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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

ガンダムAGEの5話、6話を作り直す 上


 調度品のように黒光りする機械類が壁一面にならぶ部屋。少年と男がむかい合っていた。
 少年の服装は、スケートボードを片手に町の一角を占有している若者のようなカジュアルなものだった。
 男は、物語にでてくる魔法使いのような真っ黒なローブをまとっていた。
 少年と男が、無機質な部屋のなかで向かい合うさまは異常だった。
 地球圏連邦政府がUEと呼ぶ謎の勢力――“ヴェイガン”のMSパイロット、少年デシル・ガレットは、司令官のギーラ・ゾイに詰問されていた。
 「ファーデーン侵攻のために待機しろという命令さえ聞けんのか、デシル……」ギーラの声は、地をはうヘビような、ぬめりがあった。
 「言ったろ。ボクは人の命令を聞いたことがないんだよ」デシルはいった。ガラスの玉がころがるような高い声だった。「これまでだって、ボクのやりたいことと軍の命令が、たまたま同じだっただけさ」
 「貴様には、もう期待もしておらんがな……」ギーラは低い声でいった。「本国のイゼルカント様に直接、ご報告をする。あとできびしい処罰がまっていると思えよ。身柄を拘束したうえでの強制送還もありえる……」
 「どうぞ」デシルはこともなげにいった。「なら、こうも言っておいてよ。あなたの選んだ子供デシル・ガレットは、趣味と仕事に、とても熱心ですってね!」
 ――アハハハハッ!!
 機械の壁に、デシルのかん高い声がやたらと響いた。
* * *
 「なんでオレだけダメなんだようっ!」ディケは叫んだ。
 コロニー“ファーデーン”に停泊している戦艦“ディーヴァ”の整備班室。ディケは、固い床にうつ伏してヒザを抱え、丸まって寝ているネコのように動かなかった。
 友人のフリットとエミリーには休息が与えられ、街で買いものをしているというのに、自分には整備の仕事があることを班長のバルガスに抗議しているところだった。
 「しょうがないやつじゃな……」バルガスは、丸いアゴにたっぷりと生えたヒゲをなでながらいった。「おまえもこの仕事が終わったら、自由時間をあたえてやると言ったじゃろ。フリットたちとは一緒に行けんが、ひとりでも、街であそんでくればええ」
 「一緒じゃなきゃイヤなんだよおぉーっ!」丸まりながらディケは大声をあげた。いったん床に当たってくぐもった声が、部屋の空気をふるわせた。「ひとりであそびに行くなんてイヤなんだよおぉぉーっ!」
 バルガスは、ヒゲをなでながら《そんなこと言っても、仕事が終わったら、嬉々として遊びに行くんじゃろう……》と思ったが、口には出さなかった。
 「うわああぁーっ!!」固い床と壁に、ディケの声がむなしくはね返った。
 「お取りこみ中、すまないが……」
 MSパイロットのウルフが整備室に顔を出した。
 「バルガス。ガンダムのデータ、たしかに借り受けたぜ。わるかったな、ムチャなことを言って……」ウルフは、珍しく神妙な顔つきでいった。
 「ふむ……」
 バルガスは、普段はゴーグルの奥で線のように細い目を片方だけ見開いていった。
 「本来なら、連邦軍の機密中の機密にあたるデータじゃ。扱いには、くれぐれも気をつけてくれよ。いくらお前が懇意にしているMS工房だとて、それだけでガンダムのようなMSがつくれるとは思えんが……。まったく、グルーデック艦長は何を考えて、データの持ち出しを許可したのかのう……」
 「決まってるさ」ウルフは、口の端を引き上げて笑った。「今のままではUEと戦えない。それだけだろう?」
 バルガスがウルフを見送っていると、開かずの箱のようだったディケが、はじめて顔をあげた。
 「……ウルフの兄貴、どうしたんだ?」
