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文庫棟の後に案内してもらったのは
近衛文麿元首相が造った「虎山荘」という別邸。 数奇屋造りに居心地の良さを加味した、瀟洒な 邸宅です。 例えば、書院の鴨居を通常よりも高く上げ、 背の高い現代人でも入れるようにしてあります。 外国からの来客にも備えたのでしょう。 また茶室には。狭い「にじり口」の他に、通常は 隣の部屋か廊下との続きに設ける「貴人口」を 露地からの延長に設(しつら)えて、 どちらからも露地を通って、茶室に入れる工夫が 凝らしてありました。これも、どうも外国人を 意識したように思えてなりません。 昭和17年に着工、昭和19年に竣工。戦時中の 真っ只中のことです。そして、昭和20年1月に 近衛文麿元首相はこの「虎山荘」に昭和天皇の 御兄弟高円宮を迎えられ、敗戦の場合の玉体の 安泰をはかる道を提案されたと言われています。 即ち、譲位の後直ちに出家して法皇になって いただき、近くの仁和寺にお迎え申し上げると いう構想でした。 仁和寺はその昔、天皇が出家の後、最初に 入られたお寺です。平安時代の初期、宇多天皇が その第一号で、文麿公はそのことを承知の上で、 仁和寺近くの土地を戦前に買い上げ、もしもの 場合に備えていたのかもしれません。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
Last updated
April 22, 2007 11:47:57 AM
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