【小説】ねこミミ☆ガンダム 第2話 その1まばゆい光と宝石だけで出来たようなホテルのホールに、山本英代はいた。 数えきれないほどの報道陣が、英代を十重二十重(とえはたえ)に取り囲む。着飾ったパーティーの他の出席者たちが、そのようすを遠巻きに見つめる。 今まさに、100人を優に超える大人たちの視線が、英代の一挙手一投足にそそがれていた。 カメラのフラッシュが、バシャバシャと遠慮なく叩きつけられる。頭と目がチカチカした。興奮で脚もふらつきそうだ。 大人たちの輪の中で、英代は笑顔をつくった。手には大事に抱えられた桐の箱。なかには、ついさっきまで行われていた政府主催の式典で、天皇陛下より直々に授与された、勲一等「旭日大授章」が納められていた。 今は、式典の出席者のために設けられたパーティーの最中だった。報道陣による取材も認められていた。 1週間前、英代は、ネコミミ族の女王に捕らわれた幼馴染みの並木均を助け出した。同時に、ネコミミたちによる不当な政治支配の野望を打ち砕いた。今や英代は、日本の「英雄少女」として、メディアに取り上げられない日はなかった。 この旭日大授章は、政府に反対意見も多いなか「民族の自決を守った」として、天皇陛下の聖断により、特別に授与が決められたものだった。女子中学生で勲一等を受勲されたのは、史上初めてのことという。 「こちらにもお願いします!!」 英代の背後から、カメラマンが必死に呼びかけた。 英代は、小箱を抱えながら、声のした方に振り向いた。新たにフラッシュの雨が降り注ぐ。 メディアを代表して、ひとりの女性リポーターが前に出た。英代にマイクを向けるといった。 「山本英代さん! 今回の受勲、誠におめでとうございます! 女性で史上初、しかも、14歳という若さで旭日大授章を授与されました。今のお気持ちを一言でお願いします!!」 「い……」 「い?」 「イエーイッ!! お父さん、お母さん、裕子、均、クラスのみんな、見てるぅ!? すごいのもらったよっー!! あとで見せたげるからねえー!!」 目を丸くするリポーター。英代はつづけた。 「あ、お母さん、ちゃんと録画できてる!? これライブですよね! うちのお母さん、機械が大の苦手で、頼んでも、たまに録画に失敗するんですよ……」 「式典のようすは、夜の報道番組でも流れると思いますが……」 「えっ! じゃあ、あとで見れますね! やったぁ!!」 「はは……」 「あ、ごめんなさいっ!!」 「はいっ!?」 「ちょっと、テンション高すぎます!? こんなに人からほめられること、今までの人生でなかったものでっ……!!」 ガッツポーズするように突き出した右拳がブルブルと震えた。 「イヤアァッ!! フウウウウウゥゥゥッ!!」 英代は、テンションが高くなりすぎると、頭のなかに自然のお薬が出てくるのだ。そのせいで、たまに自分を止められなくなることがあった。お薬とはいっても、危険ドラッグのような健康を損ねるものではない。ただ、世間体は損ねた。 「えー……。本当に、おめでとうございます……。では、改めまして、天皇陛下より直々に授与された勲章を見せていただけますか!」 「はい!」 英代は桐の箱から勲章を取り出した。キラキラと光を反射する勲章が宙に浮かぶ。ここぞとばかりにフラッシュが浴びせられた。 ふと思い付いて、英代はいった。 「あ、噛みましょうか?」 「え?」首をかしげるリポーター。 「メダル……じゃない。勲章。〈噛んだ絵〉とか使いませんか?」 金メダリストが表彰台の上でやる、あれのことだ。 「い、いいんですか……?」 「遠慮しないでください!」 メディア関係者は、激しい競争から、常に強いストレスにさらされている。その苦労を理解し、協力を惜しまないことが、大人の態度であると英代は考えていた。逆に、彼らを敵にすれば、大変なことになることも理解しているつもりだった。 ――カチッ! 英代は、勲章を前歯で噛んだ。さらに、片手でピース。ウィンクのおまけもつけた。 フラッシュの嵐が全身に叩きつけられる。耳も聞こえないほどだ。 横にいたカメラマンが、「こちらにもっ!!」と、絶叫するようにいった。 