 「なんでも、付き合いのある民間のMS工房に、UEと戦える性能をもったMSをつくらせるとか言ってな。ガンダムの設計データを貸してやったわい」
 「MSを!? そんなの民間でつくれるのかよ!?」
 「さあのぅ……。複製は無理でも、ジェノアスより強い機体ぐらいならオーダーメイドでつくれるかもしれんな」
 「でも、それって違法じゃないのか? 連邦以外で戦闘用のMSをつくるなんて……」
 「厳密には違法じゃ。……が、ここ“ファーデーン”は連邦から自治を認められた特殊なコロニーじゃからな。つくるだけなら、できるのかもしれん。しかし、そのあとのことはどうなるか……」
 ディケは、地理の授業で学んだことを思いだしていた。コロニーには、特別に自治を認められたものがあるという。それが、このファーデーンであるとは知らなかった。
 しかし、ディケは地理がとくに苦手だったので、その話はつづけるべきではないと思った。
 そう。今は、それよりも大事な戦いがある。
* * *
 フリットとエミリーは港から軍専用の通路を抜けて、コロニー“ファーデーン”で、もっとも発展しているという街に来ていた。
 休日の歩行者天国ということもあり、ゴミひとつない整備された道を多くの家族連れやカップルが楽しそうに歩いていた。
 《ちょっとした、お祭りみたいだな》フリットは思った。
 フリットたちは、あらかじめ情報端末でしらべていた、街で一番、多くの人が訪れるというショッピングビルに入った。ビルの中心を、何十階分もの吹き抜けがつらぬく。効果的に配置された照明や植栽が目にあざやかだった。
 店舗には、多くの商品がところせましとならんでいた。人々は、何の不安もない表情で、思い思いに買い物を楽しんでいた。フリットとエミリーは、まわりの客と自分たちとの境遇の差に、思わず無言で互いの表情を確認しあった。
 ふたりは(服と下着を買うとき以外は)兄妹のように寄りそって、必要なものを買い出していった。
 荷物が両手の紙袋いっぱいになると、休憩のため喫茶店に入った。
 軽い食事を終え、お茶を飲んでいるとき、フリットがきり出した。
 「エミリー、僕は軍人になろうと思うんだ」
 エミリーは、ティースプーンで紅茶のカップをしきりにかき混ぜていた。手をとめ、視線を落としていった。
 「うん……」
 エミリーには、フリットの覚悟がわかっていた。フリットは、強い責任感をもった少年だった。予想していたとはいえ、エミリーの瞳には、じんわりと涙がうかんだ。
 「ご、ごめん……」フリットはあせった。思わずあやまっていた。
 「ううん。ちがうの。ごめんなさい……」エミリーは、指のうらで涙をぬぐっていった。「フリットなら、そう言うと思っていた。……けど、少しこわくなって」
 「まだ、これからどうなるか、まったくわからないんだけど……」フリットは、テーブルの上のカップを見ながらいった。「UEのことを忘れて、どこかのコロニーでゆっくり暮らすようなこと、僕にはもうできない気がするんだ」
 「わかってる。なにもせずにUEをほおっておいたら、もっと多くの人が死んでしまうかもしれないって……」エミリーはそういうと、ほほえんで見せた。「でもね、フリット。無茶なことだけはしないで」それが今のエミリーにできる、精一杯の強がりだった。
 「約束するよ」フリットは、少女の瞳を見すえていった。
* * *
 フリットとエミリーは、ビルを出た。
 帰り道、ふたりは黙って歩いた。相変わらず人が多かったせいで、気まずい思いはせずにすんだ。
 人の波は、横断歩道のまえで止まった。
 信号をまっていると、周囲の大人たちのざわめく声が聞こえてきた。車が行きかう道のまん中を、ひとりの少年が反対側から渡ろうとしている。
 少年は、フリットと同じぐらいの年ごろに見えた。悪びれるようすもなく、車道のまん中を悠然と歩いた。車のクラクションが威嚇するなかを、何事もなく渡りきった。
