入院の頃
昨日のつづきです。









事故で入院してた病院では当時、毎朝自分の魔法瓶に


給湯室からお湯を汲んでくるというのが決まりでした。



動ける人は自分で。そうでない人は看護助手さんがやってくださいます。









……でも、何故か私の部屋では、動けない方の分は私がしてました。









こうなった経緯は非常に長くなるので、割愛しますが、


 ……ま、今思うと、私は「ええかっこしい」だったんだろうと…。

 この傾向は今でもまったく変わってません……。がっくり。













で、毎朝3~4人分のお湯を魔法瓶に汲んで、


自分だって松葉杖なのに、給湯室を往復してました。







0477ポット.jpg

当然、はまさんのお湯も毎朝用意してました。








そんな理由で、はまさんは私を信頼してくれてたんだと思います。



















病院では、大抵週に一回シーツ交換の日というのがあります。








看護婦さん方が端からシーツを交換して下さる間、






入院患者たちはロビーで待ってます。





歩けない人も、車イスに乗ってロビーに出ます。










でも「はまさん」は車イスに乗るのを嫌うので、



いつもベッドにいたままで、看護婦さんたちが上手にシーツを交換してました。











ある日、シーツ交換が始まるというので誰もいなくなった部屋で、


私は最後に部屋を出ようとして、ふと見ると、はまさんが


いつものように一人で絵本を見てました。









このままシーツ交換になったら、すごい埃です。


ちょうど新しいマスクがあったので、



部屋の一番奥まで行き、(私は一番廊下側でした)





0478マスク.jpg

はまさんにマスクをかけてあげました。




「これからシーツ交換だからね。
 埃がいっぱい立つから、これしててね。
 ちょっと邪魔だろうけど、がまんしてね」と言いながら、



マスクをかけて、そのまま行こうとしたら………









後ろからはまさんが「ありがとう」って言ったのです。









初めて聞く、はまさんの「言葉」。










私は仰天しました。










「えええ?はまさん!!わかるの??」









松葉杖で必死に駆け戻った私に対して、



はまさんは「これ、後で食べな」と言って




0476はまさんのりんご.jpg

お昼に出たのを食べずに取ってあった「りんご」をくれたのです。








「うわぁぁぁあああ、今、看護婦さん呼ぶね!!!」





そう言ってナースコールを押そうとした私に




はまさんは「だめだめ、呼ばないで」と言いました。












「おばあちゃんはね、この方がいいんだよ」と。












私は大パニックでしたが、結局誰にも言いませんでした。












そして2日後くらいに、はまさんは退院(転院?)して行きました。











最後まで、何もしゃべらずに。








あの息子夫婦(らしき人たち)に連れられて。


「あーうー」としか言わずに。














こんな風に簡単に書いてるけど、今思い出しても


私がどうするべきだったのかは悩むところですから


当時はめっちゃめちゃ考えた……はずです。


でも、どの位悩んだかは……よく覚えてないのです。












確実に覚えてるのは


こんな想いを自分の親にだけはさせないと心に誓った事です。








はまさんには何もしてあげられなかったけど。













90011ポチ3.jpg  

はまさん、今生きておられたら、100歳超えておられるだろうけど………。
多分、もう幸せに自由にいられる場所においでだろうと思います。

20数年前の誓いを他所に、母とはちょくちょく小競り合いする日々。
ああ………煩悩よのー。



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最終更新日  2010年01月06日 02時53分42秒
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2010年01月05日
カテゴリ:事故入院の頃
事故入院の前半の部屋は、


私以外は60歳~85歳位までの8人部屋でした。







その年は春先に大雪が降り、皆さま足を滑らせての骨折でした。















0475はまさん.jpg

一番奥の窓際の「はまさん(当時推定80歳)」は








歩行リハビリをしている退院間際のお婆さんでしたが、









いつも絵本を読んでるだけで、ご飯も食べさせてもらうような状態。









そして、一言もしゃべった事がありません。









いつも「あーうー」とだけ言って、よだれを垂らしています。









歩けないから、当然排泄看護も必要。食事も要介護。








何を話しかけても、反応なく同じ絵本を読んで(見て)ます。


(多分ページをめくってた事もなかったはず)










歩行リハビリに行く時も、車イスに乗せられて行きます。








本人に歩く意思皆無なので、イスに移動させるのも一苦労。









お医者さまも看護婦さんたちも手を焼いてる感じでした。












殆どお見舞い客を見た事がありませんでしたが、











ある日、息子夫婦らしき人たち(多分)がやってきました。












0476はまさんと家族.jpg

そして、ご本人を囲むようにして、







「こんな状態で退院させられても困ります」と声高に話しだしたのです。










病院側は、骨はもうついてるから退院してくれ。と言い、



息子夫婦(らしき)側は困ると言い。平行線の話し合いを繰り返してます。



病院ではこれ以上預かるわけにいかないので、



受け入れ先を探す、ということで話し合いは一応決着しましたが、











息子(らしき人)の言葉の数々に私の心はめちゃめちゃ凹みました。










いくら本人が何もわからないとはいえ、目の前で「厄介者」発言。













その夜の消灯後。













真っ暗になってしばらーーーーーーーーーーーーくしてから。












暗闇の中で誰かが言いました。












「年はとりたくないねー」











すると次の声が











「最後はポックリと行きたいねー」












しばらく暗闇の中でお婆ちゃんたちはしゃべってました。













みんなショックで眠れなかったのね。










今の私ならもう少し気の効いた台詞が出せただろうけど………










20歳を超えたばかりの私は、布団の中で小さくなって泣いてました。















そんなある日!!!