英代は勲章を持った手を離し、声の方にもピースをした。 「ヴェーイッ!!」 勲一等「旭日大授章」をくわえながらのダブルピース――。 この写真は、翌日の全国紙の一面を飾ることになる。 英代の母親は案の定、録画に失敗していた。 英代は、両親と一緒にリビングで、NHKで放映される勲一等の授与式のようすを見ることにした。 「お! そろそろ、はじまるぞ!」 「もう、お父さんったら!」 少年のように声を弾ませる父に英代は照れた。 「……」 それに対し、母の方は、深刻そうな表情で押し黙っている。何かを察したのだろうか。 8時まで延長されたニュースが終わり、式典の模様がノーカットで放映された。 会場の奥から、タキシード姿の陛下と白いドレス姿の皇后さまがゆっくりと現れた。 緊張したようすでならぶ出席者たち。 陛下は、おだやかな表情で話しかけられながら、自ら勲章を授与されていった。 やがて、制服姿の英代に近づいた。 陛下は、ゆっくりと言葉を発せられた。 「また、お会いできましたね」 「はい! お、お久しぶりです!!」 英代は緊張してこたえた。 「大変なご活躍をされたとうかがっております」 「めっそうもございませんっ!!」 陛下は侍従がもつ盆にのった勲章を手に取ると、直々に英代の首にかけてくださった。 「おめでとうございます」にこやかにおっしゃられる陛下。 「あ、ありがとうございますっ!!」 英代は中学生らしく深く腰を折って礼をした。 わずかばかりだが、出席者には陛下との歓談がゆるされた。英代は史上初の中学生受章者ということもあり、特別に長く話していいことになっていた。 英代は、この時のために考えていたことを話をした。 「陛下! このたびは〈現人神〉への御再臨、誠におめでとうございますっ! 日本国臣民として、心よりお慶び申し上げます!!」 「ありがとう」 陛下は現人神でありながら、ニコニコと深く礼をした。 「しかし、あれですね。今どき、生きてる人間が〈現人神〉ってのも変な話ですね。懐古趣味っていうんですか。政治家のおじいちゃんたちは何を考えているんでしょうねぇ。報ステでも言ってましたよ」 政治への批判精神も忘れない。ただの中学生ではないことを、英代は全国に見せつけた。 それに対し、陛下は、にこやかと、それでいて慎重に言葉を選びながらおこたえになった。 「国民のなかにも、さまざまな意見があることは、うかがっております」 すかさず、皇后さまがフォローした。 「英代さんのような方が、政治家になってくださればいいのに……」 「えっ! 私ですか!?」 意外な提案に、英代は、うれしいのと同時におどろいた。「そうですねぇ。私、若いうちに結婚するつもりだから、もし政治家をやるとしたら、子育てが終わってからか、主婦をしながらですかね。でも、女政治家ってのもいいですねぇ! あっはっはっ!!」 「ほっほっほっ」 「おほほほ……」 式典は、終始なごやかなムードの中で執り行われた。 英代は、式典の感想を両親にきこうとした。しかし、両親は、青白い顔のままうつ向いたままだった。 食卓を囲んでうなだれる父母。それを横目に、英代は、夕食の締めに、お気に入りのジュースを飲んだ。近頃、CMを多くやっている果汁120パーセントのオレンジジュースだ。濃い酸味と甘味が口のなかで絶妙に溶け合う。とてもおいしかった。 翌日。登校時刻。 英代は、住宅街にかかる短い橋に向かった。友人と一緒に登校するため、いつも待ち合わせしている場所だ。 すでに、橋のたもとには裕子が待っていた。均はまだだった。 「迎えにいこっか?」 「だね」 英代と裕子は、近くにある均の家に向かった。 歩きながら裕子がいった。 「昨日、すごかったねぇ。びっりしたよ。あの英代がさ。テレビで天皇陛下と話してるんだから」 「ふっふっふっ」 さっきから、道を歩いているだけで、街の人たちが、ちらちらとこちらを見ている。指を差して声をあげる人もいた。 英代は胸を張った。 「まあ、それだけのことをしましたから!」 「まーた、調子にのってぇ」 ふたりは笑った。 「勲章をもってきて、みんなに見せたかたけど、お母さんに止められちゃったよ」 「まあ、仕方ないね」 「ね、どうだった? 