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きょう聖(ねこミミ)

きょう聖(ねこミミ)

【小説】ねこミミ☆ガンダム 第5話 その2

凛音がアパートの一室に監禁されてから3日が過ぎていた。
近ごろ、アイーシャは、従順なようすの凛音を信用してか、凛音にほかの部屋への出入りを許していた。
しかし、両手には手錠をされたまま。格子のついた窓や玄関のドアは、内からでもカギがなければ開かない。
おどろいたのは、どの部屋にもまったく物がないことだ。包丁などの料理道具や食器、えんぴつの1本にいたるまで、カギのついた棚の中にある。逃走や反撃などを警戒してのことだろう。
とはいえ、凛音は、このまま監禁され続けるつもりはない。脱出するために使えるものはないか。できることはないか。探していた。
テーブルの上にメモ用紙の束があった。名刺より大きい正方形の紙だ。これは使える。紙を1枚はがした。
電話もネットもない。人もいない。だれかに助けを求めるとしたら手紙しかない。
助けを求める手紙を書き、どこかにそれを投函するのだ。
しかし、書くものがなかった。えんぴつやボールペンなどはカギのかかった棚の中だ。インクのようなものでもいい。醤油やソースなどは錠のかかった冷蔵庫の中だった。
あとは使えるものといえば――自分の血だ。凛音は伸びていた左手親指の爪をかんだ。爪は切れたが血は出ない。爪の脇をさらに深くかんだ。
「いっ……!」
爪のつけ根から色の濃い血が出てきた。
切った爪の先に血をつけて、紙に押し当てる。なんとか字が書けそうだ。

ナミキ リオン
ユウカイ カンキン
タスケテ

家の電話番号も書いたが、そちらは字が乱れてしまった。しかし、心ある人が読めばなんとか伝わるはずだ。
あとは外に出て、この手紙をどこかに落とす。
手紙を落としても、1度くらいでは見つけてもらえないだろう。何度も繰り返す必要がある。
しかし、短い間に繰り返せばバレる可能性もある。アイーシャの目を盗みながら慎重にやるのだ。
凛音の心に希望がわいてきた。
凛音には家族がいた。

その晩、凛音は、アイーシャが戻るなり訴えた。
「いい加減、外に出させてくれないか!」
「……ムリよ」アイーシャは愛想のない顔でいった。
「何も逃げようっていうんじゃない。散歩でもなんでもいいんだ。部屋でじっとしているなんて気が狂いそうだよ! 飼い犬だって、もっとましな暮らしをしてる!」
アイーシャは深く息を吐いてからいった。
「もし顔を見られたらどうするの。もう少しなんだから我慢してよ」
《もう少し……? なんのことだ》
凛音は気になったが聞かなかった。
「顔ならマスクやサングラスで隠せるだろ。10分でもいいんだ。外の空気が吸いたいんだよ」
「……」
「これからも一緒に暮らすなら、これぐらいの権利を求めても許されるはずだろ?」
しばらく間があいたあとアイーシャはいった。
「わかった。今日はもう遅いから明日でいい? 明日なら仕事が休みだから。あと、外でも手錠は外せない」
「わがままを聞いてもらうんだ。それぐらいかまわないよ」
「人前で暴れたりしないこと。間違ってもこんなものを私に使わせないでね……」
と、アイーシャは脚のホルスターから銃を取り出して見せた。
凛音は黒光りする銃を見ながらこたえた。
「も、もちろん……。君を困らせたいわけじゃないんだ……」

