【小説】ねこミミ☆ガンダム 2英代が牢に入れられて1時間が過ぎた。 うつ伏して床に倒れていた女が、急に、腹を押さえながら苦しみ出した。 「ぐうぅッ……! ううぅぅッ……!!」 顔を汗だらけにして女は呻いた。まわりの女たちも、ざわめきはじめる。 やがて、看守のネコミミが気づいた。牢の中をのぞき込んで声をあげた 「うるさいっ! 何をしている!!」 倒れた女は、うめきつづけた。 英代は、看守に近づくといった。 「この人、さっきから、ずっと床に倒れてました。そうしたら、急に苦しみ出して……」 「……おい」 看守が声をかけても、女はうめくだけだ。 「……おとなしくしてろよ」 看守は、鉄格子の鍵を開けると、なかに入ってきた。 「見てあげてください」英代がいった。 倒れた女の横にしゃがみ込むと、看守は様子を見た。 と、そのとき、 ――ドオン! と、大きなものがぶつかるような激しい音がした。上の階だ。牢のなかは色めきだった。 「何だ……!?」 ネコミミの看守は立ち上がり、扉を出ようとした。 そのとき、倒れていた女が立ち上がった。 「俺の仲間だ」 女はいった。ネコミミの片腕をすばやく取る。背中に回して固めた。 「こっ、こいつッ!!」 ネコミミは、空いている片腕で、腰にある銃を取ろうとした。 その腕に、英代が抱きついた。 動きのとまったネコミミに、女がひざを叩き入れた。 「ぐっ……!!」 短く叫ぶと、ネコミミは気を失って倒れた。 女は英代にいった。 「ありがとう。協力に感謝するよ」 「いえ……」 女は、全身が隠れるほど長いコートを着ている。しかし、コートの下は、ホットパンツとタンクトップ。変わった格好だ。 女はいった。 「名前をきいていなかったな」 「山本英代です」 「俺は由利亜だ。上條由利亜」 由利亜は、ざわめくまわりの女たちを見渡すといった。 「お前たちは、どうする? ここを出て、ネコミミ族と戦うつもりのあるものは!?」 壁のすみの座っていた女が口を開いた。 「無茶なことを……。あいつらには、アメリカ軍だって敵わないんだぞ……」 「だからって、戦う前から諦めてたら、何もできないだろう?」 「諦めるなだって!?」 女は立ち上がった。 「ネコミミどもは、今や政府のなかにも入り込んでいる! 現に、この警察署だってネコミミだらけだったじゃないか! ネコミミ族と戦うなんて、世界中を相手にして戦うようなもんだ!! 軽々しくいうことじゃない……!!」 「軽々しくいったつもりはないが……。世界と戦うか……」 つぶやいた由利亜は、遠くを見るような目をしていった。 「どうしても、ゆずれないものがあるとき、人は世界と戦うんだろうな……」 由利亜は、英代のほうを向いた。 「英代。お前は? ネコミミと戦うつもりはあるか」 「友達がネコミミ女王にさらわれてしまって……。助けたいけど、どうしたらいいか……」 「方法は何とかなる、といったろう。大事なのは戦う気があるか。戦う目的があるか、どうかだ」 「……た、戦います!!」 英代は、由利亜の目を見すえていった。「私も均も、なにも悪いことしてないのに、こんなところに押し込められて……! そのうえ、死刑になんて、されてたまるもんですか!!」 「ふふっ……。なら、ついてこい、英代!!」 「はい!!」 由利亜は階段に向かって駆け出した。 英代がついていこうとすると、突然、由利亜は立ち止まって、独り言のようにいった。 「友達を助けるか。いい理由だ。戦うには……」 英代たちが牢を出ると、すぐにネコミミの兵士に出くわした。 ネコミミ兵は、肩に下げていた大きな銃をこちらに向けた。 「どうやって外に出た! 牢にもどれ!!」 由利亜は両手を上げた。 「牢を開けていったやつがいる。俺たちは、上から大きな音がしたから、心配になって見にきただけだ」 ネコミミ兵は、こちらに銃をかまえながらいった。 「……そいつはどこにいった?」 「一階だ。階段のほうに走っていった」 階上からは、叫び声や銃撃音までがきこえた。 ネコミミは階上を見上げた。「お前たちは、ここでおとなしくしていろ」 「わかってるよ。撃たれたくはないからな」 ネコミミ兵は、背を向けると階段に向かった。 と、その背中に由利亜が飛びかかった。 「かわりに見てきてやろうか」 ネコミミを羽交い締めにした由利亜は、そのまま抵抗する兵と一緒に倒れた。 床に倒れると同時に、後頭部にひじを叩き込んだ。ネコミミは声もなく失神した。 「こいつは使わせてもらう」 由利亜は、倒れるネコミミから大型の銃を奪った。 「いくぞ、上だ!!」 「は、はい!!」 由利亜につづいて、英代は階段を駆けのぼった。 英代と由利亜は警察署の1階に出た。 窓口には大きなカウンターが並んでいた。銃撃音が激しく響いた。 入り口を突き破って、大きな黒いワンボックスカーが侵入していた。 床には、ガラスの破片や書類が散乱しており、ひどい有り様だ。 由利亜の仲間らしい侵入者たちは、車の陰に隠れて、警察署のネコミミたちと銃撃戦を繰り広げていた。 由利亜は、カウンターに身を潜めたネコミミに近づくといった。 「応援にきた。警察署のものだ」 「助かる!」 ネコミミはあっさりだまされた。 とはいえ《まったくのウソでもない》と、英代は思った。 「テロリストに接近を試みる。援護を頼んだ」 由利亜は、振り向くといった。「英代。俺のうしろについてこいよ」 英代は小声でいった。 