昨日の式典。親に感想を聞きたかったんだけど、なにも言わないんだよね」 「いや、よかったよー」 裕子は興奮したようにいった。「特に現人神への批判なんて、なかなかできるもんじゃないよ。『こいつ、ただものじゃない!』って思われたんじゃない?」 「フフフ……」英代は、思わせ振りに笑うといった。「まあ、実際はただの中学生だけどね」 『あはははっ!』 ふたりの笑い声がひとつになった。 均の家についた英代と裕子はインターフォンを鳴らした。 すぐに均の母が出てきた。 「英代ちゃん! 見たわよ!!」 いつになく興奮したようすの均の母だ。「すごいじゃない! 勲一等だなんてっ!!」 「いやー、それほどでも。はっはっはっ!」 英世が勲一等を授与されたことは、今や日本中の話題だった。今朝のニュース番組やワイドショーでも、その話題ばかりが取り上げられていた。 「すごいわねぇ……。それに比べて、うちの均ったら……」 「ネコミミ女王につかまったんだよね」裕子がいった。 「今度つかまったら、自力で逃げなさいって言ったわ。男の子なんだから」 「まあ、ネコミミ女王は乱暴ですから」英代はこたえた。 「均なら、もうすぐ降りてくるから」 「待たせてもらいます」 間もなく、バタバタとあわただしい足音がきこえた。奥からあらわれたのは、均の父だった。 「おぉ! 英代ちゃん、裕子ちゃん。いつもありがとう」 「おはようございます!」 「昨日は大活躍だったね」 「いやいや~。あっはっはっ!」 均の父は、左うでを大きなギプスでおおわれていた。それを、ぐるぐる巻きの包帯で首から吊り下げている。 出社するところなのだろう。やりにくそうに片手で革靴をはいていた。 裕子がいった。 「あれ! おじさん、怪我したんですか?」 「あ……ははは……。こ、転んじゃってね……」 均の父はつくり笑いをした。 英代はウソだと思った。 以前、父親の怪我について、均にきいたことがある。その時、均は、顔色を変えて「知らない!」と繰り返すばかり。 不審に思い、均の母にもきいてみたところ、遠くを見つめながら「これも愛の形なのよ……」と、つぶやくようにいった。 何かあったのだろうと察し、英代は、それからはきかないようにしていた。 「じゃあ、行ってくるよ」 均の父は、いつもと変わらないようにいった。さわやかだ。均の母に顔を近づける。ふたりは触れるようにキスをした。 「いってらっしゃーい」 会社に向かう父を、英代たちは見送った。 ほどなく、均が、階段から慌ただしく降りてきた。均の母に見送られながら、3人は学校へと向かった。 英代たちの通う、〈坂之上市立雲ヶ丘中学校〉の校舎が見えてきた。 大きな校庭には、巨大な機械人形――マシンドールの〈シロネコ〉が、ひざまづいている。ネコミミ族の城から均を助け出す際、由利亜と一緒に英代が奪ったものだった。 全長約18メートル。立ち上がれば校舎と同じぐらいの高さがある。 今日も朝から、見学者の姿がパラパラとあった。 英代は、本当はシロネコを立ち姿勢にして置きたかった。その方がスペースをとらないし、見映えもいいからだ。だけど、先生たちに「強風で倒れたら大変」と、反対された経緯がある。しかし、マシンドールが風で倒れることなどあるのだろうか。 ――わぁっ……! と、不意に歓声が、さざ波のように広がった。見学者のひとりが目ざとく英代を見つけて、おどろきの声がまわりにまで伝わったのだ。 「あ、どうもどうも。すいません……」 英代は、急いでいることもあり、腰を低くしてやりすごした。 裕子が半分あきれたようにいった。 「すっかり有名人だねぇ。やっぱ、調子にのってんじゃないの?」 「ブッ……!」裕子のつっこみは、たまに鋭い。「そんなことありませんよ……」 均が、「幼馴染みが有名人になって、俺も鼻が高いよ」と、なぜか得意気にいった。 部活で朝練の生徒たちが、シロネコの足元をよけながらボールを追っていた。体育の授業や部活のたびにシロネコを移動させるのは、今や英代の大事な仕事だった。 部活動に励む生徒たちに申し訳なく思いながら、英代は朝の慌ただしい空気がただよう校門をくぐった。 