翌日の昼前、凛音とアイーシャは駅前の商店街へ出かけた。
凛音にとっては久しぶりの外出だ。
マスクをして、つばのある帽子を深くかぶる。互いの手は手錠でつながれていた。長そでの服で手をつなぎ、手錠を隠した。
曇りだが、まだ暑い。じんわりと汗がにじむ。まわりの反応が気になる。が、キョロキョロしないように、ときつくいわれていた。
駅前のスーパーにきた。時間のせいか人は少ない。店内は涼しかった。
凛音は無邪気を装いながらいった。
「久しぶりに外に出れてうれしいよ」
アイーシャはいった。
「あまり口を開かないで。ただでさえ目立つ格好なんだから……」
凛音はアイーシャの買い物につきあった。
精肉コーナーでアイーシャは商品を見定めている。
その隙に、凛音は自由になる手でズボンのポケットから紙片を取り出した。メッセージを書いたメモ紙だ。まわりのようすをうかがう。だれもこちらを見ていない。紙を落とす。と、すぐに足で踏みつけた。
「どうしたの?」
アイーシャはふいに声をかけてきた。
凛音はこたえた。
「いや、買い物も大変だと思ってね。たまには君の手助けをしてあげれたらいいんだけど」
「ふふ。そのうちね」
アイーシャは再び商品の品定めをはじめた。
凛音はまわりを見た。こちらに注意を払うものはいないか。落とした紙に気づき、声をかけてくるものがいたらおしまいだ。
アイーシャが歩きだした。凛音も動いた。小さな紙片はその場に残った。
あとは、あの紙をだれかが見つけてくれるのを待つだけだ。1回で成功するとは思っていない。何度もやるのだ。1日でも早く家族のもとに帰るために――。

凛音たちがはなれたあと、ひとりの女が売り場に近づいた。黒っぽい服装。ミミの出た帽子。
アイーシャの協力者だった。
協力者は、凛音が落とした紙の前で足を止めた。頭のミミをぐるりとまわし、あたりをうかがう。と、素早く紙を拾いあげた。
何食わぬようすで歩きながら、人の少ない売り場で紙片を広げた。赤黒い文字で助けを求める内容が書かれている。
ネコミミの協力者は鼻から息をもらした。紙をポケットに押し込む。と、その場をあとにした。

昼前、凛音とアイーシャはアパートにもどった。
夕方になると、アイーシャはどこかへ出かけていった。
夜、アイーシャは戻るなり凛音を呼んだ。話しがあるという。
アイーシャの手にあったのは、しわだらけの紙片。凛音が助けを求めるために書いたメモ紙だった。
凛音は恐怖した。
「違うんだ、アイーシャ……! ここを出ていきたいなんていうわけじゃない! でも、どうしても家族に会いたくなって……!!」
「あなたの家族は私だけよ」
アイーシャはいい放った。表情のない顔は、妥協を許すようには思えない。
「違うよ……! 違うんだ……!!」
凛音はウソを通すしかない。が、そんな都合のいいものはとっさに浮かばない。冷たい汗が全身に噴き出した。
「私、あなたには何度も騙されるのね……」
アイーシャは力ない声でいった。が、その右手は銃を持ち、凛音に向けた。
「違う……。誤解なんだ……」
「悪いことをしたのはどっちの手かしら?」
銃口が凛音の右左の腕を揺れるように狙った。
「止めてくれっ!!」
凛音は恐ろしさのあまり声をあげた。
「あなたには反省が必要ね」
アイーシャは銃をかまえたまま、じりじりと近づいてきた。
凛音は後ずさった。
アイーシャはいった。
「また、その部屋で反省してなさい」
凛音は後ろ手でドアノブに触れた。初日に閉じ込められた部屋の扉だ。
「わ、わかった……」凛音はドアノブをつかみ、部屋に入った。「ごめん。もう勝手なことはしない……」
扉を閉める。と、ドアの向こうからカギがかけられた。
アイーシャはいった。
「凛音、もう少しの我慢よ。もう少ししたら、私たち外国で自由に暮らせる。そうしたら、前の家族のことなんて忘れてしまうくらい忙しくなるのだから……」
真っ暗な畳の部屋の中で凛音は崩れるように座り込んだ。
心の中で、妻の理沙と均の笑顔が遠くなっていった。