「撃ち合っているなかをですか……!?」 由利亜も小声で「……あいつらは仲間だ。こちらには撃ってこない」というと、カウンターを飛び越えて駆け出した。 英代もつづいた。 銃弾が空気を裂く音を、英代は初めて聞いた。 前から後ろから、見えない弾が飛び交う。 英代と由利亜は走った。 「流れ弾に当たるなよ!!」前を走る由利亜がいった。 「どうやってですか!?」英代が声をあげた。 「祈ってろ!!」 「当たりませんようにっ!!」 ふたりはワンボックスカーの背後に、滑るように回り込んだ。 後ろのドアからなかに入った。座席は取り払われており、車内は広い空間になっていた。 運転席にいる女が振り返るといった。 「由利亜! 心配したぞ!!」 「OK。上出来だ。車を出してくれ!!」 車が急にバックした。 「うわっ!」英代は思わず転んだ。 どこかに何度かぶつかり、やっと警察署の外に出ると、車は、猛スピードで道を走っていった。 均は、無表情なネコミミの兵士に両脇を固められたまま、車に乗せられていた。 「おれ、学校があるんだけどなぁ……」 「……」 ネコミミ兵は聞く耳をもたないようだった。 やがて、車列は、厳重に警備された門をくぐり、ネコミミ女王の居城へと入っていった。古い住宅街だったところを区画整理していたのが、いつの間にか女王の城になっていたらしい。 広い庭には美しく植栽がならぶ。大きな湖まである。なだらかな丘には、牛や馬が放されてもおかしくはない。 白い石を敷きつめた美しい道を進み、巨大なエントランス前で車は停まった。 城は、豪奢で未来的なつくりをしていた。 尖塔が高すぎて、ここからでは頂上は見えない。真っ白で滑らかな壁面が目にまぶしい。 前の赤い車から、優雅な立ち振舞いで女王がおりた。チラと一瞬だけ、均のほうを目配せする。と、そのまま堂々とした足並みで、城のなかに入っていった。 均たちを乗せた車は再び動き出した。城の影になる裏口で停まった。均は、ネコミミ兵に両脇を固められたまま降ろさせれると、城へと入った。 エレベーターに乗せられて移動した。かなり昇ったところで「ポン」と、高い音がして止まった。 扉が開いた。真っ赤な絨毯をしいた廊下が、まっすぐに伸びている。 うながされるまま奥へ進むと、木製の大きな扉に行き当たった。なかに入ると、兵たちは深くお辞儀をして去っていった。 広い部屋だった。 大きな窓からは、街が一望できそうだ。 明るく美しい部屋だが、調度品の類いはほとんどない。まん中に、ひと組の小さなテーブルと、大きなソファーがあるだけだった。 部屋の奥に、いくつか扉がある。ここから他の部屋へつながっているのだろう。 一番奥にある扉が、カチャと音をたてて開いた。 あらわれたのはネコミミ女王だった。 先ほどとは別人のように穏やかな顔をしている。 気品を感じさせる口調で女王はいった。 「ようこそ。ネコミミ女王の城へ」 「ど、どうして、おれを、城につれてきたんだ……ですか?」 「緊張しなくていいのよ」 女王は人懐っこくほほえんだ。「まだ何もない部屋だけど、とりあえずくつろいでね」 女王がすすめるソファーに、均は座った。 ネコミミ女王は、均の横にちょこんと座った。 「おどろかせてしまったわね。突然つれてきて」 「そ、そりゃ、そうだよ。おれ、学校もあるのに……。あっ! 英代は!? あれからどうなったんだ!?」 「あぁ……。心配しないで。学校には話を通しておいたし、あの子のことも、配下にやらせているわ」 女王は、均にぐっと顔を近づけるといった。 「そんなことより、あなたのお名前。聞いていなかったわね」 均は鼻の頭に汗をかきながらこたえた。 「ひ、均……。並木均」 「なみ……、ひと……。ちょっと、いいにくいわねぇ」 女王はあごに手を当て、なにかを考えているようだった。やがて、ひらめいたようにいった。 「そうだ! 私が新しい名前をつけてあげる!!」 「……」 何をいっているのかわからず、均が黙っていると、女王は、発明をした子どものようにいった。 「《ポチ》なんて、いいんじゃないかしら!?」 「!?」 「……あら、気に入らない? それじゃあ、《ペス》は、どう?」 女王はさも満足げにうなずいた。「好きなほうを選んでね」 「選ぶもなにも……。おれ、均だし……」 「なら、名前は均のままで、あだ名をポチにしましょうか。うん。いい考えね」 「好きにしてください……」 「じゃぁ、ポチね。私のことは女王でいいから」 「えー……」 「あ、ちょっとまってね」 女王はテーブルの上にあるベルを、チンと鳴らした。 均の入ってきた扉が開き、メイドらしきネコミミがあらわれた。 「お茶とお菓子を」 女王の指示にメイドは深く礼をすると下がっていった。 ほどなくして、紅茶の注がれたティーカップとケーキが運ばれ、テーブルの上にならべられた。 「よかったら、食べて」 「あ、あのさ、さっきの話だけど……」 「どうして、つれてきたか?」 女王は、カップのはしを口に運び、ひとくちだけ飲むといった。 「あなたは選ばれたの」 「……な、何に?」 「ペットに」 「ペットぉ!?」 「あぁ……、ペットはちょっとちがうわねぇ。本国では、そういうんだけど。日本語は習ったばかりで……」 女王はしばらく考えたあとにいった。「そうね。お友達、ご学友ってところかしら」 「友達だからって、捕まえてつれてくることないだろう……」 均がいうと、 「ふふ」女王は目を細めて微笑んだ。