学校でも英代は、当然のように話題の中心だった。勲章を見せてあげられなかった代わりに、英代は求められるまま式典のようすを、尾ひれ背ひれをつけて話してあげるのだった。 さすがに午後にもなれば、クラスのみんなも飽きてきたらしい。英代は、武勇伝を語る仕事から解放された。 給食が終わってのんびりしていると、均がやってきた。 「なあ、英代。今日、あたらしいクエストが配信されるだろ? 一緒にいこうぜ」 毎日のようにやっているオンラインゲームの話だ。 「俺、あの武器ほしくてさ。イベントの再配信を待ってたんだよなー」 「うん。いこう」 明るく振る舞ってはいるが、均は今、クラスの男子から避けられるようになっていた。女(ネコミミ女王)に捕らえられ、女(英代)に助けられたことが、男としてあまりにも情けないと思われていたからだ。英雄のように持ち上げられている英代とは対照的だった。ネコミミ女王から求愛されたことへの嫉妬もあるかもしれない。 均は、空いていたとなりの席にすわると、肩を落としていった。 「最近、みんなから避けられてる気がして……」 英代は、男社会のことはいまいちわからなかったが、とにかく元気づけてあげようと思った。 「まあ、長い人生、いろいろあるよ。大丈夫! 均の態度がいつもと変わらなければ、みんなも、いつもどおりになるって!」 「そうか……。そうだよな……!」 均は明るい表情になった。「ありがとう! じゃ、いつものサーバーでな!」 立ち去る均をながめながら、英代は、《自分のような女の子と遊んでばかりいたら、かえって男子にハブられるのではないか……》と、心配に思った。 しかし、今は仕方なかった。だって、均には、ほかに遊んでくれる友達がいないのだから。 パタパタと軽い足音がして、教室の扉がいきおいよく開いた。 現れたのは小柄な女だ。黒ぶちのメガネ。シワのない紺色のスーツ姿。 それだけなら、真面目そのもののような女だったが、頭の上には、ぬいぐるみのような大きな耳があった。猫の耳だ。 ネコミミ族の女は早口でいった。 「山本さんっ! 午後の授業がはじまる前に、あのマシンドールを校庭のわきに動かしてっていったでしょっ!?」 ――ビシッ! と、窓の外に見える、校庭のシロネコを指した。 「あ……。忘れてました。今日は忙しかったもので……」 「のんびりしてるようだけど……」ネコミミは、じろりと英代を見た。 「さっきまで、本当に忙しかったんですよ。目も回るほど」 「今日の五時限目は3年生がソフトボールをするから、ホームベース側は空けておいて言ったじゃない……。校庭の利用スケジュール表は渡したでしょ?」 「はい。もらってます……」 英代はスカートのポケットから、グシャグシャになって縮んだ紙を出した。 「……まったく」 ネコミミは、疲れたように息を吐き出した。「授業が遅れて文句を言われるのは、担任の私なんですからね」 体育の授業がはじまる前に、シロネコを校庭の使わないスペースに移動させるのは、今や英代の大事な仕事だった。 英代は頭を下げた。 「すいませんでした。ネコミミ先生」 「この学校に〈ネコミミ先生〉なんて人はいません」 「あ、すいません。ニックネームでした」 「先生をニックネームで呼んではいけません」 「はい」 「先生の名前は、マリーベル・ミケ・ミルティです」 「はい。マリー先生」 「よろしい」ネコミミ先生は満足げにうなずいた。 ネコミミ先生ことマリー先生は、産休を取って休んでいる担任の代理として、3日ほど前この学校に赴任してきた。ネコミミ族ではじめて教員試験に合格した秀才で、そのまま中学校の先生になったという珍しい人だった。 当初、英代は、ネコミミ先生のことを、女王側のスパイではないかと疑った。しかし、先生自身は「国は国、自分は自分」という、リベラルな考えの持ち主だった。女王との関係もないという。 ちなみに、国歌もきちんと歌う。しかし、音程が、ひとりだけ決定的にずれていた。どうやら、ネコミミ族の音程と取り方は、地球人のそれとは、まったく違うものらしい。 