翌日から、NPO法人 雲ヶ丘ガーディアンのメンバーは、並木凛音を捜索するため、満州(みつす)市の北部を中心に聴き込みをすることになった。
雲ヶ丘Gでは市民から依頼を受け、行方不明人の捜索をおこなうこともある。メンバーにとっては慣れた作業だった。
商店街などで凛音や容疑者のアイーシャの写真を見せては話を聞いた。
その日は、後藤と松浦がペアになって聴き込みをしていた。
多くの人と顔を合わせて話をすることでテンションがあがり、ふたりのおしゃべりにも花がさいた。
駅につづく住宅街の道を歩きながら後藤がいった。
「この前さぁ行ったよ。コンパ」
松浦はこたえた。
「へぇー、どうだった?」
「けっこう当たりかも!」
「えぇー、いいなぁー。紹介してよ、かっこいい人」
「いいよ。たくさんメッセージ交換したから……」後藤はスマホを取り出し、「この人なんて、まっつんに合いそう」と、写真を見せた。
写真の男は服のセンスがいまいちアレに思えた。
「私、オタクっぽい人はちょっと……」
後藤はあきれたようにいった。
「何言ってんの……。あんた自分がオタクみたいなカッコしてるのに……」
松浦は反論した。
「私、オタクじゃないよ。V系好きだけど。KEY’Zとか。もっとそれ系いないの?」
「いないよ……。つーか、いてもあなたには紹介しないよ。合わないもの」
「ごっちんヒドい……」
「ヒドいのはあんたの私服でしょ。なんで私服が全部、真っ黒なわけ? ニンジャなの? 忍んでるの?」
「黒は合わせやすいじゃん。汚れても目立たないし」
「とてじゃないけど〜若い女が着るもんじゃないわ……」
「いいじゃん。その分、NPOの制服がかわいいし。差し引きでしょ」
NPOの制服兼作業着はパステルカラーだ。ふたりとも制服で聴き込みをしていた。
「そんなところで差し引きしないよ……。英代ちゃんがあんたのいないところで、あんたのことなんて呼んでるか知ってる? 〈地味の松浦〉ってんだよ」
「何それ!? 聞いたことない! 英代ちゃん信じてたのに……!!」
「だから、服を変えろっての! 肌を出せ、肌を!!」
「私、日焼けきらい」
「ワタシだって〈謎の黒い女〉なんか紹介したくないよ……!」
ふたりは話しながら昔ながらのせんべい屋の前を通った。店先ではおばちゃんがひとり店番をしていた。
「聞くんでしょ。写真、写真!」
「そうそう!」
後藤は写真を店番のおばちゃんにみせた。「すいません。今、この写真の人を探してるんですけど、見たことありませんか?」
おばちゃんは写真に目を向けていった。
「あらぁ、この人なら昼間からネコミミの女の子と手をつないで歩いてたよ。ここらで見ない顔だからよく覚えてるわ」
「あぁー、残念。ありがとうございました。じゃ、次、行こうか。おせんべい買う?」
松浦は声をあげた。
「見たって!!」
「え?」
「写真の人!!」

雲ヶ丘ガーディアンの会議室で、急きょセラフィムを招いて目撃情報の報告が行われた。
後藤と松浦から話を聞くと、セラフィムは感心していった。
「これはお手柄です。さっそく周囲の捜査を重点的に行いましょう」
夏江來はいった。
「お手柄だって。やるじゃん、ふたりとも」
松浦はいった。
「それがですね。聞いてくださいよ。後藤が、せっかく目撃者が見つかったのにスルーして行こうとするんですよ! もう、合コンのことしか頭にないんですよ、この女!!」
「後藤!」夏江來は声をあげた。「合コン、いつあるの? スケジュール空けとくから」
後藤はこたえた。
「あ、残念。女子は22以下限定なんですよー」
「何それ!? 差別じゃん! 大丈夫、少しぐらいごまかしたっていけるって!!」
松浦は英代にいった。
「英代ちゃん」
「はい」
「私がいない時に、私のこと、なんて呼んでるって?」
「……地味の松浦」
「この口か!」松浦は右手で英代のあごをつかんだ。「この口が言ったのか!!」
英代はタコのような口になりながらいった。
「まわりのだれも訂正させようとしませんでした」
「ひどい! みんなっ!!」
後藤があきれたようにいった。
「ひどいのは黒い女だって」

「皆さん、これからの捜査の段取りを決めたいのですが……」
セラフィムの声は、まわりのおしゃべりにかき消された。この手のおしゃべりが自然に沈静化するまでに、いつも15分から30分かかる。
均は椅子から立ち上がりいった。
「俺が聞きます」
次の日から、並木凛音の捜索は新たな段階に入った。