優雅なしぐさでカップをテーブルにおくといった。 「ネコミミの王族には決まりがあるの。年頃になると気に入ったペット……というか、学友を集めて、そのなかから未来の配偶者を決めるのよ」 「ふーん。配偶者って?」均はカップに手を伸ばし、紅茶を口に含んだ。 「結婚する相手ってこと」 「ブーッ!!」紅茶をふき出した。「けっこん!?」 「そうよ」 女王はハンカチを取り出すと、優雅に顔をふきながらこたえた。「もちろん、私だって嫌がる人と無理にでも結ばれようなんて思わないわ。安心してね」 女王はニコニコとほほえみながら、テーブルのケーキを均にすすめた。 「それならいいけど……」均はケーキを食べながらいった。「そうだからって、無理矢理、城につれてくることないじゃないか。家には帰らせてもらえるんだろ?」 「あなた、これからは城で暮らすことになるから。私の許可なく外にで出ることはできません」 「なっなんでだよっ!?」均はケーキをまきちらしながら抗議した。 「そういう決まりだから。変な〈虫〉がついても困るでしょう?」 優雅に顔をふきながら女王はいった。「学校には義務教育を免除するよう、すでに話をつけたわ」 「そんな……。免除ったって……」 「今は、何もないけど……」 女王は部屋を見渡した。「ここにいれば、何でもほしいものが手に入るのよ。すばらしいでしょう? ほしいものがあったら、さっきのメイドたちにお命じなさい。すぐに持ってこさせるから」 「おれ、ほしいものなんてないよ……。ただ、家に帰らせてほしい……」 「それはできないわ」 女王は頭をふる。 「でも、いい子にしていれば、ご両親になら、月に一度くらいなら会わせてあげる」 女王は立ち上がると、均が入ってきた扉に向かって歩いた。振り向くといった。 「だから、ここから出ようなんて思わないでね」 「じゃ、じゃあ、ネットは!?」均はきいた。 「ネット? インターネットぐらいならかまわないわ。私も、日本語をおぼえてから、日本のコンテンツを楽しませてもらっているから。アングラ掲示板とか」 「よかった。ネットゲームを友達とやっているんだけど、そいつ、決まった時間にインしないと怒るんだよ」 「まぁ、こわいお友達ね」 「でも、いいやつなんだ」 「へぇ……。なんて、お名前なのかしら?」 「山本英代。さっき、おれと一緒にいた子だよ」 「ひでよ……。英代さんね。私とも、よいお友達になれたらいいけど……」 「なれるよ。そしたらさ、みんなでゲームして遊ぼうぜ」 「そうね。仲良くできることを楽しみにしているわ……」 そういって微笑むと、女王は部屋を出ていった。 女王は長い廊下を大股で歩いた。 扉のすぐそばに控えていた家臣と近衛兵が、影のようについてきた。 家臣が遠慮がちにいった。 「女王さま、あのような素性のわからぬ少年を候補にすること、私には賛成できません……」 「素性がわからぬなら、これから調べればよい」 きっぱりと言い返す女王に、家臣は食い下がった。 「しかし、ネコミミ族の未来を決める大切な……」 「くどいっ!!」 女王が一喝すると、家臣は小さな身を縮めた。 女王は歩きながら続けた。 「このことについては、私の思うようにさせてもらう!」 「申し訳ございません。私ごときが、差し出がましい真似を……」 「……よい」女王は、疲れたように息を吐き出すといった。「お前たちにも苦労をかけるな」 「そのようなお言葉……。もったいなくございます」 女王のうしろを歩きながら、家臣は頭を下げた。 「すべては、地球に降り立ったネコミミ族40億の発展のため」 「承知しております……」 エレベーターに乗り込む。閉まる扉を見ながら女王はいった。 「あの少年、並木均とともに調べてもらいたいものがいる。山本英代。同じ中学校の女子。今朝、私につかみかかろうとした女だ」 「おそらくは、現行犯で地元の警察署に勾留されているはずです」 女王は刃物のような鋭い目を眼鏡の奥で光らせた。 「人知れず連れ出し、処刑せよ」 「仰せのままに……」 家臣はうやうやしく頭を下げた。 エレベーターが高い音を鳴らして止まった。 王の顔になった女王は、家臣らをともない、エレベーターを降りた。 車は信号を無視しながら、猛スピードで走った。右に左に揺れる車内で、アシストグリップをにぎりながら、英代は由利亜にたずねた。 「これから、ネコミミ女王の城に乗り込むんですよね!?」 由利亜は落ち着いたようすでこたえた。 「俺たちには仲間がいる」 窓から見ると、並走する数台の車があった。 「心強いですね」英代はいった。「由利亜さんたちは、どういった集まりなんですか?」 由利亜は前を見つめながらいった。 「もとはネコミミに恨みがあるだけの、半端者の集まりでしかなかった。だが、優れたリーダーに導かれるようになってからは、ネコミミの強引なやり方を糾弾する、政治活動をするようになった」 「みなさんは、ネコミミの移民には反対なんですか?」 「移民に反対というわけではない。しかし、話し合いや法律さえも無視したやり方には我慢がならん。……お前も見ただろう。日本の警察は、完全にネコミミのコントロール下にある」 「はい……。私は、友達がネコミミの女王に無理矢理つれていかれるのに、抗議しただけで捕まりました」 「俺もだ。