それなのに、だれよりも大きな声で歌うものだから、先生と一緒に歌うと、まわりの人たちもつられて、グダグダになることが常だった。ちなみに、先生と歌う国歌は「雲ヶ丘中学校の第2国歌」と呼ばれていた。 「じゃ、あとは任せるわね」先生はいった。「自分の授業にも遅れないように、手ばやくお願いよ」 「はい」 「あ、そうそう。今日の放課後、自衛隊の方が、あのマシンドールの調査に来るから、それまで学校に残っていてね」 「えー……。私、今日は用事があるんですけど……」 ネットゲームのイベントのことだ。しかし、いつもゲームは夜8時以降にやるので本当は時間がある。その前に、テレビでやるアニメの再放送をゆっくり見たかったのが本音だった。 「そんなに遅くまでかからないわよ。マシンドールの責任者は山本さんなんですから、しっかり頼みますね」 「はーい……」 仕方なく英代は、校庭に出てシロネコをホームベース側から、外野側に動かした。校庭を囲むフェンスの外や、校舎の窓に集まる人たちに作業を見られることにも慣れたものだった。 放課後。先生がいっていたとおり、シロネコの調査のため、数人の自衛隊員が学校にやってきた。 英代は、迷彩服の隊員たちと職員室であいさつを交わし、校庭のシロネコのもとへと案内した。 英代がシロネコに乗り込んで動かせてみせると、隊員たちからは、「おぉ!」といった歓声があがった。 写真を撮ったり、音声メモを吹き込んだりしている隊員もいる。が、それ以外は、まるで遊園地のアトラクションを楽しんでいるかのように話をしていた。どこか緊張感がないように見える。 その昔、全世界を恐怖のどん底に叩き落とした大日本帝国軍。その後身ともいえる自衛隊だったが、今や過去の面影は、ほとんどといっていいほどなかった。 「やっぱり大きいなぁ」「でも、思ったより機敏だ」 隊員たちは思い思いに感想を述べあった。 迷彩服こそいかついが、隊員たちは、そろって眼鏡をかけている。どちらかといば、市役所の奥でパソコンとにらめっこしてそうな人たちばかりだった。 今、日本政府は、1京円におよぶ国の借金を返しているところで、前代未聞の緊縮財政をしいていた。公務員は減らされ、自衛隊の正規隊員の数も、全国で百人ほどしかいないという。きっと、彼らも非正規だろう。 国の借金のせいで、天皇陛下さえ、1日2食しか食べてないと噂されていた。だから、あんなの痩せているのだろうか。その点、英代も、昼は菓子パンと惣菜パン、牛乳が1本あれば十分だった。案外、皇室での生活も向いているかもしれない。 隊員のひとりが、音声メモを取りながら、「とても地球の技術で造れるもんじゃないな」といった。 コックピットの英代は、隊員たちに向かっていった。 「ちょっと、シロネコの装甲をさわってみてください」 メモをしていた黒ぶち眼鏡の隊員が、押されるように前に出た。 おずおずとシロネコの足に手を近づける。 「……ビリッとしない?」 「しませんよ」 隊員は、手を出したり引っ込めたりしながらいった。 「……急に動かして驚かせたりしない?」 「するわけないでしょ! 大丈夫ですから、さわってみてください」 何をそんなに怖がっているのか。自衛隊員は、そろそろと装甲にふれた。 「あっ! やわらかい!?」 まわりの隊員たちも、シロネコの足に、わさわさとさわりだした。 「遠目ではわからないけど、短い毛がびっしりと生えてるんです」英代はいった。「装甲っていうより、装毛って感じですね。このせいで頑丈なのかも」 「一応、サンプルを取って調べてみるけど……わかるかなぁ」 「ですねぇ」 別のセル眼鏡の隊員が英代にたずねた。 「このマシンドールっていうの、音声認識で動くんでしょ?」 「はい。私の声でないと動かないみたいで」 「困ったなぁ。こんなものをいつまでも学校に置いておくわけにはいかないし……」 ふちなし眼鏡の隊員がこたえた。 「でも、政府の方針も決まってないようじゃ……」 「基地に置くって話は……」「いや、それも……」 自衛隊員たちは、シロネコの処遇をめぐって足元で議論をはじめてしまった。10分、20分があっという間にすぎていった。今日も熱かった太陽は傾き、街には、4時30分を知らせる変な曲が防災スピーカーから流れた。 