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人間の能力って、非常に優れていますよね!
少し前に陰陽師の話が話題になってましたが、昔は「言霊」といって言葉で人を殺せるくらい口から発する言葉に力がありました。 それは多分、陰陽師だけの特権ではなくて、形は変わってもそういう時代はあったのではないかと思われます。 たとえば、「千と千尋の神隠し」でも、名前を全部いうと支配されたりする場面がありましたが、それは日本の万葉集の時代にもあったのですよね。 「たらちねの 母が呼ぶ名を 申さめど 道行き人を 誰と知りてか」(巻12-3102) (たらちねの母が呼ぶ名を申しあげてもよいのですが、行きずりのあなたのことを、どなたと知った上でわが名を申しましょうか。) 氏の集団だったころの日本では、特に女性は本名というものをしらせず母親しかしらないこともありました。本名を他人に知らせれば、心身ともに支配されてしまうと思われていたので、氏の集団のなかではあだ名のような「うじな(氏名)」で呼び合っていたそうです。 その名前を支配する話に象徴されるように、人間は神秘的な存在で、多分創造も出来ないほどの見えない力をもっているのではないかと思ってます。 今は、文明が進化して機械化しているのですっかり人間のそういう力というのは鈍ってきたのかなくなってきたのかわかりませんが、それでもやはりそのなごりはあります。 誰かが、皮肉や嫌味をこめて発した言葉は、表現的には問題がなにもないようでも聞いている人間にはばっちり伝わってますよね! こんなことあえて言うこともないかもしれない、暗黙の事実だと思うのですが、最近私は実績のある人に限ってこの能力を見落としているような気がしました。 たとえば、(こんな風に言っても)わからないだろうと思って言葉を発しているのか、きずつけようと思って言っているのかという証拠は残念ながら本人しかわからないですが、それでも言葉に隠された本音を人は聞き分けています。 その悪意や嫌味を指摘したり注意したりすると、確かに言葉上の不都合はないので、とぼけてみたり、途端にいい人になってそんなつもりはないと傷ついたりします。はたまた、実績の優秀な人なら、自分に対する嫉妬だと受け取ったりします。 そんな人、みなさんのまわりにはいませんか? 私だけかな?(ひえ~・笑) 見える形での結果や優秀さを否定するつもりはないのですが、そういう人は多々、内面の深さやすばらしさとは反比例する人が多いようです。 見える形でしか納得しないからかな? そうでしか上に上がっていけないからでしょうか? ちょっと今の文明の発展と人間の本来持つべき人格のギャップを連想させてしまいますね。 本来もつ、人間の能力はもっとシンプルで科学も追いつかないような力をもっているはずだとしんじているらんらんです! これ以上、人間は心を失うべきではないですよね。 お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう
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