3日後。
学校が終わってすぐに夏江來から電話があった。急いでNPOの拠点に来るようにという。捜査に大きな進展があったらしい。
英代と均が会議室に入ると、セラフィムとチームのスタッフ、夏江來と雲ヶ丘Gのメンバーらが集まっていた。大きなモニターで何かの映像を見ている。
セラフィムはいった。
「さっそくですが、この映像を見てください」
英代はいった。
「監視カメラですか?」
映像は高い位置からスーパーの店内を映している。
「はい。先日、得た目撃情報に基づき、付近を捜索したところ、駅前にあるスーパーの監視カメラに並木凛音さんと容疑者が映っていることを確認しました」
と、セラフィムはスタッフに映像を再生させるよう指示した。
スーパーの店内。精肉売り場だ。男女がカップルのように手をつなぎながら買い物をしている。
「あっ! これ、父さんです!!」
「おじさん、見つかったんですか!?」
セラフィムがこたえた。
「残念ながら、手がかりはまだこの映像のみです」
英代はいった。
「なんか手をつないでますね……。やたら仲が良さそうな……」
「おそらく、凛音さんは容疑者に脅されているのでしょう」
「それにしても、やけにくっついてるような……」
均がいった。「英代、そこはこだわらなくてもいいんじゃないかな……」
夏江來「重要なのは、この次なんだ」
セラフィム「続きを見てださい」
映像の凛音は、ズボンから何か白っぽいものを取り出して落とした。
均が声をあげた。「何か落とした!」
凛音たちが売り場を離れると、今度は黒っぽい服装のネコミミが現れ、凛音の落とした紙を拾い上げた。
英代がいった。
「あのネコミミは何者なんですか?」
セラフィムはいった。
「凛音さんが落としたものは、おそらく助けを求める手紙のようなものでしょう。その手紙を拾って隠したことから、あの女はアイーシャの協力者であると推察できます」
「手紙は見つかったんですか?」
「店内は捜索しましたが見つかりませんでした」
「じゃあ、やっぱり手がかりはないんですね……」
「実は、あの協力者と目される女は、非合法組織の構成員として、我々が別件でマークしておりました。すでに居住地や素性は判明しています」
「えっ?」英代と均はおどろいた。
セラフィムはいった。
「今回、捜査は大きく進展しました。これも皆さんのご協力のおかげです」
「父さん、見つかるんですか!?」
「この女を参考人として拘束し、凛音さんについての情報を引き出せれば……とも考えましたが、供述を拒まれて逃げられる可能性もあります。まずは、この女の身辺に張り込み、アイーシャとのつながりを立証していく方針です。張り込み捜査は専門性を要するため、私たちのチームが主体となって行います」
夏江來がいった。
「均くん、よかったね! お父さんが見つかるまで、あともう少しだよ!!」
セラフィムは真剣な表情でいった。
「繰り返しになりますが、捜査情報は絶対に他所に漏らさないこと。もし、相手に警戒されでもしたら、すべて無駄になることもあります」
「わかりました!」
英代と均はこたえた。




