昼下がりの迷宮~

2009/03/23(月)16:51

三浦しをん 『まほろ駅前多田便利軒』

本の話(日本の作家・ま行)(21)

   まほろ駅前多田便利軒 まほろ市は東京のはずれに位置する都南西部最大の町。 駅前で便利屋を営む多田啓介のもとに高校時代の同級生・行天春彦がころがりこんだ。 ペットあずかりに塾の送迎、納屋の整理etc.―ありふれた依頼のはずがこのコンビにかかると何故かきな臭い状況に。 多田・行天の魅力全開の第135回直木賞受賞作。(「BOOK」データベースより) まほろ市、は東京の西南のはずれにある<架空の>街です。 横浜に食い込むように位置していて、市内を走るのも横浜中央交通のバス、駅ではJR八王子線と私鉄ヨコキューが交差して…と、すぐにモデルの町がわかります(首都圏を知っている人なら、ですが)。 それでも、読み終えて、彼らを現実の町に探しに行こうとは思えない。 ヒリヒリと痛いようで、温かくて、ちょっと大人の童話のようです。 たった一人で便利屋を営業している多田は、ある冬の日の仕事帰り、高校の同級生に出会います。 同級生だったことは確かに覚えている仲ですが、当時特に親しかったわけではない。 むしろ、一言も口をきいたことはない――行天はかなり変わった存在だったのです。 誰とも話さず、喜怒哀楽も表情に出さない行天が、唯一周囲に反応したのは、工芸の時間の痛々しい事故のときでした。 その怪我のあとが、今でも残っている行天は、しかし別人のように人懐こく喋りかけてきます。 帰る家も仕事もないという彼を、成行きのように事務所に連れ帰る多田。 その日を境に、多田の引き受ける仕事が、妙な展開になっていくのでした。 行天が意図してトラブルを持ち込んでくるわけではありません。 でも、飄々としていて実はかなり武闘派、という行天には、何かあると訝る多田。 しかし、多田自身、辛い過去を引きずっているようでいて、影が暗いのです。 謎めいたそのコンビが携わる仕事は、夜逃げした家族から、風俗嬢や、覚醒剤売り…怪しい ところへ関係してしまいます。 便利屋、という仕事柄、表立っての依頼ができないものが舞い込むのも当然のようではありますが、多田の胆の据わり方が、見事というよりどこか刹那的で、ハードボイルドと言うには儚げです。 危ない仕事が解決しても、なにか不安です。 やがて、行天の、そして多田の、過去が明かされます。 彼らが、過去に失ったもの。 失ったと思っていたもの。 何から逃げていたのかが読者に明らかになったとき、多田のわだかまりが溶けてゆきます。 それまで、埃ぽいセピア色だった画面が、温かい夕陽色に染まるようです。 妙な仕事の依頼とその解決譚の連作集のようでいながら、心を死なせるように暮らしていた多田の、再生の物語なのでした。 それを、時には笑わせたり、世話物じみた好奇心をかきたてたりしながら、軽い足取りで読ませてしまう一冊。 三浦しをん、いいです。 味わい甲斐のある作品でした。

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