(期待しないでね、明るい「オチ」ではないからさ)









つづく









90011ポチ3.jpg  

この事件は私の現在を形成する上で欠かせない話。
……と、もったいぶってみる。

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最終更新日  2010年01月05日 16時59分17秒
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2010年01月04日
カテゴリ:事故入院の頃
昨日書いた「悲惨な初詣」の桃井さん(仮名・当時60歳)と知り合ったのは








病院ででした。私が21歳の3月に交通事故にあって





骨折その他で二回に分けて通算半年ほど入院した時のことでした。








(嗚呼、病気といい、事故といい……結構波乱万丈な人生。
 思い返すと、すごい楽しい事だらけだけど、当時は大変…だったと思う。多分)











で、その事故入院の前半はお婆さんばかりの大部屋。








後半は若い人もいる大部屋だったんだけど、










桃井さんはその前半の時に知り合ったのです。













私の入院していた部屋に、桃井さんは救急車で運ばれて来ました。

(救急病院の整形外科病棟だったので私も含め殆どが救急車組)










運ばれて来たばかりの横たわる桃井さん。


どんな方かもまだ全然わからないし、声もかけられない感じで


私たちは息を潜めて見守ってました。












0470桃井さん.jpg

すると、桃井さんが片手を振ってナースコールを探しながら何か言っています。









0471ていしゅ.jpg
心細そうに呼んでいます。










0472呼びに行く.jpg

私たちはすぐに駆け寄り、


「大丈夫ですよ、すぐにご主人いらっしゃいますよ。」と言い、


部屋の一人が「桃井さんのご亭主ー!」と呼びながら


ロビーに向かって小走りに部屋を出て行きました。












すると!!!!!!!!













桃井さんは小さな声で




「一番上の引き出しに入っております」と言ったのです。













0473引き出し!?.jpg

ひ………引き出しぃぃぃいいいい!!????



桃井さんのご亭主って………まさか「ご位牌」!!????



うひゃー…シュール!!!
















0474ていしゅ.jpg

で、震える手で私が引き出しを開けると………


そこにはティッシュが……………













え?












あ…ああ…「ていしゅ」= 「亭主」  ティッシュ………!!










渡したティッシュで鼻をかみながら、桃井さんは一言








「私ゃぁ一人もんでござんすっ!亭主はおりゃしませんっ!」


ちゃっきちゃきの江戸っ子言葉でバッサリ。











90011ポチ3.jpg  

だから、原宿にはお一人暮らしだったの。
パジャマで初詣しながら、鍵もかけてない家が気になって仕方なかったって。

とにかく、逸話の多いカッコイイご婦人でした。


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最終更新日  2010年01月04日 11時59分33秒
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2010年01月03日
カテゴリ:事故入院の頃
大晦日。テレビで明治神宮の初詣の様子を見ていて思いだした事がある。












20数年前。私が20歳を超えたばかりの頃の話。











友達の桃井さん(仮名・当時60歳)は明治神宮のすぐ近くに住んでいた。









しかも一軒家。原宿で一軒家………当時はバブル全盛期。








土地も家屋も法外な価格だった頃。(今も高いけどね)








「すごい所に住んでますねー。いいなー」と私が言ったら









「あら、いいばかりじゃないのよ。お正月なんか家から出られないのよ」と。










そんなバカな…混むとはいえ、家から出られないなんて……と笑ったら。











桃井さんが話してくれた。











その年の大晦日。家でテレビを見ていたら、









0465初詣の人ごみ.jpg

明治神宮のものすごい人ごみが映っていたので








すでに寝る準備をしていたんだけど、ちょっとした好奇心で、













0466自宅前の群集.jpg

パジャマにカーディガンをひっかけて、自宅前の様子をのぞいたんだって。









想像以上の人の波で、そこは通行規制がなされていて、











警官が大勢出ていて、歩行者が完全一方通行になっていたそう。











「はーっ」と驚いて眺めていて……ついうっかり、





敷地内の門のコンクリートからつまづいて通りに一歩落ちたら………











0467人ごみにパジャマ.jpg

0時を過ぎて、参拝が始まったばかりの勢いよく進みはじめた群集に



飲み込まれて戻れなくなってしまったんだって。









人波をもがいて戻ろうとしたら、遠くから警官が











0469おまわりさん.jpg

「一方通行だから前に進みなさいー」と。









事情を説明しようにも、おまわりさんまでも近寄れず、









「家に入りたいだけなんですー」と叫んだけれど、届かず。








すぐ前後の人だけは気の毒そうにしてくれたけど、











後ろからぐんぐん来る群集には逆らえず……。








叫び続けながら流され、



途中で諦めて明治神宮のお賽銭箱まで行ってから帰ったんだって。














お賽銭箱の前まで行っても、お金持ってないからお参りもできず、







パジャマのままお賽銭箱の前に立ち尽くし








0468ぶるぶる.jpg


周りの人が空いたらめちゃめちゃ寒く、



そして、その寒さより、パジャマ姿に突き刺さった視線が痛くて



ぶるぶる震えながら、泣きながら帰ったんだってさ。











そうね………そりゃつらいね。














90011ポチ3.jpg  


やっぱり原宿に住むのは………いやだね。

(うそ…本当はすみたい)



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最終更新日  2010年01月03日 17時22分40秒
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