セラフィムのひきいる捜査チームは、容疑者の協力者が住むというマンション前で張り込み捜査をはじめた。
数日の間、目立った動きはなかった。
その日は休日だった。
英代と均は、セラフィムとともに張り込みの現場にきていた。現場から離れた駐車場にチームの拠点となる大型バンが停まっていた。
セラフィムは大型バンに部下たちを呼び寄せた。
「皆、連日の張り込み任務、ご苦労」
「これ差し入れです」と、均がコンビニの袋を手渡した。
セラフィムはいった。
「今日は英代さんが張り込みに協力してくださる。私と英代さんで前衛の任務に当たるから、後衛スタッフ以外は帰って休息を取るように」
英代はいった。
「今日は勉強させていただきます」
均がいった。
「英代、俺は母さんが心配だから帰るよ」
「うん。まかしといて」
均とスタッフの数人は礼をいいつつ帰っていった。
セラフィムと英代は灰色の乗用車に乗りかえた。車は、マンションの前まで進み、路上で停車した。協力者にはバレないよう車種は毎日のように変えているという。
窓にはスモークが貼られて向こうからは見えないはずだ。が、英代は万が一に備え、姿勢を低くしてマンションの出入り口を見守った。
1時間、2時間。マンション住民が出入りするだけで何事もなかった。
英代がいった。
「地道な仕事ですね……」
運転席のセラフィムはこたえた。
「ええ。しかし、無駄ではありませんので」
「セラフィムさんはどうして警察官になろうと思ったんですか?」
突然の質問にセラフィムは考えをめぐらせてからいった
「そうですね……。一般的なネコミミ族と同様、私も元は軍人でした。それまでも女王さまのために命を捨てる覚悟ではありましたが……。地球侵攻作戦が終わり、軍を除隊する際、多くの人たちの役に立つような仕事がしたいと思い、警視庁に入ったのです」
「そうだったんですか」
「英代さんは、どうしてシロネコで戦うのですか?」
「え」英代は戸惑った。
「中学生なのに王国軍と戦うなど、危険ではありませんか」
英代はしばし考えていった。
「私しかシロネコに乗れないのもあるんですが……。たとえ相手が女王であっても、間違っているものを間違っていると言い、正しいものを正しいと言えなければおかしいんじゃないかって――。そのためにシロネコに乗っているんだと思います」
「失礼かもしれませんが、私たちはどこか似ているような気がします」
セラフィムは微笑んだ。
「はい! 私もそう思います」
英代も笑った。

やがて、マンションの出入り口からひとりのネコミミがでてきた。
セラフィムは抑えた声でいった。
「来ました……! 協力者です」
英代はすぐさま頭を下げた。
セラフィムは、鋭い視線で協力者を追った。
「この数日間は、近くのコンビニに出かける以外、目立った動きはありませんでした」
英代は顔をあげた。
協力者はとなりの駐車場に入っていった。
「あ、見えなくなった……」
「大丈夫。おそらくは……」
しばらくして紺色のスポーツカーが駐車場から出てきた。
セラフィムはいった。
「あの車です。追いましょう」

協力者の車は夕暮れ時の道を走った。
車は、海に面した倉庫街に入った。もっとも大きな倉庫の前で停まった。
協力者は車から降りて大倉庫の入り口に向かった。と、数人のネコミミが親しげに近づき、ともに中に入っていった。
セラフィムと英代が乗る車は、大倉庫の前を通り過ぎた。入り口には何人かのネコミミがいる。
車は、そこから離れた別の倉庫の影で停まった。
セラフィムは英代にいった。
「今日は当たったようですね」
「あれは何をやっているんでしょう」
「おそらく、非合法組織の集会か何かでしょう。凛音さんの情報が得られるかもしれません。チームのスタッフを招集します。場合によっては現場を取り押さえる必要があるかもしれません」
「私もシロネコを呼びましょうか?」
おどろいたようにセラフィムはこたえた。
「シロネコを……? ここまで呼べるのですか」
「はい。自動運転で」
「しかし、英代さんに、そこまでしていただくわけには……」
「私はかまいません。それに、シロネコの中のほうが安全ですし」
「そうですね……。しかし、やつらに気づかれないように呼び出せますか?」
「はい。シロネコは海の中を泳いで来るので。一応、ここから離れたところのほうがいいですね」
セラフィムはいった。
「わかりました。お願いします。ただし、私の指示があるまで身を潜め、決して見つからないようにしてください」

英代は、まわりを確認してから音を立てないように車を降りた。
数百メートルは離れた岸壁の前にきた。
暗くなりはじめた海。ガラス片のように夕日をはね返している。
英代は海に向かって叫んだ。
「シロネコーッ!!」
スマホを取り出すと、ホーム画面にある〈シロネコ自動呼び出しアプリ〉を起ち上げた。