一ヶ月前、強引な移民推進に抗議するデモをしていると、何の容疑もなく警察に拘束された」 「ネコミミたちが、裏でそんなひどいことをしてたなんて……」 由利亜は、凛々しい顔つきのまま、英代に向き直るといった。 「俺は、さっき『ネコミミと戦うか?』と、お前にきいたな」 「はい。ネコミミの横暴はゆるせません……!」 「だが、そんな物騒な戦いなんかせずに、みんなで仲良く生きていければいいとは思わないか?」 「そ、それは……思いますけど……」 英代は警察署でのことを思い出していた。「人もネコミミも銃を撃ち合ってました。あれって、1発でも当たれば死んでしまいますよね。でも……」 「そうだ。引くことはできん。とはいえ、戦わずに済むなら、それに越したことはない。――だが、人の『これだけはゆずれない』という、強い思いや考えが戦いになり、その戦いの歴史が、世界を理想に近づけてきたんだ」 「理想……」 「戦いとは、戦うこと自体に価値がある。敵を殲滅すればいいというものではない。もちろん、こちらとしても、間違っても死ぬわけにはいかないがな」 由利亜は口のはしを歪めた。 英代たちを乗せた車は、一団となって道を突き進んだ。 前方に、ネコミミ女王の巨大な城が見えてきた。細長い真っ白な外観が威圧的だ。 「乗り込むといっても、これから、どうするんですか?」英代はきいた。 「あぁ、簡単なことだ」 車はさらに速度を上げた。止まる気配はない。 「このまま正面から突っ込む!」由利亜はいった。 「え……!?」 問いただす間もなく、目の回るほどの衝撃がきた。 英代は車内で浮き上がった。まるで無重力だ。天井に頭をしたたかにぶつけた。 英代と由利亜を乗せた車は、門を突き破って城内に侵入していた。 窓の外には、逃げまどうネコミミの衛兵が見えた。英代も一緒に逃げ出したい気分だ。 こちらを狙っているであろう銃撃音を振りきって、車は、城内の広い庭を走った。 林のなかに入ると停まった。 「降りるぞ! ここからは別行動だ!!」 車から降りた由利亜は、林の奥にある四角い無機質な建物を見あげた。 「この奥にある工場から、例の機械巨人を奪う」 「そ、そんなことを……!?」 ――ズン! と、地響きがして林がゆれた。小鳥たちが、木々の間から逃げ出していく。 木の上から頭を出したのは、ネコミミの巨大な機動兵器。機械の巨人だった。 「隠れろ!」由利亜の指示で、英代は身を低くした。 巨人は、ひとつ目をぐるりとまわすと、あたりをうかがった。何もないと思ったのか、そのまま林を抜けて、銃撃戦の行われている正門へと向かった。 「あんなのがいったら、みんなやられちゃう……」英代がいった。 「こちらも急がなくてはならんな」 「でも、あんな大きなもの、本当に盗めるんですか?」 「内通者によって手はずは整っている。あとは、やるだけだ」 覚悟を決めて英代はうなずいた。 由利亜は、「そうだ。万が一のために、これをつけておけ」と、ふところから大きな猫耳のついたヘアバンドを取り出した。 「え、これですか……?」 英代は、複雑な気持ちでヘアバンドを受け取った。 「一応だ。一応。俺だって、こんなもの……」 由利亜はヘアバンドをつけた。大きな猫の耳がチャーミングだ。 仕方なく、英代もヘアバンドをつけた。今の制服姿には似合ってないはずだ。 そこに、武装したネコミミ兵士が慌てたようすで通りかかった。 「お前たち! 何をしている!?」 ネコミミ兵は早口でいった。「賊が侵入しているんだぞ! 撃退に向かえっ!!」 由利亜は、灌木の間から顔だけを出して、 「武器が故障してしまい、もどるところです」 と、看守から奪った大きな銃を見せた。 「整備が足りんからだ! さっさといけ! ――まったく、女王さまがおられる時に……」 兵士は正門へと走っていった。 「バレなかった……」英代は大きく息を吐いた。 「こちらも急ぐぞ! あの建物だ!」 由利亜と英代は、林のなかを走って、工場を目指した。 「何事か!?」 ネコミミ女王は執務室にいた。外から大きな衝突音がするのに気づいて、机にあるマイクに呼びかけた。 すぐに、家臣と武装した近衛兵が入ってきた。 「侵入者です!!」 息を切らせる家臣に、女王はいった。 「報告おそい! 状況は!?」 「マシンドールを向かわせています! 直に鎮圧されるはずです!」 「ふむ……」女王が窓から見ると、正門へと向かう2体の機械の巨人〈マシンドール〉の姿があった。 反抗はそれほど大がかりなものではない。家臣のいうとおり、テロリストは、すぐに押さえられるだろう。 女王はいった。 「この城の警備はうすかったな」 「はい。この国で、このような抵抗があることは想定しておりませんでした。油断です……」 「ふ……」 女王は自嘲した。すぐに厳しい顔にもどるといった。 「テロリストたちについての情報は?」 「ネコミミ族の移民に反対する運動をしていたものたちです。先月にはリーダーを拘束しましたが、勾留していた警察署を襲って脱獄すると、そのまま襲撃してきたようです」 「計画されているな」 「はい。しかし、規模はそれほどでもありません。やはり、準備不足でしょう」 「ふむ」 「それと、これは、まだ未確認の情報ですが……」 家臣は、あたりにはばかるように小声でいった。 「賊リーダーの女と同じ牢に拘束されていたもののなかに、女王さまの探しておられる、件の山本英代がおりました」 「ほぅ……」女王は目を細め、ピクリと頭上の大きな耳だけを動かした。 