「私の欲望は間違っている」 ブログNo.114
自分は受け身と能動の二つに分裂している 自信とは自分を信じる事。その際、「自分を信じる」と、「自分が信じる」の二つがあります。自分を信じるとは、自分が対象となり、受け身的自分。自分が信じるは自分が主体になり、能動的自分です。「あなたは自分を信じられるか」と問いかけられている受け身の私と、私が問いかけている能動的私。「自信」を巡って、それを問いかける私と問いかけられる私に分裂しています。このように自分とは常に二つに分裂します。言い換えれば、受け身的とは待っている私、能動的とは自ら行動する私です。 自分は何が欲しかったのか これを0~1.5歳の時期で考えると、胃が空っぽの不快から泣いて、母の乳首が来るのを待っています。離乳食が進むと共に、ある時強制的に断乳されます。昔は乳首にからしを塗ったり、黒く塗ったり、恐い顔を描いたりして断乳しました。赤ちゃんはお母さんのオッパイを飲むだけで乳首を吸うのはありません。赤ちゃんにとっての最初のおもちゃにもなります。オッパイを吸うこと=食事が目的ではなく、柔らかい触り心地の母の乳房・乳首を触ったりしゃぶったりして、戯れます。 寄る辺なき存在の赤ちゃんにとって、母はまだ全体対象ではなく、オッパイだけの部分対象であるところから始まります。そこから、心地よく授乳を繰り返し、自分をいつも快にしてくれる“対象”が生まれました。ところが、突然その対象を断乳という形で失います。これでは、対象が生まれ自分が生まれたその瞬間、対象であるオッパイを禁止され対象を失い、同時に自分も無くなります。 対象である乳首に向おうとしたのに止められ禁止されます。対象が生まれた瞬間、対象は抹殺されます。まだ未熟な赤ちゃんには何が起こったのか理解できません。自分が欲しいと求めた対象が突然奪われ、「自分は何が欲しかったのか」という問いだけが残ります。 人間は問いかけます。能動的私と受け身的私が混在して、結局「私とは何者か?」と。更に社会ではルールに従うことが求められ、自分の能動性を出したい私と受け身の私に分裂し、受け身性が優先されます。 私の欲望は間違っている そして、幼くして突然対象を失い、自分は何を求めたのかわからなくなります。幼少期から自分の欲望が否定され続けた結果、私の欲望は間違っていると思います。親や社会が正しく、私が「こうしたい」、「あれが欲しい」と欲望する事がそもそも間違っているとなり自分を失います。自己否定の塊になっていき、「欲望する私が悪い」と結論づけます。 私の欲望は出せずに、裏に隠します。無意識にしまわれます。すると、この人が発するのは一般論、常識、道徳、倫理、正論です。 しかし、自分の欲望を無意識にしまったまま生きることはできず、どこかに顔を出します。それが失策行為・錯誤行為や、行為化(事故)や身体化(病気・けが)に無意識は現れますが、本人にはその意味がわかりません。また、自分の欲望は本当に間違っているのか、それとも正しいのか確かめたくなると、精神分析に行きます。32年前の私が正にそうでした。分析で自分の欲望を肯定されて漸く安心し、生き返ります。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。2026年2月メルマガNo.191 のテーマは、「伝えたいことがある子供、それを汲み取る親 -精神発達論より-」です。興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実へのセラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。