その時、NPO法人 雲ヶ丘ガーディアンの拠点では警報が鳴りひびいた。
夏江來は声をあげた。
「敵襲か!?」
ニアが落ち着いたようすでいった。
「シロネコ自動呼び出しアプリが起動したのでしょう」
ふたりは格納庫へ向かった。
格納庫では巨大なシロネコを載せたハンガーが自動で横になり、レールの上を進んでいるところだった。
ニアはいった。
「気をつけて。シロネコが動きます」
レールの先は洞窟で下り坂になっており、その先は海に続いていた。
夏江來がいった。
「英代ちゃんに何かあったのかな……」
「状況を確認次第、我々も向かいましょう」
「電話のほうが早いんじゃないですかね……」
「試しに作ってみました。便利だし、かっこいいでしょ」

シロネコはハンガーに載せられたまま洞窟内のレールの上を進んだ。その先は海だ。
シロネコはハンガーから海中に投げ出された。方向を変えると、海中を突き進んだ。

セラフィムは指向性マイクを車内に設置した。ヘッドホンに耳を当てる。潮の音がうるさい。
距離を調節すると、大倉庫の中の話し合いがわずかに聞こえてきた。

アイーシャの協力者は、集まった組織の構成員らの顔ぶれをながめた。薄暗い大倉庫。どことなく覇気がない。
無理もなかった。この3ヶ月もの間、組織は活動を中止していた。このような大規模な集会も久しぶりのことだった。この間、組織のリーダーである〈マスター〉の指示がなかったのだ。
組織は、社会であぶれたものたちが集まり、金になることならどんな違法行為でもやった。危ない橋を何度も渡った。これまでゴロツキたちがやってこれたのも、マスターの的確な指示があればこそだった。
独断で集会を設けたのは若手を任されているサブリーダーだ。
協力者は早足でサブリーダーに詰めよるといった。
「マスターの許可なしに集会を開くことは禁止されている。どういうつもりだ!」
「どうもこうもねぇよ……」
サブリーダーは不満そうにこたえた。「俺たちのボスが最後に仕事の指令を出したのがいつだったか。覚えているか?」
「ボスではない。マスターとお呼びしろ」
「なにがマスターだっ……!!」
サブリーダーは敵意をむきだしにした。「あいつはなぁ、俺たちを捨てたんだよ! 最後に指令があったのは、もう3ヶ月も前のことだ! 俺たちには散々、危ない仕事をさせてたあげく、あいつは逃げたんだ! 俺たちは、あいつの顔さえ知らないんだぞ!!」
マスターからの指示はいつもメールできていた。自分を含めマスターの顔を知るものはいなかっts。
まわりの動揺を抑えるため、協力者はあえて声を落とした。
「言いたいことはそれだけか? 気が済んだのなら解散だ。もう大規模な集会を勝手にすることは許さん。警察に気づかれたくなければな」
サブリーダーは取り憑かれたようにいった。
「そうだ……。もう警察が動いている……。だから、やつも抜けたんだ……! 俺もやめさせてもらうぞ! あの男どもを売れば、しばらくは外国で遊んで暮らせるからな!!」
サブリーダーの手下たちが、後ろ手に手錠をされ、猿ぐつわをされた数人の若い男たちを連れてきた。組織が捕らえた男たちだった。
協力者は声をあげた。
「反逆行為だ! 組織はお前たちを追い込むことになる!!」
「世界の果てまで追い込んでみろ! マスターさまの指示があればな!!」
サブリーダーは下卑た笑い声をあげた。
「勝手にしろ! 俺はマスターの指示がなければ動かない!!」
サブリーダーは鋭い眼光を向けてきた。
「飼い犬だ……! てめぇは……!!」
協力者は言い返した。
「野良犬に言われたくはないっ……!!」
サブリーダーは捕らえた男たちを連れて手下とともに出口に向かった。
「行くぞっ!!」

セラフィムは急いでスマホを英代につなげた。
「英代さん、やつらはこのまま外国に逃げるつもりです!」
英代はいった。
「おじさんのことは!?」
「わかりません……。が、このまま逃がすわけにはいきません。組織の中心者を捕らえたいのです。シロネコを動かしていただけますか!?」