「確認させたところ、脱獄した警察署から、山本英代の姿もなくなっております。……賊らと行動をともにしている可能性があります」 「ふっ、ふふっ……」 女王は眼鏡の奥の目を光らせた。「テロリストとして、わざわざ自分から処分されにきてくれたか……」 「……こちらの思う壺です」 女王は椅子から立ち上がるといった。 「この城の兵士らは練度も低い。私が直接、指揮をとろう」 「危険ではありませんか」家臣はこたえた。 「これも女王の執務だ」 女王は、家臣らを伴い執務室を出た。 由利亜と英代は、林を抜け、工場の入り口についた。 混乱のためか、警備の兵はいない。大きなガラスの扉を叩きわって侵入した。 うす暗い通路をひた走る。やがて、広くて明るい場所に出た。 まず目に入ったのは、高い天井に頭がつきそうな、巨大な機械の人形だった。 鉄柱と大きな鉄板を合わせたような台――ハンガーに、背中を張り付けて立っている。まるで発射されるのを待つロケットのようだ。 白い装甲がまぶしいほどの光沢を放つ。巨人は、神の像のようでもあった。 額には二本の鋭い角。頭には大きな耳がついていた。 まわりの壁からは、大小のクレーンが伸びていた。床には背丈よりも大きなコンピューターが並ぶ。整備兵や技術者らしきネコミミの姿も多かった。 不意に、ドドドッ! と、由利亜が天井に向かって銃を撃ち放った。 「開発、ご苦労! これより新型機の起動実験を行う! ケガをしたくないものは、すみやかにここを立ち去れ!!」 突然のことに戸惑うネコミミたち。はじめはそろそろと、次第に、われ先に出口へと殺到した。 由利亜は、ヘアバンドの猫耳を投げ捨てた。機械の巨人を見上げていった。 「あの新型を奪う! 内通者によって、ロックは解除されている!!」 由利亜と英代は、巨大な機体の足元に走り寄った。 由利亜がハンガーの横にあるパネルを操作した。高い場所にあるゴンドラ型のエレベーターを降ろそうというのだ。しかし、エレベーターは反応しなかった。 「ちっ……! 電源が切られているのか」 バタバタと騒がしい足音がきこえたあと、入り口のほうから声がした。 「侵入者だ!」「機体を奪うつもりか!?」 武装したネコミミ兵たちが迫っていた。 「由利亜さん! き、きました!」英代は声をあげた。 「仕方ない……! のぼれ! 英代!」 「えっ!?」 「棒登りだ。子どもの頃にやったろう」 一瞬、沈黙したあと、英代はいった。 「由利亜さんがいくんじゃないんですか……?」 「俺は、昔、肩に銃弾を受けてしまってな。左腕が、頭より高く上がらんのだ。この鉄柱をよじのぼって、機械の巨人を奪ってこい」 「私、今日、スカートなんですけど……」 「気にするな。女しかない」 と、いっている間に、ネコミミ兵たちが、壁や柱の陰から、こちらを狙って撃ってきた。 弾丸が、足元の床に火花を散らす。 「わ、わっ!」 「いけ! 英代!」 由利亜は銃で応戦した。 英代は、太い鉄柱に取っ組んだ。ここから10メートル以上のぼれば、胸部のコックピットまでいける。 ハンガーの大きな鉄板に、銃弾が当たって火が跳ねた。映画のワンシーンなら、さぞ盛り上がるだろう。 「う、撃たれてます!」 「応戦している! のぼれ!!」 由利亜はいいながら、ネコミミ兵に銃を撃ち返した。 英代は銃撃のなか、鉄柱をよじ登った。エレベーターの最上部までくるといった。 「奪うっていっても……。どうやって入るんですか!?」 「音声認識!」由利亜がこたえた。 英代は巨人に向かって声をあげた 。 「開け! なかに入れて!」 ――ブウン……、と、音がして、機体がわずかにふるえた。と、巨人の胸の装甲が大きく前に開き、なかからコックピットシートがせり出してきた。 英代はシートに飛び乗った。 「乗れました!」 遠くにいるネコミミ兵が、英代を狙撃する。英代の顔のわきで、ガン! と装甲が弾を跳ね返す音がした。 「うわっ! 閉めて! ハッチ、閉める!」 英代の乗るコックピットシートが胸に収まり、胸部の装甲が閉じられた。 由利亜はいった。 「でかしたぞ! 巨人を動かせ! 壁をぶち壊して脱出する!」 英代がコックピットに入ると、周囲を取り囲むモニターが明るくなり、外の景色を、そこにいるかのように映し出した。 「う、動かす……? 歩け!」 正面のモニターにウィンドウが開き、英代のいるコックピットシートの図を表示した。足をのせているフットペダルの部分が、赤く点滅している。 「これで動くの?」 英代がペダルを踏み込むと、巨人はゆっくりと歩き出した。 由利亜は見上げながらいった。「いいぞ! その調子だ! 次は腕を動かすんだ!」 「腕ね! 腕を動かせ!」 モニターに映るコックピットの図で、シートの側面にある、球状のコントローラーが点滅した。 「これで動くのね! 優秀!」 コントローラーに手をのせて操作した。巨人の腕が上下に動いた。 「よし! うまいぞ! 素質がある!!」由利亜がいった。 「ゲームでなれてますから!」 「ゲームか! そりゃあいい! 次はしゃがみこんで、俺を手のひらに乗せるんだ!!」 そのとき、いつの間にか、由利亜の背後に近づいていたネコミミ兵が、マシンガンのグリップを由利亜の後頭部に向けて降りおろした。 苦しげにうめいて倒れる由利亜。ネコミミ兵は由利亜に乗りかかると、両腕を手錠で拘束した。 「由利亜さん!」英代は叫んだ。 ネコミミ兵は、由利亜の頭に銃口を押し付けながらいった。 