「人は知らずに過去にしたかったことを再現、反復します」 ブログNo.104
関心 人が対象(物・事・人)と交流したとき生まれる関係は、「愛(好き)」、「憎しみ(嫌い)」、「無関心(どうでもいい)」の三つです。 対象への関心度合いにおいて、愛と憎しみは同等であり、無関心は文字通り、対象への関心がありません。 故に、人は無関心であるよりは憎まれ嫌われた方がまだいいと感じます。 無関心ということは主体が存在しない、これが一番人にはきつく応えます。 子育てで、子供への無視・無反応は子供の主体の抹殺に値します。 対象世界と関わることは心的エネルギーを使います。平たく言えば気を遣います。 関わらなければ心的エネルギーの消耗はありません。この状態が「ひきこもり」です。 一人で過ごすため、心は波たたず心穏やかには居られます。 子供に愛着される母 対象との関わりは母が教えます。 対象世界との最初の関係を見せ、体験させ、教えるのは母です。 母が子どもに関わらなければ、子供は世界との関わり方がわかりません。 そして、母の関わり方が子供にそのままコピーされます。 例えば、母が対人恐怖で人と関わることが少ないと、子供も対人恐怖で人と関わろうとはしません。 社交的な母を見て学べば、社交的な子供になります。 正常な場合、母は子どもが関わりたい、愛着したいと思う存在になります。 子供の心的エネルギーを引き出し、愛着対象である母に向かうようにします。 そのためには、生まれた時から適切な世話をします。 それは、授乳、清潔なおむつの取り換え、眠りに入りやすくするなど、快を感じる自体愛を作ります。母は子供に心地よい快状態を24時間態勢で作ります。 そこにスキンシップによる“温もり”と、いつも関心をむけて見守る“まなざし”と“声”をかけ、“安心”と“安全”を子供が感じらるようになります。 すると、この母の傍にずっと一緒に居たいと思い、子供に「着」が登録され、それが持続し積み重なり「愛着」になっていきます。 子供に愛着される母になった時、母はラカンのいう「対象a」の資格を得ました。 子供に愛着させる母 子供に愛着されない母は、子供に愛着させます。 子供が母のご機嫌を取り母を快にします。そうしないと子供は家に置いてもらえません。待遇が悪くなります。母の言うことをきいている限りは家にいられるので、子供は無理矢理でも母に従います。従わざるを得ません。 子供は母のいいように振りまわされ道具にされ、尊重されたり、欲求をきいてもらうことはなく、ボロボロにされます。 自分の想い通りに人を操り支配したい根本には、劣等感、無力感があります。 ブログNo.100 「無力な自分を防衛するために子供を支配するのではなく、人と共に平等に生きる」でも書きましたが、 無力、無能、劣等な自分が顔を出さないように他者を脅し、威嚇し、言うことをきかせ、支配し服従させる。 そうすれば、寄る辺なき存在で無力な劣等な自分でないことを証明できます。自分は力がある、凄いと自己愛を保てます。 無力感の強い人ほど、常にそれを証明し続けなければなりません。 相手が弱いほど自分の言いなりにできるため、その対象に子供が選ばれます。 幼いほど脅しが効き、「ご飯を食べさせない」、「追い出すぞ」の一言で支配できます。 無力であるが故に劣等感を生み、自己愛が傷つくるため防衛する必要があります。 対象a ラカンは「対象aとは欲望の原因」と言います。 母が子どもを愛着させ、対象aの資格を得なければ、子供は欲望の原因=対象aを持っていなので、欲望はなく、自分のしたいこと、好きなことがありません。 母は子供を後ろから支え、支援します。 それがall ok することです。敏速・適確に、言われたことだけをします。 子供が母を思い通りに操れば、満足し心地よく生きられます。 対象aは、主体をその対象に関わりたいと思わせ、その気にさせる何かを持っています。 多くの人は、そもそも対象aの概念の知らない。対象aを持っていない。そのため何が自分を引き付けるのかわからないまま、対象選択しています。 配偶者選択においても、明確に語れる人はまずいない。突き詰めれば何となく、「誰でもよかった」では、対象を選択したとは言えません。 対象aを言葉で定義できれば、その対象に釘付けになり、求めていきます。 知らずに対象aを再現し反復する 例えば、サーフィンを好む人がいます。 サーフィンを「波乗り」と言います。精神分析で波は情動の象徴です。 サーフィンをする人は、人生の波に乗ったことがありません。 何故なら、母は心の波の起伏が激しく、情動が揺れ、気分がコロコロ変わり、気まぐれで予測がつかないからです。 子供としてはこの母の変わりやすい感情の波に合わせて、うまく乗りこなさないと生きていけません。 この母の感情の波が海の波に換喩され、波を見るとどうしても乗りたくなります。 何とか上手く乗りこなそうと、何度落ちても挑戦します。 それは、母を自分が操り、操作したかったが、反対に母に操られ、主体を抹殺されました。 この母に抹殺された主体が、サーファーとして蘇りました。 このように、欠如(=母の感情の波に乗れず、操れなかった)が欲望(=母の感情の波にに上手く乗って、操りたい)になります。 もう一つ、波=並みの人間ではなく、突出した人間になりたいという欲望です。 しかし、これらは無意識のうちに行われ、本人に意識されることは分析を受けない限りまずありません。 私たちは、かつてしたかったができなかった、失ったものを再現、または反復しています。 そうして、できなかったことを成就し、過去も屈辱を晴らす行為をします。これをラカンは「欲望」と言います。 ライト.a精神科学研究所 登張豊実 (LAFAERO1 大澤秀行 『メタ言語』テキストより筆者まとめ) ライト.a精神科学研究所では、毎月一回メールマガジンを発行しています。 2026年1月メルマガNo.190 のテーマは、「居場所:愛は家庭で父母から学ぶ」です。 興味・関心のあるか方はこちら http://www.mag2.com/m/0001106260.html から登録してください。 *我が師、大澤秀行氏 LAFAERO1では個人セラピー、各種講座があります。 著書:大澤秀行 著 『病気は心がつくる』論創社 『令和の徒然草』論創社 『こころの科学』講座 テキスト1~3 『メタ言語』講座 テキスト1~9 『夢分析』講座 テキスト1~9 『蝉成阿縷』講座 テキスト1~8 詳しくは、LAFAERO1ホームページ:https://lafaero1.com/ をご覧ください。 *ライト.a精神科学研究所、登張豊実への セラピー、講座、その他の問い合わせや依頼は下記までください。 メアド:laito.a.msl☆gmail.com ☆を@に変換したメールアドレスにメール送信願います(スパム対策) セラピーの他に、『オールOK』子育て法等、個人講座もあります。 メールの件名に「セラピー・講座の問い合わせ、依頼」と入れてください。