シロネコは海から飛び出した。巨体が倉庫街を駆け、低い倉庫を飛び越える。大倉庫の前にきた。
サブリーダーが、捕らえた男たちをワンボックスカーに乗せているところだった。
英代はシロネコのスピーカーでいった。
「警察だ! 投降しろ! お前らは完全に包囲し……ますっ……!!」
ネコミミの構成員たちが慌てて声をあげた。
「けいさつ!?」「マシンドールだ!!」
サブリーダーがいった。
「警察なわけがあるか! あれはシロネコだ!!」
英代はいった。
「え、えっ……!? と、とにかくカク……カ……つかまれっ!!」
シロネコが地面に大きな手を伸ばす。と、慌てふためいた構成員たちは散り散りになって逃げていった。
「ああっ! こら! 逃げるな!!」
シロネコは手足を伸ばして逃げ道をふさいだ。そこに勢いよく車がぶつかった。シロネコはビクともしない。が、シロネコの手足のすき間から構成員らが逃げていった。
「あっクソ! おとなしくしなさいっ!!」
協力者が外にやってきていった。
「だから、集会なんてするなと言ったんだ!!」
「こんなところで終わってたまるかっ……!!」
サブリーダーは大倉庫に走りもどった。トレーラーの上では寝そべるマシンドールに乗り込んだ。
サブリーダーのマシンドール〈ニャウンド・ドッグ〉は、天井をぶち抜いて立ち上がった。大倉庫を半壊させながらシロネコに迫った。
ニャウンドドッグはシロネコに組みついた。頭を押しつけ、シロネコを抑えつける。
その隙に協力者を含むネコミミ構成員らが逃げていった。
「こいつ!!」
シロネコは組みついてきたニャウンドドッグの肩をつかむ。と、腕の力だけでニャウンドドッグを持ち上げた。
「ぬぁああああああああっー!?」
サブリーダーはおどろいて声をあげた。
ニャウンドドッグは手足をバタつかせた。が、逆立ちをするように持ち上げられた。
英代は、
「どっすこーいっ!!」
と、抱え上げたニャウンドドッグを海に放り投げた。
シロネコは、逃げようとする車の先を手足でふさいでいった。いくつか逃した車の中に、アイーシャの協力者が操る車があった。
「しまった!!」
車は港の出口から車道に逃れていった。
「セラフィムさん! 協力者が逃げちゃいます!!」
英代がいうとセラフィムがこたえた。
「任せてください」
いつの間にか、港の入り口にセラフィムチームの大型バンが停まっていた。開いた後部ハッチから、爆音とともにセラフィムの乗ったバイクが飛び出した。
セラフィムのバイクは加速して、協力者の車を猛追した。
協力者の車は、車の増えてきた夕暮れの道を猛スピードで走った。車線と信号を無視する。と、対向車が追突事故を起こした。
事故車の間をぬうようにセラフィムのバイクは走った。
協力者の車は赤信号の交差点を突っ切った。交差点を横切ろうとしていた一般車が急ハンドルを切る。耳障りなスリップ音のあと激しい衝突音がひびいた。衝突した2台の乗用車がセラフィムの行く手をさえぎった。
事故車に向かってセラフィムのバイクは加速した。
バイクの前輪が浮き上がる。と、事故車を後輪で乗り越え、高く跳んだ。
バイクは、衝撃とともにアスファルトに着地した。
セラフィムのバイクは協力者の車と並走した。自動車専用道路に入る。左右を高いフェンスが囲んだ。
セラフィムは車と並走しながら胸のホルスターから銃を抜いた。
協力者が車を体当たりさせようとハンドルを切る。セラフィムはバイクを減速して車をやり過ごした。
セラフィムはバイクのハンドルから両手を離した。右手で銃をかまえ、左手をそえる。狙いは車の後輪。サイレンサーの銃口がわずかな音と煙をあげた。
協力者の車は後輪をバーストさせた。ふらつき、左側のフェンスにぶつかった。
車は、ひどい破壊音をあげながらしばらく走った。徐々に速度を落として停まった。
セラフィムはバイクを停めた。銃をかまえながら停まった車の運転席に近づいた。
協力者は頭から血を流しながらうめいている。
「生きてはいる……、な」
セラフィムは安堵した。
手錠を取り出し、腕時計を見ながらいった。
「18時4分、確保」


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