「マシンドールから降りろ! 地球人!! 仲間を殺されたいか!!」 「ど、どうしよう……」 コックピットで英代がうろたえていると、押さえつけられたままの由利亜がいった。 「いけっ! 俺にかまうな!!」 ネコミミ兵は銃口で由利亜を殴り付けた。 「口を開くな! こいつっ!!」 モニターで見ながら英代はつぶやいた。 「いけっていっても……。私ひとりでは……」 「進め! 戦わなくては、もう生きてはいけない! お前には、ここまできた目的があるんだろう!? 友だちを助けにきたんだろう!!」 「だまれといっているんだ!!」 ネコミミ兵は銃のグリップで、さらに由利亜を殴ると、英代に向かっていった。 「今すぐ降りろ! でなければ、こいつを、この場で処刑する!!」 「待って! お、降りますっ……!!」 由利亜は、血だらけになった顔でネコミミ兵を見すえた。 「殺せ! 俺の魂は、お前たちに愛する人を奪われたとき、すでに死んでいる!!」 英代を見上げるといった。 「英代! 前に進め! 俺たちは、間違ったことをしちゃあいない!! ここまできた俺たちの意地を、その思いを……、あいつらに見せてやってくれ!!」 「由利亜さんっ……!!」 英代は、モニターに映る由利亜を見た。 迷いのない瞳で英代を見返していた。 「……英代、いきます!!」 英代がフットペダルを踏み込むと、白い巨人がゆっくりと歩き出した。腕を前に出し、工場の壁を突き破る。工場全体がきしみ、天井から部材がバラバラと落ちてきた。 「こいつらっ! よくもぉ……!!」 ネコミミ兵は由利亜を引きずりながら、通路の方へと下がっていった。 由利亜は、壁を壊して出ていく機械の巨人を見ながらつぶやいた。 「英代……!! お前は、俺のようにはなるなよっ……!!」 女王と家臣は、簡易の指揮所となった小高い丘にきた。 ここからは前線となった正門の付近がよく見渡せた。 車の座席から飛ぶように降りると、女王は、指揮官のネコミミ兵にたずねた。 「状況は。どうか」 ネコミミの指揮官は、背筋をまっすぐに伸ばし、ネコミミ式の敬礼をするとこたえた。 「はっ! マシンドールを投入したことで、敵の戦線は崩れました。じきに鎮圧できます」 「よろしい」 遅れて車から降りてきたネコミミ家臣が、女王に近づくといった。 「今回、賊の襲撃は小規模とはいえ、こちらの備えも不足しておりました。近隣住民や政府の反対は予想されますが、警護のマシンドールの増強を提案いたします」 「うむ」 女王は指揮所のネコミミ兵たちを見渡しながら、よくひびく声でいった。 「テロリストは可能な限り生かして捕らえるよう、前線にまで通知せよ! 我らの目的は敵の殲滅ではない。この未開の星の原住民を善導し、劣った文明を進歩させ、ともに生きることにある! テロリストを殉教者にしてはならん!! 我らこそが正義であり、公であることを忘れるな!!」 「はっ!!」 ネコミミ兵たちは敬礼でこたえた。 そのとき、丘から見下ろせる林の木々が大きく揺れた。 「ん? あれは……」 木々の間から頭を出したのは、まぶしいほど真っ白な装甲をしたマシンドールだった。 目ざとく見つけた女王が、それを凝視しながら家臣にたずねた。 「この城にあるマシンドールは2機だけだったな?」 「はい。最低限の備えでしたが、賊相手にはなりました」 「では、あの林にいるのは……?」 「……あっ!」 家臣が気づくと同時に、女王も気がついた。 「NK―02! 私の機体ではないか! あんなものまで持ち出したのか!?」 おどろく女王に、家臣はこたえた。 「そんなはずは……。NK―02はまだテスト段階です。それに女王さまの専用機体を、賊の掃討に用いるものなどおりません」 「では、あれは何だ!!」 「開発部へ問い合わせます!」 車へ走った家臣は、白い顔になってもどってきた。 「お、応答がありません……」 「まさかっ……!!」 女王は、まわりのネコミミ兵が耳を跳ね上げるほどの大声をあげた。 「奪われたというのかっ!? 私の……、女王の機体を!? テロリストにっ!!」 女王は八重歯が見えるほどはがみした。こぶしを強く握ると、爪が手袋を突き破って、手のひらに食い込んだ。 英代のマシンドールは、林を抜けて、女王の城へ近づいた。 外部スピーカーから大きな声を出した。 「ひとしー! 出てらっしゃいー!」 英代はモニターであたりを見回した。 「あんたを助けるために、今大変なことになってるんだからねー!!」 マシンドールは城の前にきた。 「城につれていかれたと思うけど……」 城の尖塔は高く、マシンドールでも手が届くものではない。 「頂上じゃいけないし……、地下なら声もきこえない……」 不意に、カメラが小さな変化をとらえて、モニターに映し出した。 城の中ごろにあるバルコニー。そこにつながる大きなガラス窓が、内側から破られた。 なかから出てきたのは、両手に椅子を持った均だった。 「均!」英代は叫んだ。 「英代の声がきこえたけど……」均は、あたりを見回して、マシンドールに気がついた。「まさか、あの巨人か!?」 「均! こっちよー! えーと、手をふる、手をふる……」 英代のマシンドールは、手をふりながらバルコニーの下まで近づいた。 「本当に英代かよ!? うわぁ……! 何で、そんなのに乗ってるんだ!?」 「成り行きで、こうなっちゃったのよ……。均こそ、大丈夫だった? 