 少年は、フリットの目のまえで立ちどまった。
 信号が青になった。人々は、何事もなかったように歩きはじめた。フリットとエミリー、少年の3人だけが、その場に取り残された。
 「フリットだろ? フリット・アスノ」少年がいった。目に痛いほどあざやかな、赤い髪の毛をしていた。
 「どうして、僕の名前を……」フリットはいった。
 「知ってるよ。アングラサイトで見たんだ」
 ――アハハッ! 少年は愉快そうに笑った。女の子のようにかん高い声だった。
 「キミは、ボクみたいな軍事オタクたちの間では、ちょっとした有名人なんだよ。ボクと同じ歳ごろの少年が、最新型のMSに乗ってUEと戦ってるって」少年は、身をかがめて、フリットの顔を見あげた。「ボクもこの目で見るまで、本気で信じられなかったけどね」
 「そ、そうなんだ……」フリットは困惑した。まさか、戦艦ディーヴァやMSガンダムだけでなく、自分の情報まで流出しているとは思いもしなかった。エミリーも、どうしたらいいのかわからないような顔でふたりを見守った。
 「ボクはデシル・ガレット。よろしく」デシルはいった。「ねえ、ボクもディーヴァにのせてよ。MSにのってUEと戦いたいんだ」
 「ええっ!? だ、ダメだよ!」フリットはいった。「関係者以外、連れて行けるわけないじゃないか……」
 「なんでさ。キミだって子供なのに、戦艦やMSに乗っているんだろう?」
 「それは、なりゆきというか……、他に人がいなくて……」
 「ボクは将来、MSパイロットになりたいって本気で思っているんだ。それなのに、同じ歳の子がMSでUEと戦っているって知って、いてもたってもいられなかったんだよ」
 「よわったな……」フリットは、エミリーを見た。エミリーは、《自分にはムリ!》といわんばかりに頭をふった。
 「たのむよぉ」デシルは、なおも食いさがった。
 「……わかった。じゃあ、連絡先だけ教えてもらえるかな。艦の人たちに聞いて、いいようなら、こっちから連絡するよ。でも、ダメだったら、あきらめてもらえる?」
 「ありがとう!」デシルは笑った。色白で顔の小さなデシルが笑うと少女のように見えた。「ねえ、これからディーヴァに行くんだろ? ボクにも見せてよ。見たいな、最新型の戦艦とモビルスーツ」
 「ダ、ダメだよ! 身元がわからない人を連れて行くわけには……」フリットは、たっぷりと変な汗をかいた。
 そのとき突然、けたたましい警報の音が街中に鳴りひびいた。
 * * *
 突如、街中に警報音が鳴りひびいた。あたりの空気がふるえた。
 「なんだ!?」フリットは、おどろいて声をあげた。エミリーは、おびえた表情でフリットに近づいた。
 歩道にあふれていた人々が、今はひとりも見あたらない。大きな交差点に、フリットたちだけが取り残されている。
 街が、一瞬で死んだと思った。
 ――ゴゴオォンッ……! 何か、大きなものが近づく音がした。フリットには聞きなれていた音――MSの足音だった。
 フリットは周囲を見まわした。ビルに阻まれて視界がせまく、何も見えない。
 地響きとともに地面が揺れはじめた。突然、歩道と建物とのせまい隙間から、巨大なコンクリートの壁がせりだしてきた。壁は勢いをあげ、ビルと同じ高さになって止まった。
 「なにが起きてるんだ……」フリットはいった。
 洗練された街なみが、今やコンクリートの迷路のようになっていた。
 「お祭りだよ」デシルはいった。動物のように、口の両端を引き上げた。
 「そんなの聞いてないけど……」エミリーがいった。
 「お祭りみたいなものかな。――本当の祭りでも、人が死ぬことはあるだろう?」
 フリットは寒気がした。突然、知らない街に放りこまれた気分がした。
 「ほら、祭りの“山車”がきたよ!」デシルがいった。
 指した先、すぐそばのビルの谷間から鋼鉄の巨人が現れた。
 ――モビルスーツ!