今、政治の世界では、反ネコミミ派と親ネコミミ派が鋭く対立しており、最大与党の〈自由な民主党〉は分裂の危機にあった。当然だが、自衛隊員たちの議論にも、結論が出ることはなかった。 そのうち、隊員たちが、そろってそわそわとし出した。定時がせまっているのだ。今の公務員は、規定で残業ができなくなっており、午後5時には何があっても帰らなくてはいけなかった。 隊員たちの話し合いには決着がつかないと思い、英代は自分から切り出した。 「じゃあ、とりあえず、シロネコのことは、私が責任をもって管理しますんで。どうせ、動かせるのは私しかいませんし」 「うーん……。そうですか……」 「でも、中学生にこんなものを……」「そうはいっても政府の方針も決まらないんじゃ……」 隊員たちの議論が再び沸騰しそうになったので、英代は口をはさんだ。 「今までも、学校のみんなと協力してやってきたので、大丈夫です」 英代はシロネコをしゃがませ、コックピットから降りた。 隊長らしい銀ぶち眼鏡の隊員がいった。 「そうかぁ……。申し訳ないですね……」 スポーツ眼鏡の若い隊員が、遠慮がちに小さな色紙とサインペンを英代に差し出した。 「妻が、どうしてもっていうもんで……」 「あ、サインですか。いいですよー」 英代は色紙とペンを受け取った。最近は、大きな街に出ればサインや握手を求められることがままあった。対応にも慣れてきたところだった。 銀ぶち眼鏡の隊長がいった。 「おい、佐藤。公私混同するなよ」 「す、すいません……」 英代は、気の毒になって、すぐにサインを書いてあげようと思った。 「お名前は?」 「佐藤です。妻は萌衣沙。僕は蹴人です」 「『萌衣沙さん、蹴人さんへ』で、いいですね」 「あ、今日、子どもが生まれる予定なんです。第一子。それで妻が入院していて……」 「えっ! そうなんですか!? おめでとうございます!」英代はおどろいてたずねた。「お子さんのお名前は、もう決められたんですか?」 「女の子で、多喜です」隊員は照れながらこたえた。 「じゃあ、『多喜ちゃんへ』も、入れときますね」 英代は色紙を持って、サインペンに力を入れた。さらさらとした書体は性に合ってない気がして、一文字一文字、きっちりとトメハネをつけて〈山本英代〉と書いた。 色紙を受け取った若い隊員は、よろこんでいった。 「ありがとうございます! 妻もよろこびますよ!!」 それを見ていたほかの隊員たちも、次々にノートや手帳を出してきた。英代は、それにも快く応じた。 隊長も、手帳の裏表紙を出して、「小学生の娘がファンで……」と、控えめにいった。 英代は、こちらにも、きっちりとトメハネをつけて名前を書いてあげた。 サインが行き渡ると自衛隊員たちは、感謝を述べつつ帰っていった。 英代は、自分が早く帰りたいだけだったが、隊員たちの背中を見ながら、何だかとてもいいことをしたような気分だった。 中華人民共和国。 首都の北京市内にある巨大な建築物――ネコミミ北京城は、東アジア最大のネコミミ族の拠点だ。 関係者以外が入ることは許されない。それでも、今や、中国を代表する観光名所のひとつになっていた。 近未来的なデザイン。敷地を含めれば、広さは東京ドーム1万個分もある。しかし、東京ドームに行ったことがないので、それがどれぐらいの広さか、具体的にはわからない。 常時、10万人を超えるネコミミ族の職員が勤めるこの巨城には、最高幹部の数人しか知らない隠し部屋があった。数人の小柄なネコミミが、そなえ付けられた円形の机を囲めば、肩がふれあうほどにせまい。 この部屋で、今まさに、ネコミミ族40億人をたばねる最高権力者4人による、秘密の安全保障会議が行われていた。 会議の主題は、ネコミミ女王が隣国を訪問した際に奪われた、最新型のマシンドール〈NK-02〉についてだ。 ネコミミ女王が、日本を訪れた際、突然、テロリスト集団が襲いかかってきた。リーダー格だった女は捕らえたものの、その時の混乱で、開発中だった最新型の巨大機動兵器――マシンドール〈NK-02〉が、現地人の女子中学生、山本英代に奪われた。 