変な改造とかされてない!?」 「それが、やばいんだよ! もう、家には返さないとかいわれてさ! 学校もいかなくていいって。ネットは、やり放題らしいけど……」 「ダメよ! 学校にもいかず、ネットばかりやってたら廃人になるわよ! それに学校は義務教育だから、いかないとダメです」 「あっ! そ、そうかっ……!!」 英代のマシンドールは1階を足場にして、バルコニーの下まで腕を伸ばした。 「とにかく、ここを離れましょう!」 均は、数メートル下の巨人の手のひらを見下ろしながらいった。 「これに飛び乗れってのか? こ、こえぇ……」 「大丈夫! 受け止めるから!」 均はバルコニーの柵に足をかけ、巨人の手に下りようとして足を滑らせた。 「うわっ!!」 背中から巨人の手のひらに落ちる均。そこからこぼれて、さらに下まで落ちそうになるところを、巨人のもう一方の手が支えた。 「あぶなかった……」英代は大きく息を吐き出した。 英代のマシンドールは、均を手に乗せたまま、正門からは離れた別の門に向かった。 歩きながら英代はいった。 「それにしても、何で均をつれていったのかしら」 均は手の上で、こちらに振り向いた。 「配偶者がどうとか、結婚するとかいってたな」 英代はふき出した。 「ケッコン!? 均と結婚するっての!? 女王が!?」 「何か知らんが、そうらしい」 「はあぁ……。バッカじゃないの。ネコミミの考えることはわからないわ」 「とにかく助かったよ。あのまま、もう外に出れなくなるかと思った」 「そうそう、感謝してよね。あんたを助けるために……。あぁっ!!」 「どうした!?」 「由利亜さん。ここまで一緒にきたけど捕まっちゃったのよ。助けないと……。仲間のみんなも……」 閉じられた門の前にきた。こちらの門は使われてないらしく、警備の兵はいなかった。 英代はマシンドールを操り、均を門の外側におろした。 「均は、ここから逃げて」 「英代は、どうするんだよ!」 「みんなが心配だから、いかないと……」 均は不安そうにマシンドールを見上げた。 「大丈夫かよ……。今度は英代が捕まりでもしたら……」 「そのときは、均が助けにきてよね」 「おれ、巨人の操縦とかできないけど……。いざとなったら、みんなと助けにいくよ!!」 「ありがとう! じゃ、いってくるね!!」 英代は、マシンドールを正門に向かわせた。 ネコミミ軍の量産型マシンドール――〈ニャク〉。 パイロットのネコミミ隊長は、不意に入った通信にこたえた。 「こちらニャク隊、きこえている」 モニターの小さなウィンドウに映るネコミミ家臣は、いつになく狼狽したようすでいった。 「女王さまの新型機が賊に奪われた! 至急、取り押さえろ!!」 悪い冗談のようだが、その表情から事実であることがわかる。 「工場から奪取された新型は、ニャク隊のいる正門に向かっている。迎撃してくれ!」 「開発中の専用機ですか……」隊長は、あえて渋い顔をつくっていった。「我々だけで、特別機の相手ができますか」 「特別機とはいえ、乗っているのは原住民の素人だ。お前たち、軍を代表する熟練パイロットの相手ではない」 家臣は、一段声を押さえるとつづけた。 「ちなみに、この件は、外部に漏れれば、重大な政治問題になる可能性がある。諸君らの健闘を祈る……」 「隊長! 大変なことになりましたなぁ!」 僚機のニャクを操るネコミミ軍曹は、いつもと変わらないようすでいった。 隊長はこたえた。 「女王さまの機体を、賊の手で汚させるわけにはいかん。すみやかに取り押さえるぞ」 「まったく、警備のやつらは、なにをしているんですかねぇ……」 「テロリストは、マシンドールに関しては素人だ。油断はできんが、特別機とはいえ、恐れる相手ではない」 「敵は素人ですか。そりゃあいい情報です。この城の連中も、素人ばかりのようですがね」 「ふふっ……」隊長は思わず口のはしを歪めた。「軍曹、お前の冗談はおもしろいが、あまり人の多いところでは、聞かれないようにしてくれよ」 「了解であります!」 軍曹は、コックピットのなかでネコミミ式の敬礼をして見せた。 テロリストが抵抗をつづける正門に背を向け、2体のニャクは、林のなかにある建物に向かって歩きだした。 すぐに、奪われたマシンドール〈NK―02〉が、林の切れ間から現れた。 「ターゲット、きた!」軍曹がいった。 「女王さまの機体だ。無下に傷つけるわけにはいかん。白兵戦で取り押さえる」隊長は命じた。 「了解!」 軍曹のマシンドール〈ニャク〉が、NK―02に近づいた。その腕を取った。 「テロリスト! 女王さまの機体から、すぐに降りろ!!」 コックピットの英世はおどろいた。 「機械の巨人! 戦う!? 勝てるの……!?」 取っ組み合いをはじめる2体のマシンドール。それを見ながら隊長はつぶやいた。 「慎重にやれと言いたいところだが……。今は、すみやかにやるしかないか」 軍曹のニャクが、NK―02のもう一方の腕をつかんだ。 「おとなしくしていろ!」 両腕を拘束された、英代のマシンドール。突然、その頭から、二筋の光が伸びた。 光の線はニャクの胴体を撫でるようにすばやく走った。 次の瞬間、ニャクの肩から、白い煙がもうもうと立ち上がった。分厚い装甲におおわれた左腕が、肩からずるりと落ちていった。地響きがあたりを震わせた。 軍曹は、少しの間をあけて、機体の変化に気がついた。 「た、隊長っ! こいつ、内蔵兵器を持ってる!!」 