 見たことがない型。深緑色の装甲。気味なひとつ目。ビルと同じ高さからフリットたちを見おろしていた。
 * * *
 鋼鉄の巨人――自治勢力“ザラム”のMS“ジラ”をあやつるロンド・フィッシャーはコックピットで顔をしかめた。
 「なんだ!? このガキどもは!?」
 おしゃべりに夢中で警報を聞き逃したのだろう。まぬけな少年少女がMSジラの足元でかたまっていた。
 ロンドは、外部スピーカーにつながるマイクに怒鳴った。
 「はやく、この場から離れろ! バカが!」乱暴にマイクをきると、つぶやいた。「死んでもしらんぞ……」
 戦闘だ。建物や人間に被害がないよう、最大の配慮がされているとはいえ、戦闘にはちがいない。死ぬものだっている。
 兄弟や親戚を失った者が、ロンドの同僚にもいた。彼らは決まってこういった。「愛する人を殺した、やつらが憎い!」
 ロンドの前方、ビルの陰から、あざやかな紫色をしたMSが現れた。対立勢力“エウバ”のMS“ゼノ”だ。
 「きやがった!」ロンドはターゲットスコープをのぞきこみ、前のめりになった。ジラが、両手にもつ対MS用75mm機銃の銃口をゼノにむけた。
 《倒さねば、殺される!》そう思うと、足元の少年たちのことなど、とうに頭のなかから消えていた。
 * * *
 フリットたちの頭上で、MS“ジラ”の持つマシンガンの銃口が火を噴きあげた。
 爆音が鳴った。立て続けに頭を殴られるようだ。エミリーは、たまらず大きな悲鳴をあげた。が、その声もかき消された。
 ジラの撃った弾丸は、ゆるい放物線を描きながら、100メートル以上離れたMS“ゼノ”の頭に命中していった。ゼノは顔を穴だらけにされた。のけぞって後ろに倒れこんだ。
 轟音とともに、周囲がゆれた。
 ジラは敵のいなくなった空間にむかって、なおも弾丸をばら撒きつづけた。大人のこぶし大の“薬きょう”が、フリットたちの頭上にふりそそいだ。
 「エミリー! よけて!」フリットは、耳をふさいでうつむくエミリーの腕を引っぱった。落ちてくる薬きょうを、コンクリートの壁に張りついてよけた。
 「デシルは!?」デシルは車道のまん中で、ジラの進路をふさぐように立っていた。目のまえで行われる戦闘に、好奇心で輝くまなざしをそそいでいた。身の危険など忘れているかのようだった。
 薬きょうのひとつが、ジラのひざの装甲に当たり、大きく跳ね上がった。デシルに向かって落ちていった。
 「危ないっ!」フリットは叫んだ。
 デシルはひざを曲げると、友人の投げるボールをよけるように薬きょうをかわした。
 「おどかさないでよ」こともなげにいった。
 恐怖を感じないほど無邪気なのか、恐ろしさのあまり感覚がまひしてしまっているかのか――どちらかしかないと、フリットは思った。
 いつの間にか、機銃の掃射は終わっていた。変わりに聞こえたのは、もう1体のMSの足音。近づいてきている。低い音が腹に響いた。
 「早く逃げよう!」フリットはいった。
 「逃げるって? どこへ?」デシルがいった。
 「どこっていっても……。とにかく、ここから離れるんだ!」
 ――こっち!
 幼い子供の声が聞こえた、気がした。フリットは、あたりを見まわした。コンクリートの道路と壁があるばかりだ。幻聴か――
 「こっち!」たしかに聞こえた。
 道路にあいた穴から、小さな女の子が顔を出していた。手を伸ばしてフリットたちを招いている。穴は非常口らしい。鉄製の扉を横に動かすと、地下の通路につながっていた。
 フリットたちは女の子に導かれるまま、地下に伸びるはしごを降りていった。
 * * *
 フリットとエミリー、デシルの3人は、女の子を先頭に地下の道を歩いた。
 女の子はリリアと名のった。
 通路は思いのほか広く、清潔だった。壁にならぶ照明のおかげで、歩くのにも困らない。
 ときどき、天井から伝わる地響きだけがおそろしかった。そのせいか、やたらと長い道に感じられた。
 「あぶなかったね! お兄ちゃんたち。戦闘がはじまったら、外にでちゃいけないんだよ?」リリアはいった。
 自分の頭ぐらいある、頑丈そうな布の袋を両手で持っていた。重そうに、時々よろめいていた。
 「なにをもってるの?」エミリーがたずねた。
 「“てつくず”だよ。これをあつめて、お母さんのくすりをかうの!」リリアは元気にいった。