女王は専用のマシンドールを駆って、果敢にも反撃を試みるが、惜敗。結果、ネコミミ王国側は、建造したばかりの城を明け渡し、最新型のマシンドールを奪い取られたのだった。 「おいっ! せまいぞ! 俺の方に机を押すなっ!!」 「小生ではない! 貴公の体が大きいのだっ!!」 配下がせまいスペースを取り合い争うなか、ネコミミ女王は、無言で机の中央に置かれたディスプレイを凝視していた。そこには、アホ面で金メダルを口にくわえながら、恥ずかしげもなくダブルピースを向ける少女と、マシンドール〈NK-02〉の神々しいまでに白く輝く機体が、並べて映し出されていた。 さらに、その下には、女王がポチと呼ぶ少年の画像が、小さく映し出されていた。女王は、その少年の顔を見てため息をついた。わずかに、ほほが赤らんでいる。 そんな女王を見ないようにしながら、ネコミミ家臣は、会議の口火を切った。 「議題については、改めて説明するまでもないだろう。奪われたマシンドール〈NK-02〉――今は〈シロネコ〉などと、ふざけた名で呼ばれているらしいが――と、それを奪った地球人の少女、山本英代についてだ」 配下のネコミミ将軍が、軍人らしく反射的に口を開いた。 「奪われたものは、奪い返せばいい。俺の特殊部隊を送ろう。半日でけりをつけてやる!」 ネコミミ将軍は、ネコミミ王国の全軍を統括する猛将だ。過去の戦いのせいで、顔には大きな傷があり、右目の視力を失っていた。しかし、その傷を隠すどころか、誇らしげにさらすような性格だった。 「部隊なら暗殺部隊でしょう。原住民の子供相手に、わざわざ事を大きくするなど愚の骨頂」 それに対し、ネコミミ長官がいった。 ネコミミ長官は、地球王国政府の内務と外務を取り仕切る最高責任者だ。派手さはないが、事務方のエキスパートとして、その手腕を買われていた。 「その子供のせいで、我ら王国の権威は失われたのだぞ!!」 部屋中に響くほどの声で反論するネコミミ将軍。 長官は負けじといい返した。 「だからとて、まともに相手をする必要などない、と言っているのだ!!」 デスク中央にあるディスプレイをにらみながら、ネコミミ女王はつぶやくようにいった。 「……目立ちすぎる」 女王の言葉を補足するため、ネコミミ家臣が口を開いた。 「小国とはいえ、山本英代は、かの国では今や英雄のような扱いだ。我々が直接手を下したと知れたら、世論がどう流れるか、読み切れない。いや、今や、仮に風呂場で転んで死んでも、ネコミミ族による謀殺にされることさえ考えられる。女王さまは、移民政策への影響を何よりも案じておられるのだ」 「小国の分際で、ネコミミ王国に逆らうというなら、こちらにも手段があるっ……!!」 「しかしながら、問題を大きくするべきではない、と……」 女王は、しばらく閉じていた眼鏡の奥の目を開くといった。 「この件は、扱いを間違えれば、高度な政治問題に発展しかねん」 「だからといって、奪われたマシンドールをそのままにしてよいわけがありません! あれは、最新の機密技術のかたまりですぞ!!」 「その通りだ……」 「いえ、あえて無視するというのも手です。大局的な見地から移民政策を推し進め、大勢が決まったところで対策する」 「その手もあるが……」 行き詰まった議論を戻すために、家臣は口をはさんだ。 「我が方のマシンドールは何としても取り戻したい。しかし、我らが直接手を下すことは避けたい」 「……」 一同は押し黙った。そのとき、家臣が発言を求め、あえて手を挙げた。 「ひとつ、策がございます」 「ほう……。どんな?」 女王は、せまいデスクに身を乗り出した。家臣がこういう時は、何か面白いことがあるのだろうと、経験からわかっているのだ。 「すでに山本英代の身辺に〈毒〉を仕込んでおります。それを利用します」 「毒?」 女王だけでなく、将軍と長官も身を乗り出した。 「はい。すべてを溶かす〈毒〉です」 「フッ……。おもしろい……」 女王は満足げにいった。眼鏡の奥で細い目が光った。 ジャンル別一覧
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