ニャクは方腕を失っていた。肩には、オレンジ色に光る鋭い切り口だけが残された。 さらに、NK―02の額にある左右の射出口から光が伸びた。光は、ニャクの足元を駆けた。 ――バシッ! と、音がして、真っ赤に光る焼け跡が地面にできていた。 軍曹のニャクが、ガクリと体勢を崩す。足首が熱線で焼き切られていた。 「うわあああぁぁぁっっ!!」 叫びながら、軍曹のニャクは背中から大地に倒れ込んだ。 僚機に向かって、隊長は声をあげた。 「軍曹! 脱出!!」 「し、しますっ!!」 仰向けに倒れるニャクの胸が開いた。前にせり出したコックピットシートから、軍曹が飛び出す。転げるように木々のなかに逃げていった。 大破した僚機のニャクを見ながら、隊長はつぶやいた。 「内蔵の高出力ビーム兵器。自動反撃か? やっかいなものを……」 英世は、コックピットで丸い目をした。 「な、なにが起きたの……」 襲いかかってきたマシンドールが、何もしないうちに片腕を失い、地面に倒れていた。 モニターに、英代の乗るマシンドールの全身図が映された。額の左右が赤く点滅している。 「勝手に反撃した……?」 ネコミミ隊長は、コンソールをすばやく操作し、指揮所に通信をつなげた。 「僚機がやられた! 敵は内蔵兵器を持っている。こちらには情報がないので対処できるかわからない! 武器の使用を!!」 ネコミミ家臣が応じた。 「許可する! 何としても捕らえてくれ!!」 通信が切れた。隊長はつぶやいた。 「何としてもか……。どうして、そんな大事なものを獲られるんだ!!」 隊長のニャクが走った。腰のホルダーにとめられた、近接戦闘用の武器を手に取る。鉄さえも焼き切る高熱を発する、手斧型の武器〈ヒートアックス〉。NK―02の前に迫ると、一気に振り下ろした。 「わっ!!」 英代は、急ぎ腕を上げさせてガードする。 金属同士が激しくぶつかる。衝突音が耳を突いた。 ニャクのヒートアックスが、NK―02の腕に直撃していた。が、腕には、キズひとつ、ついていなかった。 「なにっ!?」隊長は声をあげた。「キズもつかない!? どんな装甲だ!!」 英代のマシンドールが、両腕を前に伸ばして、ニャクの頭をつかんだ。 「ごめんなさいっ!!」 そのまま前進して、ニャクを引き倒した。 「ぐっ!!」 衝撃がコックピットにまで伝わる。 ニャクを見下ろす白いマシンドール。その額の左右が光った。 「うぅっ……!!」 隊長は、眼前に迫る光の帯を見た。 丘の上の指揮所から戦闘のようすを見ていたネコミミ家臣は、双眼鏡から目をはなすといった。 「ニャク隊、全滅です。やはり、相手にはなりませんでした……」 「……」 わかりきった報告を聞いて、女王は黙った。 頭を押さえる家臣。そこに、急ぎ足で近づいた兵士がなにかを告げた。 報告を受けると、女王に向かって、家臣はいった。 「テロリストの首魁と目される、上條由利亜を捕らえたようです。しかし、それ以外のテロリストには、戦闘の隙を突かれ、逃げられたとのことです……」 「……由利亜!」 執務室でのことを思いだし、女王は顔をあげた。「では、一緒にいたという山本英代は!? どうしたのだ!!」 「不明です。――ただ、未確認ですが、地元中学校の制服を着た少女が、上條由利亜と行動をともにし、NK―02に乗り込んだという情報があります。あるいは……」 「まさか……」 「可能性はあります」 女王は丘の下にいるNK―02をにらみつけた。 「どこまでも、私のジャマをっ……!!」 「恐れながら……」 家臣は、頭の耳を力なく垂れながらいった。「われわれには、もう、テロリストに奪われたマシンドールに対抗する術がありません」 「……」 「撤退の、ご決断を……」 「バカなッ!!」 女王の剣幕に、まわりの将兵たちはおどろき、そろって耳を跳ね上げた。 「私がっ! ネコミミ族40億人を束ねる、この私が!! 未開人の賊を前にして逃げろというのか!?」 「し、しかし、現実に……」 「新型のマシンドールを奪われ、建造したばかりの城をあけ渡したなどと知られてみろ! 移民政策は大きくつまずくことになる……! いや、この件で、各国の反対派がいきおいづけば、計画そのものが頓挫することだって……」 女王はあたりを早足で歩き回り、独り言のようにつぶやいた。 「こんなことが本星にまで伝わってみろ。私を含め、地球に降り立ったネコミミは、どんな処分を受けるか……」 「……」 家臣も黙ってうなだれた。打つ手がないことは、だれの目にも明らかだった。 と、女王は弾かれたように顔をあげた。 「――いや、機体はある! 私の専用機だ。この城に搬入したはずだったな!?」 「たしかに、ございますが……。まさか、女王さま自ら、テロリストと戦われるおつもりで?」 「そうだ。機体があるなら戦えるではないか!」 「お、おやめください! もしものことがあれば……!それに、機体は、新型機には劣る、一世代前のものです」 「たとえ旧型でも、原住民の子供なんぞに負ける私ではない! それに、今は、そんなことをいっている場合ではないのだ!!」 「専用機は、城の地下格納庫に搬入されておりますが……」 「急ぎ、車を向かわせろ!!」 女王と家臣は、走って車に乗り込むと、城へと向かった。 ジャンル別一覧
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