 リリアにとって、それはもっとも誇らしい行為なのだろう、とフリットは思った。
 「重そうだね。助けてくれたお礼に、持たせてもらえる?」フリットはいった。
 リリアは、少し迷った顔をしてから「うん!」といって、フリットに袋をもたせた。見た目以上の重さが両腕に伝わった。
 「こっちにリリアのおうちがあるんだよ」リリアは、フリットたちを案内した。
 通路は下に傾斜しながら、まっすぐ奥に続いていった。
 * * *
 フリットたちは、地下の広い空間に出た。
 外より暗いが、高い天井についた照明のおかげで、慣れると十分に明るく感じられた。地上のような高い建物は見あたらない。未開発の地域だった。
 一行はリリアの案内で、舗装されていない道を歩いた。
 しばらく行くと、コロニー建設時につかったのだろう、大小の鉄骨などの資材の山が建物のようにならんでいた。その資材を柱や天井にして、シートで覆っただけの粗末な小屋も目についた。
 小屋のなかには人がいた。フリットたちに気がつくと、奥へと隠れていった。軒先の椅子にすわり、無遠慮な視線をおくる老人もいた。
 「ここだよ! リリアのおうち!」リリアが指したのは、柱だけは鉄骨でしっかりと組んでいる、壁と天井が建設作業用のシートでできた家だった。
 「リリアッ! どこに行ってたの!」家から細身の女性が飛びだしてきた。
 「おかあさんっ! 見て! こんなにあつまったの!」フリットのもつ布袋を指していった。屈託のない笑みだった。
 「まあっ……。この子ったら」女は、きびしい顔つきのまましゃがみこみ、リリアを抱きしめた。やさしく頭をなでた。
 「もう、危ないことはしないでって、お母さん言ってるでしょう? 本当に心配したんだから……」
 「リリア、がんばったよ」リリアは大人しくなった。
 「みなさんがリリアを連れてきてくれたのね」リリアの母は、フリットたちに向き直るといった。「本当にありがとう。なんと、お礼を言ったらいいか……」
 「いえ、僕たちは……」フリットが言おうとしたとき、リリアが口をはさんだ。「ちがうよ! リリアがお兄ちゃんたちを助けてあげたの!」
 「リリアッ!」野太い声がした。体格のいい男が、家のまえに走りこんできた。
 男は、厳しい顔つきでいった。「まったく、お前というやつは! 父さんと母さんに心配をかけるなと、あれほど言っただろう!?」
 「ごめんなさぃ……」リリアは、しおらしくなった。
 「すまなかったね、きみたち」男はフリットたちにいった。「リリアを助けてくれたんだね。ありがとう」
 「いえ、ちがうんです。僕たちがリリアに助けてもらって……」フリットは、事情を説明した。

 「――そうだったのか。やつらの戦闘に巻きこまれたのは災難だったな……。たまに、きみたちのような事情を知らない観光客が、被害にあうこともあるんだ」男はいった。
 「それにしても、街なかでMS戦をするなんて……」
 「この街の住人は皆、あれに悩まされているんだ……」男の口ぶりからは、日ごろの疲れがにじみでていた。
 「そうだ、自己紹介がまだだったな」男はイワーク・ブライアと名乗った。リリアは娘という。女は妻のキャシアといった。
 「失礼ですが、奥様はご病気なんですか?」エミリーがきいた。
 「うむ。ちょっとな……」イワークは眉間にしわをよせた。妻の病気で自分をせめているようだった。
 「たいしたことはないのよ」キャシアがいった。「ただ、1年ほどまえから、動くと、すぐに疲れるようになってしまって……」青白い顔で、やさしくほほえんだ。
 フリットは《それでリリアが、鉄くずをあつめて薬を買おうとしているのか》と思った。
 「きみたち、いそがないなら、うちで休んでいくといい。地上の戦闘は、だいたい1時間もすれば終わる」イワークはいった
 「休むっていっても……」デシルが口をはさんだ。「どこで休むの? こんな、せまい家」イワークの家のなかを無遠慮にのぞきこんだ。
 「ちょ、ちょっと! なにいってるの!」エミリーは声をあげた。
 「ハハハッ! そりゃあ、そうだな!」イワークは愉快そうにわらった。「若い子が休むには、ちょっとせまいかもな。外に椅子をだそう。お茶ぐらいならだせるから、ご馳走させてくれ」そういって、楽しそうに家の入り口をくぐった。
 「お茶は私が……」キャシアが続いた。
 「大丈夫なのか。身体は……」イワークはたずねた。
 「あんまり休んでも、かえって良くないわよ」キャシアは、夫の心配を冗談のように受け流した。
 * * *
 フリットたちは軒先に置かれた、それぞれ形のちがう椅子に腰をかけた。プラスチックのカップに注がれた、あたたかな紅茶を口にした。
 紅茶はインスタントだが、十分にうまかった。フリットは、ようやく人心地がついた気がした。
 天井から低い音がなった。獣のうなり声のようだった。
 フリットたちは、天井を見あげた。イワークも湯気の出るカップを片手に、いまいましげに天井をにらんだ。
 「あいつら、調子にのりやがって……」イワークがいった。
 「あの戦闘は、なんなんですか?」フリットはたずねた。
 「このコロニーが、連邦から特別に自治を認められていることは知っているか?」
 「2つの勢力が、コロニー内のそれぞれの領域を管轄しているという話は聞いたことがあります」地理の教科書で読んだおぼえがあった。
 「あれは2つの自治勢力、ザラムとエウバの争い――戦争ごっこさ」
 「コロニーで、そんなことを――」フリットはおどろいた。資源の限られたコロニー国家で、人間同士が戦うなどという愚かなことが、今でもあることに。
 「俺の知る限り、昔は、あそこまで激しい戦いではなかった。せいぜい、辺境で小競りあいをするぐらいのものだ。――しかし、ここ数年ほど前からだ。両勢力とも最新の戦闘用MSを手に入れるようになって、戦いが激化していったんだ」
 「でも、コロニーの街で戦闘をするなんて……」
 「戦いが激しくなってからは、勢力図も日ごとにかわるようになってな。今では、街なかでも戦闘が起きるようになっちまった」
 「もっと、平和なコロニーだと思ってました」エミリーがいった。「街はにぎやかで、人もたくさんいたし……」
 「昔はもっと賑やかだったさ……」イワークは遠い目をした。昔を思い出しているのだろう。「もともと、人の多いコロニーだからな。景気も今より、ずっとよかった」
 イワークは、カップの紅茶をのどに流しこむと早口にいった。
 「やつらがところかまわずドンパチするせいで、ファーデーンがいかに大きなコロニーでも、安全に住める場所が限られてしまってな。地価は高騰し、金のないやつは地下で暮らすしかなくなったんだ」
 イワークは視線を落とすと、なおも続けた。
 「――しかも、ここは法的には開発がゆるされないため、自由に家を建てることもできない。もっとも、今は不景気のせいで、仕事さえないやつのほうが多いぐらいだが……」
 「自治政府や連邦は、なにもしてくれないのですか?」フリットはきいた。
 「あいつらが弱者のために動くものか! ……偉ぶってはいるが人のために働くことなんて、考えもしない、さもしいやつらなんだ。俺たちは、あいつらのせいで、この生活を強いられているんだっ!」
 フリットが読んだ教科書には、ファーデーンについてただ1行「コロニーでは稀な、直接自治が認められている」とあった。それは、こんなにも重い現実だった。
 イワークは冷静さを取りもどすと、大人の表情になっていった。
 「とはいえ俺も、ここの住民も、政府の発注する公共事業がおもな仕事だった者がほとんどでな。今は、予算が軍事費にとられ、公共事業が大幅に減らされちまったんだ。仕事さえあればこんなところから出て、キャシアにも薬を買ってやれるんだが……」
 「リリアちゃん、鉄くずをあつめてました。お母さんのお薬をかうって……」エミリーがいった。
 「そうか……。俺の仕事が安定しないせいで、あいつにまで苦労をかけてちまったな……」
 「あなた、リリアを見なかった?」キャシアが家から出てきていった。「――おかしいわ。さっきまで、そこにいたのに……」
 一瞬の沈黙のあと、イワークはいった。「まさか、あいつ。また、外に出て……」
 「外になんて行くかなぁ」デシルが口を開いた。「あぶないのに」
 「戦いのあとにでる鉄くずを拾いにいったのかもしれん……。特にMSの機銃からでる“薬きょう”は、高値で売れるんだ。あんな危ないものには触れるなと、きびしく言っているんだが……」
 「あー、それじゃあ」デシルに視線があつまった。「行っちゃったかなぁ……」
 ――ズウゥゥン……!
 天井から大きな音がした。
 「もう1時間以上たっているのに、まだ戦闘が……」イワークは、思いつめたような顔をした。「リリアを探しに行く!」カップをキャシアに押しつけると駆けだした。
 「僕も行きます!」フリットはいった。「エミリーは、キャシアさんと、ここでまっていて!」
 「わかった!」エミリーはこたえた。
 「ボクも行くよ!」デシルがいった。
 フリットとデシルは、イワークを追って走りだした。
 * * *
 フリットたちは、さきほどの通路とはちがう、地上につながる道を走った。地下の住民が、よく使う道だという。
 地上に近づくにつれ照明が少なくなり、暗くなっていった。立ち入り禁止を示す金網のやぶれをくぐると、外に出た。
 立ちならぶビルは、分厚いコンクリートの防御壁に囲まれていた。200メートルほど先で、深緑色をしたザラムのMS“ジラ”と、あざやかな紫色をしたエウバのMS“ゼノ”が戦っているのが見えた。
 MSは互いに距離をとり、重火器でけん制しあっていた。2機のジラが、マシンガンの弾を嵐のようにばらまいた。1機のゼノが、ビル陰から、対MS用ライフルの狙いをつけた。大きな爆発音のあと、長い砲身から鋭く弾丸が放たれた。
 「リリアッー!」イワークは叫んだ。声は、ライフルの発射音にかき消された。
 「手分けして探しましょう!」フリットはいった。
 「ん? あれかな?」デシルが指した――2体のジラの巨大な足元に、ピンク色の服を着た子供がいた。
 「リリアァッ!!」イワークは絶叫した。
 リリアは火がついたように泣いていた。両手には大きな布袋をかかえていた。
 「あ、あいつらぁっ!!」イワークは雄牛のように猛って走りだした。
 フリットは、自分の腰ぐらいあるイワークの腕にしがみついて止めた。よろめきながらいった。
 「だめです! 危ないですよ!」
 「なら、どうしろというんだ!」イワークが目の色を変えていった。
 「停戦を呼びかけるんです! 今、ザラムもエウバも、リリアの姿が見えていない! マイクかなにかで、足元に子供がいることを教えてやるんです!」
 イワークは、跳ねるように顔をあげた。視線の先には、そこだけ壁に囲まれていないビルがあった。窓がない。立体駐車場のようだった。
 「仕事でつかっている作業用MSがある。あれなら……」イワークはいった。
 「それで、注意をひきつけましょう!」フリットはいった。
 「よし! 俺はMSをだしてくる。フリット、悪いがリリアのこと、たのまれてくれるか?」
 「まかせて下さい!」
 「恩にきるよ……」イワークは、本来のやさしげな顔になった。すぐに厳しい顔つきにもどると、ビルにむかって走りだした。
 * * *
 ほとんど光が入らない空洞のビルのなか。MSハンガーに固定された作業用のMSが立っていた。黄色い塗装は所々はがれ、サビが目立った。
 イワークは、ハンガーの側面についた階段を駆けあがった。MSの胸の高さまでのぼると、脇の下にある赤と青のスイッチを操作した。
 胸の装甲がまえに開いた。イワークは、なれた身のこなしで、なかに飛びのった。
 コンソールの下に鍵をさしこむ。前面のパネルが光を放った。
 「待っていろ! リリア!」黄色いMS――デスペラードの頭部にある、強化ガラス製のヘッドゴーグルがにぶく光った。
 * * *
 目のまえの壁が下に開いていった。ビルのなかに、まぶしい光が差しこんだ。作業用MS――デスペラードは、ゆっくりとした足取りで光のなかに入った。
 前方に、紫色をしたMSゼノの背中が見えた。ビルの陰にしゃがみ込み、ライフルをかまえている。離れたところにいる2機のMSジラを狙っていた。ジラは、対抗してマシンガンを掃射した。足元にはリリアがいる。
 「やめろっ! お前たち! 子供がいるんだぞ!」イワークは、外部スピーカーで叫んだ。
 ジラは撃つのをやめた。が、それは呼びかけに応えたというより、デスペラードが現れたことにおどろいたからのようだった。背をむけて銃をかまえるゼノは、前にいる敵に気を取られているのか、攻撃をやめようとしなかった。
 ゼノがライフルを撃った。衝撃による爆風で、あたりが土ぼこりにうまった。
 ライフルの弾丸は、ジラの頭部を正確に吹き飛ばした。ジラは一歩、たたらを踏むと、耐え切れずうしろに倒れこんだ。
 ゼノは、もう1体のジラに狙いをかえた。
 「やめろと言っているんだ!」デスペラードはゼノに近づいた。もっていた、つるはし型の作業工具を高く振りあげると、ゼノの背にむけて一気に振りおろした。長い爪のような工具の先端が、装甲の間に深々と突き刺さった。
 すぐにゼノの胸部がひらいて、パイロットが狂ったようにおどりでた。ヘルメットから地面に落ちると、よろめきながら走っていった。工具の先端が、コックピットまで達していたのだ。
 イワークが思いがけない勝利を収めた、そのとき、前方のジラがデスペラードにむかってマシンガンを撃った。さきほどよりも容赦のない鉄の雨だった。
 ザラムもエウバも、戦いに誇りや名誉といった高尚な理念を掲げてはいるが、本心では、庶民の反乱をもっとも恐れていた。それは、裏を返せば、自分たちの行いに負い目がある証拠だった。目のまえのザラム兵は、ついにエウバより恐ろしい敵が現れたと思いこみ、過剰な反応をしたのだった。
 75mmマシンガンの弾が、デスペラードの装甲に数え切れない穴を開けていった。
 * * *
 マシンガンの弾は、デスペラードの黄色い装甲に黒い穴をうがっていった。ひざの関節があらぬ方向にまがった。全身のバランスが大きく崩れた。
 「イワークさんっ!」フリットは叫んだ。
 デスペラードの上半身が地面に叩きつけられる瞬間――見計らったように胸部のハッチがひらいて、なかからイワークが飛びだした。イワークは背中から着地すると、勢いあまって地面を何度か転がった。すぐに立ち上がると、その場から離れていった。
 「フリット! リリアは!?」後ろからエミリーの声がした。キャシアも一緒だ。心配で、ついてきたのだろう。
 「今、助ける! そこでまっててくれ!」フリットは、リリアにむかって駆けだした。
 ――キャアァッ! 背後でキャシアが悲鳴をあげた。が、ふりむかずに走った。
 リリアの頭上でMSジラは、倒れたデスペラードに機銃を撃ちつづけていた。あきらかに過剰な攻撃だ。フリットは、落ちてくる薬きょうをくぐり抜け、リリアに近づいた。
 「うわああぁぁぁんっ!」リリアは、顔をボロボロにぬらして泣き叫んでいた。よろよろとフリットに近づく。ふくらんだ布袋を放さなかった。
 フリットは、リリアを袋ごと抱きかかえた。
 「おかあさあぁぁんっ! おとうさあぁぁんっ!」リリアは泣きわめいた。
 フリットは、エミリーたちのもとへ走った。走っている間に、考えずにはいられなかった。
 MSの戦いに生身で巻きこまれることのおそろしさ。MSの開発を手伝いながら、自分は、どこまでそれを理解していただろう。MSに乗ってUEと戦いながら、どこか、この現実を遠くのことのように思ってはいなかったか。
 フリットの身体が小さくなっていった。小さくなって、7歳のころの自分にもどった。
 リリアが重い。足がふらつく。
 母のところまで、遠い。
 でも、あと少し。もう数メートル。あそこまでたどりつけば、逃げられる。守られる。
 「フリットォッ!」エミリーが叫んだ。見開いた目は、フリットのうしろ、ずっと上のほうを見ていた。
 フリットは、見まいとした。が、見た。
 ビルよりも遥かに高い空の上。黒っぽいMSの編隊が飛んでいた。
 フリットは、立ちどまった。額から汗が流れた。汗は重力に引かれて落ちると、アスファルトに吸いこまれていった。
 フリットは、抱いていたリリアをおろした。
 「リリア、お母さんのところに行くんだ。……はやく!」
 「おがあざあぁぁんっ!」リリアは、泣きながらよろよろと歩いた。袋は、両手でしっかり持っていた。
 キャシアが駆けよった。リリアをかたく抱きしめた。
 「はやく、地下へ!」フリットはいった。「安全な道をさがして、できるだけ港のほうに逃げるんだ!」
 「は、はい!」エミリーは答えた。キャシアとリリアをつれて、通路にもどって行った。
 フリットは、その場を動かなかった。振りむいて、空を見あげた。
 UEのMS型3機編隊の機影がはっきりと見えた。
 今、この場に、コロニーを守れる可能性が1%でもある人間は、フリットしかいなかった。なんとしても止める。ここから先は、一歩も進ませない。たとえ、生身で戦うことになっても――
 「どうするの?」いつの間にか、デシルがそばにいた。「まさか、生身で戦うつもり?」ヘビのように、からみついていった。
 心を読まれたかと思った。が、今のフリットの顔をみれば、だれでもそう思ったかもしれない。
 「ガンダムを呼ぶ」
 「へえ。ガンダムは飛べるんだ?」デシルがきいた。
 「いや、打ちだすんだ。コロニーの空に」


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